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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第二章 魔狩りと妖人

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ケアーファード領内 ー水の精霊との遭遇ー

 セベナの町を出て、ケアーファード領内にあるドナッサングの街へ向かう前に、宿で食事を取り、昼食用の包み(弁当)を作って貰った。


「ドナッサングへの道は危険ですよ、領境にプラヌス側の砦が建っている場所があります。そこから先へは岩山の間を抜ける道が続きますが、そこから先へ行くと、魔物や亜人種が多く住む森や山に近く、こちら側より数倍危険だと言われています」

 料理を提供してくれた女将がそう告げる。

 俺は「気をつける」と応えて宿屋を出た。


 空を見上げると若干雲行きが怪しい、灰色の雲が遠くの空の一部に広がっている──風向きはよく分からない。

 低い位置にある雲は灰色の雲がある空に向かって移動しているが、灰色の雲は高い位置にあるせいか、その場に留まっているように見える。


「気味が悪い」

 何故だか不吉なものを感じた俺は、灰色の雲から逃げるみたいにしてセベナの町を出て行ったのである。


 秋に入ったはずだが、空には夏の雲がちらほらと見えている──巨大な白い積乱雲と茶色と緑色の山脈が重なって見えると、夏に逆戻りしたみたいな気分になった。

 気温は高く、歩いているうちに汗を掻き始める。


 背嚢はいのう革帯ベルトにはある仕掛けが施されていて、背中に密着しないようにする機能が付けられている。この機能のお陰で背中が蒸れる事もなく移動できたが、背嚢を支えて空間を作る部分に重さが掛かりやすく、ちょっと痛くなってきた。

 慣れるまでは腰や肩の負担が増えるかもしれない。


 道の途中で離れた場所に鹿や山羊の姿を何度か見かけた。空には大きな翼を広げて旋回するたかはやぶさの姿も見える──遠くから口笛を吹く様な鳥の鳴き声が聞こえても来る。

 この辺りは植物も動物も豊富にあるのだろう。南側にある山脈から吹き下ろす風には、生き物たちの生命に溢れた匂いが感じられた気がした。


 一定の速度で歩き続けていると、踏み固められた道の先に物々しい建物が見えてきた、それは灰色の石などで組み上げられた砦だ。

 かなりの大きさがあるしっかりとした砦の周囲には、鉄の鎧などで武装した兵士らの姿がある。

 兵士らは訓練に集中していて、旅人にいちいち声を掛けるような事はしなかったが、たった一人で歩いている冒険者風の男をいぶかしむ様子で見ている者も居た。


 こちらも別に彼らを労う理由もなければ、えて絡んで行く必要も無かったので、砦の横を素通りして先を急ぐ。

 山脈が砦の後方から道の方とへと伸びている、山肌に少しの草木を生やした岩山が、道のすぐそばまで迫っている。


 道の先は右側に急斜面の山肌が、左側に崖状の岩山がそびえ、二つの山の間を抜ける様に道が右に左に曲がりながら通されていた。山脈側の急斜面の崖には所々草木が生え出て、谷間を抜ける風に揺られる、小さな白や青の草花が群生している場所もあった。


 威圧感のある岩と山の間を抜けた先がケアーファード領だ。谷間を通り抜ける時間はそれほど長くはなかったはずだが、道に転がっている大きな岩の塊などを見かけると、いつこうした物が落ちてくるか分からないと気を張っていたので──長い時間歩き続けたような疲労を感じていた。


「ふぅ、少し落ち着く……」

 しかし、むしろここから危険が続くのだ。レインスノークやセベナで聞いた話では、この辺りは人が滅多にやって来ず、魔物や亜人種たちの縄張りと化している──少なくとも町に居た連中は、そう思っていたようだが……


 特にそれほど危険が潜んでいる様子はない。離れた場所に森や草原が見えるが、生命探知を使って確認しても、小さな動物の気配がある中に稀に、少し大型の獣らしい姿が確認できたくらいであった。


「噂に踊らされたか」

 谷間を通る踏み固められた道を進みながら独り言を呟いてみる。孤独が続くと独り言が増えるらしい、どうせ他人と関わっていたって、つまらん世間話をするくらいだろう。それならば独り言を呟く方がまだマシだ。


 それにしても狭い峡谷を抜けた先に、だだっ広い広原があるとは聞いていなかった。道なりに行けばドナッサングの街に着くと聞いていたが、それも噂だったらどうする? そんな疑念が沸く。

 とにもかくにも道を進み続けるしかない。


 しかし、道の左手の空──北側から灰色の雲が近づきつつあった、雨雲なら勘弁してほしい。新しく購入した背嚢は防水加工も優れているが、俺自身は防水加工ではないのだから。

 冗談は置いておき、少し早歩きで街を目指す──そう言えば正確な距離を聞いていなかった。一時いっとき(二時間くらい)ほど歩けば着くらしい、などと聞いたが、それらしい建物は見当たらない。


