表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

206/299

牛の群れと火噴き猟犬

毎週投稿してきたけれど、厳しくなってきました……

 寝る前に身支度と明日の準備を済ませた。

 肩まわりの筋肉をほぐす柔軟体操をし、寝台ベッドに寝そべると、先ほどの連中の様子を思い出す。

 まさか攻撃してくるような事はないと思うが、念の為に警戒だけはしておく。



 魔術領域に入ると、書斎の本を整理したり、新たな書物を──一度目を通した本の複製を──作り出す。


 その作業を終えると今度は、魔導人形の作り方について、魔導師ブレラからもらった魔法の鍵の情報を読み直し、改めて神霊領域に設置した魔法陣や、魔導人形の体を作る素材について検討した。

 材料となる物はある程度そろっているはずだが、心臓部として使用する魔力結晶を、もっと純度の高い、強力な物を用意したいと思い始める。

 魔神の魔力を備えた結晶までいかなくとも、いくつもの魔力結晶を合成させ、魔導人形を構成する術式──霊魂を封入する形態──を形作るように改良した、純度の高い魔力結晶を作り出す事は可能だ。


 だが──魔力結晶自体が高価で、手に入りづらい。

 これはどこかで新たに入手しなければならないだろう。


 金属から不純物を取り除いたり、延べ棒に加工したりする魔法陣も用意してあるし、これを変化させれば、魔力結晶の合成もおこなえる魔法陣が作れると踏んでいる。

 魔力結晶の組成について詳しく調べ、それに合わせた構成の魔法陣を作ればいいのだ。

 そうした難易度の高い錬金術に関する技術も、今の俺には扱える。

 まずは魔法陣の構成だけを作成しておこうと思い、術式を編み上げる作業に入った……




 作業の途中で、わずかでも睡眠をとっておこうと考え、眠りにつく事にした。──別に眠らなくても平気なのだが。……おそらく三日間くらいなら余裕で、眠らずに活動できるはずだ。

 肉体の維持や、精神の均衡バランスを保つ為の睡眠くらいなら、すでに精神領域の上位界に到達した俺には不要なのだ。

 このまま領域を拡張してゆけば、いずれは無意識領域の中にも意識領域を広げ、複数の簡略化された精神体を作り出す事も可能になると予想している。──つまり自分と同じ人格、記憶、経験を共有する精神的存在を生み出せる可能性がある。


 光体アウゴエイデスを研究し、高次元に関する知を獲得できれば、きっとそうした発展(進化)を果たせるはず。

 今でも無意識の中に魔術などを研究する、自動化された意識を持っているが、それよりも優れた、自分の分身のようなものが作り出せるのである。




 そのような事を考えているうちに朝が近づいていた。

 木製の戸を開けると外気が流れ込んできて、俺は身を震わせた。──外の空気は朝露の湿り気を帯び、ひんやりと冷たい。

「霧か」

 二階から下を見ると、うっすらともやが出ていて、視界が悪くなっている。

 だが──すぐに晴れるだろう。日の光が差してくれば、街中に発生する弱々しい霧など、すぐに消え去ってしまう。


 朝食はパンと果物を何種類か皿に取って、それを食べる振りをして影の倉庫にしまい込む。──ちゃんと麻袋に入れて。

 高級宿の朝食は内容が充実していた。

 イェベトロウの街は、文化的に大きく発展しているベグレザの影響を取り入れているのが分かる。

 レファルタ教も入り込んでいるところを見ると、国の中枢にもすでに奴らの手が伸びているだろう。

 文化の促進と、精神文化の潮流を作り出そうとする動き。宗教はこの二つの担い手として現れ、人々の中に根づいていく。

 意識強度の低い民衆はいとも簡単にその影響下に置かれ、ほとんど意識せずに取り込まれていく訳だ。


 宗教が約束するのは現実世界の幸福ではなく、多くの場合、死んだあとの事柄なのに。──いったい誰が死んだあとの世界から戻り、死後の幸福について語ったのだろうか。

 連中は夢のように幻想的な虚構を唱え続け、やがてはその嘘っぱちから真実という幻想を現実世界に形作る。まるで錬金術かなにかのように。

 高級宿の壁にかけられた絵画の中には、レファルタ教に関係する宗教画もあったが、大陸南方に古くからある、自然信仰を思わせる絵画もかけられていた。

 アントワやシンとも隣接するエンシアには、まだ多くの迷信的な部分と、新たな形状の精神性が流入する、過渡期に入っているのかもしれない。



 文官ベゼルマンらの準備が整うと、いよいよ国境を越えて、西にあるベグレザ国へと馬車で向かう事になった。

 

