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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十五章 死霊の王と魔剣の再生

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魔神アウスバージスの提案(強制)

 四角錐の建造物まで戻った俺は階段を上って頂上にある魔法陣に向かった。石の階段を上がりながら周囲の風景を見回す。

 骸骨の守護者はここを「庭園」だと言っていた。

 それにしてもだだっ広く、無限にも思える広さがある場所だ。

 見晴らしの良い高台の頂上から改めて周囲を見回すと、果てのない景色がどこまでも広がっている。

 ここが庭園だとするなら途方もなく広大で、そしてなによりも奇妙な庭園だった。


 地平の彼方まで続く整列した樹木と道。

 この場に立たなければ、誰もこのような場所が存在するなどと、想像すらできないだろう。それほど想像を絶する規模の平地が続くのだ。


 遠くに小さく見える黒い建造物は、きっと今立っているのと同じ、魔法陣がある祭壇なのだろう。

 あまりに遠くにあるそれは、魔眼を使った遠視がなければ視認できないほどだった。


 ここにあるのは魂が樹木の姿形を取ったものであるらしい。守護者の弁によれば、ここにあるのは「死者」のものに限らないようだ。

 つまるところここにあるのは現在、地上で生きている人々の魂だという事だ。

「霊的な世界に近い領域という事で、てっきり死者の霊魂に関わるものだとばかり……」

 ここで見た樹木が生きている人間の魂の象徴であるならば、地面に落ちた種から現れた幻像は……

 そして、その種を持っていた樹木が光に包まれて消失したのは、「祝福」されたからだと言う。


 この領域で目にしたすべては不可思議で、謎めいており。そして魔術の根幹にあるなんらかの構造に類似しているものだと感じられた。

 幽顕ゆうけんの園は肉体を持つ精神の、その曖昧模糊あいまいもことした存在の形象を表したかのような場所であり。この場は霊的な秩序判定を下す為に用意され、霊的に上位の存在となった者だけが、「祝福」される場所なのではないかと思われた。


