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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十五章 死霊の王と魔剣の再生

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三匹の野犬の正体

 意識を無意識領域から引き戻した俺は、石化した樹木から手を離し、改めて先へ向かおうと考え、ふと気になって後方に視線を向ける。

 そこには三匹の野犬が地面に座り込んでいた。

 一定の距離を保ち、遠間からこちらの様子をうかがったり、周囲を警戒するそぶりを見せる犬共。

 人間を襲おうというのではないようで、ただただ俺のあとをついて来る。


 俺は犬の事はほんの少し警戒するにとどめ、北西の荒れ地を支配していたらしい古代の蜥蜴とかげ亜人や、この荒れ地にあるという遺跡の事。そして──上位存在が送り込んでくるらしい、禍々(まがまが)しい両生類の怪物に思いをせた。

 今探している遺跡らしい物は、あの蜥蜴亜人の遺した遺跡なのだろうか。


 冷たい、乾いた風が吹きつけ、かつて起きた先住亜人と怪物の戦いで死んだ者たちの無念と、怒りの叫びが木霊こだましたように感じた。



──我らがいったいなにをしたというのだ──



 そんな風に彼らは思ったのだろうか。

 いずれにしろ上位存在は彼らの敵対者を送り込み、野に危険な魔物を解き放ったようだ。

 亜人の絶滅をもくろんだかは分からないが、石化しただけでなく、その亡骸なきがらすら残さぬよう喰らうなど、あの怪物は常軌をいっしている。

 俺が見た光景ではどうもあの怪物は、一定の亜人を喰らうと撤退しているようだったが、そうやって何度も襲っては撤退し、じわじわと追い詰めていったのだろうか。




 そうこうしているうちに、目線の先に灰色の柱状の岩や、茶色い岩が立ち並んでいる場所が見えてきた。

 それらは不自然なほど直立しており、人工物に見えたとしても不思議ではなかったが、規則正しく並んでいるというほどではなく、先端の尖った岩が立ち並んでいるだけとも受け取れた。

 そこにはいくつもの岩が乱立している。


「ん……なんか変な感じだな」

 岩の形や配置に人為的な物はあまり感じられない反面、岩の一部には加工されたような形跡があった。

 それに柱状の岩は、二つの陣地を分けて置かれているようにも見える。

 南側と北側を分けているように感じられるのだ。

 北側の岩の密集と、南側の岩の密集の間には、まるで広場のように開けた空間がある。


「間隔を空けたのは境界線を示す為──かな?」

 広場のような場所の真ん中には、平べったい岩の壁が立っていて、表面が平らに削られているようだ。

 岩に触れられるほど近づくと、平らになった岩の表面には、なにやら文字のような物が刻まれているように見える。


「ん────? 風化していてよく分からん」

 俺は背嚢はいのうから剣の汚れを拭う為の布を取り出し、それを使って岩の表面に付着している砂などを取り除く。

 そうやって刻まれた文字を読み取りやすいようにした。


「見た事のない文字……文字? なのか?」

 それは単純な記号。または数字を意味しているように見えたが、それは他の物を見てみないとなんとも言いがたいものだった。

 北側に位置する岩に刻まれていた文字を調べると、それはすべて単純な形をした記号のように見えた。文字の種類も多くはない。

「こんな棒と点を使用した文字は初めて見る。発音も単純なものになるんじゃないか」

 そう考えつつ今度は南側の岩群を調べてみる。


 やはりこちらの岩も文字が刻まれているようで、ほこりが積もっていた。しかし、北にあった物とは決定的に違う部分がある。

「こっちの文字は浮き彫りにされているな」

 それに岩の表面もきちんと真四角に削られていて、まるで石版がはめ込まれているみたいに見えた。

 岩のすべてに文字が彫られている訳ではないが、どの文字も砂埃で汚れていた。


「もしかして調査隊が調べたという遺跡とは違う場所か?」

 そしてこの南側の文字には見覚えがあった。

 それはコーグ山の中腹で見つけた至聖所。あそこの石版に刻まれていた文字だ。

「つまりこの南側の岩に彫り込まれた文字は、あの至聖所を作った人間と同じ、という事か」

 俺はそこで一つの推論に辿り着いた。


「北側の文字は蜥蜴亜人が。南側の文字は古代人が刻んだ物か」

 ここにある物が古代の物とは限らないかもしれないが。

 この石柱にも精神世界と接続して、簡単な調査をおこなってみたが、やはり断絶の向こう側に行くと、なぜかもやがかかったみたいに不鮮明な影像になってしまう。


(これも神々の呪いかなにかか?)


 しかし南側の人間たちの行動を探っていると、彼らがこの広場のような場所で、蜥蜴亜人たちと交流している姿があった。

 ただしそれは友好的な関係という感じではなく、なにやら互いに警戒しながらも持ち物を持ち寄って、物々交換をおこなっているようだった。

 どちらも恐る恐るといった様子で、言葉が通じない為かたどたどしく、身振り手振りでやりとりしているのだった。


「なるほど。ここは言わば交易の場だったのか」

 不鮮明な影像から見えたのは、蜥蜴亜人が人間に渡している石。宝石らしい物や金属の丸い塊(延べ棒のような物か)を食料と交換している様子だった。

「どうやら北西の荒れ地からは金属や宝石が採取できるようだな」

 今でもそれが採れるかは分からないが、一つ有益な情報を得た。

「広場中央にある柱の文字は恐らく、互いの領域を侵犯しないようにとか、物々交換の場に関する説明が書かれているのだろう」

 周囲には呪術的な力が施された形跡もないし、精霊に関係するようなものも見当たらない。



 一通り調べ終わった俺はさらに西へ向かうか、それとも荒れ地近くにあるバフサフ村まで行くかを思案し始めた。


 そんな俺に、()()()()()()()()()()


『もう、気は済んだか?』


 それは頭の中に響く声。

 突然頭に直接語りかけてきた相手に警戒し、俺は反射的に魔剣を引き抜いた。


『落ち着け。俺様は敵ではない』

『まったく、こんな辺鄙へんぴな場所までやって来るとは、聞いていた以上におかしな人間だな』

『魔術師とはそんなものであろう』

 などと一遍に語りかけてくる。


(⁉ なんだ、こいつらは……!)


