骸獣カラクームとの戦い。森での邂逅。
危険な敵が相手でも簡単に勝てるようになったレギ。
ほどなくして本隊と小鬼の群れが激突した。
八十は居るであろう小鬼の集団が奇襲をかけようとして──逆に、身を潜めていた兵士たちによって反撃を受けた。
こそこそと夜闇に紛れて近づいていた小鬼たちは、大岩や灌木の陰に身を隠していた兵士の不意打ちによって、次々に倒されていったのだ。
「ごぉァァぁぉおぁァォオッ‼」
咆哮と怒号が混じり合う歪な鬨が、夜の闇の中に響き渡った。
「我々も!」
静かに、だが確実に仲間たちに聞こえる声量で、隊長が後方に向けて指示を出す。
俺たちは一斉に夜闇の中を駆け出して、小鬼の群れに突撃する。ぎりぎりまで相手に悟られないよう、極力音を立てないように走り、敵の群れの側面から怒濤の勢いで襲いかかる。
「うぉらぁアァあぁッ!」
兵士たちが小鬼に斬りかかる。
俺は近くに居た小鬼に気づかれる前に首を刎ね、火噴き猟犬が踏ん張って炎を吐き出そうとしたところに、小鬼の持っていた手斧を掴み、それを犬の頭に投げつけた。
「グブブゥッ」
長い口の左右に小さな火を噴きながら、魔獣は地面に倒れ込む。
すると鋭い殺気が俺を捉えたのを感じた。
そちらを見ると、骸獣カラクームが俺を見据えてじりじりと四つん這いの格好で迫って来るところだった。
「レギ殿! こちらに!」
隊長が骸獣に気づき、隊列を組んで応戦しようと叫ぶのが聞こえた。
俺は彼の提案を無視した。
俺には骸獣に敗北するような感覚はまるでない。
危険な魔獣だとは思うが、今の俺の戦闘技術なら問題なく勝利できる確信がある。
ずん、ずん、ずん。
骸獣が細長い前足を伸ばしてこちらに迫って来た。
その前足は鋭い鉤爪付きの、人間の手に似た長い指をしており、指で地面を掴み、勢いよくこちらに突っ込んで来る。
「ゴァアァアッ!」
口を大きく開くと下顎が左右に分かれ、棘に似たするどい白い歯を剥き出しにして襲いかかり、俺に跳びかかって来た。
ぶぅんっ、と空気を引き裂く前足が体の横を通り過ぎ、続いて細長い尻尾が俺を貫こうと、一直線に胸元へ突き出された。
俺は手にした魔剣で下から上に斬り上げ、伸びてきた尻尾を切断した。
素早い動きで横に回り込みながら、さらに敵の後方へ移動しつつ、回転しながら後ろ足を斬りつける。
「グゥギャァアァォオォォッ!」
硬い外殻と皮膚を断ち斬り、灰色の体表に青紫色の血液を流す怪物。
怒りに染まった眼をこちらに向け、振り返りながら前足で引き裂こうとしてきたが、俺はその一撃を避けながら反撃し、腕を斬り落とすと、くるりと魔剣を回転させて、骸獣の首に刃を振り下ろす。
両手で柄を握り、力を込めて振り下ろした剣の刃が首筋を捉えると、魔力の光を滲ませた刃が骸獣の硬い甲殻を、まな板の上に乗った太い人参を断ち切るみたいにすとんと、一撃でその首を刎ねたのであった。
地面にどすんと沈み込んだ骸獣カラクームの胴体。
一人の人間がたやすく骸獣を倒したのを見て、小鬼の数匹が悲鳴を上げて撤退しようとした。
すると群れの後方から現れた武装した小鬼が、手にする短槍で小鬼の腹部を刺し貫き、別の小鬼の首を薙ぎ払う。
そいつはよく見ると小鬼ではなく、青紫色の肌をした邪鬼だった。
「なん……だとッ!」
