魔神剣士ガロム=フィーゴ
「ビィィィインッ」
相手の速攻を魔晶盾で防いだ時に奇妙な音が鳴った。
一直線に突進したその速度は常軌を逸していた。
反応が遅れていたら、俺は胸を横に引き裂かれていただろう。
ガロムの一撃には、こちらの魔法防壁を破らんとする、魔神の持つ光体の力が込められているようだ。攻撃を受け続ければ魔晶盾は粉砕されてしまう。攻撃を受ける度に魔晶盾を回復(一度盾を解き、新たに魔晶盾を発動)させる必要がある。
連続防御が危険だと悟ると、足捌きで攻撃を回避する事に集中する。
問題はガロムの繰り出す攻撃に、こちらが反応できるかどうかにかかっていた。
(あぶねェッ!)
突きからもう一方の剣が薙ぎ払われ、危ういところでそれを受け流したが、弾きそこなった切っ先が俺の額をかすめた。
速やかに傷口を塞ぎ、血が目に入るのを阻止する。額を拭っている余裕もない。
猛獣のような視線が左右に閃き、続けて猛攻が俺に襲いかかる。こちらは防戦一方になったが、それも瞬き数回程度の間の事だ。
二本の剣が空を斬るようになると、俺は相手のわずかな隙を狙って反撃し、ついにはこちらの振り下ろした剣を受け止めさせた。
ガロムは二本の剣で重い一撃を頭上で受け止めた。
こちらの剣を挟み込むように弾き返すと、素早い踏み込みから後方に回した二本の剣で胴体を挟み込むように斬りつけてくる。
前のめりの格好から二本の剣を交差させてくる強引な攻撃。
俺はそれを床に倒れ込むような形で躱し、そのまま後方に回転しながら、敵の腕を狙って足を跳ね上げる。
魔神剣士の腕をかすめたが、剣を落とさせるところまではいかなかった。だがそれ以上の突進を止める事には成功したようだ。
ぱっと後方に飛び退くと、横に素早い動きで回り込んできて、体勢を崩した俺に立て続けに斬りかかる。
呼吸と足運びを重ね、落ち着いて相手の剣筋を見極める。
鋭い二段攻撃を剣で受け流すと、攻魔斬で相手の胴体を薙ぎ払った。
「ガギィイィン」という金属音が耳鳴りのように響き、ガロムの腹部の装甲を捉えたが、奴は空中でくるりと反転すると、離れた位置に着地した。どうやら自分から後方に跳んで衝撃を和らげたようだ。
しかし相当な損害与えたのも確かだったようで、相手はかなりこちらの反撃を警戒した様子を見せた。
(もう一撃、腹部に叩き込めれば……!)
すると狼頭の剣士は剣を体の前で交差し、全身に力を込めるように踏ん張った。
「ズハァアァァ……!」
開いた口から吐き出される息吹。
魔眼は相手の体からめらめらと燃え上がる、青い極光気を捉えた。
一撃を受けて、いよいよ本気になったという事か。
魔神の燃えるような極光気には、放電しているような小さな光の筋がちらちらと閃いていた。
俺は警戒し、離れた場所に居る敵に向けて火炎弾を数発撃ち出した。
ガロムは二本の剣を振り上げると、それを交差させて振り下ろし、一撃で魔法の弾丸を爆発させた。空中で爆発した火炎弾が炎と煙を撒き散らす。
魔神の剣士は爆発を物ともせず突進してきた。
体が青白い光に包まれ、紫電の閃きのごとく一瞬で目の前まで接近すると、互いの剣が交錯した。烈しい乱撃によって火花が散る。
三本の剣によって辺りに颶風が吹き荒れた。
魔神剣士の攻撃は苛烈なものだったが、俺はその恐るべき攻撃に対して真っ向から挑戦した。攻撃を回避し、受け流し、反撃して食らいついていた。
ガロムの攻撃は嵐のようだ。
吹き荒れる剣刃の暴風。
その荒ぶる刃の猛攻を浴びれば、並の戦士など二太刀ともつまい。
