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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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アゼルとレギ

また厄介な魔術議論を書いてしまった。

しかしこの「個人意識」とそれ以外の結び付き方などについて考える人にとっては理解できる内容なはず。

知性をなにに使うか、そうした事に興味のある方はしっかりと考えながら読んでほしい。

 朝になると俺は魔剣を持って庭に出る事にした。やはり日々の運動も欠かせない。

 客室から出て裏庭に向かう時、途中の通路で侍女と鉢合わせ驚かせてしまったが、侍女は主人の友人が来ている事は理解しており、頭を下げて俺の横を通り過ぎて行った。

 裏庭に出るとさっそくいくつかの動きを実践する。

 剣を軽く振り回したり、手の中で柄の握りを変えたり、そういった細かな部分の調整に取り組む。地味だが、こうした指先いかんの動きが、勝敗を左右する場合もあり得るのだ。

 そのあとは剣を大きく振って、鋭い突きや薙ぎ払いの連携を確かめる。


 そうして体を温めたところで、部屋に魔剣を置きに行こうとした。──そこでばったりとアゼルに会った。

 その手には長剣が握られている。

「なんだ、裏庭に居たのか」

「そっちは表で訓練していたのか」

 お互いに肩をすくめるような動作をしうなずき合う。

 汗も掻かない程度の軽い運動をして、朝食へとのぞむ俺たち。


 領主になっても剣の稽古を欠かさないアゼル。領民を守るという大義の為に培われた戦う技術と意志。

 そこには学生時代から変わらぬ研鑽けんさんが感じられる。

 こういう友人が居るというのはありがたいものだ。──自分もそれに負ける訳にはいかない、そういう気持ちになるからだ。

 向上心のある仲間や友人。

 手強い好敵手ライバルといったものは得がたい存在だ。


 学校などの教育の場で経験する、協力や競争を経て培われるもの。

 アゼルのような友人が居た事は救いだった。

 学校でただ勉学に没頭するだけでなく、友人との交流や、時には活発な議論を交わし、また──冒険などに出て技を磨いたりもすることができた。

 自分とは違った視点や価値観を持った友人。

 そこに大きな成長の種があるのを発見する。

 新たな種を受け取り、それを自らの庭に蒔く。

 人はそうやって他者から学び、自らを成長させる可能性を広げてゆく。


 意識の地平を広げ、育ててゆくのだ。──自分自身を。


 だがそれは、魔導の道では些細ささいなものとなる。

 魔導は究極的には個人の意識の拡張であり、そこからさらに無軌道な、自己の超越に入る事が大きな意味を持つからだ。

 個人的意識である強固な自我を育て、そこからさらに自我を脱ぎ去ってゆく。

 意識の超越とは自我の意識領域を超えて、客観性と主観性を兼ね備えた精神を形作る事にある。

 独立した自我を有すると同時に、それは常に客観的な判断を下せなければならない。

 自らの命に執着するようでは、結局は生物としての限界に足を取られ、そこで自我を失ってしまうのだ。

 それでは壁を越えられない。


 生命を持つがゆえに命の原理に囚われ。

 自我を持つがゆえにその自我に囚われ。

 人間とは自身に生れついたその瞬間に、己に囚われている。


 それはなぜか。

 その「なぜ」という問いにこそ、我々の意識のありようが見て取れる。

 獣は「なぜ」とは問わない。

 あるがままに受け入れ、あるがままにしかなれない。

 疑問に思う事もなく。なにが正しく、なにが間違っているかなど──獣には関係がない。自身の生き死にに関係する事柄以外に意義を見出だす事もない。

 生れついたものにより生き、そして死ぬのだ。そこに疑問など感じない。


 だが人間の精神は違う。

 我々は疑問を感じ、異議を唱え、物事の正しさや本質を求め。その意味を問う。