びゅうんっ、そんな音がして邪鬼がなにかを投げつけてきた。闇の中から飛んできた刃を躱し、低い姿勢のまま邪鬼に向かって突進する。
小さな邪鬼が投げたのは半円状の鉄刃の武器で、それは変則的な軌道で上空に向かって飛び去っていったようだ。
「ガギィンッ」
低い姿勢から突きを打つと、その剣先を小さな円形の盾で弾かれた。
離れた間合いだったので邪鬼の武器はこちらには届かない。
俺は剣を引き戻しながらさらに踏み込んで、激しい勢いで魔剣を横薙ぎにする。
「ギィィンッ」
再び丸盾で攻撃を弾く邪鬼。
かなり戦闘巧者である奴で、盾で攻撃を防ぎながら間合いを詰めて来て、手にした短槍で突いてくる。
素早い突きをわずかな横移動で躱すと、上から突き下ろすような攻撃で、邪鬼の肩と首の間に魔剣を突き刺した。
「ギュァアッ!」
俺はさらに刃を深くまで押し込み、邪鬼に止めを刺す。
「小鬼の中に邪鬼が紛れているぞ!」
俺は近くから飛びかかって来た小鬼を斬り伏せながら、仲間の兵士に注意するよう呼びかける。
兵士たちは怯まない。──邪鬼の事を知らない者も居るのだろう。
だがそれでも問題はなかったようだ。
彼らは陣形を組み、小鬼と邪鬼の攻撃を防ぎながら、本隊との連携を取り、正確に敵を排除していく。
森の方から現れていた小鬼の群れも、すでにほぼすべてが岩場近くの空地まで出て来たらしい。
兵士と共に小鬼や火噴き猟犬を狩っていたが、俺はあの水色の人影が気になって、森の方に生命探知を掛けて確認した。──するとそこには、三体の小鬼らしい影を伴った人間の姿があった。
「野郎……、高みの見物のつもりか?」
兵士たちが小鬼の群れを次々に打ち倒しているのを見た俺は、この場は兵士らに任せ、森の方に向かう事にした。
するとどうだろう、森の中に居た人間は、小鬼の群れが打ち倒されていくのを確認した所為か、森の奥に向かって逃げ出して行くではないか。
「くそが! いまさら逃げる気かッ」
俺は強化魔法で足の筋力を上げ、闇の中を疾駆し、森の奥へ向かって一直線に駆けて行く。
音もなく、鋭い動きで暗闇の中を突っ切っていると、前方に見えていた小鬼らしい影が赤々と色づいた。──こちらに気づいたのだ。
俺はそれでも駆けるのを止めない。
暗い森の中にある木々を避けながら、もたついている人影に向かってまっすぐに肉薄する。
「ゴァァッ!」
木陰に隠れていた小鬼が武器を振るってくる。──だが、その攻撃は見え見えだった。
一体目の小鬼の攻撃を躱し、魔剣で首を薙ぎ払う。
二体目が手にした槍で突きかかってくると、俺はその槍を斬り落とし、さらに前に踏み込んで素早い二連撃を横に縦に振って、革鎧を身に着けた小鬼の胴体を深々と斬り裂く。
すると三体目が木陰から姿を現した。
森の中は暗く、魔眼の力で見ていなければ、そいつが武装した小鬼だと勘違いしていたかもしれない。
それは暗い紫色の肌をした邪鬼だった。
しかも真っ黒な金属の鎧を身に着けている。
「グギギルルゥ……!」
その邪鬼は不気味な唸り声を上げつつ、静かな殺意を向けてきた。
青い人影は森の先にある木陰に隠れ、息を潜めているようだ。
「やる気か? ……上等だ。──こい」
俺が魔剣を構えると、邪鬼は手にした長剣に手をそえ、刃を指でなぞる。
──すると暗い闇の中で、ぼうっと刃が光を放った。暗い色の、闇から滲み出る赤黒い血のような幽光。
(呪いの力か?)