俺がこの剣の嵐に飲み込まれても立っていられるのは聴死の力と、ここ最近の度重なる実戦経験が積み重ねられた結果だった。
中でも幽鬼となったシグンとの死闘。あの戦闘を乗り越えられたのは大きかった。
格上の剣士の猛攻を凌ぎ、反撃に繋げるわずかな隙を見逃さず、常に冷静に戦えている。圧されている時でも恐怖を感じず、躊躇う事なく剣を振るえている。
鋭い攻撃を魔晶盾で受け流し、時には相手の突進を攻撃魔法で食い止め、息継ぎをさせぬほどの猛攻を耐え切った。
ガロムもまた、攻魔斬に似た技を繰り出してきた。魔神の極光気を剣圧に乗せた斬撃が、振り下ろされた剣先から放たれた。
どうやらこの魔神の力(極光気)には雷の力が宿っているらしく、刃から放電するように凄まじい電流を発し、その光の刃が「ブォンッ、ブォンッ」と音を立てて飛んでくる。
青く発光する斬撃を魔晶盾で防ぎ、連続して繰り出された斬撃を剣で叩き落とす。
その斬撃を打ち落とす度に電流が魔法障壁の表面を流れて行く。
次々に襲いかかる斬撃の嵐に、こちらは魔法と剣技を使って対抗した。
開いた間合いでもガロムの攻撃は苛烈さを増し、接近すれば極光気を纏った相手の、重く速い攻撃に防戦を強いられる。
それでも俺は必死に食らいついた。
加速した相手の攻撃にも反応し、攻撃してきた相手の剣を弾きながら反撃する。何度もそうした危険な攻撃を見切り、感覚的に対処できるまで攻撃に慣れてくると、やがて決着の瞬間が近づいてきた。
俺の反撃が功を奏し始め、じわじわと相手の体勢を崩す機会が増えてきた。
さすがに重い一撃は躱され、傷ついた胴体を狙った攻撃もわずかに届かなかったが、こちらの攻撃を警戒した相手の動揺を見抜き、俺は一気に攻勢に出る決断をした。
魔法を使って強化し、さらに加速された攻撃を何度も繰り出す。
一撃一撃を正確に、そして二度同じ流れの攻撃を取らず、相手にこちらの攻撃を読ませない。じりじりと後退するガロムに迫り、俺は踏み込んだ勢いで相手の防御を切り崩し、続けてそのがら空きになった胴体に業魔斬を叩き込んだ。
「ぉおオォッ!」
魔神の反撃を回避しながらさらに踏み込み、渾身の力で剣を横薙ぎにし、魔神の胴体に向かって剣に溜まった力を解放する。業魔斬の爆発がガロムの胴体を直撃した。
ずしん、という爆発の振動が広間に響いた。剣から放たれた爆発の衝撃を受け、吹き飛ばされたガロムの身体が壁に叩きつけられ、その場にぐったりとひざまずく。
すると相手の身体から青白く光る炎が立ち上り、しゅわしゅわと音を立てて崩れていき、光り輝く燃え滓となって消え去った。
灰の中から青白い光が俺に飛んできて、俺はその光に包まれたのだった。
「よくやった」
魔神アウスバージスが硬い音を立てて拍手を三回ほど響かせた。
「見事なものだ。お前ほどの剣士が人間の中に居るというのは、オレとしても喜ばしい。その剣技をお前に教えた者も、お前も、オレの味方になろうとも敵になろうとも、どちらであっても喜ばしい」
謎めいた言葉を口にし、魔神の王は何度も頷いていた。
「これでお前はガロム=フィーゴを喚び出せるようになった。戦ってみてどうだった?」
「恐ろしい手練れですね。魔神本来の力を使われていたら、こうはいかなかったでしょう」
「あくまで物質界の領域近くでの召喚だったからな。もしお前が望むなら、今度はガロム=フィーゴとの接点を、より深い領域にまで辿ってゆけ。そしてさらに深い神格と戦って勝利せよ。そうすればより強力な状態で喚び出せるようになろう」
魔術領域から魔神の真の力に迫れという事だろう。
