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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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シャルディムとピアネス

 アゼルゼストはルシュタールから取り寄せたという、一部の貴族御用達(ごようたし)の変わった飲み物を侍女に用意させた。

 それは小さな陶器の取っ手付き茶碗カップに茶色い液体の入った物で、嗅いだ事のない芳香を漂わせている。


「なんだ? これは」

「ああ、珈琲コーヒーではありませんか。変わった物を手に入れているのですね」

 聞いた事のない物だったのでアゼルとルディナスに尋ねると、それは大陸の南東に位置する蛮族大陸アディルジャで取れる、木の実を使った飲み物だという。

「木の実をった物を粉末にし、それを熱湯で抽出した飲み物だ」

 アゼルはそう説明しながら、砂糖を入れて飲むよううながす。

 俺はルディナスが砂糖をすくっている間に、茶色い液体を飲んでみた。


「……苦いな」

「だから砂糖を入れろと」

「だが悪くない後味だ。──少し酸味もあるかな? かなり強い風味があるが、鼻に抜ける香りに華やかさを感じる」

 試しに砂糖を入れてみると、苦みが弱まり砂糖の甘味で飲みやすくなった。

「最近の貴族の間では、こんな物が流行はやっているのか」

「アディルジャと呼ばれる大陸でもなかなか手に入らないらしく、かなり高価な嗜好品だ。なんでも向こう(アディルジャ)の蛮族がこれを飲み、眠らずに戦い続けるのだとか」

「覚醒作用があるという事か? ……まあ確かに、変わった飲み物ではある」



 俺たちは珈琲を口にしながらしばらく談笑していたが、アゼルは残りの仕事を片づけなければならないと切り出して応接室を出て行く。

「悪いが夕食まで自由にしていてくれ。なんなら街を散策してもいい」

 そう言葉を残して。


 それでしばらくルディナスと話をし、彼女の持って来た白葡萄酒(ワイン)や、シャルディム国の事などを尋ねた。

 ルディナスは相変わらず貴族としての矜持きょうじを持っており、それはアゼルゼストの使命感に似た──民を守り導く領主の務め、という想いであり。彼女の場合それが、国家に対する大義を含めているのを強く感じる時がある。


「知ってのとおり、私たちの国は歴史を重んじています」

 と、ルディナスは女性的な言い回しをした。

 もう俺相手でも学生時代のような言葉遣いをするのを止めたようで、どことなく表情も柔らかなものになっていた。


「ああ、博物館に展示されている物を見てもそれはうかがえた。博物館の裏手バックヤードにある品々を見ても、シャルディムが古代から現代に至るまでの、あらゆる時代や国家を越えて知を求め、そして魔術や魔導といった分野にもその視野を広げようとしているのは明らかだ」

 彼女に紹介されて出向いた博物館には興味深い品もいくつかあったのを覚えている。

「以前は国家の防衛には騎士の力で十分だという風儀(習慣)がありましたが。私たちの前の時代からは、そうした考えに偏るのを止めるようになったようですね。

 他国の技術だけでなく、魔法や魔術の分野にも手を伸ばし、古代についての資料も多くなってきました」

 古代の碑文などを調査したり、解読する専門の魔導師が居るらしい。シャルディムの王宮には、古代の物や技術に関心のある権力者が居て、その支援を受けて日々研究が続けられているそうだ。


「古代の知識はまるで隠されているように不鮮明だからな。一朝一夕に古代の秘密が明らかになる事はないだろう」

「そうですね。私も一度、宮廷魔導師と話をする機会を得ましたが、古代の秘技についてはいつも手探りだと嘆いていました」

 手探り……奇妙な言い回しだと思いつつ、シャルディムの王宮には優れた魔導師が居るのだろうと直感的に感じた。


 彼女の話は、これからのシャルディムのあり方について説明しているようでもあった。少なくとも一介の冒険者に話して聞かせる内容ではない。──俺が故郷の為に交易路を開通させようと働いた事を受け、公的な立場に引き込もうと考えているようだ。

 アゼルも言っていたが、彼女は本気で俺をシャルディムに迎えるつもりでいるのかもしれない。


「ま、シャルディムは今後もピアネスと良好な関係であり続けるだろうし、スピアグラーニ家もライエス家との結び付きを強めておけば、双方安泰でいられるだろう」

 俺は彼女の意図をやんわりと拒否し、街を見て回ろうと訴えた。

「……そうですね」

 彼女は若干じゃっかん落胆した様子を見せたが、俺が貴族社会に関わらないよう振る舞っているのを改めて感じたのか、それ以上なにも言わなかった。




 館を出ると、庭先に二人の男が立っていた。どうやらルディナスが連れて来た護衛のようで、身なりは貴人の付き人のようだが、どちらもかなりの場数を踏んできた精鋭だと思われた。

 防具は身に着けていないが、腰には剣が下げられ、襟元えりもとに俺と同じ青い羽根飾りを付けられている。


 俺とルディナスが門を出て街への道を歩いて行くと、二人の護衛が離れた位置からついて来た。

 年輩の男と若い男の護衛で、無言でこちらのあとを追っている。

 俺もルディナスも彼らを無視し、街中を散策しながらアディゼートの街や王都ベギルナについて説明していた。



「あなたはセーラメルクリス嬢に会ったそうですね。学校でも噂には聞いていましたが。聡明で、優れた魔術師だとか」

「ああ、かなりの術者だろうな。それに政治に興味がないふりをしていながら、政権中枢に居る連中の噂話を耳にしやすい立場を作っていて、アゼルにとっても、頼もしい相談相手となるだろう」

