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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第零章 黒曜石の館の怪
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黒曜石の館

 森を抜け出ると石壁らしい物に近づいて行く。黒色で表面がつややかな黒曜石の壁が、行く手をさえぎるように現れた。それはかなりの高さまで組み上げられており、異様な気配を放って、そこに長い間君臨(くんりん)していたらしい。近くには獣や鳥の気配がまるで感じられない。


 この黒い壁の周辺には、どうやら街が存在していたらしい。多くの構造物が破壊され、骨組みすら残っていない物や、長い年月の風化によって人工物であったと判別できない物まである。

 地図にあるとおり、ここは古代都市の跡に間違いない。

 しかし奇妙な事に、高くそびえ立つ黒い壁とは違い、その他の建物は黒曜石を使っておらず。普通の煉瓦れんがや、石灰岩を加工して建てられた物ばかりであった。


 黒い壁は明らかな人工物……城壁であるはずだが、黒い石壁の周囲を回りながら入口を捜していると、不可解な事に気づきはじめた。

 この黒曜石の壁には切れ目がないのだ。つまりこの巨大な壁は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だという事になる。


「そんな、ばかな……」


 俺は独り言をつぶやき、くまなく切れ目を捜してみたが、とうとう見つける事はできなかった。この壁を誰かが切り出してきて、()()()()()()()()とでもいうのだろうか?


 その事実に混乱しながらも、延々と入り口を捜して結局、城壁を一周してしまった。──そう、入り口が無かったのである。


 もしや入口が封鎖されているのだろうか? それにしても、封鎖した場所にも気づかずに、通り過ぎてしまうという事があり得るだろうか? 少し考えたあとで今度は、探知魔法を掛けながら入り口を捜しに行く。


 幸い今度は入口がすぐに見つかった、魔法で隠されていたのだ。魔法の術式は古く難解で──解除するのに、それなりの集中を必要としたが、魔力を大して消費する事なく解除に成功した。


 魔法の擬装が解けると、そこには大きく、禍々(まがまが)しい扉が現れた。大型の獣の骨や魔獣の骨、黒光りする金属とを組み合わせて造られた、奇怪な意匠デザインの扉は──見る者を圧倒する威圧感を持って、そこに姿を現したのである。


 危険だ──。扉を見つめていた俺の心の中に、不安や恐怖がぞわぞわと、まるで音を立てて迫って来るような──強烈な不快感を生み出してくる。

 もし俺がただの街の男で、ちょっとした冒険のつもりでここに来てしまったとしたら、きびすを返して走り去り、脱兎のごとく逃げ出していただろう。


「これは人間が造った物じゃぁないぞ……」


 そう呟いた俺は、のどがからからになるのを感じていた。恐怖が圧力を持ってこちらを覗き見ている。そんな感じだ。

 俺は意を決し、死の恐怖に立ち向かう覚悟をして、その扉を開ける事にした。


 重い、重い扉を、体全体を使って押して行くと、ズリズリと地面に積もった砂を削りながら門が開き、人が一人通れる分の隙間を開ける事ができた。


 押し開けた扉の向こう側に体を滑り込ませると、高い石壁の中に広がる荒れ果てた庭が見えてきた。あるいは、ただの広場だったのかもしれないが、いくつかの灌木かんぼくがまばらに植えられている。草が辺り一面生い茂り、石畳のある場所以外は歩く事もままならない状態だ。


 そしてその先には城壁と同じ、黒曜石で建てられた、不気味な邸宅が鎮座していた。邸宅と言うには少々大きく、城と呼ぶには背の低いそれは、今まで見た事がない建物であるのは分かった。

 特徴的なのは右側の建物で、天井の一部が丸みを帯びた、硝子ガラス張りの構造になっているのだ。日の光を集める為に成された建築なのだろうが、見た事がない構造物だ。


 建物正面には左右が迫り出した玄関に続く屋根があり、奇怪な彫刻の施された、黒光りする石柱の間を通って近づくと、そこには焦げ茶色に変色した、木製の両開きの扉があるのが分かった。


