表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

200/297

蜘蛛妖女の記憶と魔術師

200話~まだまだ続きます。

なんなら折り返し地点を回ったくらいかも……

 柱の間にある光の輪の中に入ると、まばゆい光に包まれた。

 一瞬、体から体重がなくなったみたいに感じ、白光の中から現世に立ち戻ると、俺はなんだか目が覚めたばかりのような感覚におちいる。

 しかしつい先ほど体験した事柄は、決して夢ではない。──俺の手にはしっかりと、精霊剣士から受け取った短剣が握られていた。


 美しい装飾が施された鞘に納まる短剣。華美な装飾ではない。つば元と剣先にある金属が、優美な線を引いて鞘を飾っているのだ。

 その青みを帯びた金属はなんだろうか。初めて見る金属に、俺の中でじわじわと興奮が湧き起こる。

 短剣を引き抜くと、少し幅広の刃も青い光を反射する金属で作られ、刃からはかすかにひんやりとした冷気が流れ出ているのを感じた。──この武器は魔法の武器のようだ。

 俺は思わぬ贈り物を受け取ったらしい。


 小躍りするような足取りで四本の灰色の柱の間を歩きながら、この柱を改めて調べ、柱の表面に刻まれた象徴を入念に調査した。

 古代の人間の力で作られたと思っていたこれらの柱や石碑は──どうやら、精霊の力によってここに立てられた物だったようだ。

 精霊界の入り口がまさか、このような所に存在するなんて。



 ふと思い出し、頬についた傷を治そうと手を触れた。──が、そこには傷が無かった。いつの間にか傷口がふさがっている。腕についた傷も、まるであれが夢だったかのように、傷跡すら残されていない。

「そうか、あの光──」

 あの黄金に輝く精霊の王は恐らく、光体に近い霊的な体だったのだ。それは精霊の、生命の化身としての顕現した力そのもので、あの光を浴びた時に、俺の傷は癒されたのだ。

 精霊の王はまさしく魔法の存在そのものでもあるのだろう。

 彼らの役割のすべてがそうだとは思わないが、彼らがなければ自然界の秩序が狂ってしまうかもしれない。生命の基礎を成す植物を中心とした力。その根源である力を象徴する、神のごとき存在。


