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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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領地に関係する人々の意思

 霊的な世界の中で活動している時にも肉体は眠りにつき、夢を見ていたようだ。

 朝になってぼんやりとその記憶が残っているのを感じ、どういった夢だったのか探ろうとすると、その夢はいかにも奇妙な内容で、雑然とした印象だけが強調されて形作られたもののようだった。



 巨木の上で横たわっている俺。

 眠っているのかぴくりとも動かない。

 ()()()()()()()()()()俺を見下ろしている俺が居る。

 ただじっと、その光景を見ているだけの夢だった。



 まるで布かなにかのように木の枝に引っかかった様子の俺。もちろん現実なら、枝が体重に耐え切れず折れているはずだ。

「いったいなにを暗示しているんだ。この夢は」

 いや、意味などないただの夢に過ぎなかったのだ。俺はそう思う事にして部屋を出た。


 早朝の別邸は数人の侍女が動き回っていた。

 新たに雇い入れた侍女も居るらしく、すれ違う度に驚かれたり、挨拶されたりする。

 食堂に行くと料理人が厨房に居て、朝食と昼食の準備に入っていた。かなりの人数分が用意されているところを見ると、館の一部は事務作業などをする者が入っているらしい。


 俺は朝食は取らずに水だけを口にすると、魔剣を手にして庭に出た。

 簡単な運動をしながら夢の内容について考えたり、今後のエブラハ領のあり方について考えをまとめたりしていた。

 領主になる義母に、エブラハ領をどのようにしていけばいいか、ある程度の目標というか、運営の展望を説明する必要もあった。──少なくとも前領主たちのような、領民を苦しめるような方法で領地を治めようとすれば、今度は彼女が攻撃される事になる。


 彼女はあくまで前領主の後妻であり、この領地とはなんの関わりもない人物だ、という想いが領民の中にはあるはずだ。

 その中には否定的な想いを抱いて、彼女を排除しようと行動するような者も出るかもしれない。

 そうならないよう領民との関係を重視しながら、まずは信頼と租税の両方を得るよう努めなければならない。

 領地を運営しつつ自分の生活も守るには、彼らから金品を授受し、その金や物資を自分と領地の為に使わなければならないのだ。

 むろん税を取り立てれば反感を買う。

 しかし、その税がなければ領地の保全もおこなえない。──それを周知する必要がある。


「──という具合に、税金をなにに使っているかその一部を公開し、市民に対して租税の必要性を理解させる必要がある訳です」

 朝の稽古をしていた俺を尋ねてやって来たエンリエナから、ウイスウォルグにはいつ行くのかという話をされ、その前に今後の領地の運営について説明した。

「……それは確かに、領地の維持や発展に税金で徴収されたお金が使われていると理解されれば、領民の不満も多少は和らぐかもしれません」

 義母は朝食を食べながらそう言ってうなずく。

 俺は薄味の薬茶をちびちびと口にしながら彼女に説明を始めた。


「交易路が開通すれば多くの人がエブラハ領を訪れる事になり、そうなればいい事も含め、悪い事も起こる可能性が出てきます。

 なによりこれは、市民の外国に対する知識を広げる機会になり、それはこの領地の外に人が出て行きやすくなる事に繋がります。

 それは一見すると領地に不利益になるように思えますが、そうした行動に出る者は一部に過ぎないでしょう。問題は市民の知識や考えが旧態依然のままではいけない、という事実です」

 俺はそこまで口にして薬茶を飲む。


「彼らに教育の機会を与える必要があります。そこで、エブラハ領にも学校を作るべきだと考えています」

 そう提案すると、彼女は少し難しい顔をした。

「しかし──学校を設立しても、人が集まらないのではないでしょうか」

「そうですね。ただでさえ農作業しか従事してこなかった農民などには、勉学の重要性を理解していない者が多いでしょう。

 それに学校と言っても、そんな大きな建物の事ではなく、小さな学びでいいのです。問題は教師と近い場所できちんとした語学、習字、計算などを学べられればいいのですから。

 だからまず農民などを中心に呼びかけ、子供に学ぶ機会を与えようと親に思ってもらう必要があります。だから初めはまず学びに来る子供たちに昼食を与え、彼らの両親が進んで子供に教育を受けさせる環境を整える必要があるでしょう」

