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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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父の死と領地の割り当て

 意識を取り戻した父の容態が変わるまで、それほど時間はかからなかった。

 その日の夜を迎える前に父ケルンヒルトは死を迎えた。ぜぇぜぇと苦しげに呼吸をし、吐血を繰り返して息を引き取ったのだ。

 最期はもう言葉すら口にできなくなっていた父。寄り添う後妻に手を握られたまま、力なく意識を失うようにしてこの世を去ったのである。



 俺も父が横になっている寝台ベッドの横でその様を見ていたが、なんの感情も湧かなかった。

 悲しみも怒りもなく、ただ今まで生きていたものが死を迎える瞬間を見届けただけ……

 そうした自分の気持ちを探っていると、むしろ父や兄たちが死ぬよりも、友人であるクーゼやアルマ、アゼルゼストなどの級友たちが死ぬ事の方が、俺にとってよほど大きなものだという感じを受けた。

 たぶん父や兄は家族ですらなくなったという想いを抱いた時には、道端に転がる石ころくらいの価値しかなくなってしまったのだ。

 父の死よりも友の死の方に、俺は心を揺さぶられるだろう。──それだけの事だった。


 義母はケルンヒルトの死を悲しんでいたが、俺はすぐに葬式の手続きをする事にした。

 墓を掘る者を雇い、棺を作らせるのだ。──この辺りの埋葬法など、死んだ者が不死者として蘇らなければなんでもいいと考えているようなもので、死体を火葬する所もあった。


 ピアネス以外でも火葬の風習はどこにでも存在するが、貴族を中心とする都市社会では、火葬にされるのは庶民だけとするような場所もあるらしい。

 聖別の方法も様々だが、呪術の基礎的な儀式を応用しておこなわれるものが多かった。




 その日は夜になると皆を寝かせ、明日からすぐに葬儀の準備を始めるよう伝えておく。

 使用人も侍女も街に住む人に伝え、それぞれの領地に対しても手紙でしらせを送り、埋葬の日には各地の権力者をウイスウォルグに集める事になったのだった。


 ケルンヒルトが死んだ翌日には町民の労働者を雇って墓穴を掘らせ、家具職人などに頼んで棺を作製するよう依頼する。

 木材を保管している場所から乾いた板を運んだり、手紙を各地に送り届けさせたり。

 その日から数日間は大忙しになった。


 俺はすっかり北西の荒れ地に向かう事を忘れ、ともかく今は亡き父の葬儀を執りおこなう事に集中した。

 クーゼにも手紙を出したが、葬儀に出る必要はないと念の為にしたためておき、ブラモンドとウイスウォルグの間を取り持つ事務員を配備する計画について書いておく。


 慌ただしく数日間を過ごした俺は、各地から血縁の者や地方領主を屋敷に案内し、簡素な棺の中で横たわる父と対面させたり、次の領主であるエンリエナを紹介したり、忙しく働いたのだった。



 エブラハ領のさびれた地方の領主など、庶民とさほど変わらない。

 彼らもエブラハ領全体の領主が誰になろうと、あまり関心を持たないような者ばかりだったが、これから交易路が通り、ベグレザとの交流が増えれば景気も変わるだろう。という言葉には心を動かされた様子だった。



「不滅の神の慈悲の下に、我らのそばから離れ去る者の魂をお救いください──」



 そんな祈祷の言葉を述べるのは神官姿の男だったが、彼は埋葬の時だけ一時的に神官になる者であり、年がら年中神官である「本職」ではない。

 彼の本職は墓守であり、そして棺作りにも参加した技師でもある。

 そして古くから伝わる聖別の魔術を扱う者でもあり、おそらく彼の子供もその役職を受け継ぐ事になるだろう。

 こうした儀式に関する知識は多くの場合一子相伝で、それは特別な知であり、特殊な職業なのである。


 棺の上に紺色の布がかけられ、聖別された水が振りかけられる。

 そして深い穴の底に革帯を使って下ろしていく。

 棺が穴の底につくと巻かれた革帯を回収し、棺桶に土をかぶせていく。

 こうして父との別れが果たされたのだった。



 祖先たちが眠る場所に加わった父を見届けたあとも、ウイスウォルグを訪れた親戚や地主たちをもてなし、小さな宴会が執りおこなわれた。

 遠方から訪ねてくれた人たちをもてなす酒宴が夜まで続けられた。

 酒の席でも今後のエブラハ領の変化について話しがされたようだ。

 このような場でしか顔を合わせない人たちが新しい領主を迎え入れ、さらにはその領主の下で新たな領地の開発が積極的におこなわれているというので、その詳しい話を聞こうと、西側の辺境地からやって来た地主や領主が話の中心に立つ事になった。


 今までよりも格段に人流が増え、公共事業の為の費用が投入されたり、各地にとりでなどを建造し、今後の流通網を広げる準備が整えられていると説明されると、北や東側からやって来た者たちも、西との流通網を繋げようと考える者が現れていた。


 父の死がこのような形で、領地にとって有益な話し合いの場になるとは思わなかった。

 愚かな父の死にも意味はあったのだ。──そう納得する事にして、俺はその日の夜。エブラハ領においてそれなりの地位にある連中を相手に、新しく領主となったエンリエナを支え、どのように領地の発展をしていくか、それを彼女と彼女を支える(執事やクーゼなどの)支援者と共に考え、行動していく事の必要性を説明した。




 こうして酒宴が終わり、俺は──冒険とはまったく違った意味での疲労を感じていた。

 侍女らが用意した湯船に浸かり、父が死んでからの数日の疲労をそこで拭い去ろうと努める。


(こんな働きは冒険者の仕事ではないぞ)


 そう思いながら、磨いてなめらかにした石の浴槽に首を置く。

 父が死に、片方の兄も死んだ。もう一人の兄は投獄され、すぐにでも処刑されるだろう。


 義弟が生きていれば──


 なぜ愚劣な兄が生きていて、あの弟が死ななければならなかったのか?