 それが人間の、それも魔導に関する知識も持ち合わせているなど、思いも寄らない事実を知ってしまった。

 しかし、あの精霊の王からも、俺が世界の敵になる、といった言葉をかけられてしまった。……いったいどういう事なのか。

 彼らが語った言葉から推測すると、やはり魔神との関わりが関係しているのだと思われる。

 もちろん俺は慎重に魔神との繋がりを持とうと考えているが、なにしろ強大な力を持つ上位存在との駆け引きだ。

 どんな罠が仕掛けられているか分かったものではない。


「嵐と暗闇」──なんとも不気味な言葉だ。

 精霊王の念話には、言葉以上の不穏な気配のようなものがにじんでいた。それは言霊ことだまたぐいなのか、それとも念話に含まれた心象イメージが感じさせたものなのか……

 それすらも俺には理解できなかったが、あの精霊の主が虚言をろうする訳もない。

 俺は今後も警戒して歩まねばならない。そう覚悟して、精霊の聖域から離れる事にした。




 もっと時間がかかるものだと考えていたが、蜘蛛妖女が思っていたよりも近くまで来てくれたおかげで、夜になる前に馬を入れた小屋まで戻れそうだった。

 山を下るのは上るよりも格段に楽で、段差を飛び降りて近道する事もできた。

 ふもとの森に入る頃にはさすがに日も落ち、薄暗い森の中を進まなければならなくなったが、俺はおぼろ蝶を喚び出し、森の中を青白い光で照らして歩き続ける。


 狩人たちの小屋に着いた時には空に星々がまたたき、欠けた月が昇っていた。

 雲間から覗く月が白い光を大地に下ろし、森の外は比較的明るいと感じるくらいの夜。

 うまやに入れた馬は眠る支度をしていたようで、今日はもう走るのは無理そうだ。

 俺は小屋で一泊する事に決め、夕食を取ってから改めて精霊からもらった短剣を調べてみた。

 短剣に掛けられた魔法は氷結の力が封入され、斬りつけられた相手に凍気による損害ダメージを与えられるものだ。──冷気の力をまとう魔法の刃を飛ばす事も可能だろう。

 すばらしい魔法の短剣を革帯ベルトに取り付け、俺は横になった。




 眠る前に魔術領域に入った俺は、蜘蛛妖女を倒した事によって手に入れた、奴の記憶領域を探る作業に集中した。

 奴の残した魂の欠片とも言うべき霊的残滓(ざんし)から、奴の正体について探り出す。

 ──蜘蛛妖女の誕生についてはいくつもの発生起源が唱えられているが、その魂を探っても、なぜ蜘蛛の姿をした化け物が誕生したかは分からなかった。

 不可思議な事だが、こいつが誕生した瞬間には自らの活動理由について、はっきりとした目的意識が与えられているかのようだ。


 だが、さらに精神領域に接続してこの化け物の根源を探っていると、一つの答えに辿り着いた。

 こいつの元々の姿は人間の女であったらしい。

 それも、魔法使いだったのだ。──魔女ではなく、れっきとした魔法を教える学校の生徒で、しかも、そこそこ有力な貴族出の令嬢だったのだ。

 しかしまったく不自然にも、蜘蛛妖女へと変貌した時には、その記憶は欠片も残さずに失っており、自身が人間だった事も、なぜ自分が蜘蛛妖女かも、まったく理解していないというあり様なのである。


 しかし、そこに植え付けられた活動理由は鮮明に残されていた。

 この化け物が北の山を越えて(おそらくフィエジア領から)ピアネス領に来ているのだ。

 この異形の存在がピアネスにまでやって来た理由は、はじめから精霊の聖域を探し出す事だったらしい。

 元は人間の魔法使いだったこの化け物は、どうやら魔術師の手によって作られたらしい事も分かってきた。


 記憶は残されていないが、断片的に記憶の残滓が残り、魔術師が故意にこの女を破滅させ、化け物へと作り変えたのが理解できるだけのものが残されていた。

 この不自然な記憶の消去も、魔術師の計略の一部であろう。

(この魔術師──まさかとは思うが、俺があの聖域に近づくのを知っていて、かなり前から準備していたというのか?)