「そうなると、それに税金が使われていると示すのが一番ですね」

「そのとおりです」

 さすがに飲み込みがいい。うちの不出来な父親や兄とは大違いだ。


 子供であっても労働に駆り出されてしまう農家など、そうした古い慣習を持つ人々に対して、勉学の必要性を理解させるのは難しいかもしれない。

 しかし読み書きができて不都合な事などない。

 そうした技術が身を立てる役に立つと分かれば、彼らも自分の子供に教育の機会を与える事の意義に気づくだろう。


「これからはベグレザからの人の流入も増えます。文化的に優れた彼らとの軋轢あつれきをなくす為にも、民衆に教養や公衆作法(マナー)について理解させる事も重要になるでしょう」

「そうですね。近頃は商業ギルドが手配した『公衆衛生』の流布と、石鹸せっけんの取り引きの増加でずいぶん変わったと思いますが」

「まああれは石鹸を売り込む為の一手、という意味が強いですが。結果的に民衆の衛生観念が飛躍的に良くなったのは間違いありませんね」


 クーゼなどが商業ギルドと手を組んで、各町で宣伝活動キャンペーンをおこなったのだ。

 初めの頃は領の外から仕入れた石鹸を売っていたが、クーゼはコサボ村の炭焼きと交渉し、現在は炭を使った石鹸を作って売り出している。──黒く、匂いも独特な石鹸だが、汚れが落ちると評判だ。

