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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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レファルタ教の宗派。精神世界にある「概念形成」

宗教と信仰に関する小難しい話。

宗教の心理的意味などについて。

 魔術領域で作業を続けていると突然、警告音が聞こえてきた。精神の領域になんらかの干渉を受けたという合図。この領域を守護する蜘蛛の姿をした守護者による防衛行動が始まった合図でもある。

「なんだッ⁉」

 俺はすぐさま外部からの接触者を把握しようと努めた。

 すでに蜘蛛の守護者が相手を捕捉し、反撃を開始しようと活動する。

 だが────敵はすぐに撤退したようだ。守護者は警戒したまま動こうとはしない。

 こちらの防衛機構(システム)が罠を張っているのを見抜いたのか、奥に入り込む事なく、速やかに離れていったらしい。

鬱陶うっとうしいな」

 だがこれで、防衛機構が万全な態勢を組んでいるのが分かった。


 例の魔術師たちだろうか?

 侵入しようとしていた連中は、痕跡も残さずに撤退したようだ。

 こちらの領域を探り当てたのは見事だが。侵入すらできずに撤退したのは、以前よりも強度を増した防衛網の所為せいだろう。

 次また攻めようと思っても、同じように追い払われると考えるはずだ。しばらくは安全だと考えられた。




 次に俺は、レファルタ教について調べなおす事にした。

 レファルタ教の教義についてはある程度理解していたが、宗派について詳しくは知らなかった。

 精神領域から人々の無意識に干渉し、そこに渦を巻く概念形成(信仰の中心)の潮流を調べてみる。

 すると時代の思想を形作るいくつかの大きな渦の中に、レファルタ教の信者たちの思考の固まりが見えてきた。


(なんて薄暗い光だ)


 奇怪な輝きはまるで、混沌が生まれ出ているような有り様だ。

 中心にあるものは虚無。

 光の無い闇があるだけだ。

 それは奴らの想念の主体にはなにも無いという事の証だった。

 もし神との繋がりがあるのなら、上位存在との接点となるものが存在しているはずだ(光の梯子はしごなどに例えられる──)。


(法の神とやらは()()()()()()


 俺は皮肉な笑いを浮かべつつ、信者たちの思想の変遷へんせんを辿った。

 ……確かにレファルタ教徒の思想には、複数の宗派が存在しているらしい。

 それぞれの信仰の中心は法の神としながらも、その教理ドグマの解釈によって、大きく三つの潮流に分かれたようだ。



 一つはネシス派。

 これは古くからある教理に従うもので、あまり狂信的な信徒は居ないようだ。魔術や魔法にはある程度の制限を設けていて、教会が許可している魔術や魔法以外は使用を禁止しているらしい。

