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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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ベグレザ国に広まる三つの宗教

 馬車は町を囲む壁が暗い影を落とす場所に入って行った。町の入り口である門の区画が壁の中に入り込む形でくぼんでおり、左右を壁に挟まれた入り口に向かって馬車が進む。

 ここはザムピレーの町と言うらしい。中央都市アベレートの手前にある町だが、壁の上には兵士たちが巡回し、備え付けられた弩砲バリスタ何機も置かれている。

 古くからある町なのは壁を見ただけで分かる。

 壁の一部が黒く焦げ、いくつもの傷が付けられていた。──戦いの跡だ。


 それは亜人との戦いの跡なのか、壁の一部は修復され、新しい石が使われている部分があった。

 壁を砕くほどの魔法か、それとも巨人や魔獣の一撃が加えられたのか……



 馬車が町の中に入って行った。開かれた木製の大扉の間を通って、静かな町並みを眺めながら町の奥に進んで行く。

 町の上空は夕焼けに染まり、その朱い色が町を赤く染めている。

 道を歩く人々。

 多くは市民の身なりをしており、何人かは冒険者らしい格好をしていた。

 西の文明国だけあって、市民の服装も整っている。──町の様子も綺麗で、ゴミなどが道ばたに落ちている事もない。


 この国にもレファルタ教は侵入しているが、多様な宗教を認めるお国柄であり、いくつもの宗教が混在している国でもあった。


 文化的に三つの宗教の影響を強く受けており、「レファルタ教」と。アントワなどと同じ自然=精霊信仰を基礎とする「シャーアーウィ」と呼ばれる信仰形態と。ベグレザ、エンシア、アントワの一部に古くから存在する宗教「双神教アーギュレミドラム」の三つだ。

 最後のものは古代宗教を大本にしたと言われている宗教で、古代帝国で崇められていた神を信仰しているとうたっているのだが、古代帝国で信仰されていた神の名前が残されている訳でもなく、その信憑性は薄い。

 だが、古代との記録が断絶しているといっても、当時の人間が絶滅した訳でもないので、口伝くでんの形式で残された信仰という可能性は捨てきれない。


 レファルタ教の唯一神を信仰する形態と異なり、双神教では男女二人の双神を崇めている、という特殊な信仰形態をしているのも、古代の思想を反映しているものと考えられる。

 ただ──この宗教の神は、人間の理想を体現しているというものではなく、人間の両面的なあり様を示しているかのような神であり、男性神の方は戦いや戦乱、嵐などの災害、時には魔物などをけしかけて人類に敵対する事もあるような存在であるらしい。

 女性神の方は自然秩序や母性を司るような存在で、人間の実生活に即したような面を多く持っている。──こうした属性は古代の宗教的観念ではなく、後代に後付けされたものかもしれない──


 ただ、この二つの神の名前は場所によって異なっており、どれが正しい名なのか、現在では分からなくなっていた。


 自分の調べた限りでは「ラトゥヴァレーウ」や「ヴァハルアゥレス」といった男神。

「マーリサセレティ」や「ミナルディアセルス」などと呼ばれる女神。この発音に似通ったものから、まったく異なる発音のものまで様々あるのだ。

 もはや大本の名前がなんだったかなど判断しようもない。

 しかし魔術師としての直感が、これらの神名には異質な印象を受けるのだ──。それだけに、これらの名前に込められた言霊ことだまは、かなり強力な神を指し示すのではないかと考えられる。


 せっかくその宗教の発生地と想像されるベグレザに来たのだから、そうした古い宗教に隠された謎について探ってみたいと思う反面、かなり難しいだろうという事も分かっていた。

 仮に精神世界の世界記憶に繋がる領域を探っても、古代の知識ではあの断絶を越えなければならないし(光体アウゴエイデスを持つ俺ならば越えられるが)、古代に近い時代の記憶を探るにしても、途方もなく低い確率になる。

