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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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級友の事。魔法、または上位世界の事。

しばらくはアゼルゼストやルディナスといった旧友との会話が続きます。

ご了承ください。

 ゼアラ・ベラジェの顔が思い出せなかったのは彼女の地味な印象と、薄い顔立ちの所為せいだった。

 特徴的な部分がなく、人好きのする見た目でもなければ、人を不快にさせるものでもない。そんな地味な女。

 大勢の中から彼女を捜すのは大変だったのを思い出す。

 ちなみに学生時代はゼアラの古い友人だという男ともよくつるんでいたのだが……

 彼はエインシュナークの生徒ではなかったのだ。──彼は冒険者だった──



「それで、なぜルディナスがピアネスに来るんだ?」

「それは……まあ、私が婚約したというのを知って、祝辞を贈りたい、との事らしいが……」

「絶対それだけで終わらんだろう」

 俺の言葉に苦笑するアゼル。

「まあ確かに。だが私も彼女に再会するのは楽しみだ。なにしろ学校を卒業して以来だからな」

「俺はシャルディムに行った時に偶然、彼女と再会したが。──もうだいぶ前の話だ」


 学校を卒業して一年後くらいの事だ。

 あの時は領地を守る騎士団をまとめる立場に居た。もう領主になっただろうか?

 そのあたりの事をそれとなく尋ねると、アゼルはうなずく。

「ああ、彼女は領主なっているよ。家督を譲り受けた訳ではないようだが、着実に民衆の信任を得ているようだ」

 アゼルの言い方はシャルディムの内情を知っている風だった。

 密偵を送り込んでいるか、あるいはルディナスと手紙のやりとりくらいは続いていたのか。どちらにしろ、アゼルは国外の級友とも友好的な関係を築きたい、と望んでいるはずだ。

 もし級友の周辺で危険な策謀の気配があったなら、それを相手に伝えて、危険を共に排除しようとするだろう。

 アゼルは言葉よりも、行動で示す事を重んじている貴族だからだ。


 彼にとって言葉や財産は、なにかを成す為の手段でしかない。

 それが役に立つなら使うし、意味がないのなら一番強力な実力行使で相手を圧倒する。──そのように考えている節もある。まだ誰もアゼルにそこまでやらせた人物が居ないというだけで。

 お優しくお綺麗なだけではない。

 時には非情な手段を取らなければならない、その事を理解しているのだ。

 でなければ貴族に生まれ、騎士になるよう求められたからといって、あそこまで戦いの技術に多くを求めはしない。

 昔から冒険にも出て、共に亜人や魔物と戦った俺には分かる。

 アゼルは公明正大なだけでなく、非情な一面も持ち合わせている事を。

 切り捨てなければならない場合、それが大切なものであっても──容赦なく切り捨てられる。

 そうした面を隠し持っているからこそ、アゼルは強くなれるのだ。




「そうか、ルディナスがな……。なら今日は泊めてもらおうか。本当はすぐにここを離れるつもりだったんだが」

「忙しない奴だな。なにをそんなに急いでいる?」

「そろそろ雪が降るんじゃないかと思ってな。エブラハ領は南に山脈があるから、そこで雪雲が留まって、何日も雪が降り続ける事もあるんだ」

「そうか、そう言っていたな。私はてっきり、首飾りの金をもう受け取りに来たのかと」

「首飾り……ああ、そんなものもあったな。忘れていたぜ」

「やれやれ……」

 アゼルはそうもらして紅茶を口にした。


「だがまあ、金は用意できそうだ。予定していた日よりかなり早いが、残りの三千枚もすぐに支払えるぞ」

「そうか。やはり相当に景気がいいらしいな」

「一時期の収支だけで判断はできないな。これからも領地の環境を良くし、持続的に生産活動を続けられる状況を作り上げていかないと」

 領主らしい意見を口にするアゼル。


 新しい農法や新たな品種。生産物の加工など、別の国で発達した生産方式を取り入れる領主に、最初こそ一部の農民は反発したそうだが。領主を信じる者が名乗りを上げ、新たな農作物の種を蒔き、収穫の時期になると、多くの実りを上げて成果を示したのである。

