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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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不穏な噂話と追跡者

『蛇は卵を呑む』に関する話が出ます。

ただ、あくまで人づての噂話なので正しい内容とは限りません。


 子供時代のあれこれから学んだ、人間や自然、神などについて考えをまとめていると、見覚えのある物が見えてきた。

 馬車の窓から見える山のいただきに。

「おや、あれは……」

 山が立ち並ぶ、北側にある山脈の壁。

 その山の一つ。その山頂にある尖った頂き。


「あれはウォドクープ山の頂か? 反対側から見るのは初めてだ」

 特徴的な尖った山頂部。それは俺の故郷にある山に違いない。

 西から東へと続く山脈の壁。その頂点に見える剣の先端を思わせる尖り出た岩山。

 巨人が突き立てたなどという伝承がある大岩。

 ウォドクープの山裾やますそに広がる森の中では多くの収穫が得られ、ウイスウォルグの町に住む多くの人が森の恵みを採りに行ったものだ。

 子供の頃は森の近くにある丘や、川までしか遊びに行く事は許されなかったが。


「懐かしいな」

 どうやら山脈を挟んだ故郷の南側にまで来たらしい。

 反対側から見えている景色だが、その山の頂にある物は懐かしい風景を思い起こさせた。

 エンシア側から見る景色。

 それでもあの山の頂が道標になり、俺の心を郷愁の中へと誘うのである。



 イェベトロウの街に馬車が入った。街の上空には夕焼けに染まり、赤く焼けついた雲が浮いていた。遠くのよいと混ざり合わずに、静かに夜のとばりが下りるのを待っているみたいに。

 紅く色づいた雲が風に流されながら、その色を失っていく。やがて紅い雲は、暗い空に飲み込まれていく。──まるで、海の底に沈む硝子ガラスの破片みたいに、紅い色はどんよりとした色に塗り潰される。


 夜になる前に宿に入り、なかなかに豪奢な部屋に泊まり込む事になった。夕食はしっかりと食べる事にし、ベゼルマンらと共に優雅な食事を口にした。

 高級宿の葡萄酒ワイン余所よその国から取り寄せた銘柄であり、ベグレザの特急品「レーヴェルン」が置かれていた。

 文官はその瓶を手にすると俺の分も酒杯に注ぎ、友好の証のつもりだろうか、それを飲むように勧めてきたのである。


 俺は高級葡萄酒よりも、エンシアの特産でもある麦酒ビール腸詰め(ソーセージ)が欲しくなり、文官らとの食事を切り上げると高級宿の食堂を抜け出し、こっそりと街の酒場に足を運んだ。




 薄暗い場末ばすえの酒場に入ると、活発で威勢のいい女給仕に麦酒と腸詰めを注文した。──すると一目で俺を旅人だと見抜いた女は、黒麦酒のいいやつが入っていますよと勧めてきたので、それをもらう事にした。

 すぐに黒麦酒をごつい木製の杯に入れて持って来た給仕は目配せして、腸詰めはもう少し待ってと──なにやら色っぽく告げて、大きな尻を左右に揺らしながら去って行く。

 冷えた麦酒をあおると、そばのテーブル席に居た男たちの会話が耳に入ってきた。



「──じゃあ、本当の理由はわかっていないんだな?」

「ああ。あくまで俺の古くからのダチが命からがら、アーヴィスベルから逃げて助かったって話だ。だからこそ、そいつの話は信用できるぜ。ともかくあの街で起きた事は、外部には市民の暴動、って事にされたらしい」

「しかし──その男の話は本当なのかね? いや、おまえの友人を疑うわけじゃあないが。だってよ、街の中に死霊の群れが湧いて出るなんて、いくらブラウギールが国民をないがしろにするような国だからって、街の中でだろう?」

 二人の男たちは、なにやらおもしろそうな話をしている。



 アーヴィスベルには行った事があるが、そこでなにやらとんでもない事件があったようなのだ。

「ちょっといいか」

 俺は男たちの話を聞きたくなり、声をかけてみた。

「なんだい、あんたは」

「興味深い話をしていたようなのでつい。アーヴィスベルには行った事があるが、あそこの墓地はきちんと聖別され、不死者が発生しないようになっていたよ」

 俺が言うと、男の一人は「ふん」と鼻を鳴らした。

「そうじゃあねえ、墓から死体がよみがえったんじゃねえんだと。なんでも街の住民が次々に死霊みたいに変貌して、一夜のうちに街の大勢の人間が死霊になって暴れ回ったんだと」

「へえ──それは大変だ」


 俺はそれを聞いてすぐ、それが通常ではあり得ないものであると分かった。

 不死者に殺されたからといって、すぐに死霊になって人を襲うような事はないからだ。放置された死体に邪悪な霊が入り込んで甦るには、数日から数週間かかるだろう。

 そこへ女給仕がやって来て、皿にたっぷりと載った腸詰めをテーブルの上に置く。


「すまない、彼らにも黒麦酒を。支払いは俺につけてくれ」

 そう言うと彼女は笑みを浮かべながらうなずき、すぐに酒を注ぎに行く。

「おぉ、こいつはありがてえ」

「それで、アーヴィスベルはどうなったんだ?」

 もうすでにかなり酔っている男たちだったが、まだ舌は回るようだ。


「街を治めていた領主は死んだらしいぜ。噂じゃぁ、街の有力者である者も数名死んだんじゃないかって話だ。それほど大きな事件だったのに、死傷者はそれほどじゃないなんて発表されているらしいがな」

