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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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級友との別れを惜しみ……

「では行こう」

 馬車に乗り込んだアゼルゼストが言う。

「ああ、俺はベギルナのある丘の下までの帯同だが」

「おっと、そうだ」

 走り出した馬車の窓からアゼルが手を出し、軽く手招きをする。

「なんだ?」

「帯剣許可の羽根を外していいぞ」

 そう言いながら自分の襟を指差す。

「ああ、これか」

 襟に付けていた青い羽根飾りを取ってアゼルに手渡す。

 アゼルはそれを受け取ると、進んだ先の門で待つ番兵にそれを渡した。


 緩やかな坂を下り、ゆったりとした動きで街中へと延びる舗装路を行く。

 まだ朝早く人通りは少ない。

 それでも歩道を歩いている市民は、二台の貴族の馬車が道を通るとその歩みを止め、馬車に向かって小さくお辞儀をするのであった。

 彼らにとってライエス家とは、まさに自分たちの生活を守ってくれる領主であり、君主なのだと認めているのだ。


 街の大通りに出ると、街の外から風が吹き込んできたのを感じた。開かれた大門から壁の外の空気が流れ込み、冷たい空気が肺を満たす。

 樹液を凝固させた物を取り付けた車輪が、静かに路面を転がって行く。

 石畳の路面であっても、弾力のある軟らかい緩衝材タイヤが車輪の音を消してくれるのだ。

 懸架装置サスペンションが働いて、馬車の乗り心地は相当良いものらしい。窓から顔を見せるルディナスがそんな事を話してくれた。

「本当は私も馬に騎乗して行きたいのですが」そんな言葉を付け足して。


 ベギルナに続くまっすぐに延びる道に進む前に、谷を迂回して行かなければならない。

 ベネシアンの街から南下し、崖と谷を回り込んで行く。

 道の途中にある町や村を素通りし、休まずに進み続けた馬車と騎馬の一団。

 相変わらず空模様は曇りの隙間からときおり青空が覗くような状態が続き、寒々とした旅路になった。雨にこそ降られなかったが、たまに冷たい北風が横っ面を撫でてゆき、思わず顔を背けてしまう。


 馬車の速度も通常より速く、それぞれの馬の口から白い息が上り始めた。

 かなりの距離を移動した先で、街道の横にある平地に馬車を止めると、そこで馬を休ませる事になった。

 長い間座席に座っていたアゼルルディナスは外に出てくると、同じような動きで背伸びをする。


 先を走っていたもう一台の馬車から武装した数人の護衛に混じって、一人の若者が降りた。

 彼は濃い緑色の外套マントを肩から下げ、青い宝石の付いた銀の首飾りが映える朱色の上着を着込み、手には短い飾り杖を持っている。

 その魔術師の手にした杖は複雑な象徴が彫り込まれた物で、材質は謎。三色の色に塗られており、魔法の行使に特化した杖だと思われた。

 大柄な銀の首飾りにも象徴的な意味があるようで、どうやらピアネスの国家付き魔法使いの証の役割もあるらしい。


「うん。彼は二年前にエインシュナークを卒業した生徒で、士官学校を経て『国家魔法師』の資格を得た魔法使いだ」

 アゼルゼストは俺の質問にそう答えた。

 数年前から士官制度に魔法師の役職が加えられたとの事だ。

 主に魔法師は攻撃系の術者が求められるが、魔術の心得がある者は、宮廷魔導師の手前にある「候補」術師とか言う肩書きが与えられるのだとか。


「そんな事になっていたとは」

「しばらくピアネスに居なかったのだろう? 知らなくても無理はない。──それに、中央に居なければ分からない事だからな」

 優れた魔法使いの国外への流出をなくす為に作られた制度なのだろう。多くは軍隊に配置されるか、領主付きの私兵に組み込まれるようだ。

 軍隊に配属されると言っても、基本的に戦争での魔法使用は禁じられている為、魔物や亜人の討伐に対応する軍事活動に組み込まれている。とアゼルは説明する。


「ここ数年で亜人の活動などが広まりを見せているからな。奴らを排除するのが領主にとって、大きな役割となっている」

 それは自分の領土でも同じだとルディナスは口にした。

 シャルディムでも危険な生物などの活動が増え、対策に追われているのだ。

 ピアネスでも新種の魔物の出現などがあると戦士ギルドで知らされた。

 俺自身、あのふくろうぐまに遭遇したのだ。

 なぜこんなにも世界は不穏な気配に満ち始めているのか。──その疑問に対する答えはきっと、上位世界の連中が知っている。


 上位存在。それがどのような類に属するものかは知らないが、魔物などの存在が現れる理由は、自然世界のことわりとは異なる世界からやって来るのに違いない。

 大陸中に亜人や魔物の襲撃の報告が増加し、戦士ギルドだけでなく、各国の権力者たちもさすがに気づき始めただろう。──危険が迫りつつあるのではないか、という事に。




 馬たちを休ませ、人間もまたそれぞれの仕方で休憩を取ると、再び移動を再開する。

 残りの道程はそれほど長くはない。一時いっとき(約二時間)に満たない時間で王都ベギルナに辿り着くだろう。それも起伏のない直線の街道を進めばいいだけだからだ。

 ……道の途中にある広々とした野原に、数人の冒険者たちが集まっているのが見えた。どうやら小鬼ゴブリンの群れと戦っていたらしく、離れた場所にある森を警戒しながら、小鬼の死体から戦利品を剥ぎ取っている。