 ベグレザやルシュタールで研究された農業や学問。こうしたものを積極的に受け入れているのがアゼルゼストなのだ。

 他国の商品を購入するだけでなく、思想や異なる価値観も遠慮なく受け入れ。それでいて自分たちの独自性を保とうと、時にはレファルタ教にすら反対する姿勢を示す領主。

 国の中央でもライエス家につくか、それともレファルタ教という大きな宗教の教化を入れるかで、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が交わされているらしい。


「最近では私の同胞と呼べるような貴族も増えている。レギもまた、レファルタ教には慎重なのだろう? 私の仲間と見なしていいな?」

「おいおい、俺は貴族の内には入らんぜ。まして、レファルタ教と争うなんて事にならないよう願いたいところだ」

「争いにまで発展したくないのは連中だって同じだろう」

 今はまだ互いに平穏なままでいられるが、もしその土台が揺らいだら? 信者の生活に安定が無くなり、人々の間に不満が噴出し始めた時が、宗教のもっとも恐ろしく、危険な扇動せんどうが始まる瞬間なのだ。

 そうした事を理解しているからこそ、アゼルはレファルタ教の侵入に否定的なのであろう。




 その日は腰をえてピアネスとシャルディム。さらにピアネスとベグレザとの今後について話し合う事になった。


 アゼルゼストの熱意は学生時代の頃と変わらずに、まるで地中に眠る岩漿マグマのごとく、静かだが圧倒的な力を秘めて彼を突き動かす原動力になっているのを感じる。

 彼の領主としての自覚。そして君主政治の展望などに関する見識──その視野の広さと深さ。そこには昔の俺が取り入れた数々の学者の言葉や、考えが浸透しているようだった。

 ……俺も昔は国家や組織に関する統治の方法論や、君主のあり方などを学んだ時期があった。


 しかし魔法や魔術の勉強に手をつけると、自分にはこの道があったのかと、新たな発見をした感覚を覚え、そちらに学びの矛先を向けたのだ。

 アゼルの中にある領主としての義務や社会学には、かつての俺の姿が眠っているようにも感じる。もし俺が魔術の道に進まずにアゼルゼストに出会っていたら……

 そんな想いになんの意味もないが──もしかすると、違った人生の道筋が見えていたのかもしれなかった。



 夕食をご馳走になり、湯船にも入って──なんという広さの浴場か!──くつろいだ一日の終わりを迎えた俺。

 個室の客室を与えられ、そこで眠る準備をする。

 客の為に用意された部屋にさえ、携帯灯と同じ魔導技術を用いた明かりが用意されていた。

 天井から下がる室内灯に専用の魔導具を近づけると、それに反応して明かりが点いた。今度は魔導具をひっくり返して室内灯に近づけると、今度は消灯するのだった。

 目印の為か、明かりの点く側は白く、明かりを消す側は黒く塗られていた。


「ユフレスクやルシュタールにある技術か?」

 物珍しい道具に感心しながら寝台ベッドに腰かける。

 目を閉じ、魔術領域に意識を繋げる。

 ベルニエゥロに捕らえられていた魔法使い。

 ンゼゥフなる魔法使いから得た魔法。

 その内の一つを取り込み、訓練の中で魔法を使ってみる。


「瘴界の毒」という魔法。この忌まわしい力の根源は──どうやら邪神らしい。

 この邪悪な魔法は、対象に瘴気の()()()をぶっかけるという、なんとも悪質な魔法。

 生物も霊体も、呪われた汚物の力で汚染されるのだ。

 瘴界という言葉には元となったものがありそうだが。ンゼゥフの記憶からはその具体的なものがなんなのかは分からない。邪神の世界にあるものを意味する言葉のように感じるのだが……


 呪文の言霊ことだまを探るのは止めて、他の魔法を探ったり、あるいは魔術師の一団「明星の燭台」についてなにか分からないかと探ってみたが、やはりンゼゥフの知っている事には限りがあるようだった。──末端の魔術師だったのだろう。


 それにしてもベルニエゥロはどうしてこの魔術師を捕らえ、俺に殺害させたのか。相手に冥界に関わる力を持つ者が居る、という警告の為にしては回りくどい事をする。

 そこになにか意味があるのだろうか……?

