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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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故郷のウイスウォルグで

 おかしな夢を見る事もなく、弟が夢に出る事もなく──静かな朝を迎えた。

 目を覚ますとするりと寝台ベッドを抜け出て、いつものように柔軟をし──ふと、腹を押さえる。

「変だな、まったく腹が減っていない」

 俺は肉体の細部を見ようと自らの肉体に解析魔法を掛けてみた。──異常はなく、どうやら活動力エネルギーの消費を抑えて活動が可能になったようだ。

 原因を詳しく調べてみると、どうやら魔女王が俺にほどこした「生命循環の定理」が俺の霊的肉体と融合し、さらに強力な霊的存在として物質的な肉体の性質にも影響を与えていると知った。


「ああ、そういう事か。──しかしこれだと……俺は外見的に老化が遅くなったり、通常の寿命よりも長く生き続ける事になりそうだ」

 それは多くの人間にとって好ましい事に違いないが、集団生活の中では厄介なものとも言える。

 何年も一緒に居てまったく年を取らない者がそばに居れば、誰かがそれをいぶかしく思い、なにか人外のものではないか、危険なものではないかとの疑心を招くだろう。


「……先の事は先で考えるとしよう」

 今から不安になったところで仕方がない。

 なんなら疑いが発生しそうなところに魔術による精神操作を加えて、疑問に思う気持ちを失わせてしまえばいいのだ。


 愚兄に義弟の死について語らせる為に使った魔術よりも簡単で、手間もそれほどかからない。

 人の思考の多くは自らの実害や矜持きょうじなど、自己保存に関わる問題にしか向かないのだから。──そしてその多くは、大抵間違った思い込みから始まっている──それ以外についての漫然とした興味をねじ曲げる事など、高位の魔術師にとっては簡単だ。

 彼らの外部への興味を育てたり変更させたり、その方が失わせるよりも簡単におこなえる。それで十分なのだ。人の不安な気持ちや曖昧あいまいな感情の根源はいつだって、表層的な無意識の影響からくる、意識には判断できない精神の暗がりへの恐怖なのだから。


 彼らは己に無知なだけで、外部にあるものをいとも簡単に誤認する。自身の内部から立ち現れた影を他人の中に見つけると、それを恐れるのだ。

 表層的な無意識の──己の影にすら立ち向かえない者が、無意識の遠大な闇に呑み込まれない訳がない。

 そこには人類という種の中に発生したあらゆる憎悪や悪意がひしめき合い、自分たちの一部に取り込んでやろうとする悪意にむしばまれた怨念の巣窟そうくつの様に、邪悪で禍々(まがまが)しい精神の深淵が口を開けているのだ。


 魔術師と一般人の違いは、自身の無意識について理性の光を照らし、自らを誤認する事なく把握しているかいなかにあるのだ。

 真実の理性を持たない者は誰かが作り出した貧弱な正義の鉄槌を振り回し、欺瞞によって自分を守ろうとする為に他者に攻撃的になり、なにかを敵視していないと不安になるのである。



 魔剣を手に朝の訓練を終えると食堂に行き、小さなパンと乾酪チーズと水を用意して飲み食いを始めた。

 運動後に食事を速やかに取ると、効率良く筋肉を成長させられる。──自らの体を実験台にして調べた結果、そうした肉体の構造を理解するに至った。


「早いですね」

 質素な食事を食べ終えるとエンリエナが侍女とやって来た。

 侍女は俺に頭を下げるとすぐに調理場に入り、義母の食事を用意し始める。

「食べてしばらく休んだら、ウイスウォルグに向かいましょう」

「ええ、幸い工事に関する資金や物資の流れは取りまとめる事ができたので、すぐに出立できます」

 俺はうなずくと馬や馬車の手配を執事に確認し、部屋に戻って自分の旅支度をもう一度確認する。


 エーデンドレイク別邸に物を置いて行っても問題はないが、たぶんエンリエナが住む場所はウイスウォルグにある本邸になるだろう。実家であるその建物には俺の部屋もあるし──

 そこまで考え、もう実家に帰る事もないかもしれないと思い、自分の部屋にある数少ない衣類などを片してしまおうと考えた。


 本邸の自室にはそんなに物は置かれていないはずだ。木を削って作った木剣や、何冊かの本があるくらいか。

 ペルゼダン領の領主の邸宅に父と共に出向いた時、そこの領主の妻からもらった子供向けの本。それにどこから手に入れたかも分からないような古い本が数冊。それは本邸の小さな書棚にあった物を俺が拝借した物だった。