 威圧的なしゃべり方とは違い、どこか相手を小馬鹿にするような、あるいは自分の優位性を疑わないような言葉。

 どうも三人の相手が居るようだ。


 ──三人? 俺は慎重に振り向いて三匹の犬を見る。

 地面に座っていた犬は立ち上がっており、こちらを六つの眼がじっと見つめていた。


『そうだ。俺様たちだ』

『このような場所をうろうろと……本当に奇特な奴よ』

『一人で荒野を進んでいたかと思えば、急に立ち止まって石の木に寄りかかったり……。本当にこんな奴がラウヴァレアシュ様のお気に入りなのか?』

 三人──いや三匹の犬は、そう念話で語りかけると「バゥフバゥフ」「ワッフワッフ」と、それぞれの鳴き声でまるで馬鹿にしているような、笑い声らしきものをあげた。


「ラウヴァレアシュだと──? あんたらはあの魔神の遣いか?」

『そうだ。我らは暗黒星を識る王の使者にして、その守護者である。その名も高き幽玄なる門の支配者。始まりと黄昏たそがれを刻む柱の守り手』

『俺様たちこそ貴様らの真理の番人であり、深淵しんえんより汝らを守るもの』

『おお、魔術師の魂。賢人の魂に幸いあれ!

 呪われよ! 愚かで無知なるけがれし魂!

 汝らの命は闇が闇たる所以ゆえんなり!』

 彼らはそう高らかに宣言すると、一斉に遠吠えを発する。


(真理の番人──だと? 番犬ならいざ知らず)


 俺は口に出す事はせず、彼らの言葉の真意を探って思考したが、番人が口にしたものの意味を理解する事はできなかった。


 甲高い遠吠えが、ばりばりと耳鳴りがするような咆哮ほうこうに変わり、まるで雷をはらんだ雷雲が大気を震わせるような音を響かせ、荒れ地の空気を一変させた。

「────! こいつは……⁉」

 突然嵐が訪れたみたいに空気が変わり、空が曇天におおわれた。

 なによりも──目の前に広がった闇。

 空間が黒く沈み込んだのだ。


 バシッ、バシッと音が鳴り、黒い闇の中に雷光に似た光が走る。

 その闇が広がると、燃え広がるような暗がりから巨大な犬が姿を現した。

 真っ黒な体の、三つの頭を持つ巨大な犬。

 それぞれの眼が赤色、青色、黄色に光り、闇の中で危険な視線が燃え上がった。



『おまえに話そう。魔神ラウヴァレアシュが望む事を』

『聞け、そして挑め。自らの力を示し、深淵を自らの意志で撥ね除けられると』

『おまえが真に暗黒星の王に認められし者かどうか、そこで分かるであろう』

 三つの巨大な犬の頭がまた咆哮し、異空間の中に木霊する怒号を響き渡らせた。


「ッぅ……! いったい、なんの事だ」

『我らがおまえを連れて行ってやる』

『貴様の魂が全ての困難を打ち払うほど強いかどうかを試す戦場へ』

『ラウヴァレアシュはこう言った。

「レギよ。私とお前が出会った場所──不死者の怨念渦巻く湿地帯に行け。あの場所を巡る人間たちの命が脅かされている。不本意な事に、()()()に残された力が暴走し、死が解き放たれてしまった。神々との闘争の間隙を突かれたのだ。

 お前を狙う魔術師の力か、あるいは神々のゆがんだ策謀か。──いずれにしろお前の力でもって、死を打ち倒してみせよ。それが私がお前に望む事だ」

 だそうだ』


 ラウヴァレアシュと出会った場所……あの黒曜石の館があった荒れ地と湿地帯。

 そこに出向いた人間が居るのを俺は知っていた。

「ベグレザ南西部の禁足域か」

 そしてそこへ向かったのは戦士ギルドが集めた冒険者たち。

 その調査隊に加わった傭兵のシグン。──彼はまだ生きているだろうか。


『覚悟を決めよ、魔術師』

『おまえはこの戦いに加わらなければならぬ』

あふれ出した死を食い止めるのだ』

 そう言うと巨大な犬がその場に伏せた。

『さあ俺様の背に乗るがいい』

『貴様を戦場へ送り届けてやる』

『そこでおまえの力を示すのだ』


 突如現れた三つ首の魔犬に導かれるまま、俺はその前足を踏んで背中へ飛び乗った。

 ごつごつとした骨張った背に乗ると犬は立ち上がり、軽々と駆け出す。

 ここは幽世かくりよと幽世の狭間。

 闇と魔素が広がる異空間。

 魔犬はそこを駆け抜けた。

 俺は魔素から身を守りつつ犬の硬い毛にしがみつき、振り落とされぬよう、その暴れ馬ならぬ暴れ犬の背中にかじりついた。




 闇の中をどこまでも走って行く。どれほどの速度なのかは分からない。

 引き剥がされそうになるのを堪え、しばらくすると魔犬の動きはゆっくりとした駆け足に変わった。


『そろそろだ』

『我らはここまでだ。おまえの健闘を祈ろう』

『さあ行け。そして戦うのだ。おまえの全てを使って生き残ってみせるがいい!』

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[一言] ケルベロス。
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