 どうやら数ヶ月前から準備していたようなのだ。


 犠牲となった女の事は分からなかった──ジギンネイスにある魔法学校に在学していたようだ──、この蜘蛛妖女は確実に、下級魔神の力をなんらかの形で継承していた。

 まさか、魔術師たちは魔神と結託しているのか。

 そしてこの魔術師たちは以前野営していた時に、夜に徘徊する者(ガーフィド)の群れをけしかけてきた連中だと思われた。


「いったいなんだってこんな手の込んだ事を」

 俺が狙いだったというのなら、あまりに回りくどいやり方だ。……魔術師ならやりかねない手口だとは思うが。

 それにしても、魔神の力を有した蜘蛛妖女を生み出すなど、そんな魔術聞いた事もない。

 なにしろ蜘蛛妖女の発生原因すら曖昧あいまいなのだから。

 闘鬼と同じように邪神が作り出している、という説が一番もっともらしいと考えていたが、その案も今回の件に関してはいなと出た。

 魔神と協力関係にある魔術師の集団が相手だとすると、狙われ続けるのは厄介だ。──どこかで手を打たなければならない。


 蜘蛛妖女の持っていた魔神の力を調べてみたが、俺が吸収できたのはほんの一部だけだった。

 おそらく倒された瞬間に魔神の力が霧散するか、元の魔神に戻るよう設計されていたのだ。

 そう考えると、魔術師が魔神を制御しているというよりは、魔神の協力を得て活動しているような印象を受けた。

 ともかく矮小わいしょうとはいえ、魔神の力を簒奪さんだつできたのは僥倖ぎょうこうだ。


 もしこの魔術師の集団が今後も俺を狙ってくるというのなら、強力な反撃で一網打尽にするしかない。

 俺の推測──魔術師の直感──が正しければ、この魔術師連中は、魔神だけでなく邪神の力も取り込んでいるような、危険な連中に違いない。

 姿を現す事なく、こちらを襲撃するというのなら、なんとか精神世界で防壁を巡らし、奴らが仕掛けてくる瞬間を察知して、反撃の手を打つべきだ。

 そうなれば魔術師の技量と、あとは魔術師の数がものを言うだろう。……数では負けるが、技量で引けを取るとは思わない。

 俺は魔神の力を解析すると、そのまま魔術的作業に取りかかった。



 * * * * *



 翌朝、馬の鳴く声で目が覚めた。

 結界は張ってあるので問題は起きなかったはずだ。

 小屋の隣にある厩を覗くと馬は「ぶるるるっ」と鼻を鳴らし、放っておかれた事に不満を表明しているようだった。

 俺は馬に餌と水を与え、いち早くボアキルソ村に戻る事にした。

 朝食を食べる気にもならず、まだ薄暗い群青色の空の下を、馬の背に乗って進む。


 上空を見上げれば、まだちらちらと光る星の姿があった。

 日の昇る方角の空は水色から、蒼い濃淡のある空に変色している。

 薄く棚引く白雲が空を流れ、冷たい北風が吹きつけているのだと思われた。

 森の近くに広がる平野には冷たい空気が張り詰め、暗闇で活動する四つ足の獣が、乏しい植物を探して辺りを彷徨うろついている姿が見えた。


 森の中からはふくろうが鳴く声が聞こえ、呼び合う梟の声が森の中に反響する。



 ほぉ──、ほぉ──



 奇妙な鳴き声だ。

 ふと違和感に気づき、馬の歩く速度を落とす。



 ほぉ──、ほぉ──



「妙だ」

 普通なら、木の枝に止まっているはずの梟。

 しかし、その鳴き声は──どちらかというと、かなり低い位置から聞こえてくる。



 ほぉ──、ほぉ──



 森の近くを通りながら、馬が地面にあった砂礫されきの上を通過し、がりっという音を周囲に響かせると、その奇妙な梟の声が止んだ。

 俺はぎくりとして無意識に剣の柄に手をかける。


 森の中。暗闇に沈む木陰になにかが立ち上がるのが見えた。──かなりでかい。

 するとそいつは、どすどすと音を立ててこちらに走って来るではないか!


「熊だ!」

 俺は手綱を引き馬首を巡らすと、脇腹を蹴りつけて駆けるように指示する。



 どすっ、どすんっ。



 枯れた草を踏みつけながら、大きな影がこちらに迫って来る。

 馬もその気配に気づいたらしく、かなりの速度で駆けているが、なんと、ずんぐりした熊はぐんぐんこちらに追いすがって来るではないか!


「まさか!」

 熊の方が速いだなんて!

 俺は悲鳴を上げたくなるほどみじめな気持ちになった。

 このままでは背後から飛びかかられ、馬ごと奴の爪の餌食にされてしまう。


「ふざけるな」

 俺は意を決し、馬から飛び降りて、この猛獣を迎え撃つ事にした。

 かなりの速度で駆ける馬から飛び降りると、地面を滑るように着地し、魔剣を抜き放つ。

 素早く身をひるがえし剣を構えると、黒い熊が立ち上がるのが見えた。……かなりの大きさで、俺が今まで見てきた熊よりも一回り大きい。


 それに──なにか妙だ。

 熊の頭部の形に違和感を覚える。

 ──そうだ、耳が見当たらないのだ。


 月を隠していた雲が流れ、月明かりが熊の姿を照らし出す。



「ほぉ──ぅゥ、ほぉ──ォぅ」



 先ほど聞いた梟の声。それが若干じゃっかん疲れているような、喘ぎの混じった声を出す。

 その声は確かに梟だった。

蜘蛛妖女に変容させられた女についてはこのあとにも少しあります。


最後に登場した熊(?)との戦闘から201話スタートです。

今後ともよろしく~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 200話到達おめでとうございます。 オウルベア(アウルベア)・梟熊ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