 街の西門から出ると、白い雲が浮かぶ空の下、日の光が暖かな日差しが降り注ぐ街道を馬車が進む。

 しばらく平坦な街道を進んでいると、馬車のあとを尾行つけて来る男に気づく。

 かなり離れた距離から馬に乗って、慎重に尾行しているのだ。

 こちらの目的地を探るまで、ずっとついて来る気だろう。別に害を与えてくる訳ではないらしいので、放っておく事にする。


 関所を抜けて進む途中、分かれ道に差しかかり、西に向かう道を引き続き進む。

「ここから──たぶん夕方前には、中央都市アベレートの手前の町まで辿り着けるでしょう。そこで一泊し、翌朝にアベレートまで出発しましょう」

 ベゼルマンがそう言うと、馬車の車輪が石を踏んで大きく上下に揺れた。がくんと馬車が弾み、体が浮き上がる感覚。

 危うく屋根に頭を打つところだ。


 それは危険の前兆だったのか、夕暮れを待たずして魔獣と獣の争いに巻き込まれた。


 荒れ狂う黒牛──ばかでかい体躯を持つ黒牛──が街道に踊り出て、馬車を引く馬たちを驚かせた。

 大きな黒牛は十頭を超える群れを率いていて、その群れは二頭の火噴き猟犬に追われていたのだ。


「ごぉォオオッ!」と猟犬が咆哮ほうこうすれば。

「フモォオォオォッ!」と黒牛が威嚇する。

 群れを率いる巨大な黒牛はたけり、二頭の前に立ちはだかった。

 子牛を守るように円陣を組む黒牛の群れ。



「これは──少し離れていた方がいいかもしれません」

 御者は落ち着いていたが声が震えていた。

 二頭の馬は火噴き猟犬と黒牛の群れに怯え、体を上下に揺すりながら馬車をゆっくりと後退させる。

 護衛の騎馬も馬車を守る事に専念し、様子を見ているようだ。

 俺は少し()()()()()()と思い立ち、馬車を降りた。


「レギ殿! 危険ですよ!」

「大丈夫、様子を見るだけだ」

 文官を馬車に乗せたまま、俺は街道の横にある岩陰に身をひそめた。


(さて、あの黒牛を使って火噴き猟犬を追い払うとしよう)


 俺には考えがあった。

 以前から使ってみようと思っていたが、使う場面がなかった魔法。魔神ファギウベテスから獲得した「獣霊支配ドゥマ・ラグラス」を試してみよう。



「ゴォゥウゥッ!」

 二匹の猟犬が火を吹いた。

 炎を浴びた黒牛。──しかし、その黒い毛皮はその火を弾いているらしい。子牛を守るようにしている黒牛たちも炎を浴びているが、びくともしない。

「ブォオォ──ン!」

 巨大な黒牛が駆け出して、頭の角で犬を貫こうとしたが、犬は横に回避した。


 俺は黒牛の群れに獣霊支配を掛ける。

 呪文を暗唱し、群れ全体に効果が及ぶか確かめた。

 首領らしい黒牛も含めたすべてに魔法の効果が伝達したようだ。

 俺は黒牛の群れに指示を出し、子牛を除いた全員で一斉に魔獣に襲いかからせた。


「グギャゥッ!」

 猛牛と化した黒牛の集団の攻撃を次々に受け、火噴き猟犬が吹き飛ばされた。

 角で突き上げられた魔獣が空中に放り出され、地面に叩きつけられる。

 強力な力を持った牛たちが一塊の集団となって反撃してきた為に、さしもの魔獣たちも恐れをなしたらしい。傷を負わされて慌てて逃げ去って行った。



 黒牛たちは火噴き猟犬を追い払うと俺に近づいて来た。──どうやら獣霊支配の効力が働いている為に、支配者である俺の指示を待っている様子だ。

「ご苦労さん。もう自由にしていいぞ」

 俺はそう指示を出した。──時間が経てば魔法の効果は切れる。

 大きな黒牛が俺に背を向けると、ぞろぞろと他の牛たちも去って行く。


 黒牛を解放してやると俺は馬車へと戻り、御者に声をかけて先を急ぐよう伝えた。

 馬車に乗り込むとベゼルマンが心配して声をかけてきたが、牛たちが火噴き猟犬を追い払った事を伝え、目的の町へ急ごうと言った。



 その後は特に危険な事も起こらず、安全に移動し続けていた。離れた場所に熊の親子を見かけたが、馬車を襲おうとはしてこなかった。

 騎馬に守られた馬車の姿を見かけると、熊の親子は森の中へと姿を消す。

 街道から離れた所にある草原が広がる場所には、馬に似た生き物の群れが見える。

 湿原のように水場が広がる場所が日の光に照らされて、キラキラとまばゆい輝きを反射していた。

 草食動物の姿がちらほらと見受けられるなど、この辺りは生物にとって恵まれた環境になっているようだ。


 遠くにある灰色の雲から雨の薄幕カーテンが垂れ下がり、手前にある、日の差す場所との境界にゆらゆらと白いもやが立ち上っていた。


 街道の先に高い壁が見え始めた頃、日差しは柔らかな緋色に変わり、空を鮮やかなオレンジ色に染め上げた。それは空に火をつけたみたいにあかく色づかせ、遠くの雨雲を真っ赤に燃やす。

 北風に押された雨雲は強烈な日差しに焼かれて燃え尽き、灰色の炭の塊みたいになって遠ざかって行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 暫く厳しい残暑が続きますので、体調には気を付けてレギの冒険譚を綴って下さいね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