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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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魔女セルシャナと

 ライカ改め、ラプサラとの別れを済ませた俺は戦士ギルドの厩舎きゅうしゃに向かった。不安な感覚に急き立てられるみたいに。


「せめて夕食を一緒に」


 彼女は俺の手を握って訴えてきたが、俺は夜までに目的地に行かなければならないと告げ、その誘いを断らざるを得なかった。

 彼女の不安そうな表情が、俺の緊張や焦りに感づいているのだと気づかされた。顔には一切出していないはずだが、彼女は俺のかすかな変化に気づき、心の同様を見抜いたのだ。──さすがは人の心の機微に聡い女。



「まいったな」

 俺は預けていた馬に乗り、そう呟いていた。

 しかし彼女が考えている以上に、こちらが抱えているものは大きな危険を孕んでいるのだ。

 夕暮れが迫る頃になって急に俺を襲った違和感は、馬を駆り、街を飛び出したあとも続いていた。


 いや──むしろその感覚は、しだいに大きなものになってきている。



(この感覚はいったい……⁉)



 胸くそ悪い異様な感覚は、肉体に起きているものではない。

 霊的な感覚がそれを現在の俺に伝える意思を持っているみたいに、警鐘を鳴らしているのだ。


 俺は緋に染まり始めた空の下を馬の背に乗って駆け続けたが、危険をらせる感覚は、まるで太陽が大地の陰に沈みゆくのと合わせるみたいに、俺の中に不安というおりを溜めていく。

 その不安の根源を探る為に自身の精神を探っていると、急にその感覚は消失していった。

 魔術師の干渉かと考えたが、それにしては異質な感覚を呼び起こすものであったし、魔術領域の結界にもなんの痕跡も無い。──つまり、精神世界を淵源えんげんとした感覚ではなかったのだ。


(上位世界──精神世界以上の上層世界からの監視の目か?)


 光体アウゴエイデスを通じて自己の魂魄こんぱくを確認すると、光体との接点を悟られた訳ではなかったが、何者かがこちらを探っていた痕跡が見つかった。

 ────いや、これは()()()()()()()()()()()()


(こいつ……! まさか、神霊領域を発見しようと……⁉)


 気味の悪い感触を覚えたのは間接的に、俺の霊的な領域が探られていると感じた所為せいだったのだ。神の使いから奪った神霊領域。それを探っていた存在に警戒したのだ。──そう簡単に発見されるものではないはずだが(現に、神霊領域の近くを何者かが通り過ぎたようだったが、発見されずに通り過ぎている)。


 まさか上位存在(神々)は、俺が神霊領域を獲得したと考えて探りを入れてきたのか?

 いいや、そもそも。今回の探りを入れてきた相手は神々ではなく、魔神なのではないか? ──まさか、ラウヴァレアシュやその他の魔神が……! その可能性も否定できない。


 俺は馬に街道を進ませながら、魔術領域でさらなる調査にあたった。

 今回のような異変に対して、どのような対策を立てるべきか──それを考え、なるべく異質な感覚を起こさぬような手立てを施行した。


 今回探りに来た事で、神霊領域は消滅したと考えてくれればいいのだが。

 ともかく上位存在がこちらになんらかの接触をしてくる事は、まだ可能性がありそうだ。

 こちらを排除するにしても、奴らが単純に物質界に入り込んで来る事はないだろうが。

 また自然現象を装った攻撃で、こちらを狙ってくるというのはありえそうだ。




 そんな心配をよそに、馬は街道を進み続けていた。

 踏み固められた固い街道を歩くひづめの音を聞きながら、遠くの空を眺めていると、やがて空はあっと言う間に暗いとばりが降りてしまった。

 月は雲に隠れ、小さなまたたきを見せる星が、暗い夜空を彩っている。


 かなり長い距離を移動して来た。

 魔女セルシャナが示した合流地点まであと数キロといった距離まで来ると、視界の先に黒い壁が迫っているのが見えた。──鬱蒼うっそうとした森の入り口までは街道を外れて、でこぼことした道なき道を進むしかない。