邪鬼はさらに魔法の矢を撃ち出してきた。
「ちっ」
二発を魔剣で打ち消し、残りを木陰に移動して回避する。
──すると邪鬼は、闇の中に姿を消していた。
こちらが森の暗影で奴を見失うと考えたのだろう。
木陰や灌木の葉陰を利用して、奴は音もなく移動し、回り込んで来る。
そして離れた位置から無言で跳びかかって来たのだ。
並の冒険者なら、それだけで致命傷を受けただろう。──達人なら殺気を感じ、敵の刃をギリギリで回避する。
しかし俺には邪鬼の動きがすべて見えていた。
魔眼を使用し、さらに生命探知と魔力探知をかけ合わせた、新たな探知魔法を生み出していたのだ。
「グギュァッ⁉」
振り下ろした剣が空を切り、それどころか予期せぬ反撃を受け、邪鬼は地面に膝を突いた。
俺は攻撃を反転して躱すと同時に剣を薙ぎ払い、邪鬼の腹部を斬り裂いたのである。
「グゥ──ゴふッ、ぐゥァぁァッ」
恨めしげな叫びを上げる邪鬼の首を、俺は躊躇せず一撃で首を刎ねた。
──次の目標は、こそこそと隠れている魔術師だ。小鬼だけでなく邪鬼や骸獣すらも操っている魔術師。危険な敵になるかもしれない。俺は慎重に魔法攻撃に対する対処を万全にしてから、反応のある森の奥に向かって歩き出す。
それほど離れている訳ではない。
二、三十メートル先に青白い反応が木陰に見えている。
数メートルの距離に近づいて行くと、音を立てた訳ではないが、奴はこちらの動きに反応し、敵対的な赤い反応を示した。
次の瞬間、離れた場所から火炎弾が二発飛んできた。小さな火の弾が鋭く飛んできたが、俺は余裕を持ってその攻撃魔法を魔剣で無力化する。
爆発も起こらず、その火の弾はあえなく空中で消え去った。
「逃げようとしても無駄だぞ」
俺は見えざる敵に声をかける事にした。
「すでにお前の手先どもは始末した。大人しく姿を見せろ」
そう呼びかけたが、相手は木陰に隠れたまま動こうとしない。赤い反応が弱まり、黄色に近い赤色の反応に変わった。──逃げる算段でもしているのかもしれない。
俺は離れた位置に向かって「灯明」の球を撃ち出す。
森の中を光の球が飛翔し、木々を照らしながら森の先で破裂する。
光の粒が周囲に飛び散り、辺りを煌々と照らし出した。
その光によって影が落ち、俺はその影を落とした相手に向けて、魔衝弾を数発撃ち出す。
影が落ちて居場所がばれたと考えて慌てた相手は、木陰から脱兎のごとく駆け出し、森の奥へ逃げ出そうとした。
しかし魔衝弾をもろに喰らう結果となったのだ。
(こいつは警戒していたよりもずっと、実戦経験の無い奴だったようだ)
魔法障壁を張って対処する事もせず、背中と脇腹に魔法の弾丸がぶつかり、衝撃で弾き飛ばされた相手は、樹木に体を強かに打ちつけた。
ずるずるとその場に崩れ落ちる魔術師。
かなり威力を抑えたはずだが、もしかすると骨が折れたかもしれない。
死んではいないだろう。影はまた青白い色に変化していた。水色の中に朱色が混じったりしているのは、倒れた魔術師が恐怖と苦痛の中で、怒りや攻撃的意志を保っているからだ。
俺は反撃に対応する心づもりで、倒れたままの相手に近づいて行く。
木陰の近くに魔術師が倒れていた。
暗い紺色の外套を羽織った男。
苦痛に歪んだ横顔がこちらを向き、怒りに満ちた目をこちらに向けた。
「お前は……!」
灯明の光の中で見たその男の顔は、俺の知る人物だったのである──
思わぬ再会相手とは──