魔術的な接点を有し、そこからさらに魔神の高位神格を顕現できるようになれと言うのだ。
だがひとまず俺は魔神剣士を倒す事ができた。
物質的な制限のある場所での一騎打ちではあったが、俺は危険な相手から勝利を得た。
死霊の王との二度目の戦いを潜り抜け、俺は死導者の霊格を以前よりも遥かに身近に感じるようになっていた。
それは俺の霊的な領域に接近し、魔術の庭に溶け込むところまで近づいているようだ。
『死の魔導書』の一部には、死の領界に触れた者が残した言葉がいくつも書かれていたが、死を体感する事は己を知る、最も手早い手段だと書かれていた。
そうした事が続いた所為か、俺は段々と死導者の力を制御できるようになってきた。
死導者の霊核を通って死の国に送られた霊魂は、俺の無意識領域と結びつき、彼らの記憶や情報だけでなく、それらを力として行使する事ができるようになったのだ。
つまり、俺は彼らを幽鬼として従える事ができるようになったのである。
このままいけば近いうちに、今まで取り込む事のできなかった魔神の力も、自分のものにできるだろう。
そしてこの死導者の力を使えるようになったという事は、シグンも幽鬼として喚び出せるという事を意味していた。
俺は黒い水晶の髑髏と睨み合ってそうした事を考えていたが、魔神アウスバージスに促され、気づけば城の中を歩かされていた。
「ところで、あの玉座に座っていた男は何者です?」
「む? あの者に会ったのか。あれは──ただの肉体だ」
俺はその言葉に眉を顰めた。俺を謀るつもりかと思ったのだ。
「嘘ではないぞ、あれの魂は今でも冥府に囚われているのだ。今あの肉体に入っているのは紛い物の霊魂に過ぎない。それ故に対話に不備を起こしたのではないか?」
確かに。俺はそう答えた。
しかしなんだって人間の──それも、冥府に魂を囚われている者の肉体が魔神の領域にあるのか。
魔神にそう尋ねても口を開く事はなく、話す気はないようだった。
冥府と関わりのある魔人──。あの男が相当な力を持った魔人だというのは間違いなかった。あの男には気になるものを感じるが、頭の片隅に記憶しておく事にして、今は魔神のあとを追う。
地下から上に向かう階段を上がり、なにやら騒がしい音が先から聞こえてくる廊下を歩く。
「この先が鍛冶場だ」と言うアウスバージス。
頑丈そうな鉄の扉の前に立つと、扉の向こうから流れてくる熱気が感じられた。
扉を開けると騒音は一層激しくなり、広々とした部屋の中から熱気があふれ出してきた。
鍛冶場の天井は高く、丸みを帯びた天井の先に煙を外に出す穴があり、そこから外の光が差してきている。
鍛冶場にはいくつもの炉があり、鰐型の亜人ぽい連中が忙しなく動き回っていた。
鱗を持つ鰐蜥蜴の魔神も鍛冶場の作業員のようで、溶かした鉄を入れ真っ赤に光る大鍋を担いで持ち運んだり、金型に金属を流し入れたりして作業を手伝っているようだ。
金鎚を振るって熱した金属を打っているのは兎型の魔神たちで、理由は分からないが、齧歯類たちだけが金属を鍛錬する作業に従事しているらしい。
ここはかなり立派な工房で、大勢の職人たちが働いていた。
長い柄をした金鎚を振り下ろし金属を打ち、激しい火花を散らしている一団がある。彼らは真っ白に輝く巨大な金鎚を交互に打ち、一つの武器を作り出しているようだった。
工房内は暑く、床や壁が真っ赤に照らし出されていた。
その工房の奥で、大きな黒い影が三本の腕に金鎚を持ち、一本の腕で魔剣を押さえているのが見えた。
玉座に座っていた魔人の謎の解明はまだまだ先。