 俺がエインシュナークからエブラハ領に戻った時には、公衆衛生について気をつかう人が増え、道端に食べ残しや汚物が捨てられる事はほぼなくなっていた。

 そうしたきっかけを与えたのがクーゼだと知って、この幼馴染みを誇らしく思ったものだ。──もちろん商売を広げる為の手段だったとしても──



 こんな話をエンリエナに聞かせ、ウイスウォルグには明日にでも向かいましょう。という事になった。

 彼女は向こうで一日休養を取り、俺は早めに北西にある荒れ地に旅立つと告げておいた。──理由を聞いて彼女は首を傾げていたが。

 本当に遺跡と言える物なのか見るまでは分からない。たまたま石の削れ方が紋様に見えただけ、という事もあり得る。

 それでも気になったので自ら出向いて調べるのだ。



 別邸を出ると静かな街の様子を眺める。──他の国の街などに比べると発展しているとは言いがたい街だが、それでもだいぶ昔よりは開発が進んでいるとも感じる。

 公共施設も増加し、公衆浴場に水汲み場。木材や石材置き場。氷室ひむろは街のいくつかの場所に設置されていた。


 俺は早朝の街をぶらりと歩いて回り、囲壁いへきを越えて街を照らす朝日が大通りの舗装路を照らし出す頃、クーゼの店に行ってみた。

 ブラモンドの街の中に三軒ほどクーゼの店があるが──今ではもう少し増えているかもしれない──、一番大きな店の裏手にはドゥアマ家の住居があるのだ。


 現在クーゼの両親は雑貨屋を経営し、中心的なあきないであった防具屋はクーゼに継がせた。

 両親は商売のほとんどを息子夫婦に譲りながらも、雑貨屋を手伝っているらしい。

 俺はクーゼの両親には良く思われていないので──あの頃の息子という事では致し方ない──、あまり話した事がなかった。別段こちらも会話をしたいとは思わないが。


 防具屋の裏手に回ると、そこには庭付きのそこそこ立派な石造りの建物が建っている。まだ店は開いていないので裏口に回るしかなかった。

 早朝だが庭に人が出ていて、洗濯物をする為にお湯を準備しているようだった。庭に井戸があるのはたぶんここくらいだろう。

 そこから水を汲み、大鍋で湯に変えた物と水を合わせてぬるま湯にしているらしい。それを使って洗濯婦とアルマが洗濯をしようとしていた。


「精が出るな」

 裏口にある小さな鉄柵から声をかけるとアルマが驚いた様子で振り返る。

「なんだレギか。おどかさないでよ」

 そう言いながら裏口の戸にかかった鍵を開けてくれた。

「洗濯に湯を使うなんて、さすが豪商だけはある」

「豪商? ──冗談でしょ。クーゼはいつも言っているわ。他の領地、他の国の本当の豪商に比べたら、うちは質素な方だってね」

「まあ、そうかもしれん」

 だが冬場になるからといって、多くの市民は洗濯に湯を使うなんて事はしない。井戸の水は川の水よりはぬるいし、それを汲んでそのまま洗濯するのが普通だ。


「それでなに? 洗濯をしてほしいの?」

「なんでだ。──そうじゃない、ええと……なんだったかな」

 俺がなぜここに来たのか悩んでいると、アルマは小さな溜め息を吐く。

「いいから中に入ったら? もうクーゼも起きているはずだから」

「うん」

 そう言いつつ家に上がろうとすると、そう言えば昨晩、クーゼからアルマをねぎらうよう言われていたのを思い出した。

「ああ、そうだ。──領主補佐の役目ありがとう。今後もできるだけ義母を支えてやってくれ」

「ええ、わかってる」

 彼女は割と素っ気ない感じでそう答えたのだった。



 幼馴染み(クーゼ)の朝は遅かったようだ。

 クーゼが言うには「久しぶりに酒を飲んだものだから二日酔いになった」らしい。

「もともと酒が強いわけでもないでしょ」

 朝食を用意しながら言うアルマ。俺の分もいるかと聞いてきたので「大丈夫だ」と答えておく。

 するとアルマは変わったお茶を出してくれた。

 紅茶のような色だが濃い赤茶色が印象的で、匂いも独特だった。──あまり美味しそうな香りではない。


「これは──?」

さびよ」

「さ、錆⁉」

 俺が驚いて声を上げると彼女は吹き出す。

 エブラハ領ではついに錆まで口にしなければならないほどに──とか考えたが、そんな訳はないとすぐに思い至った。

 だいたいドゥアマ家はエブラハ領の中でも貴族についで裕福なはずだ。錆を飲むような真似をする必要がない。


「冗談よ。それはマゥナス領で育てている茶葉でれたお茶。栄養価が高い品種と言われているわ。──香りは独特だけど味は豊かなの」

 そう説明された俺は幼馴染みの悪趣味な冗談に溜め息をこぼし、変わった色と香りのお茶を飲んだ。

「茶葉と言うよりも薬草に近い植物だよ。正確には。それを発酵、乾燥させて茶葉に仕上げた物だね」とクーゼが解説する。

 飲む時に鼻につくのは薬っぽい臭い。

 しかし一度口に含むと、不思議と爽やかな香りに変化して、後味もすっきりとしたさわやかな香りを残す。

 味わい深く、紅茶にはないコクが感じられる不思議な茶だ。


「うん、いいね。──そういやマゥナス領と言えば鉄鬼巌窟がある辺りじゃないか? 山の中で栽培するとしたら、小鬼ゴブリンの領域近くだろう。危険じゃないのか?」

「それは大丈夫──なはず。確かに山の斜面で栽培しているけど、小鬼の洞窟から離れているし、茶畑の近くにはとりでも設置してあるから」

「へえ、ずいぶん慎重なんだな。というか、畑や砦の建造にも関わったのか?」

「まあね。──そもそもこの『ケプロナ』という薬草は滋養があるというので、ピアネス北の山岳地域や、フィエジアの方ではよく飲まれていたみたいだ。

 これを茶畑にして飲んでいるのを知って、それを量産して売りに出そうと提案したのはぼく。戦士ギルドにも協力してもらったけど、お金も結構出したかな」


 だいぶ前から商売の手を広げていたクーゼたちだったが、実りの時期を迎えたという事らしい。これからますますエブラハ領を中心に活躍する商人となるだろう。


「では学校の建設も頼むぞ。それが将来エブラハ領の価値を、ぐっと引き上げる結果になるはずだ」

「そうだね。まずは規模の小さな──民家を借りての実験的なものになるだろうけど、子供たちが自らの手で生きるすべを手にするのはいい事だからね」

ケプロナは創作(架空)の物です。

レギが「錆だ」と言われて信じたのは昔馴染みからの言葉だったからでしょうか。子供の頃からの知り合いの言葉を受け、ある意味子供のように反応した──みたいな。

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