 戦士ギルドもあの国には入っていない。

 正確な情報は国の外には流出させないだろう。──その場に居た当事者以外からは。


「そいで俺のダチから聞いた話じゃ、その事件が起こる数日前に、なにやら怪しい品物が街に入ったってんで、店や娼館に兵士たちが押し入って、禁制品を探し回っていたらしい」

「禁制品?」

「ああ。あの街じゃ珍しい話だろ? 麻薬や奴隷売買だっておおっぴらにやってるような街だってのによ」

 その禁制品の話を聞いた時、アーヴィスベルで起きた騒動の原因を見た気がした。

 魔術師の直感として、その禁制品が問題の起点になったというのは間違いないと感じる。

「なるほどな」


 俺が納得していると女給仕が二人分の黒麦酒を運んで来た。男たちは給仕がテーブルに置いた酒杯を手にすると「気前のいい野郎に」と、木製の杯をかかげて乾杯する。

 俺も彼らに応えて杯を持ち上げ、自分の席に戻る事にした。



 ……それにしても、 アーヴィスベルで起きたという事件は──もの凄くきな臭い。

 何者かがおこなった呪術の結果だと考えて間違いないだろう。それもとびきり危険な儀式魔術が執りおこなわれたはずだ。

 大規模な魔術──儀式に生けにえを消費するような、危険な魔術。

 それはあの黒曜館で起きたような、魔神ラウヴァレアシュの力を使って術者自身を死霊の王と化すような、大きな力の働きがあったと予想されるものだ。


 死霊を生み出し、さらにその死霊の手にかかって死んだ者も死霊にするような呪術。それはとてつもなく邪悪で、明らかに人間業ではない。

 上位存在の力に類するなんらかの力が関わっている、というのは容易に想像がつく。


(まさか、死導者グジャビベムトの力が関係しているのではあるまいな)


 その直感は「あり得る」という感触を覚えた。

 もしくは冥界の力や技術に関係するのでは、という考えが浮かぶ。

 冥界の力を現世で振るうなど、禁忌きんき以外のなにものでもない。


 死霊を一度に大量に発生させる呪術。

 あまりに不健全で忌まわしい。

 死者の国でも造ろうと考えた者が居たのだろうか。

 それがいびつなものだというのは、生命を持つ者なら誰でも分かる事だ。

 いったい誰がそんな死者の国を造り、その国の王になりたいなどと望むだろう。

 頭がおかしい者でなければ、そんな望みを持ちはしない。

 それとも──なにか、別の意図があったと見るべきか。


 ……いずれにしても、アーヴィスベルで起きた「死」の暴動は、街を守る兵士たちによって鎮圧されたそうだ。

 一夜にしてどれだけの死傷者が出たかは不明だが、相当の被害が出たのは間違いないだろう。

 実に興味深い事件の情報だったが、遠く離れたブラウギールについてこれ以上調べるのは不可能だ。

 魔術師による実験だったのか、偶発的な事件だったのか。それすらも分からない。

 俺は腸詰めと黒麦酒を堪能しながら、なにやら不穏な空気が世界を包みでもしたかのような、異質な気持ちの悪さを感じていた。



 酒場での一人酒を終えると、暗くなった夜道を宿屋まで戻って行く。

 人通りはほとんどない。

 薄暗い路地を照らす小さな角灯ランタンの明かりがいくつか見えるだけで、俺は魔眼の持つ視力で安全に道を歩いていた。


 ふと、月明かりの下で見る街並みの中に奇妙な影を見つけた。──それは明かりもけずに話し合っている三人の男たち。

 建物と建物の間にある細い路地裏の所で、こそこそしている連中は──どうやら、俺や文官が泊まっている宿屋の様子を探っているらしい。

(ははぁ、これは……)

 俺はすぐにそいつらがよからぬ事を企んでいるのだと気づいた。外国の公用馬車を襲うつもりか? ──だがそいつらには、物盗りのような感じは見受けられない。

 なによりベグレザとエンシアの国境沿いの街に潜伏しているとは。


 胡散うさん臭い連中を探るべく、影から影(ねずみ)を呼び出し、不審者の近くへと移動させた。

 影鼠の聴覚と接続し、会話の内容を探ろうと考えたのだ。


 俺宿屋へと歩いて行き、建物の中へと入って行く。──すると、男たちの会話が影鼠を通して聞こえてきた。


『おい、今の奴……あの馬車から出て来た奴じゃなかったか?』

『いや、どうだったかな』

『ピアネスの要人には見えなかったが。──護衛の一人じゃないのか?』


 そんな会話が聞こえてくる。

 やはり俺たちを狙っている連中のようだ。

 さらに奴らはこんな会話をしだした。


『ピアネスからの特使だというが、ベグレザのどこに行くかを探るだけでいいんだよな?』

『依頼主からはそう言われている』

『なんのために行くかなんて探りようがないだろ。だいたいその依頼主ってのは、ここの領主なんだろ? なんだって俺たちに追跡なんてさせやがるんだ』

『ピアネスの公用馬車が来たって情報が入ったのが遅かったせいだろうな。とにかく依頼主の知りたい事は、両国の関係がどのようなものか、なにを目的に近づいているのか、といった事だろう』


 そんな事を俺たちが知ったってなんにもならんが。──そいつらはどうやら雇われただけらしい。そんな事をつぶやいていた。


 北にピアネス、西にベグレザ。その二つの国の狭間にあるイェベトロウの街。この地域を治める領主は、その双方の国の動向を探って、国の中央に情報を上げる役割があるのかもしれない。

 どうやら悪意をもっている連中ではないようだ。

 俺は影鼠を帰還させ、部屋に戻る事にした。

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