 古代宗教には興味があるが、今は別の事に取り組むべきだろう。




 そうした事を考えていると、馬車は目的の宿屋の敷地へと入って行った。さすがは有能な文官が計画しただけあって、旅は円滑に目的地へと向かって近づいている。

 馬車は舗装された道を進み、宿屋の横にある厩舎きゅうしゃに入って行く。馬車を置ける大きな区画が複数用意されたかなり大きな建物で、それぞれの馬を収容できる馬房も数多く用意されていた。

 馬車を馬車庫に入れると、俺とベゼルマンは馬車を降り、宿屋へ向かう。


 この町の高級宿もなかなかの物だった。イェベトロウの街にあった高級宿よりも敷地は小さく、内装もそれほど高価な材質を使っている訳でもなく、調度品などが配置されている訳でもない。

 だがそれでも市民や冒険者などが普段使いできるような宿屋とは違い、部屋の内装や寝台ベッドなどは、優れた職人の手による品物が使われていると感じた。

「お、これは──いい生地を使っているな」

 寝台の敷布も手触りの良い白い生地を使い、布団にも質の良い羊毛が使われていた。


 夕食を一緒に取ろうとベゼルマンに誘われたので、今日は素直に従おうと考えた。おそらく明日の予定について簡単に説明しておくつもりなのだ。

 武器や荷物を部屋に置き、食堂へと向かう。

 三階建ての宿屋だが二階の部屋を借り、一階にある食堂に行く途中でベゼルマンと出会った。

「明日はいよいよ交渉相手と会う訳ですが」

 と文官は切り出した。

「ああ、細かな部分は任せるよ。エブラハ領側の土地──山間道について報告するくらいだからな、俺から話せる事は。それと……」

「相手方の領主、ケディン・ベウル・ソルディウス殿ですね。知り合いの方でしたら思い出話もあるでしょうが……、まずは交易路の建設について、互いの考えをすり合わせなければなりませんから」


 そんな話をしながら階段を降りて行く。

 食堂に着くと俺はベゼルマンち二人でテーブルを囲んだ。護衛は隣の席に座っている。


 ここでの食事もかなり豪勢な内容だった。

 羊肉や牛肉を使った料理を中心に、烏賊いかの中に羊の脳みそを詰めて蒸し焼きにした料理など、数々の食材と調理法が使われた料理だった。ベグレザの華やかな食文化を誇示するような品々に目を奪われた。──付け合わせや液状調味料ソースの味も見事なものだ──

 故郷のピアネスでも、中央付近での料理屋ならお目にかかるかもしれないが、ここまでの料理はなかなか口にできるものではない。


 俺も文官もそれらの料理に舌鼓したつづみを打ち、葡萄酒ワイン麦酒エールでそれらを胃に流し込んだ。

 ちゃんと麦酒も用意しているのを知り、ここの料理人は分かっているなと思う。品の良い物だけが一級品ではないのだ。

 食卓を豊かにするものは豪華な食事だけでなく、その土地から得られる特産物を使用した、国民の多くが慣れ親しんだ料理であったりするのだ。

 ベグレザの食文化は高価な材料を使った料理だけではない、という料理人の想いがあるのだろう。

 それは前菜に出された小鉢料理にも表れていた。小魚を使ったその料理は、大陸の最西端であるベグレザの海岸沿いに住む漁師によってよく食べられる、小魚の酢漬けだった。


 さすがに文明国の一つだけあると感心しながらそれらを味わい、ベゼルマンと感想を言い合ったり、ピアネスの料理や、自国の外国文化の流入をどう思っているかなど、数々の文化的な問題について語り合った。