 枯れた草の上に、砂利や、ぬかるんだ地面。

 足場の悪い暗い場所を進むのを馬は恐れ始めた。


 俺は仕方なく携帯灯を取り出して、馬が進む先を照らしてやる事にした。夜に活動する亜人や魔物などが襲撃して来る恐れもあるが、やむを得ない。

 なるべく早足で森の端までやって来た。

 森からひんやりとした空気が流れてきて、湿った空気の中に森の呼吸が感じられる──そんな匂いがする。


 縄で馬を木に結びつけ、周囲に獣除けの結界を張ってやった。

「ここで待っていろ」

 俺は影の倉庫から林檎りんごを取り出すと、それを馬に与え、森の奥へと歩き出す。

 目的地は森の奥にある──とだけしか分からない。いったいそこになにがあるというのか。

 暗視の魔法を使って周囲を見回し、次に生命探知の魔法を使って確認する。

 すると四つ足の獣の他、二本の足で立つ人間の姿が確認できた。──それも二名。

 かなり離れた位置に木々の無い開けた場所があり、その中心には屹立した岩が立っている。


 森の奥に向かって行くと、暗闇の先に小さな焚き火が見えてきた。

 石碑らしい物の前に居た二人がこちらを警戒し、足下の火に当たりながらこちらを向いて立っている。

 森を抜けて広い場所に出ると、そこには茶色い外套を身に着けた二人の魔女が待っていた。

 背後にある大きな灰色の石碑に火の明かりが反射し、周囲をぼんやりと照らし出す。


「待て」

 一人の魔女が手を差し出して制止する。

「レギスヴァーティか?」

「ああ。そちらはセルシャナで間違いないか?」

 すると相手は溜め息を一つ吐き出し「ええ」と答え、手招きする。


 俺は懐の物入れ(ポケット)から三宝飾の指輪を取り出すと、それを魔女に放った。

 魔女はそれを受け取ると指にはめずに、懐にしまい込む。

 頭巾フードをかぶった二人の顔は見えない。

 セルシャナの横に立つ女は背が高く、俺と同じくらいの背丈をしていた。

 身動きせずに立っている大柄な女は放っておき、セルシャナに話を聞こうと考えた。


「それで、なぜ俺をここに?」

「あなたに話がある」

 セルシャナは頭巾を取って、青みがかった銀髪をあらわにした。

「これは私の言葉ではなく、我ら魔女の神からあなたへ伝えるように言われた言葉よ」

「聞こう」

 魔神ツェルエルヴァールムの言葉。それは俺に関わるなんらかの危険についての警告なのだと予想した。




「お前は天上の存在に狙われている。近いうちに神の送り込む使者と接触し、お前は危機におちいるだろう。

 だがその危機を私や、他の魔神も手助けしてやれぬ。我々もまた天上の存在の襲撃を受けるからだ。

 神の使いとまともに戦ってはいけない。────逃げるのだ」




 それが魔神からの助言だという。

 ツェルエルヴァールム以外の五大魔神にも、神々の攻撃の手が差し向けられるという内容に、それを説明している魔女の顔にも緊張が表れていた。


「逃げろ、か。別次元からやって来る存在からのがれるなど、どうすればいいのだ?」

「よく平然と聞いていられるわね。恐ろしくはないの?」

 魔女の言葉に答えようかと思ったが、黙っておく事にした。天使に襲われた経験があるなどと、あまり吹聴すべきではない。

 魔女の言葉に肩をすくめながら「恐ろしいさ」と返事をする。


「私は恐ろしい。──私たち魔女王配下の魔女たち『フュノスの魔女』たちも、我らの神を守る為に戦わなくてはならない。神々の送り込む災いがどのようなものであれ、あるいはレファルタ教アドン派の連中に捕まるよりはマシかもしれないけれどね」