 すでに覚悟を決めていた俺は、木製の扉の前に来ると金属製の丸い取っ手(ドアノブ)を掴んで扉を開けた。溜まっていたほこりをパラパラとこぼし、重い音を立てて開く扉を恨めしく思いながら、建物の中に踏み入れる。


 そこには長い、長い間封印されていた──淀んだ空気が積もりに積もって、まるで異界に迷い込みでもしたかの様な錯覚をもたらした。




 建物の中は暗く。携帯灯を荷袋から取り出すと、それで周囲を照らしてみた。玄関は広く、その先に続く広間には、二階へと続く階段が両脇から弧を描いて伸びており、天井は四本の大きな柱で支えられていた。柱は黒い石の柱に白い様々な形の、いびつな彫刻が塗り込められたような奇妙な構造をしていたが、暗くて詳しくは分からなかった。


 念の為に探知魔法を掛けながら進んで行くが、やはりなんの反応もない。ただはっきりと分かっている事がある。それは締め切ったまま何百年という時間──あるいは、それ以上の時間を過ごしている者が居て、入って来た侵入者に姿を現そうというのならば、それは間違いなく危険な化け物であるに違いないという事だ。


 まずは一階を調べてみるが、食堂や浴場、広間に物置や客間らしき部屋から、寝室などがあっただけだ。そのいずれも、うっすらとほこりが積もり、長い間、誰も使用していないのが分かる。

 通路や室内には、赤かったと思われる絨毯が敷いてあるが、今は黒ずみ、精彩を失ってしまっている。


 食堂の奥にあった酒蔵や食料庫にも、なにも置かれていなかった。古い葡萄酒ワインの瓶でもあれば、色々な事が分かるのではと期待したのだが、葡萄酒のみならず、調味料なども一切置かれていなかった。


 一階を調べ尽くすと今度は、二階を見て回る事にする。


 二階へと続く曲がり階段を上った先の壁に、大きな絵画が豪奢な額縁に入れられて飾られている。携帯灯の明かりを照らしてそれを見ると、──ぞっとしてしまった。描かれている物があまりに抽象的過ぎて、なにを描いているのかさっぱりと分からないが、不気味な色使いと、気味の悪い錯乱した筆使いから生み出されたそれは、大きな額縁いっぱいに吐き出された、汚らわしい背徳と、悪意に満ちた怒りが表現されていた。


 禍々しいその絵は、人間の手による物とは思えない。それはまるで一度死んだ人間が、体験した死の苦痛と恐怖とを描写して、これを自分に味わわせた者らすべてに対する復讐を誓って描かれたみたいな、凶暴さや狂気を孕んでいた。


 俺はその絵画から目を背けるようにして、まずは外側から見た、円形の天窓が設置された場所を目指して進む。

 通路には、やはり黒ずんだ絨毯が敷かれているが、通路のくすんだ白い壁紙との対比で、薄暗い通路がより危険な物に見えてきた。




 いくつかあるドアを通り過ぎて一番奥の部屋に近づいて行くと、ドアの隙間から光が差し込んでいるのが見えた。その部屋が天窓の部屋に違いない。

 ドアノブを掴んでドアを開けると、部屋の中から光があふれてきて、携帯灯の明かりを打ち消してしまう。携帯灯を消して部屋の中をきょろきょろと見回す。


 部屋は思っていたよりも狭く、壁際にある箪笥たんすや部屋の中央に敷かれた青い絨毯があるだけだった。

 所々が焦げ茶色く変色した箪笥を調べると、中から数枚の羊皮紙や、絵筆や絵の具が見つかった。箪笥の横の壁には絵を描くときに使う、画架イーゼルなどが放置されたままになっている。


 部屋の中は日が当たる環境の所為せいか、空気が淀んだ感じはほとんどしなかった。──だが目を引くような物も無く、その部屋をあとにする。


 暗い廊下に出る前に、天窓の部屋のドアの下に、落ちていた室内用上履き(スリッパ)を噛ませておき、開かれたままにする。暗闇の一部でも取り除けると少し安心できた。再び携帯灯を点け今度は、別の部屋へと向かう。