「まさかドナッサングを囲む囲壁は崩れ去ってしまったか?」

 物騒な考えをしつつ道の先を見回すが、人工物は一切見当たらない。あるのは森や丘、窪地くぼちになった場所にある水溜まり──池くらいだ。


 その近くを通る時、水場で喉をうるおしていた鹿と目が合った。二匹の鹿はこちらを見ていたが、急にさっと後ろを振り返ると、そのまま駆け出して行く。


「あらら、そんなに怖いかな俺……」

 自然に生きるものが鋭い嗅覚などの感覚を持っている事は知っているが、まさか俺の素性についてまで知り得るとは思わないが……

 そんな風にあらぬ想像を膨らませていると、鹿たちが逃げ出した本当の理由が分かった。


 池の水が波紋をざわざわと集めると、その中心に水の柱が立ち上がり、人型を模した何かが姿を現したのだ。

 それはこちらを見て、池の上を滑って近づいて来る。


「おいおい、厄介事は勘弁なんだが」

 そう言いながら身を守る為に魔剣を抜き放つ。走って逃げる事も考えたが、()()()()がその気なら、おそらく素早く回り込んで退路を塞ぐか、無防備になった背中に水の槍を撃ち込んで来るだろう。


 以前にも水の精霊と戦闘になった事があるが、かなりの強敵だ──精霊が人を襲う為にわざわざ現界(精霊界などの高位界から物理的な姿を得る事)し、姿を見せるなど、まずない事だが──やはり魔神との接点を持ったせいか? 剣を構えて迎え撃つ姿勢を取ると、水の精霊は口を開いた。


『待ちなさい、私よ』

 それは覚束ない発音で言葉を発したが、人の言葉に間違いない。


生憎あいにくだが、水の精霊に知り合いは居ない」

 俺がそう返すと、腕を広げて「呆れた」という風な仕草をする──妙に(人間の)女性的な動きだった。

『水の精霊を前にして大した余裕ね。さすがは()()()()()()()()()()()()()と言うべきかしら』

 その言い回しにはなんとなく覚えがある。


「まさか──ディナカペラか?」

『ご名答』

 その水の精霊はそう言って水の手をパチャパチャと叩く。

「驚かすな、水の精霊との戦闘なんて冷や汗が出たぞ」

 すると水の精霊は口元に手を当て笑うような仕草をする──、笑い声は聞こえなかったが。


『ごめんなさい。しかし、あなたに伝えるべき事があったの』

 水の精霊を使役(支配?)してまで伝えに来るとは、いったいどんな内容なのか……

 草地の上に立つ水の精霊は女性の姿形を模しているが、足先は水の塊になっていて、地面から浮いているみたいに見える。


『あなたは今ベルニエゥロの情報を求めて、アガン・ハーグを探しているのかしら?』

 彼女の言葉に「そうだ」と返事をする。

『妖人と呼ばれるアガン・ハーグは、鳥と蛇を合わせた様な見た目の魔女──というのは、知っているわね?』

「ああ」

『だけど、あの者らは通常の<魔女>とは違う──魔神の血を飲んで異形化した、正真正銘の化け物よ。私は<魔女王>なんて呼ばれる事もあるけれど、あいつらと積極的に関わった事は一度もない──危険な連中よ。奴らに接触する前に、奴らの苦手な<新月光の刃>を魔女から貰うといいわ』

 水の精霊(ディナカペラ)はそう言って、離れた場所にある山を指差す。


『あの山の裾野に広がる森。あの森には魔女が住んでいるわ、彼女らを頼りなさい。この<三宝飾の指輪>を見せれば、彼女らの協力を受けられるでしょう』

 水の精霊はそう言うと手を伸ばしてきて、手の中に浮いている物を指先に移動させる。

 それを摘むと、紅玉ルビー紫水晶アメジスト青玉サファイアの三つの小さな宝石がめ込まれた銀の指輪だった。


『それは、私の友人である証の様な物よ。私が懇意こんいにしている魔女たちなら、それを見せればあなたを受け入れてくれるわ』

 なるほど、と頷いてその指輪を適当な指にめる。


 水の精霊は頷いて──ゆっくりと足下から水になって消えて行く。まるで地面に溶け込んでいくみたいに見えた。


『それと<魔狩り>の連中に注意しなさい。ケアーファード領では最近になって、レファルタ教の<秩序団>に所属する魔狩り部隊が、活動を活発化させているらしいわ。奴らの中には()()()()奴が居る、注意する事ね……』

 そう言い残して、ディナカペラの声は水の精霊の姿と共に消え去った。


「魔狩り……魔女や魔物を敵視する狩人か──兵士を使うより、秩序団に魔物の討伐を依頼した方が安上がりなのか? とてもそうは思えないが」

 ケアーファードの領主はもしかすると、レファルタ教教会に多額のお布施をしているのかもしれないな。


 ……あり得る事だ。

 領民を苦しめている奴が、神の前には平然とその汚らしいツラを晒して、微塵も躊躇ためらわずに嘘を並べ立てるのだ。我々は苦しんでいます、などと言った具合にな。


 ──笑わせる。そんな連中の金を手にして喜んでいる教会の連中も同じだ。奴らこそ、汚らわしい人の皮を被ったけだもの、あるいは化け物だ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公は身分が高い人に何かトラウマでもあるんですか?
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