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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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203/298

エンシア国パジェムの町。そこで見た火刑台の前で。

穏やかそうな街中に突如現れたものは……

 宿屋で目覚めると食事を取り、正午まで街中を歩いて回り時間を潰した。

 ベネシアンの街はそこそこ活気があり、朝早くても荷車が街から出て行くのが何度も見られた。この街の優位点は、中央都市に近い交差路にあるという事。

 それゆえに物流が盛んで、色々な商品がひっきりなしに出たり入ったりするのだ。

 農業──畜産も含む──との繋がりも多い土地柄で平地に面し、自然災害も少ない。

 特に葡萄酒ワインの醸造所も多く、恵まれた環境にある街だ。

 俺はケディン団長に持って行く土産として葡萄酒を購入した。それを布でくるみ、木箱に入れてもらう。

 瓶にはエブラハ領の特産物、翡翠かわせみの羽根を使った羽根飾りを付けておく。


 一通り街の様子を見終えた頃に南門へ向かうと、そこにはピアネスの公用馬車が停車していた。

「お、早かったな」

 馬車の横に立っていたベゼルマンに声をかけると、文官の若者は挨拶し、さっそくベグレザへ向かいましょうと訴える。

 護衛も数名連れており、役人であると印象づけ優美な燕尾服を着こなしている。


「ずいぶん気合いが入っているな」

 内心、いまここで礼装に身を包む意味はないだろうと思いながら言った。

「当然でしょう。──あなたは違うのですか?」

「どういう意味だ?」

 そう返答するとベゼルマンは一呼吸、間を空ける。

「あなたの故郷に大きな利益を与えるかもしれない大仕事ですよ。隣国との貿易のみならず、友好的な関係を築く一助となるかもしれないのですから」

「そうだな」

 俺の態度がまったく興味なさそうに見えたのだろう。文官は小さな溜め息を一つ吐くと、馬車のドアを開けて中に入るよう態度で示した。



 うながされるまま馬車に乗り込み、荷台の方に荷物を載せてもらうと、これからの長旅──山脈を迂回して進む為に、ピアネスの南西にあるエンシア国を通過し、そこから西に向かって進んでベグレザ国まで向かう、といった説明を受けた。

 馬車はかなりの速さで街道を進んでいるが、質の良い懸架けんか装置の所為せいか、揺れも少なくどんどん走って行く。

「ベグレザのアベレートまで二日といったところでしょうか」

 文官はそう言って、途中で宿泊する場所についても説明した。──文官のような政府関係者が宿泊するような宿屋を、すでに予約しているらしい。……その為だけに早馬を使うなど、いかにも権力者のやりそうな事ではある。


「まあ、ベグレザまでは任せるよ」

 俺はいくつかの説明を受け、国として交易路建設に出せる予算などを聞きながら、山間部を通すだけでなく、そこへと繋がる道を整備しなければならない、と訴えた。

「それは理解しています。ですからそこは地均じならしをして、馬車や荷車の通行に適した街道へと道幅も含め、こちらで管理します」

 まあそうだろう、彼らにとっても公共事業で発生する権益というものがあるだろうから。

 いち文官という立場ではそうした利権には絡めないかもしれないが、彼の上司からなんらかの報酬や、昇進が約束されている可能性はある。


「あ、そうだ。これも一応話しておこうか」

 そう言って、これから会う相手と知り合いである可能性について説明しておいた。

「……そうだったんですか。ええ確かに、ケディン・ベウル・ソルディウスという人物は領主となる以前は、各地で傭兵としての活動をしていたそうです。名前は──『雷鉄狼イグラス・グラウ』でしたか」

