ドナッサングの街へ ー戦士ギルドについてー
第二章「魔狩りと妖人」開幕です。
相変わらず情景描写などが細かく書かれております。なるべく読み易くとは思っておりますが。
今回はレギの残酷な一面や、ダークファンタジーっぽい(?)部分についても書ければなと思ってます。お付き合いして頂ければ幸いです。
ダンベイテの町に夕方頃に戻って来た俺は、兵士たちの詰め所に自ら赴いて、廃鉱山とも言われている鉱山近くで、寄り合い所を作っていた鉱夫たちが、(おそらくは)全滅したであろう事を告げた。
「それは確かか」と革の鎧を身に着けた兵士が、言葉に力を込める。
「生憎だが死体は見ていない。しかし、彼らの住んでいた建物の中で、『蜘蛛妖女』三体と出くわして戦い、なんとか勝利して帰って来た」と説明する。
「死体は見ていないのか」
「建物の中に入った時に、死臭を感じたくらいで見てはいない。しかし、建物の中に、蜘蛛妖女が巣くっていた事を考えると……」
俺は詳しい説明を迫られたが、実際に焼けた建物などを探ってみればいい、と話して詰め所を後にした。
妙な嫌疑を掛けられる事はなかったが、情報を持ち込んだ俺に、感謝する様な事もなかった。むしろ、面倒事を持ち込んで来た奴、程度の感覚しかないのかもしれない。
兵士の詰め所から外へ出ると、無能な兵士の扱いに憤慨を感じつつ、この不潔で、どうしようもない町にはお似合いの屑揃いだと心の中で呟き、道端に唾を吐き捨てる。
昨日も泊まった宿に行くと、今日も一泊していく事になったと言って、食事分を含めて銀貨を渡しておく。
女将は「またうちの娘が入り用ですか?」と、卑猥な笑みを浮かべている。
「──いや、止めておこう。明日は早くにこの町を出て行かなければならないから」
だが、この何も無い、汚物と死にかけの住人ばかりの町ではする事がないのは、旅人だけではなかったようだ。
宿屋の娘は夜になると俺の部屋に来て、俺に跨がった。二十歳ほどのその女はまるで、金輪際会う事もないであろう相手にするみたいな、恥も未練も湧かない旅人に対して見せる、あらゆる体勢と格好で男を求めるのだった。
せっかく女が乗り気になっているのだからと、俺も彼女の貪欲さに付き合う事にした。互いの肉を喰らい合う、肉食獣同士の激しい戦いの如く、激しく身体をぶつけ合い、重ね合う。
まさしく獣の様な喘ぎ声を上げる女を組み敷いて、欲望を満足させると、俺たちはやっと互いの身体を放して、寝台の上に横になったのである。
*****
翌朝の早朝に水場で身体を洗うのは堪えるが仕方がない。──ふと、ツェルエルヴァールムから授けられた魔法の中に、水質を変える物があったのを思い出し、木桶に入れた水の水温を変化させてみると、わずかな魔力の消費で冷たい水を、湯気の立つお湯へ変化させる事ができた。
「これはありがたい」俺は思わずそう口にし、お湯を使って身体を洗い始める──冬になる前に、この力を手に入れられたのは幸運だ。
薪を使って火を熾さずとも湯が手に入るなんて、冒険ばかりしている自分にとっては特にありがたい魔法である。
その魔法の応用で濡れた身体から水分を蒸発させると、簡単に綿織物で身体を拭いて、すぐに服を着る。
戦士ギルドも無いこの町では、妖人アガン・ハーグを探す手がかりを手に入れるのは困難な為、レインスノークの街まで戻り、そこの戦士ギルドを当たる必要がある。
護衛付きの馬車に乗ってダンベイテの町を去る──その道の途中で、何度かの魔物との戦闘を繰り広げる護衛たち、巨躯の魔物が襲いかかって来た時は正直、こいつらだけでは無理なんじゃないかと思い、馬車を出て戦いに加わろうかとも考えたが、それは杞憂に終わった。
護衛の一人が、ずば抜けた技量を持つ剣士だったのだ。
巨大な身体を持つ魔物にも臆さずに正面から挑みかかり、単身で──この魔物の首を打ち落としてしまったのだ。
どこにこのような逸材が潜んでいるか分からないものだ。おそらくは俺と同じような──一人で各地を冒険している冒険者だと思うが、それにしてもその冴え渡る剣技は圧巻だった。
攻撃してきた相手の腕を一撃で斬り落とすと、続けて力を乗せて薙ぎ払った攻撃が、魔物の胸部を引き裂いて肋骨をも打ち砕き、さらに止めの一撃を振り下ろして、この魔物を仕留めたのである。
近年稀に見る剣士──そんな風に思えた程だ。以前ガムドグルジフの闘技場で見た、「最強の剣闘士」と呼ばれていた剣闘士の、豪快な剣技に勝るとも劣らない圧巻の強さ。
「こういった奴とは、やり合いたくないな」
そんな風に思わされたのであった。
そんな剣士の登場に、俺も剣技を磨く機会があれば、それに参加してみるべきだなと考えさせられた。戦士ギルドでは極稀に、そうした技術指導を行っている所もあるが──あれ程の剣士が講師として出ると分かったら、是非参加してみたい。
そうこう考えていると、レインスノークの街に辿り着いていた。
本当ならこの街の歓楽街でお楽しみを──ライカに会いに行ったり──するところだが、夜遅くまで続いた激しい行為のお陰で、精力は底を突いている感じだ。
精力剤などを購入してまで女を求める気持ちは沸かなかった、──歳のせいではない。先ほど見た剣士の腕を見せつけられて、こちらも剣の腕に磨きをかけなければと考えているのだ。
──が、まずは戦士ギルドを覗き、受付で妖人アガン・ハーグの出現情報を尋ねた。