「しかしここは、俺のような魔導の奥義を求める者にとっては、辿り着いてはいけない終着地のようなものだ」

 魔導に達する者は、自己の存在を自らの魂で成し得なければならない。

 あらゆる物事の関連の中にありながらそれらに囚われず、自らの求め願う道を開拓するだけの意志を持つ者。

 ここにあるような、庭園の守護者に見守られながら存在するような魂では、どんなに優れていても、神の手の内にあるという事だ。


()()()()()ここには存在しないはずだ」

 だからこそ守護者には俺が人間に見えなかったのだ。

 俺の霊的な領域に結びついた死導者グジャビベムトの力や魔神の力。

 それらを管理する魔術の門(庭)。

 俺の魂の根源は、光体アウゴエイデスが存在する領域にまで引き上げられつつある。

 光体のある上位世界で、自らの核となる存在の移し換えができたなら、俺という存在は人間のままでありながら、神へと近づいたものとなるだろう。


 俺は幽顕の園(ベルベダレーゾン)の有りようを見ながら、目的を再確認した。

「俺はこの場にあるような魂には堕しない」

 そう言葉にすると、俺は魔法陣に足を踏み入れた。



 * * * * *



 鉄蓋城ギーファガントに戻って来ると、祭壇の下で白い兎女が待っていた。

 白い毛に包まれた顔や体。長い耳がぴんと立ち、赤いぎょろりとした目をしてこちらを見つめる。

 灰色の革鎧や籠手を身に着けており、なにやら兎が周囲を警戒するみたいに立ち上がり、腕を前に上げてちょこんと手を出して待ち構えていた。


「戻って来られましたか」

 その兎女はそう言った。

 守護者に襲われて殺されると思っていたのだろうか。

「あの四本腕の鍛冶師はどこに?」

「グラウゲンなら鍛冶場に行かれ、剣を修復する支度をしています」

「そうか。──それではこれを」

 そう言って物入れ(ポーチ)から銀の柘榴ざくろを取り出し、それを受け取るよう促した。

「確かに受け取りました。ではこちらをグラウゲンに届けてまいりましょう」

「魔剣はどれくらいで修復できる?」

「本日中に可能かと」

 どこか刺々しい態度と表情をした兎女は、大きな歩幅で祭壇から離れて行った。開かれた扉の前に居た黒い金属鎧に頭を下げると、通路を歩いて行く兎女。


 俺が扉に近づいて行くと、その黒い鎧を身に着けた大柄な戦士はアウスバージスだと気がついた。

 黒い金属の隙間から炎が揺らぎ、狼の頭部をした魔神が堂々と入り口に立ちふさがった。

 額から突き出た剣に似た角が鋭く伸び、腕組みをしたその姿は、狼の兜をつけた重戦士を思わせる威圧感を持っていた。


「久しいな」

「ええ。突然押しかけて申し訳ありません」

「構わん。それよりも、魔剣の修復をしたいと来たらしいな?」

「はい。それで幽顕の園から銀の柘榴を取って来るように言われ、取って来たところです」

 残念ながら金緑色の林檎りんごは手に入れられませんでしたが。そう呟くと黒銀色の魔神は首を傾げる。

「どういう事だ?」

 そこで俺は経緯いきさつを説明した。

 黒兎の鍛冶師グラウゲンから渡された、魔法の掛かった剣を譲り受ける約束を交わしていた件を説明すると、魔神はうなずいた。


「なるほど。力を求める魔術師ならば、その剣も収めておきたいというのは理解できる」

 ついて来い。魔神はそう言って俺に背を向けると歩き出した。

 魔神は廊下から続く大きな階段──十人近くが並んで歩けそうな幅の広い階段──を下り始める。城の地下に向かっているようだ。


 途中で亀に似た頭部をした爬虫類の番兵とすれ違った。

 そいつは傴僂せむしの老人のように前屈みの格好で、手にした柄の太い槍を杖のように手にしていた。

 なんとも鈍重そうな動きでアウスバージスに会釈してみせたが、その太い腕や足、分厚い筋肉に包まれた胸板。なによりその体は硬そうなうろこに覆われ、さらに紫色に光を反射する奇妙な金属鎧に身を固めており、威圧的な視線を俺に向けて首を傾げたその姿は、亀というよりも蜥蜴とかげ──あるいは竜に似ていると感じた。


 ごつごつした頭部から突き出たいくつもの短い角。それがまるで首筋まで守る兜を被っているように見えるほど、額から後頭部、背中に至るまで分厚い甲殻ととげに覆われているのだ。

 見た目以上に手強そうな手合いだと感じ、注意深くその横を通過する。


 アウスバージスは二体の配下の間を通り過ぎ、その先にある大きな扉を力強く開け放った。

 重々しい音を立てて開いた扉の先は、天井の高い広間になっていた。

 その広間の奥には背骨を思わせる二本の柱があり、その間にいびつな形状の祭壇が鎮座していた。

 壁際にある祭壇の真ん中に台座があり、黒水晶の頭蓋骨が乗っていた。目には赤い紅玉ルビーがはめられている。額には三番目の目なのか、大きな青玉サファイアがはめ込まれていた。



「力が欲しいなら、剣よりももっといいものがあるぞ」

 魔神はそう言って振り返り、祭壇の上にある黒い骸骨を指差した。

「この神器を使って眠りにいているオレの配下を喚び出し、屈服させる事ができれば、お前の力となろう」

「それは魔神を召喚するという事ですか?」

「そうだ。今は肉体を失い、光体の領域で力を再生させている奴が居る。そいつらならば人間であるお前にも力を制御できよう。

 魔神の召喚と言っても、その存在を喚び出すものではなく、本体の投影体を喚び出すものだ。今のオレの体のようなものだな」

 つまり、本体となる光体から映し出され、物質的な領域に受肉した仮の姿。力の顕現けんげんとして現れる魔神の力の一部を召喚するという事か。


「俺に倒せる相手なら……」

「それはそうだ。だがお前ならばなんとかなるであろう」

 魔神は祭壇に近づいて行く。こちらの覚悟などお構いなしといった感じで。

「さあ、この神器に手を乗せるがいい」

 黒水晶の頭蓋骨はやはり、冥府にあった神器と同じような物であるらしい。

 近づいて見てみると黒光りする髑髏どくろは人間の物よりも大きく、そして頭頂部にごつごつした鱗のような膨らみがあり、それが後頭部にまで続いている物だった。口からは牙が生え、側頭部から後方に向けて曲がった角が伸びていた。