 ()()()()()()()()()()()()なのだ。

 正しさや間違いについて思考し、よりよい方法や結果を求める生き物なのだ。


 それは我々が世界と隔絶しているからだ。──そんな風に思う。


 世界の中にあって、世界からの疎外そがいを感じる生き物。その中にありながら、その中の例外だと感じる生き物。それが人間の本質にある。

 世界の中に生物として生まれ、獣としての本性(野生)を受け入れてしまう獣とはそこが違う。


 精神とは、この世界のことわりから外れた埒外らちがいの存在。そのようなものかもしれない。

 人間の精神とは、その霊的な真実とは。

 その答えに辿り着く事こそ、魔導の究極的な目的の一つと言えるだろう。


 向上心のない者は自身の庭に水を与えず、種が蒔かれていたとしても、それを枯らしてしまう。

 そうした者は自身の庭が荒れ放題になり、やがては雑草や立ち枯れた草木で埋め尽くされてしまう。

 人の精神は獣とは違う。

 自らを成長させようと取り組まなければ、流れるままに生き、そしてなすがままに死ぬ。

 抗う事もできず、気づけば死の瀬戸際に追い立てられ、自らの未熟さによって死を受け入れざるを得なくなるのだ。



 * * * * *



 ──俺はバンタロンを思い出していた。

 あのきこりだった大男は、周囲から迫られて戦いに臨み、気づけば暴力に染まってしまった。

 あの男が最期に行き着いたのが、自らの残虐性によって罪もない子供や両親を殺害するという行為。

 それによって自らの罪を認識し、自身の在りようを否定する、自死という結末を選択したのだ。

 考えない者は感情と欲望に取り憑かれ、肉体に備わった獣性によってのみ生かされ続ける。──そこから得られるものなど、野性でしかない。

 そこは人間的なものの中心から遠く離れた精神の荒れ地。

 悪霊と怪物が棲む僻地へきちに置き去りにされ、それらと同じように生きる事になる魂。


 彼らが人間と同じように言葉を使っているとしても、その魂の奥底にあるものはすでに、人間らしさを失った──野獣や怪物の魂となってしまうのだ。



 * * * * *



 俺はアゼルと食堂で朝食を口にしていた。

 今日ここにやって来るルディナスについて話したり、アゼルの婚約者のセーラメルクリスの近況について話したり……

 ヴェンティル領やエブラハ領の話もした。

 アゼルはルディナスをともなって王都ベギルナに向かい、セーラメルクリスに顔見せするつもりらしい。


「まあ今日はこの館に滞在してもらうつもりだが」

 なんでも白銀城の方で社交界パーティーが開かれるらしい。

「お前も参加して……」

「断る」

 アゼルに最後までしゃべらせず即座に拒否すると、俺は羊乳を温めたものを飲む。これには甘味料が入っていて、肉桂シナモンの香り付けもされていた。

 こちらに断固とした拒絶があるのを理解しているアゼルは溜め息を吐き、その後は無理に誘ってくる事はなかった。



 ルディナスが来るまで俺はアゼルと共にアディゼートの街を散策した。

 数人の護衛に遠巻きに見守られながら、領主のアゼルと街中を見て回る。

 市民たちは領主に不満を持っているようには見えない。アゼルの姿を認めると頭を下げ、それぞれの仕事に出かけて行く。

「市民の様子を見れば、ここに住む人々が生活に満足しているのが分かる」

 街のあちこちで笑顔が見える。市民同士が会話を楽しみ、希望に満ちた将来への期待が彼らの心に宿っているみたいだ。

 この街にある戦士ギルドの前を通った時、そこにあった掲示板には、領内で起きた亜人の襲撃や、魔物の出没について報告された記事が貼られていた。

 そうした危険があるとしても、領地を守る兵士らと、領主に対する信頼が市民の中にはあるのだ。


「亜人や魔物の討伐は戦士ギルドの戦士や冒険者だけでなく、私の私兵や軍属の兵士にも参加してもらっている。街の周辺や街道の安全については、余所よその領地よりも確保されていると自負している」