 魔術師や魔女にもある程度寛容だが、不正をした魔女などに対する処罰は、一般の信者などと比べて重いものを科せられるようだ。


 もう一つはマギビス派と呼ばれる連中だ。

 こいつらは魔術師や魔女の存在も認め、共に生活する事もいとわないようだ。レファルタ教の宗派の中でもっとも寛容な信徒の集まりだろう。


 そして問題のアドン派。

 こいつらの思想は過激で、魔術師や魔女を邪悪な神の使いとみなしている。

 セルシャナが言っていたとおりジギンネイスで勢力を拡大し、今ではその宗派は南へ向けて広まりつつあった。

 こいつらに捕まった魔術師や魔女は、ほぼ例外なく処刑されている。

 ──中には完全に冤罪えんざいをでっち上げて殺された一般人すら居る──

「異端者」などと言う言葉を最初に使い出したのはこいつらかもしれない。



 俺はレファルタ教の信徒について学ぶと精神領域を離れる事にした。

 集団による思考の収束。

 それは人間的であると同時に、非人間的なものの始まりにもなるのだと改めて理解した。

 そこには正しさも間違いもなく、ただ虚無が生み出されるのであろう。

 破壊と再生は自然現象であると同時に、人間の中に仕組まれた、持続と破滅への回帰衝動が大本にあるらしい。──人は生まれながらにこの矛盾を内包しているのだ──


 古い宗教的祭儀の中には、人々の狂乱を招くものもある。そうした人間の中にある隠された衝動の解放には、一定の意味があるのは間違いない。

 祭や戦争の高揚。

 そこには動物的な欲求に近い、人間の奥底にある凶暴性を解放する力がある。

 宗教には人間の負の側面に制限をかけ、制御統制するような役割が与えられているようだ。

 古くから続いてきた人間の精神には野蛮な野性が隠れている。──その事実を理解せず、自らを抑制しない精神には、いずれ自らの魂の腐敗を引き起こすのだ。


 そういう意味では宗教は人間に必要なものであり。またその宗教が集団の意思を制御できなくなったり、あるいは上層の腐敗を看過すれば、その膝下にあるものも腐敗し、盲信的な集団となる。

 古くはそれが元で、国家が亡びる事もあったのだ。

 このレファルタ教アドン派には、そうした危険な宗教的意図を強く感じる。

 自己の権勢を広げる為、狂信的な信者を()()()()()教義による洗脳。──なんとも危険な連中だ。


 精神世界の領域にある概念の固まり。

 あの巨大な渦にはいくつかの小さな渦が混じり合い、互いの威勢をぶつけ合ったり、あるいはそこに巻き込まれるものがあった。

 渦の中心部は回転が速く、外側にいくほど速度は遅くなる。

 物事の中心にあるものほど強い影響下にあり、そこから離れているものほど、影響下からは遠い。


 渦の外側に居る者にとって、他宗派との距離も近くなり、それぞれの意思が揺れ動いたり、あるいはそもそも神の、信仰の中心から離れてゆく者もある。

 彼ら宗教家のしている事というのは実際のところ、自身の本質から遠く離れた場所で、自らの居場所を探し求めているような、決定的に間違っているとも言えず、かといって正しいはずもない行為に取り組んでいるようなものだ。

 誰も単純に己の中心だけでは生きられない。

 不思議だが、それが当然の部分もある。

 外部からの知性の導きなくして、誰が生まれたままで言葉をしゃべるようになるだろうか。

 経験と学習。──外部の環境から知性を得られなければ、それは人の姿をした獣にしかならないのだ。


 人間を導いてくれるのは神ではない。

 神の言葉を授かった、あるいはそうしたものが感じられる──といった人物の言葉(教義)に過ぎないのだ。


 人には言葉は重要なものであるが、その言葉が同時に、迷いや間違いを心にもたらす。

 それを慎重に吟味ぎんみできなければ、その人物は永遠に自らの中にある本質からは離れたままであろう。

 ()()()()()()()()に辿り着くには、自らの魂への研鑚けんさんしかあり得ないのだから。




 その後は再び魔術領域に戻り、戦闘訓練や肉体の調整。魔法の制御に取り組んだ。

 そこで新たな発見をした。


 もしかするとこれからは光体アウゴエイデスを利用して、転移魔法の構造的変化を起こせるかもしれない。


 今までは行った場所に付けた刻印を目印に転移する事しかできなかったが、()()()()()を利用して、()()()()()()()()()()()()()()()()する。という方法が取れるかもしれないのだ。

 これができるようになれば、刻印を刻まなかった場所にも転移が可能になる。


 それに光体の力を使う事で、肉体への反動を弱める事もできそうだ。

 転移する事で起こる負荷を軽減できれば、少しは利用しやすい魔法になる。

「これは期待できそうだ」

 魔力の消費が大きいので気軽に使用できるものではないが。




 そんな作業を終えて目覚めると、まだ早朝にもなっていなかった。

 暗い厩舎きゅうしゃの中から入り口に向かい、そっと扉を開けて外に出る。

 街の中は静かだった。

 空はまだ暗く、遠くの空がやっとあい色に染まり始めたくらいだ。

 上空は群青色に近い色をしており、星々は沈黙する頃だった。


 薄雲が流れて行き、上空には強い風が吹いているのだと思われる。

 凍てついた空は無言で白い雲を押し流して行く。

 耳が痛くなるほどの冷たい空気。

 革の外套がいとうや厚手の上着も着ているが、この寒さの中に立っているだけで、体の芯から冷え切ってしまいそうだ。

 革の手袋を取り出すと、それを手にはめて街を見て回る事にした。


 しばらく歩いていると空がだんだんと白み始め、街の様子がはっきりと見えてくると、改めてこの街の変化を感じた。以前とは違い、道端に汚物が落ちているような事もなく清潔で、衛生環境が整えられていると感じる。