 きしむ床板と埃を被った絨毯の上を歩いて、別の部屋のドアを開ける。──そこは物置だった。狭い部屋の左右に棚が置かれ、部屋の奥まで色々な物が置かれている。


 物置になにかないかと探ってみるが、主に生活用品が置かれているだけの場所だった。薬箱や裁縫道具の入った箱などは、かなり凝った意匠デザインが施されてはいたが、価値のあるものとは言えそうにない。


 物置の一番奥には大きな木の箱が一つ置かれていた、それはまるで棺桶かんおけを思わせる。その木箱の蓋に手をかけ慎重に持ち上げた。重い蓋を取り外して中を携帯灯で照らすと、中に()()()()()()()()()、冷や汗をかかされたが──良く見るとそれは人形だった。


 だがその人形はまるで本物の人間の少女そっくりで、白いドレスをまとって眠りにいているみたいだった。しかし首や手首の関節部分には、明らかに木製の可動式の繋ぎ目が付いており、人形である事は疑いようがない。


 少女の人形は胸元で手を組んだ格好をしており、白い手袋をした手になにかが握られているのが見えた。そっと手首を持ち上げて、手袋をした指を一つ一つ動かして掌にある物を見てみると、それは一本の銀の鍵だった。

 鍵には持ち手の部分に細かな細工が施されており、かなり立派な物であった。それを胸ポケットにしまい、人形の手をそっと胸元に戻して、箱の隅に置いた携帯灯を持ち上げる。


 すると白い顔の人形の片目が開いていて、血の気が引くほど驚いたが、おそらく持ち上げた手を胸元に置いた衝撃で、片目のまぶただけが開いてしまったのだ。そっと人形の顔に手を当てて瞼を閉じるように下げてやると再び目を閉じた、箱の蓋を静かに閉じると物置から足早に出る。




 その後は他の部屋を回って調べてみたが、めぼしいものはなにも無かった。一階へ戻る階段の前にある気味の悪い絵画を無視して、先にある部屋へ向かおうとすると、通路の壁に傷が付いているのを発見した。汚れも酷く分かりづらいが、壁に獣の爪痕に似た三本の傷が横に伸び、壁の一部に黒い染みが付いている。


 それが血痕かどうか分からないし、それが爪痕かも分からないが、この屋敷には──やはりなにかが棲み着いているのではないかと、恐怖が再び腹の底から沸き上がってくる。


 部屋のドアを開けるのに先程よりも慎重になり、探知魔法を切らさないで他の部屋を調べて回ったが、大した物はなに一つ無い。


 なんというか、この屋敷にあった物のほとんどは、引っ越しの際に持ち運んでしまったかのようだ。いったいこの山と森と、湿地帯とに阻まれた未踏の地に建てられた建物から、どこへ引っ越すというのか。そんな事を思いながら、今は空になった本棚の中に置かれていた、一冊の本に光を当てて読もうとしている。


 この部屋は書斎だったらしいが、今は棚のみが残されていて、書物は高い位置に横倒しになって見つかりにくくなっていた、一冊の本があっただけであった。


 それに目を通していると、かなり古い文字で書かれていて、まったく読む事はできなかった。確かこの文字は、大昔の魔法が盛んだった古代帝国で使われていた文字のはずだ。魔法を学ぶ時にこれに似た文字を呪文で使う──、古い魔法の形式を教わった経験がある。

 ただ現代の魔法では、まるで使わない形式の呪文である為、詳しい事は学ばなかったのだ。古き時代の魔法は危険な神々との深い繋がりを持ち、その力に取り込まれたり、下手をすると、魔神や魔王の配下として従属する事になったり、過酷な運命を招く恐れがあると、警告されたのを覚えている。


 その本を荷袋に入れると、次の部屋へ向かって探索を続ける。

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