 セルシャナは口元をゆがめながら言う。


「アドン派?」

「知らないの? レファルタ教宗派の一つ。その中でも魔女や魔術師に対する敵愾心てきがいしんの強い連中の集まりよ。

 ジギンネイスを中心に広まった危険な連中の思想で、すでにフィエジアに居た魔女は南へと退避している。──ジギンネイスでは多くの魔女が殺されたと聞いているわ」


「それと、君らは自分たちの事を『理の魔女』と呼ぶんだな。ベルニエゥロは『理力グラダ魔女ヴァイシェ』と呼んでいたが。

 フュノスという事は、精霊や自然世界との調和を考えているといったところか」

「グラダ!」

 魔女は突然、怒りを込めた声を上げた。

「そうだった。あなたはあの魔神と会ったそうね。──そして、私たちの神にも。


 ぉお、呪われてあれ! 汚らわしい悪意の魔神。堕落の魔女を召し抱える災いの王子! その名を口にするのもおぞましい、魔道の誘惑者!」

 彼女の言葉には、恨みにも似た感情が渦巻いていた。

 なにやら遺恨がありそうだ。──あまり関わるべきじゃなさそうだ。


「なるほど、理──フュノスとは、自然秩序の力(フューフォス)。という意味からきた言葉か。

 グラダは自然の破壊的部分──つまり、災害などを意味する『グラドゥァ(破壊・天災)』からきた言葉という事だな」

 彼女らはそれらを分けて考えるだけでなく、ベルニエゥロが使った言葉という事で、その呼び名に嫌悪感を持っているらしい。

 自分たちは自然世界と、霊的世界と調和して生きている魔女。そういった意識が強いようだ。

 確かにベルニエゥロの配下の者どもは攻撃的で、破壊的な連中ばかりだったが。


 ──ちらりと頭の片隅にティエルアネスの事が思い浮かんだ。彼女だけは人間の頃の精神を持ち続けているようだったが……


「ともかく、私たちの事は理の魔女(フュノス・ヴェイラ)と呼びなさい。理力の魔女(グラダ・ヴァイシェ)なんて呼び方をするなら、私たちの敵になる事を意味するわよ」

「ツェルエルヴァールムはベルニエゥロと事を構えるつもりはないようだが」

「……私たちだって積極的に奴らを滅ぼそうなどと言うつもりはない。けれど、妖人アガン・ハーグのような、人を惑わして怪物に変えてしまう邪悪な魔神を、そのしもべを憎むのは──人のさがというものよ」

 どうも彼女は魔術の徒と言うよりも、人界の側に立つ者であるようだ。──魔女の一部は人との関わりを捨てずに活動すると理解しているが──


「それにしても、なぜレインスノークで待っていなかった? わざわざこんな街から遠く離れた場所で……」

 そう言いながら俺は、彼女らの後ろにある石碑に近づいて行く。

 焚き火に照らされたそれは古代の碑文だった。

 平べったい石碑に文字が刻まれ、精霊に関する祝詞のりとのような言葉が彫り込まれていた。──それは魔術的な物ではなく、この地に自然信仰が根付いていたあかし程度の物だ。


 魔女であるセルシャナがこの場を合流地点に選んだのは、彼女の持つ信仰心によるものなのだろう。なにより、彼女の横に立つ大柄な魔女は──


「さっき言ったように街中にはレファルタ教の連中が居るからよ。奴らはどこにひそんでいるか分からない。もし奴らに見つかれば、あらぬ嫌疑をかけられて捕らえられてしまう。──すでに奴らは北の地で多くの魔女や魔術師を処刑しているわ」

 北の地──ジギンネイスの事だろうか。


 レファルタ教の宗派については噂程度の知識しかない。

 ……言われてみると奴らの神官服には、いくつかの区分があるように思われた。

 アドン派という危険な思想を持つ連中について探ってみるべきか。

 あまり近づきたくない連中のようだから、接触する前に奴らの特徴について理解しておくべきだろう。

 できれば差し迫った状況になる前に、そうした連中から距離を取るべきだ。

ややっこしいお話を含む魔女の話。

フュノスとかフューフォスとか。元ネタは──古代ギリシャのほうかなぁ。


皆様よいお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様、新年あけましておめでとうございます。 今年最初に読んだ物語は、レギの冒険譚でございます。 今話は、レギの緊張感が感じられて読んでいて楽しいです。
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