 その原因の一つを発見した。──レファルタ教の教会があるのだ。……それも二つ。

 どうやら一つの教会はネシス派で、もう一つの教会はアドン派であるらしい。

 ベグレザの北部にある街にすら、奴らの支配を巡る宗派間の対立が深まっているようだ。

 奴らが北から南へと勢力を拡大させているのは間違いない。



 街道に続く大通りに戻ると、朝早くから動いている人を見かけた。通りの一角にある酒場が店の開店準備をしているのだ。

 俺は店の入り口から店内へと足を踏み入れた。

「──ぉわっ! ぉ、お客さん。まだ開店前でさぁ」

 朝早くからの客に驚き、中年の店主が声を上げる。赤毛の混じった短髪の店主。どうやら南方人の血が混じっているらしい。

 なまりが強く、田舎くさい荒っぽさが出ている。


「少し話を聞かせてくれないか」

 そう言いながら銀貨を一枚出し、カウンターの上に置く。

「まだ下ごしらえもしてねぇんで、大した物は出せませんや」

「温かい飲み物でも出してくれないか」

 そう言うと店主は壁際にある暖炉に近づき、火をつけた。薪を細かく切り裂いた物を火種にし、薪を重ねた中に投入したのだ。


「聞きたい事でもあるんですかい?」

 店主はお茶の支度をしながら銀貨を回収する。

「以前この街に来た時は、もっと汚れた感じのする街だったが、ずいぶん変わったようだから」

「ああ、()()()ですかい」

 店主はそう言いながら小麦粉の生地をこね始めた。

「うちはパン屋もかねてますんで、朝はパンの仕込みで忙しいんですわ」

 カウンターの奥に石窯いしがましつらえてあり、その横にある壁には石の棚が何段も用意されていた。

 店の奥にも別の調理場があり、そこでも店主の嫁と娘らしい女たちが働く姿がある。


「このドナッサングの街がある領は、以前はケアーファードという名前でしたが、今はイドゥアール領という名前に変わったんでさ。以前の領主は旧国王派だったんで、新しい国王派の領主にすげ替えられたって訳でさぁ」

「なるほど」

 旧い王権派を一掃したついでに、この街の治安維持を任されていた領主も変えたのだ。それが街の様子を一変させたというのは、たぶん領主が領民に対して秩序を守らせるのと引き換えに、税を下げたり、あるいは他の街と同じような公衆浴場の整備などをして、市民の意識を変えたのだ。

 もちろんそれにはレファルタ教の力も借りたのだろうが。


 お湯が沸くと店主はパンをこねる手を止め、俺に紅茶をれてくれた。

 それは体を温める効果はあるが渋い口当たりの紅茶で、生姜の絞り汁で香り付けもしてあった。

 冬場にはありがたい飲み物だが、味は……俺の苦手な部類に入るものだった。──生姜の所為せいで喉がイガイガする……


「それと、これでも食ってくだせぇ」

 そう言って皿に載せた乾酪チーズと付け合わせの堅い薄焼きパンを出してくれた。

 乾酪を食べると、それは「メブビル産」の熟成乾酪だと分かった。

「おっと、これは良質の乾酪じゃないか」

「わかりますかぃ。メブビル産のものでさぁ」

 フィエジアにある二大乾酪。ブリアー産とメブビル産の乾酪は、これが原因で内乱に発展したと言われるほど大きな利益を上げる畜産物なのだ。


 俺は苦手な紅茶と旨味の強い乾酪で朝食を取り、店主からいくつかの話を聞く事ができたのだった。

「正しさも間違いもなく~」

宗教的な「信じる事」という思考には、そこに正しいも間違いもない。疑う事すら許さないという宗教活動の態度を揶揄した言葉。

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