「占いが得意だそうで」

「魔術的防衛についてもな。そうした知恵を頼りにして、多くの貴族の女たちが彼女の下に通うらしい」

 肌寒い街の中を歩きながら、俺が知る限りの情報を伝えてやった。


 歩きながら街の各所を説明していると、通り過ぎて行く市民からたまに奇異の目を向けられる。

 あまり着飾っている訳ではないルディナスだが、人目を引くのだろう。俺の中にはまだ記憶にある過去の姿がちらついて、現在の彼女の姿を正しく認識しづらい。

 どうしても現在の彼女と、過去の姿が結び付かないのだ。──それはただ単に、思い出の中の面影と現実の違いに違和感を覚えているだけなのだろうが。

 不思議とその感覚は捨てがたく、なぜか心地よいものに思えたのだった。


 学生時代でも何度かルディナスとは、こうして街中を散策したものだ。

 剣の腕では俺よりも洗練された技術を持っており、冒険に出た時は俺よりも活躍した事もあった彼女。

 魔法の腕は半人前だった彼女が、俺の指導を受けて成長していくのを見るのは楽しかった。

 それでも学校側が規定している基準のぎりぎりで越えられる程度の術者だったが。



「おや、あれは……」

 なにかに気づいたルディナスが立ち止まる。

 彼女の視線の先には紺色の神官服を身に着けた男と、その前でひざまづく二人の男女の姿があった。


「レファルタ教の神官か」

「そうですか。こちらにもレファルタ教が入ってきているのですね」

 その口振りからは、シャルディムにおける連中の布教活動に、なんらかの抵抗感を抱いているのだと感じられた。

 幅広く活動する連中の手が大陸のあちこちに延びつつある現状を、一部の貴族は喜び、一部の貴族は危機感に似たなにかを覚えるのだろう。

 宗教が民をどのように導こうとしているのか。

 それが気にかからない領主などは、同じ信仰の同胞はらからか、まったくの無能領主に過ぎない。


 俺とルディナスが見ているのにも気づかずに、神官は首から下げた象徴を取り出し、ひざまづいた信者の額に当てる仕草をした。

 洗礼の儀式などでそうした行動をするのだ。

「聖霊の印」という象徴シンボル

 それは円の中に一本の棒が下から上に通り、その棒の中央あたりから左右斜め上に一本ずつ棒が伸びた装飾品だ。

 連中の教義に詳しい訳でもないが、それは地上から天に至る三つの道を意味しているとかなんとか……


 細い路地裏でおこなわれている三人の小さく、ひそやかな儀式。

 それはもしかすると婚姻の儀式なのかもしれない。

 最近では教会が貴族の婚礼に顔を出すところも多いと聞く。

 本来なら教会の中で──金の無い市民ならば教会の近くで──おこなうところだろう。


 しかしこの街にはレファルタ教に関する施設は存在しない。領主のアゼルゼストが彼らの教会を建てる事を許しはしないからだ。

 それでも信徒が街に入る事までは止めようがない。まして街に住む市民に「レファルタ教を信仰するな」と強制もできなかったのであろう。

 こうした婚礼の儀式はまだ冒険者や市民の間に定着してはいないが。いつかはそうした「意味ありげな儀式」が婚礼という場にまで幅を利かせてくると思われた。


 弱い者は誰しもそうだが、なんらかの権威にすがって自分を大きく見せようとするものなのだ。

 だからこそ弱者の間には宗教というものが切っても切れないものとなる。


「レファルタ教が」と、ルディナスが歩き出して口にする。

「レファルタ教が多くの国に信徒を抱えつつある現状を、あなたはどう考えていますか? レギ」

「それは──あまり好ましくはないな。奴らは北の地で魔女や魔術師を『異端』だと称して殺害している。

 しかも何人かの優れた魔導師を異端として追放し、彼らが書き記した書物を燃やしている。こんな事が許されていいはずがない」

 俺の言葉に黙ってうなずくルディナス。

「私もそう思います。いかに異なる思想のものであっても、それを焼いたり、まして殺害するなど──それこそ野蛮な行為ではありませんか」


「信仰によって正当化された動機は、地上のあらゆる理法よりも強大なものとなり、その正義はあらゆる行為を正しいものとして塗りつぶしてしまう。

 それゆえに信仰の熱に侵された者は、己の悪事が見えなくなってしまうのである」

 俺がそうつぶやくと、彼女は「誰の言葉ですか」と尋ねてきた。

「さぁて……どこかでそんなのを読んだのを思い出しただけさ」


 こうした会話は学生時代から繰り広げていた。

 俺とアゼルゼストとルディナスの三人がそろうと、剣術か魔術か──、それとも政治経済の話になる事が多かった。

 そうした会話の中で宗教などについても、互いの意見をぶつけ合ったものだ。

 アゼルもどちらかと言えば古いピアネス的な自然信仰を受け入れており、アディゼートの街には古い石柱を拝した小さなほこらもあると話していた。

 それがどこにあるのかまだ見つけていないのだが……たぶん市民区画のどこかにあるのだろう。


 俺はそんな事を思いながら、一通り街の中を歩いた。

 そして暗くなった頃合いでアゼルの館に向けて歩き出した。

シャルディムの魔導師の話でレギが「奇妙な言い回し」と感じたのは、宮廷魔導師が精神世界に入り込んでいるのを察知した為。でも本人はその自覚がない。だから「王宮には優れた魔導師が居るらしい」という直感で結論づけてしまっている。(別に伏線とかではなく、ただ単にレギが何もかも魔術的直感で正確に理解できる訳ではない、という事)

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