 黒水晶で作り出した彫像だろうが、どこか生命を持っていたような、異様な現実感のある髑髏だ。

 壁にかかった暗青色の壁掛けには複雑な紋様が銀糸で彩られ、暗紫色を土台に配置した円形の図絵が描かれている。


「オレの配下には物質界でもその力を十全に振るえる者は多いが、中でも戦士としての技量が高く、簡単には倒れぬ者が居る。それを喚び出してやろう」

 黒い髑髏に近づいた俺の肩に金属質の手が乗せられた。手首から見える炎は熱も光も発しておらず、この魔神の力の根源(光体)からあふれ出る、波動のようなものを感じた。

 それは震え上がるような冷たい感覚を俺に刻みつける。魔神特有の、下位存在に対する圧倒的な支配力がそう感じさせるのだと、俺は朧気に考えていた。


 俺が黒い水晶髑髏に手を乗せると、その髑髏が発光し、祭壇にあるいくつかの紋章や呪文を浮き上がらせた。

 その光が発した火が床を這い、蛇行する蛇のごとく火の筋が広間の方に伸びて行った。広間の中央に水色の炎が魔法陣を描くと、一瞬で燃え上がると同時に光も炎も消え去った。


 すると広間の中央にひざまずいている者が現れた。

 それは俺の横に立っている魔神のような、金属の装甲を全身に身に着けた人型の姿で現れた。

 狼の頭部に細身の身体。鈍い灰色の装甲に暗赤色の模様が浮かんだ、全身鎧姿の魔神だった。

 それはゆっくりと立ち上がり、その場で動かなくなる。

 両手には赤黒い刃の幅広の長剣を持ち、まるで立ったまま眠りにいているかのようにうなだれ、微動だにしない。


 その姿を見ても、それは狼の兜をかぶった人間の戦士だと見間違えるほどだ。──異質な鎧の形状を除けば。

 狼の兜を思わせる頭部には側頭部から後方に突き出た短い角が伸び、二本の角の間から鮮血色の髪が生え出ている。


「こいつはガロム=フィーゴ。オレの配下の中では中級位階の尖兵にあたる。魔獣や魔物を率いる軍団長の中でも頭角を現し始めた者だったが、神の送り込んだ破壊天使ラグスベリオンによって打ち倒されてしまった」

 神々の送り込んだ天使の軍勢に立ち向かったガロム=フィーゴは、武装した天の尖兵を次々に打ち倒すほどの実力を示したらしい。

 二本の剣を持って敵軍に挑む姿は、後方から見ていたアウスバージスの目にもそれと分かるくらいの、獅子奮迅の働きを示したと語った。


「この者なら人界の剣士くらいは一騎で百はほふれるだろう。もちろん物質界では十全な顕現はできないだろうから、その程度の数になるという事だが」

 それは喚び出す術者の能力にもかかってくるという意味だろう。仮にこの魔神を喚び出せたとしても、顕現に足る魔力や魔素を充填できなければ、不完全な力しか発揮できないうつし身が召喚される事になるのだ。

 現世で大元となる光体そのままの魔神を呼び出すのは不可能に近い。今ここに登場した半物質の肉体を持った者も、おそらくは本来の半分以下の能力しか発揮できないと魔神は説明した。


「正式なやり方で召喚しなければ、本性の開示はされないからな。今日のところはこれでいい」

「どのような手で挑んでもいいんですね?」

「そうでなければ、お前は生き残れないだろう」

 アウスバージスはさも当たり前のように言った。

 俺は中央で待ち構える魔神に近づく前に深呼吸し、自身に強化魔法と、防御魔法などを掛け、あらゆる準備を施した。

 肉体的な強化をし、速度を上げて対抗しなければ、一瞬でこちらの首がねられる危険がある。


 俺が広間の中央に向かって踏み出すと、狼の頭が持ち上がり、こちらを黒い穴のような眼が見た。

 ついでその空虚な穴に赤い光が宿ると、二本の剣を構えて、どっしりと足を開いて武器を構えたのだった。

神の体である光体とか、存在の本質とかが曖昧ですが、光体=存在の本質ではない、という事です。もちろん光体がすべて失われれば、神の根源が消失する可能性があります。──神格の高い五大魔神くらいになると、そう単純ではありませんが。

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― 新着の感想 ―
この話回で今年はお終いでしょうかね?。 今年も楽しく読ませて頂きました。 来年もレギの物語を楽しみにしています。 暫く寒い日が続きますので、体調には気を付けてお過ごし下さい。
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