「アガン・ハーグ……そうですね、この辺りではありませんが、ダンベイテの町近くで一件、ドナッサングの街で三件ほどの情報が確認されているようです」
なんだと……! ダンベイテには戦士ギルドが無かったので無視してしまったが、あの近くでも出現情報があったのか……まあいい、ドナッサングでは三件もの情報が寄せられており、出没頻度の高さを窺わせるものだった。次の目的地はそこにしようと決定する。
期待はせずに、このギルドの訓練場には剣技に長けた剣士は居るかと尋ねたが、答えは「いません」というものだった。
「この街に居る戦士では、せいぜい鉄階級、良くて赤鉄階級の戦士でしょう。今訓練場に登録されている戦士は、鉄階級と銅階級が数人ですね」
戦士ギルドの階級は長方形の印章の素材で表されている。最初が骨、次に石、銅、鉄、赤鉄、銀、金と階級が上がって行くのだが、金階級はおそらく、両手で数えられる程しか居ないと言われていた。
しかも国によって戦士ギルドの有無や、あったとしても、基準が違う場合もあって混乱する。
ここは大陸の西側の方にあるベグレザという国で、周辺にある国ともそれなりに友好関係にある──平和で比較的豊かな国だ。
……ただし、それは都市部だけだという話だ。現に昨日まで居たダンベイテの町などは、かなり荒んだ状況だった。地方に行く程、そういった事が顕著になるだろう。
兵士たちは自分たちの生活を守る事ばかりに気を取られ、買収や横領が横行し……といった具合だ。どこでも似たような事は起こるだろう──そう考え、泣き寝入りする者が多ければ、なおの事だ。
領主などの権力者が、己の生活にしか興味のない場合は──特にそうだろう。そういった場所を何度も目にしてきた。
戦士ギルドは、魔物や亜人種に対する抑止力として創られた機関で、国ごとに発展したものだ。各国のギルド同士で影響しているのは、戦士ギルドよりも、商業ギルドの方がより強い結び付きを得ている。──そこから戦士ギルドも、互いの国の戦士ギルドとの関係性を強めて行き、最近は共通したギルドの等級として、各素材の印章が用いられ始めたのだ。
商業ギルドの荷車などを護衛するのは主に、戦士ギルドの冒険者や戦士たちであったのだから、互いの国を行き来する商人たちの要求もあり、共通した戦士ギルドの規格が定められ始めた訳だ。
商業区の宿屋に一泊し、翌日にはすぐにドナッサングの街に向かう事にする。
そろそろ新しい背嚢を購入したいが、この街では望みの物は売っていないし、孤児院に預けた少女イエナの様子をいちいち確認する気もない。
戦士ギルドが備えている訓練所に行くと、そこに居た戦士たちと模擬戦をする事になった。どいつもこいつも力押ししか能のない動きをする、これでは大した訓練にはならない。──動きの単調さは、直線的な移動を多用するところからも窺い知れる。
蜘蛛妖女ですら、敵の側面に回り込もうとする動きをしたというのに、正面から攻撃するしかできないのか、こいつらは。
多少は動きに工夫を凝らした戦士も居るには居たが、力任せに武器を振るうのは他の連中と同様だ。レインスノークの戦士たちの主流なのか? ともかく一撃目を躱して二撃目を誘うと、こちらの思惑通りの反撃をしてくる。
その腕を木剣で打ち、相手の手から武器を落とさせる──頭や胴体しか狙って来ないのなら、対応は簡単だ。
若い戦士たち(俺より三、四歳年下というくらいだが)は躍起になって立ち向かって来たが、結果は変わらない。
理由はなんとなく分かった、こいつらは実戦経験がほとんどないのだ。レインスノーク周辺は領主の私兵に守られており、魔物や亜人の多くは彼らによって排除されている。
ここに居る冒険者たちは余所に出稼ぎに行くか、弱っちい亜人の(兵士らに狩り出されたあとの)生き残りを相手にしたりして、生計を立てて居るらしい。
レインスノーク領主は、周辺からの来客を減らさない為にも、私兵を投入して地域の安全を確保しているのである。
どのみち私兵を雇っているだけで金は掛かるのだ、有効に使って、街の周辺から客を呼び込もうという算段だろう。私兵の実力を底上げする事もできて、一石二鳥というものだ。
そんな領主の思惑もあるのだろう。
*****
その日の夜に実際に酒場で聞いた領主の評判は、かなり良いものだった。領民の租税は多く取らず、街への通行税などの収入で、領内の運営をおこなう手腕を持っているのだとか噂されている──
だがそれは事実ではない。
レインスノークのあるプラヌス領には、黒い噂の影が付き纏っているのだ……
まあそれについてとやかく言うつもりはない。どこの領主だって、国を治める者が愚かな独裁者であれば、それなりの手を打ちたくもなるだろうから。
次の目的地であるドナッサングの街についての話も聞き出したが、この街の北東側にある山脈を迂回した先にある街で、危険な土地の近くにあるともっぱらの噂らしい。
ドナッサングの街があるのはプラヌスと領を接するケアーファード領であり、その領地に近い町、セベナから歩く事になるだろうと言われた。ケアーファードは中央部以外は、魔物や亜人種が多く出現する場所だと考えられており、近づく者は少ないのだ。
危険な場所に近づく時に、予め、その場所が危険だと知っておく事は重要だ。それなりの準備ができるし、心構えも持って望めるからである。