 頭の片隅でイスカが俺の名を呼んだ気がした。それはきっと、夢魔を装ったあの天使が見せた幻影の印象が強かった所為せいだ。

「くそっ……」

 俺は湯船のお湯で顔を洗うと、湯船から出る事にした。



 頭を柔らかい綿織物タオルで拭きながら部屋に戻り、椅子に腰かけて燭台に火を灯す。

 明日になったら北西の荒れ地に向かおうか。そう考えたが、残される義母も心配だ。

 各地から集まった親戚たちが帰るのを見届けて、それから旅立とう。そう決めると寝台に横になった。



 * * * * *



 翌朝。静かな朝を迎えた。

 寒さは部屋に満ちているが、俺の気力と体力は十全に回復している。

 葬儀を終えて来客していた客たちが帰るまで、俺もケルンヒルトの息子という立場で居続けた。

 各地を治める権力者たちはすでに新たな交易路の建設にともなう、隣国から入って来る品物や人流から得られるもの(経済効果)について考え始めており、ケルンヒルトの事など忘れてしまったようだ。

 早く自分の土地にこの話を持ち帰り、新しい客に出す商品の製造や確保について考えよう、という気持ちになっているのだろう。

 彼らは昼前には自分の住む土地に帰って行った。



 俺はいくつかやっておきたい事もあったが、領主となった義母に呼び出されてしまったのである。


「なんでしょうか」

「レギ──エブラハ領に残っていただけませんか?」

 そう訴えられ、俺は溜め息を吐いてしまった。

「申し訳ありませんが、俺はすぐにでも旅に出なければなりませんので」

「あなたは私を母親とは思っていないと思いますが、私にとってあなたは、私に残された唯一の息子なのです」

 思わぬ告白に俺は声を出して笑ってしまった。

「いやいや、不肖の息子の事など忘れてください。残念ながらその息子は冒険先くたばる定めなのです」

 俺がさも楽しげに笑うのを見て、今度は義母が溜め息を吐く。


「それでも、あなたは正式にケルンヒルトから授けられた領地と家があります」

「おや、そうでしたか。そういえばそんな話をした気もします。その領地もスキアスに奪われたものと思っていましたが」

「ケルンヒルトの書いた書類は残っていますよ。──ほら」

 そう言いながら一枚の羊皮紙を差し出す。

 それはウイスウォルグからさらに南西にある、小さな集落を含む土地についての権利書だった。

 今でも人が住んでいるか分からないような、人の寄りつかない地域だ。

 西にベグレザとの交易路が繋がるとしても、その田舎までやって来る商人などは居ないだろう。

 そこで手に入る商材でもあれば話は別だが。


「なるほど、誰も住みたがらないような土地ですね。ケルンヒルトにも言ったのですが、俺の価値などあの父にとって、その程度のものだったのでしょう」

「この土地でなければ受け取ります?」

「いいえ、土地は特にいりません。──まあ、落ち着ける場所があれば、それがなによりという気持ちもありますが。さっきも言ったように俺には冒険に出る理由があるので、帰って来るかどうかも分かりませんが」

 そう言うと彼女はうなずき、別の羊皮紙を机の上に乗せた。


「こちらはスキアスがジウトーアの死後に書き換えたもののようです。それをあなたの名義に換えましょう」

 それはウイスウォルグの隣にある小さな領地だった。

「小さな領地」と言っても、最初の俺がもらう予定だった土地よりも三倍は広く、そして町に山や森もある比較的豊かな領地だ。


「土地があっても、治めて管理する人物が必要になりますね。そんな面倒な事なら、初めから別の誰かに持たせた方がいいでしょう」

「ではともかく、このメデゥム町の周辺はあなたの持ち物としましょう」

 俺は頭を掻いた。

 義母は初めからそのつもりだったのだ。

「土地の管理は──クーゼとアルマ夫妻に任せますが、それでもいいのなら」

 そう応じると彼女はなにも言わず頷いて見せた。


「ああ、そうだ。渡す物があったんです。ちょっと部屋に取りに戻りますね」

 そう言いつつ部屋に戻るとドアを閉め、影の中から金貨の入った皮袋を取り出す。

 それを持って義母の所へ戻り、机の上に皮袋を置いた。


「これは?」

「エブラハ領に必要になる物ですよ。──金貨です」

 そう説明すると、彼女は皮袋を持ち上げようとして──断念した。

「こんなに重い物は持てませんね。あなたがメデゥム町に行って、自分の家を建てる資金にしてください」

「まあそう言わず。ともかく隠し金庫にでもしまっておきましょう」

 俺はそう言うと有無を言わせずに石壁のブロックをはずし、鍵の開いていた金庫へそれをしまう。


「そんな大金、どうやって手に入れたのですか」

「冒険の醍醐味ってやつじゃないですか?」

「なぜ疑問符……」

「ともかく、俺はすぐにでも予定どおり北西の荒れ地に向かいますので」

「私はここでの仕事を終えたら、一度ブラモンドに戻ります」

「分かりました」俺はそう返事をして、さっそく旅に出ると告げた。

 彼女は不安そうな顔を一瞬覗かせたが「気をつけて」とつぶやいて、俺の行動を認めてくれたのだった。

次話からいよいよ冒険を再開するレギ。領地の一角にある荒れ地で待つものは──

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