 かなりの時間を割いて探っても、ンゼゥフから明星の燭台に関わる情報は得られなかった。

 魔術師の連中はこいつにも隠蔽魔術を仕掛け、記憶からも精神の領域からも、情報の多くを消し去ったのだ。


 重要な事は、奴らの背後には冥府の力を行使できるような、強力な術者が居るという事が判明している部分にある。

 冥府の双子──冥界で強力な力を獲得したあの双子ならば、なにか知っている可能性もあるが。それを話してくれるとは限らないか。

 死の魔導書に関する事柄についても、あからさまに俺から隠そうとしたくらいだ。彼女らも冥府のことわりを破るような真似はしないだろう。


 今回の件はどちらにせよ、奴らが俺に狙いを定めている限り、いつかは対峙しなければならない問題となるだろう。

 話し合いで決着がつくか、それとも戦いになるか。

 それは相手の出方しだいだ。




 その後、光体アウゴエイデスへの接続を試みたり、上位領域での意識の操作をしたりしてみた。

 上位世界での己という存在は、物質界での霊的な在りようとは厳密には区別されるものだ。共通する自己であるはずなのに、それは──本質的な、次元世界を超越した自己なのだ。その超感覚的なものに慣れるのに苦労したほどに。

 言語で説明できる限界を超え、認識の領域を超え、光り輝く自己が在る。ただ在るのだ。

 それは意識ではなく、研鑽けんさんによる理解でもなく。──経験的なものですらない。

 それは己の鏡写しでありながら、まったく別の存在とも言える。

 そこには無限が映り込むが、その中心には完全な独立性を確保した領域が存在する。

 世界は己であり、己は世界であるところのもの。

 外部と内部が内包された世界。

 自己と他者が一体となり得る世界。

 もともとはすべてが一つであったものの総体。

 そこに食い込んでいる(物質界の)自我。

 それが今の俺の光体の在りようなのだ。


 上位領域とはあらゆる対立が起こり得るが、混沌はすべての生ずる場所でもある。


 有も無も。


 破壊も創造も。


 そこには無限の生成と滅びを形作る可能性がある。

 霊的な存在の事象による──ある種の「夢」と言えるものが。

 上位世界がなぜそのような光と闇の混沌を生み出しているかは、推測する事しかできないが。


 その世界の中にある、あまりに輝かしい光を見つめていると、自分の魂や霊といったものが、その中へと引き込まれてしまうような感覚を覚える。

 そうすると俺の肉体や霊体。魂魄こんぱくの手が俺の存在を捕らえ、魔術の領域に引き戻してしまう。

 あのまま光に導かれるようにして上位世界の一部に溶け込んでしまうのだろうか。

 俺はそれを恐れていると同時に、どうしようもなく焦がれているような想いも感じている。

 それは「錯覚」と呼べるような感覚に似ているのだろうか。

 生を強く望んでいるのに、死の予感から目が離せない。そのような感覚。


 もしその秘密に手が届くのなら、自分はきっと──死を受け入れてしまうだろう。そんな予感を覚える誘惑。……もちろん上位領域での”死”とは、ある巨大な光か闇の彼方に融合して消え去るという意味だが。

 俺はもう一度しっかりと、光体の安全を図る為に行動し、俺の意識が物質界に居る間も光体自身が自らを外部から隠し、防衛するよう集中的に働きかけた。

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