 街道の北と南には林や森、川や池もある。

 街道から離れた場所の地面は起伏があり、大きな岩や剥き出しの地面が盛り上がった丘もあり、この辺りには動物の姿も多いはずだ。

 もっと街道を進んだ先には畑などの農地が作られ、石垣や木の柵が広範囲を囲み、畑と街道の安全を守る為にある、とりでやぐらが見えてきた。

 櫓は真新しく、砦の壁から櫓に向かって通路と階段が伸びていた。

 どうやら中央都市を守る為に、交通の要衝を守る砦や櫓の建造に、今まで以上に資金が回されたらしい。

 しばらく見ない間に、街道周辺の様子も変わってきていた。




 日差しが雲の隙間からこぼれ、遠くに見える都市を照らし出した。──それはつかの間の事だったが。

 ベギルナを囲む囲壁いへきと、その壁の上から見える高台に建つ白亜の城が見えると、その威風が国のあり様を示しているかのように思われた。

 その姿はさも間然とするところがないかのように、その純白の城が持つ尖塔が天に向かって人間の、地上での権威を振りかざしているかのごとく。


「そろそろお別れだな」

 城壁が遠くに見えている頃合いで俺は言った。

 すると馬車の中からアゼルが顔を覗かせ、道幅の広くなった場所に馬車を止めようと言い、御者に向かって指示を出す。

「わざわざ止まらなくてもいいのだが」

「そう言うな。ルディナスとはしばらく会えなくなるかもしれんだろう。──もっともそれは、俺たちの間もそうかもしれんが」

「わかったよ」

 前方を進む騎馬が街道をそれて、地面の剥き出した広場状の土地に馬車を先導する。十字路の近くにある空き地に馬車が滑り込むと、アゼルゼストとルディナスが馬車を降りて来た。


「別に馬車を降りなくてもいいだろう」

「おまえも馬を下りろ。渡す物もあるからな」

 アゼルはそう言いながら馬車の後方に回り込んで行く。荷台に置かれた箱からなにかを取り出そうとしているようだ。

 俺が馬を下りるとルディナスが近づいて来る。

「偶然にも再会できてよかったですレギ。また──いつか、旅の話を聞かせてください」

 ルディナスが神妙とも言える顔でそう言い、スカートをつまんで整ったお辞儀をする。

「……ああ。そうだな、機会があれば」



 不思議な間があった。



 風も止み、馬も息をするのを止めてしまったかのような、一瞬の静寂。

 顔を上げてこちらを見た彼女の表情は憂いを帯び、そこには若き日の面影はなく、一人の魅力的な女性が寂しげに立っていた。

 その瞳にはなにか訴えるものがあったが、俺はそれを無視した。

 彼女がなにを望むにしろ、それは──叶う事のない想いなのだから……




 馬車の荷台からアゼルが近づいて来た。その手には二つの皮袋を持っている。

「これを」

「なんだ、重そうに……。まさか」

「ああ、残りの三千枚の金貨だ」

「俺の馬の足が途中で折れなければいいんだが」

 俺がそう言うとアゼルは笑った。

「俺の伴侶となる人が言っていたぞ。レギは重さを軽減する魔術にも精通しているかもしれない、とな。それがあれば貨幣かへいの重さもそれほどの物ではないだろう?」


 やはりセーラメルクリス嬢は食わせ者だ。まさかそこまでこちらの技量を見抜いていたというのか。

 俺は級友の言葉には取り合わず、二つの皮袋を馬の左右に固定した。

「それでは領地に戻ったら、さっそく領収書を発行しよう」

「急ぐ必要はない。そちらの工事に使う資材をこちらから送っているからな。その時に必要であればこちらのつかいに渡してくれ」

「了解した。交易路の件。くれぐれも上の方の動きには注意してくれよ?」

「大丈夫だ。信頼できる者にだけ協力させるようベゼルマンにも言い含め、大臣にも手を回しているからな」

 俺とアゼルは固い握手を交わす。

 ルディナスは離れた場所から、そんな俺たちの様子を少し寂しげに見守っていた。



 馬に乗ると、葦毛あしげの丈夫な馬がぐらりと横に揺れた。さすがに金貨の入った大袋を二つも持たされ、重そうにしている。

 ──少し移動した先で、皮袋を影の倉庫にしまっておこう──

 馬首を巡らせると、俺は二人の友人に背を向ける格好でゆっくりと馬を進めた。


「では──また! セーラ嬢にも感謝を伝えてくれ!」


 俺は片手を上げ、二人に向かって手を振った。

 背中越しに見た二人は、あの頃に見た時と変わらぬ動きでこちらに手を振り、また会おうと叫んでいた──


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに再会した親しき友との別れは寂しいもの。
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