 先々代くらいが残した書物なのだろう。かなり古い、商売や流通に関する事柄について書かれたもので、エーデンドレイク家にも昔は、辺境にある領地をどのように発展させるかを考えていた領主が居たのを暗示させた。


 僻地を開拓するに当たって必要な物を用意し、なんとかウォドクープ山に近い場所に町の基礎を造り、発展しようとエーデンドレイクの祖先は奮闘したのだろう。

 そうしてなんとか各地に村や町を造り、今に至る訳だ。

 ……そのエーデンドレイク家の歴史も、俺の代で途切れる結果になるのだ。エンリエナはエーデンドレイクの名を継いで領主となったが──血筋は失われるのだから。



 俺はいち早く旅の準備を済ませ、いつでも出立できるようにした。

 別邸にはエーデンドレイク家に仕える執事や侍女などの小間使いも多く居て、彼らの中には俺の担当をする者も用意されていたようだが、俺は冒険者として活動していた為、自分の事はすべて自分でやってしまえるのだ。

「俺の事はいいから、他の仕事を手伝ってくれ」

 そう言って侍女を遠ざけたくらいに。


 館の外に出ると馬車が三台、荷車が二台用意され、ブラモンドの街を去る準備が着々と整えられていた。

 馬車にはエンリエナの他に執事や侍女も乗せて行くのである。貴族──貧乏貴族だったエーデンドレイク家であっても──の生活にはこれくらいの人数は関わっているものだ。


 ここ数日でエーデンドレイク家は復興の兆しを見せていると言える。

 愚かな先代や簒奪者スキアス所為せいで辛酸を嘗めさせられていた領民も、きっとこれからは変わっていけるはずだ。


 荷車にウイスウォルグへと運ぶ物を載せている小間使いたちが、なにやら小声で話しているのが聞こえてきた。


「なあ、新しい道を作るってぇ工事のおかげで、おれの兄弟が仕事を得られたんだぁ」

「へぇ、そいつはよかったじゃぁねぇかい」

「ああ、まったく領主様々だぃよなぁ」

「それでェ、あの人のことなんだがぃよォ」

「ぇえ? あの、”れぎすばぁてーぃ”っていう若い男けぇ?」


 そんな会話が聞こえ、俺の名前が領民にとって発音しにくいものだと初めて知った。

 少なくとも子供の頃は──……そういえば、身近な者にしか名前を呼ばれた覚えがない。多くの市民からは「エーデンドレイク家のご子息」といった感じで呼ばれていたのだ。

 俺はあえて聞こえない風を装い、馬の鞍やあぶみを調整しながら彼らの会話に耳を傾けた。


「あんの若ぇもんがスキアスを捕らえてからぁ、こっちにも追い風が吹いてきたんかねぇ。──エーデンドレイク家にもまともなやつがいたんだなぁ……」

「んだんだァ。エンリエナ様を支えて領地の問題を解決するべく帰って来なすったらしいで。なんとかいう学校を卒業したのも、あんの若ェもんらしい」

「スキアスやジウトーアとはだいぶ()()がちがうんだなぁ」


 ……なんだか勝手な期待を含んだ、誤った認識が話し合われているようだ。

 まあ市民どもの噂話など大抵そんなものだろう。

 俺は無視して馬に荷物を担がせ、クーゼとアルマからもらった胸当てと籠手をしっかりと身に着ける。

 荷物を荷車に運び終えた小間使いたちはまだ俺やエンリエナの事で話し合っていたが、その場に近づいて行った執事によって俺の名前が「レギスヴァーティ」だと訂正された。──効果があるかは疑わしいが。



 馬車の用意が整うと別邸から義母が出て来て、数名の侍女と護衛が別邸に残る事になった。

 エンリエナが乗り込む馬車には昏睡状態の父ケルンヒルトも乗せられ、革の敷物ごと横になったまま搭乗させられた。

 護衛も共にウイスウォルグに向かう為、五騎の騎馬が馬車と随伴するようだ。──俺はそこに加わり、ケディンからもらった馬でウイスウォルグに向かう。


「行きましょう」

 エンリエナが小さな号令をかけ、先頭の騎馬がひづめを鳴らして歩き出す。

 俺も馬車に乗るようエンリエナからうながされたが、自分には馬があると言って葦毛あしげの馬にまたがった。


 ブラモンドの街から貴族の馬車が出る。

 街に暮らす人々は興味津々といった様子でその一団を見守っていた。

 ブラモンドから西へ。整備された道をゆっくりと進む馬車。

 今日は道の先まで青空が広がっている。

 澄んだ空の向こうには土色の山脈が見えており、枯れた草の上を歩く鹿の姿がちらほらと見える草原のそばを通って、南へ向かう道へ曲がって行く。


 ウイスウォルグから来る荷車と何度かすれ違い、貴族の馬車はとどこおりなく道を進み続けた。

 この道も固く踏み固められており、整備された道の外側に雨水が流れる細い溝が作ってあった。一直線に延びていた道が途中から緩やかに曲がりくねると、丘や大きな岩を避けて移動を続けた。