 アゼルは戦士ギルドに協力金を支払い、冒険者の育成にも力を入れる取り組みをおこなっているらしい。

 冒険者一人一人の能力を上げる事で、各地で起きている亜人や魔物の襲撃に備えているのだ。

 各地で活動する冒険者から情報を得ると、その情報を街を守る兵士にも共有し、すみやかに危険に対処する枠組みを整えている。時には兵士と冒険者が共闘し、亜人の群れを討伐する事もあるらしい。余所の土地ではあまり見られない活動だ。

 こうした取り組みについても、ピアネスという国家と戦士ギルドという組織の間で、より広い範囲でおこなえるようにと対話をしているようだ。

 いずれピアネス全土で連携が組まれ、戦士ギルドは人外の存在に対する積極的な武力となるはずだ。



 アゼルは街の施設を案内しながら、新しく作った公共施設や水路について説明し、これらの発案は、学生時代に俺と交わした会話から得た着想だと説明する。

「領民にとって、その領地の将来にとってなにがよいか。そこを考えて設備を整えているつもりだ」

 こうした取り組みについて俺の知恵が役に立った。級友はそう語った。

 アゼルと会話しているとたまに感じる事がある。

 彼は俺に貴族として生き、共にこのピアネスという国の発展に尽力して欲しい。そう考えているようだと。


 ──だがそれは、叶わぬ願いであるとも理解しているようだった。

 俺が貴族といった身分を嫌っている事も知っているし。俺が本当に求めるものがなんであれ、それを簡単に手放しはしないという事も理解している友人であった。

「ルディナスとよく話したものだ。彼女はお前がピアネスの貴族でなかったらシャルディムに連れて行きたいと」

「はっ、それで一生こき使おうとでも?」

「なんだかんだと言って社会や経済の構造について見識があり、人心についても熟知しているレギの存在は、魔術師という理由がなくても多くの領主が欲するだろう。

 文官だってお前の知識や発想には驚いているようだった」

 ベゼルマンがなにか言って聞かせたのだろう。陰で俺の身の振り方について、別の方向への誘導を画策している奴でも居るのだろうか。──なにがあっても貴族社会に入ろうとは思わないが。



 アゼルからピアネスの権力中枢──王侯貴族たち──の状況について話を聞かされた。

 中級貴族や下級貴族の動向についても、アゼルは詳しく知っているようだった。間違いなく草(密偵)などを使って情報を集めているのだ。


「民衆の領主に対する不満などは、商業ギルドの商人たちがよく把握しているし。領主の王宮に対する不満などは、その領主の館で働いているものから知る事ができるものだ。

 誰々のつかいが誰それの館にやって来て──などと聞けば、どの辺りで不穏な気配が色濃くなり始めているか分かる」

「なんにせよ、ピアネス四大貴族の連中が反逆など考えなければ、それほど大きな問題とはならないだろう。……そういえば俺の知り合いも、四大貴族の一人だったかな?」

 目の前に居る四大貴族の友人をからかいながら、中央の権力争いよりも、西の辺境地の発展について考えて欲しいものだと訴えた。


「それは大丈夫だ。ベゼルマンだけでなくコルフォス上級次官。それに大臣とも話はついている」

 そのあたりの話を聞かされても、辺境に住んでいる者にとっては異なる世界の話を聞かされているようなものだ。──もちろん税金の引き上げなどという話になれば、途端に現実の問題として、王宮に対する不満だけはつのっていくのだが。

 辺境に住む民衆にとっては、王宮などというのは別世界に等しい。自分の住んでいる領地の領主の生活でさえ、彼らにとっては自分たちの生活との格差を如実に感じるものであるからだ。

 そんな彼らにとって、異国との新たな道が繋がるというのは、どのような変化が起こるか──想像すらつかないだろう。だからこそ領主や商会が民衆に協力して新たな働き口を手配したり、道筋を示す必要がある。


 これからはエブラハ領にも文字の読み書きを習える場所を作り、子供も大人も簡単な文字の読み書きができるくらいには成長して欲しいものだ。

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