 酒の勢いもあったのだろう。文官は珍しく声を荒げて、中央に蔓延する他国の文化を金で買うような体制を批判し始めた。


「それでは自国の文化が衰退する! まずは自国の文化の質を上げる為に、そこに金を費やすべきだ。それを多くの貴族は理解していない!」

「まったく同意だな」

 他国の文化から学ぶ事もあるだろうと思ったが、それは口にしなかった。

 俺の一面的な感想を感想を聞いた文官は、満足げにうなずく。

「やはりあなたは先見の明をお持ちのようだ。──個人的にはあなたのような人物を、国の中央から遠く離れた辺境に留めていたくはないのです。

 まして、冒険者として各国を旅するなど──。ああ、私に権力があったなら、今すぐにでも冒険者の他国への出向を禁止します!」

「おいおい、無茶を言い始めたぞ」

 俺は苦笑いして相手の酔いに付き合った。


「ええ、ええ、分かっていますとも。それが無理な事だっていうのは。けれどもね、それくらいしないと、有能な人材が無為に消費されていくかもしれんのです!」

 そう言ってベゼルマンはさらに葡萄酒をあおる。

 もう限界だな──俺はそう考え、護衛を呼んで風呂に入らせるよう簡単な手信号ハンドサインを出す。

 護衛の男たちは立ち上がり、文官を強制退去させた。明日の為にも二日酔いにならない事を祈るばかりだ。




 俺は部屋に戻るとすぐに魔術領域に侵入する準備をし、いくつかの調べ物と、やるべき作業に取り組む事にした。


 まずは「光の精霊」を光体に結び付ける作業だ。こうしておけば宝石の術式が無くても問題なく、自分の力だけで召喚できるようになると気づいたのだ。──もちろん魔力を消費するし、それなりの術式を構築する労力は払う事になるが。

 その作業は比較的簡単だった。

 俺の光体はまだまだ未熟な、半人前の──魔神とは比べるべくもない──力しか発揮できないものだったが、それでも並みの魔術師が持ち得るものとは、根本的に次元が違うのである。

 そこに光の精霊を組み込み、現世でも呼び出せるようにした。


 簡易魔法に関しても、魔術領域であらかじめ設定しなくても、即座に術式(呪文や動作など)を排除して魔法が使えるようになった。──高位階の魔法に関しては難しそうだが、中級魔法なら使用できそうだ。

 魔眼の影響で下級魔法なら問題なく使用できていたが、これからはもっと多くの魔法を呪文の詠唱を削除して使えるだろう。威力の減退があるが元々の魔力が高くなっているので、通常の敵が相手なら問題はない。



 次に精神世界に侵入し、無意識領域の探索に入った。

 俺をつけ狙う魔術師の影でも捜し出せたらと考えたのだが、さすがにそこまで迂闊うかつな相手ではなかったようだ。──自身の動向を追跡されるような間抜けだったら楽だったのだが。


 その後の探索はベグレザの宗教に関する情報を集めようと、かなり深い深度までもぐり込んだ。

 広範囲に探索をかけていると、何度か危険な接触があった。

 この領域では無意識の危険な罠や、幻霊に似た姿の影が存在する。──厳密には「存在」ではない存在なのだが。

 それは悪夢の具現のようなものであり、実体の無いこの霊的な精神世界に入り込んだ魔術師などの魂を誘惑し、時に精神を侵蝕するような攻撃をしてくるのだ。

 それは「夢魔」とも「幻魔」とも呼ばれる影であり、べつに意志を持っている訳ではないらしい。

 ただ無意識に意識体を襲っては、無意識領域の深淵しんえんに取り込もうとしてくるのだ。


 精神世界の広大な領域には、まるで天井裏や床下のように、見えざる場所に危険な深淵が隠れひそんでいる。

 そこに落ちれば破滅。

 それは魔術師であるなら直感的に分かるのだ。──それでいてなお、その深淵の誘惑に堕ちてゆく魔術師も多いのである。


 もっとも危険な罠は性欲を筆頭にした動物的な欲求と、人間的な記憶に関わる部分に根づいたものなのだ。

 過去の記憶にまつわる怒りや喜び、そうした感情を揺さぶる──幻覚に似た精神攻撃。

 そうした事をおこなってくるのが夢魔や幻魔なのである。

双神教と呼ばれる宗教は大陸西側で広まっていた宗教。謎に包まれた古代宗教を継承している──という触れ込みだが、その神の名は地域によって異なる呼び方がされている。

この宗教の方がレファルタ教よりも物語的には重要な意味があるかも……(あくまでバックボーンとして)

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