「ああそうだ。どうやら同姓同名という訳じゃなさそうだな」

「調査情報では、穏健派の人物であるとの事です。辺境の地に好んで領主になった変わり者として、ベグレザの宮廷内では浮いた人物という扱いであるようですが」

「辺境に住む者の事など、中央の役人も貴族も、気にしやしないだろう」

 俺が皮肉を込めて言うと、ベゼルマンは苦虫を噛み潰す。


「──まあ、そうですね。私も以前はそうでした」

「ま、これからは多少でいいから、エブラハ領の事も考えてやってくれ」

 俺はそこで話を打ち切り、窓の外を見る振りをしながら、魔術領域での作業をした。

 今まで集めた死者の記憶などから、知識を書物として編集し、それを書斎の本棚にしまったり、あるいは手に入れた魔法の改良であったり、調べ物をしたりもした。




 ──馬車に揺られる事、数時間。

 いくつかの町や村を通り過ぎ、街道を進み続けて正午になると、途中で寄った町で昼食を食べる事になった。

 俺はどこか適当な店で食べて来ると言って、ベゼルマンたちと別行動をとった。──体質も変わり、俺には睡眠も食事も、かなり間隔を空けても平気なのだ。

 ──それは最近気づいた。いつからだろうか、あまり空腹を感じなくなってきたように思う。……というよりも、そうした肉体的な欲求も制御できるようになってきたのだ。

 魔術師の中には肉体の操作(制御)に重きを置く者も居るが。俺はどちらかというと、魔導の研究に注力していたので、肉体の制御については自然に任せていく姿勢だった。


 今日は昼食を口にする気分じゃなかったので、このまま町をぶらぶらと散策しようと思ったのだ。

 そういえば、この町の名前はなんだったかな……。ベゼルマンが言っていた気がするのだが。────そうだ。

 エンシア国の町パジェム。ピアネスとの国境を分かつ山脈のふもとから、少し離れた場所にある小さな町。

 町に隣接した小さな湖があり、そこには小舟がいくつか浮かび、竿を使った釣りや、柄の長い漁具を使って貝を採っている漁師が居る。


 町中を水路が流れ、小さな石橋がそこかしこにあり、一風変わった町の風景を作り出している。

 町の中心部にある建物は商店であったり、料理屋であったり、店や戦士ギルド、仕立て屋などの様々な施設が集まっているようだ。

 中心部の外れにレファルタ教の教会や、土着信仰の小さな祭儀場や、精霊をまつやしろなどもあり、多様な思想の交わる場所でもあると感じた。


 この町の人間は小綺麗な格好をした住民が多く、エンシアも最近は文化的に成熟してきたと言えるだろう。隣国のベグレザの影響も過分に感じられる服装がちらほらうかがえ、エンシアの奥にまでベグレザの文化が伝わるほど、双方の国の関係は深いものになっているようだ。


 戦士ギルドの前に立っている掲示板を見ると、そこにはエンシア国内で起きた魔物による襲撃事件や、盗賊の拠点を軍隊とギルドの連携で滅ぼした事などが蝋石ろうせきで書かれていた。

 他にも細々(こまごま)とした事件についての報告や、行方不明になっている人物の捜索依頼など、この地域で起きた事が記されている。

 かなり地域に根差した戦士ギルドであるらしい。


 エブラハ領のギルドでも、交易路の建設などについての報告は出ているが、大きな事柄ならいざ知らず、行方不明者の事などまず書かれない。

 文字が読める住民が少ない所為もあっただろうが。



 町の外れに来た。──そこは住宅が建ち並び、木の柵で囲まれた庭付きの家などがある。

 洗濯物などを干している女の姿。庭にある畑の手入れをする男。

 そうした住宅地を抜けて広場に出て来ると、焦げ臭い匂いを感じた。火事でもあったのかと匂う方向に歩いていると、物騒な物を発見した。──火刑台だ。

 誰かが焚刑ふんけいにかけられた跡が生々しく残されていた。

 死体は残されていなかったが、はりつけにされた十字の柱と、その足下に広がる焦げた薪がそのまま残されていた。


 粗末な木の看板が立てられており、そこには「異端者」についての罪業が書かれ、──あまりに適当な内容の「悪徳」が記されていてぞっとした──男女が焚刑に処されたとあった。

 そこには町長の赦しを得ておこなった焚刑である、とも記されていた。──一見平和に見えて、この町にも危険な信仰が入り込んでいるらしい。

 磔用の柱が一本しか立っていないのに二人を火刑にかけたというには、背中合わせの格好で二人同時に焼かれたのであろう。


 その二人がどういった関係であったのかは立て看板に書かれていたが、推察するに、嫉妬に狂った旦那が妻を告発し、姦淫の罪で間男ともども焚刑に処したのだ。

 姦淫罪で鞭打ちの刑にあった者の話なら聞いた事があったが、まさか生きたまま焼かれるとは。

 財力のある町の有力者が告発し、それに乗っかったレファルタ教の神官が居たのだろう。でなければ妻と間男を同時に火刑にかけるという、常軌をいっした処刑が町中で公然とおこなわれるとは思えない。


 看板に書かれていた「罪」の告発内容のすべてが夫の妄想に過ぎないのは明らかで、相当に頭にきたのだろう。彼は最愛の妻を、怒りに任せて生きたまま焼くという暴挙に出たのだ。



 ふと、積み重ねられた薪の横に花が一輪、ひっそりと置かれているのを見つけた。

 それはもしかすると、怒りに任せて妻を火刑にかけた夫の、後悔の証なのかもしれない。

 鈴蘭の花など、この辺りでは山に行かないと手に入らない物だろう。

 家で育てている物を置いたとしたら、相当に裕福な家柄の者に違いない。

 妻に裏切られた男が妻の罪を許せずに、感情に任せておこなった選択。

 それが夫の犯した「罪」なのだ。


 激情に駆られている間はその事で頭が一杯になるが、それを過ぎてしまえば冷静になり、人は色々と考える余裕ができる。──妻の仕打ちを許し、彼女との生活を続けている別の未来があった事など。いくらでも違った未来があった事に。

 彼は妻を焼いて満足したのだろうか?

 それとも自分がやってしまった事を振り返り、罪悪感で苦悩しているだろうか?

 妻に裏切られた夫の苦しみ。

 それもまた事実であろう。


 罪に対する罰の重さ(量刑)は、なにで計ればいい?


 その疑問に答える者は、裏切られた痛みを知りながら、長い年月をかけて相手を赦した者。そうした経験を乗り越えた人物が適任だろう。

 問題となる出来事の最中さなかにある者には、冷静な判断など期待できないからだ。


 いつだって人間という存在は、自分の感情の整理すらつかなくなって、やがて感情から起こした不義理にすら、なんらかの正当性をでっち上げるようになるのだから。

 むしろ感情に任せて妻を火刑にかけ、しでかしてしまった事に対して思い悩む者の方がまともであろう。

 出来の悪い人間とはいつまでたっても、自らのおこないを反省しないものだから。



 一輪の鈴蘭からは、愛する者の死を目の当たりにした者の──後悔の匂いがしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 当時の状況と生々しさが想像できる話でした。
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