 休む事なく進み続けると昼を大きく回った時刻に、ウイスウォルグへと帰って来る事ができたのであった。


「懐かしい」

 その街を囲む壁にさえ懐かしさを感じる。

 壁を越える為の門には複数の兵士が待ち構えていて、外部からやって来る危険なものに対する準備が為されていた。

 領主が到着すると彼らは半開きの門扉もんぴを目一杯押し広げて、俺たちを迎え入れてくれた。


 ずいぶん久しぶりの故郷の匂い。

 この街はその発展の歴史と共に拡張され、囲壁いへきは所々で外側へと突き出すみたいにその形を変えている。

 北西側に位置する門から街の中へと滑り込むと、街の中心へと向かって移動を続けた

 昼過ぎの街中は活気づいていた。ウイスウォルグにも交易路が作られる事で発展の機会を得ているのだ。すでにクーゼの商会が街での整備を中心に、いくつもの町や村との繋がりを強化しているところだった。


 護衛の騎馬が屋敷の前まで来ると門が開けられ、待ち構えていた数名の侍女に見守られながら義母の乗った馬車が敷地内に入って行く。

 執事や侍女を乗せた馬車は裏口に向かい、そちらから入って馬車を降りるのだ。

 俺は義母の馬車の後方からついて行き、数名の──俺の顔を覚えていた侍女に深々と頭を下げられながら厩舎きゅうしゃへと馬を歩かせた。


 厩舎のも見知った馬番が居たが、だいぶ年を食っており、俺の名前を覚えているかどうかも怪しい雰囲気を漂わせている。

「レギスヴァーティ様。お久しぶりでございます」そう言って馬の前に立ったのは、耄碌もうろくしてきた馬番の息子だった。こちらの息子も結構な年だがまだまだ壮健であり、新たな馬を見て「どこで買われたのですかな」などと尋ねてきた。

 俺は小鬼ゴブリン退治の報酬としてもらった経緯いきさつを話し、大事にしてやってくれと頼むと、彼はもちろんだと請け負ったのだった。



 馬に負わせていた背嚢はいのうを担ぐと、久しぶりの我が家に向かった。──もう十年以上帰っていないのではなかっただろうか。なんだか最近いろいろあり過ぎて、それよりもずっと昔だったようにも感じられる。

 改めて屋敷の前に立って建物を見上げていると、馬車や荷車の荷物を確認していた執事が戻って来て頭を下げた。


「今後はレギスヴァーティ様もエブラハ領に残り、奥様と共にこの領地を盛り立ててくださいませ」

 そう言ってまた頭を下げた執事にならって、背後に控えていた二人の侍女も慌てて頭を下げる。


「ダルナール。俺は家督かとくを継ぐ気はないよ。領主の地位は義母に引き継がせたはずだが?」

「そうおっしゃらないでいただきたい」

 エブラハ領には、奥様にはあなたの力と知恵が必要なのです。執事のダルナールはそう言って俺を引き留めようとする。

「無理だ。俺は冒険者を辞めるつもりはないし──だいたい父と兄。その両方があのざまだったのだぞ。領民にとっても、その方がいいはずだ。名前だけエーデンドレイクが残り、エンリエナという外から来た後妻が領主となった方がな」

「しかし──」

「義母なら大丈夫だ。あの人は父や兄よりもずっとまともで、理知的な人だからな。領地経営の事はおまえたちが支えてやればいい。それに俺の友人クーゼたちも協力してくれる。なにも問題はないさ」


 執事はしばらく目を閉じ黙り込んだ。

 そうしてあきらめたように小さな溜め息を吐くと「かしこまりました」と答えたのである。

「表層的な無意識の影響からくる~」意識に近い部分に浮き上がりやすい、無意識の暗い情動の影響。根っこの深い部分のものではなく、表面的な取り除きやすいもの、といった意味。多くの場合「表層的なもの」も暗く深い場所にあるものからの影響で立ち現れてくるので、表層的なものを取り除いても根源的なものを除かない限り何度も同じ事を繰り返す結果になる。


ちなみに群衆心理もこうした非人間的な精神の暗がりからやってきて、狂った熱狂の中で個人の隠された欲望を露呈させてしまう。

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