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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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精霊の剣士と騎士

 蜘蛛妖女が鋭い爪のついた手を振り上げ、その爪先に暗い光を収縮し始めたのを見て、俺は火蛇戦士に盾になるよう前に立たせた。

 大きな盾を構える火蛇戦士の背後で、俺は後ろにある石柱に触れ、その柱が与える影響力に集中した。

 それは地の属性力に関係する柱であり、攻撃しようと腕を振り下ろそうとした妖女の周辺から、大地を爆発させるような勢いで岩の槍を創出し、腕や足を岩槍で打ち貫く。


 鋭く尖った岩の先端が奴の四肢を引き裂き、片腕と片足を失ってよろけたが、奴はさらに身体を青白い焔(光体の光)で燃え上がらせ、腕を振り下ろし、俺と火蛇戦士を巻き込む激しい光の嵐で攻撃してきた。

 その一撃を防いでいた火蛇戦士が横に吹き飛ばされ、精霊界へと還って行った。俺は魔晶盾アコラスで光の嵐を防いだが、防ぎきれなかった衝撃波が身体のあちらこちらに傷をつけ、後方の柱に叩きつけられてしまう。


「ぐうっ……! くそっ──たれがぁ……!」

 全身の筋肉が萎縮してしまったかのような痛み。──力が入らない。

 どうやら奴が放った力には呪いの効力があり、肉体と霊体の間に異常な力の干渉を生み出したようだ。

 呼吸が乱れ、体に力を入れようとしても、意志と肉体の間に奇妙なずれを感じ、ふらふらと体がぶれてしまう。


 俺は膝立ちになりながら魔剣を握り、魔法でなんとか呪いの効果を除去しようと集中するが、今は守りに入るしかすべがない。

 幽鬼兵を呼び出すか──、そんな考えをしていた時にそれは起こった。




 周囲の気配がざわざわと騒ぎ出したのだ。

 この至聖所には俺と蜘蛛妖女以外はなにも居ないはずだったが、どこからか奇妙なささやき声や、呪文を唱えるような声が響き始めたのである。──それはまるで音楽のような、独特な響きのある詠唱で、囁き声や風のうなりに合わせて、笛や太鼓の音までが聞こえるようになっていった。


(なんだっ……なにが起きている?)


 目の前に居る蜘蛛妖女にも聞こえているらしく、奴は俺を攻撃するよりも、周囲の変化に気を取られ、きょろきょろと周辺に視線を送っている。



 びゅぅぅぅ──ひゅるるるるぅ──



 柱の間を吹き抜ける風の音に混じって、大勢の子供や大人が歌う声が聞こえている。──そんな気がする。

 それは老若男女あらゆる者の声であり、鳥や獣の鳴き声でもあった。

 風の音と共に笛の音と太鼓、そして金管楽器の奏でる和音が周囲に響き渡った。

 それを合図に、白と黒の柱の方から光がほとばしった。まばゆい光に飲み込まれ、白い闇の中で視界が奪われる。




 目が物を見る事ができるようになった時、俺と蜘蛛妖女は見知らぬ場所にやって来ていた。

 ここには四本の灰色の柱が無く、後ろを見ると、大理石の二色の柱だけが存在していた。

 周囲は森であり、今居る場所は少し開けた空き地の真ん中である。


 蜘蛛妖女もなにが起きたのか理解できず困惑した様子で、周囲を見回しながら、俺に背を向けるほどだった。

 俺も即座に攻撃できるほど回復してはいなかったので、こっそりと後方に這うようにして下がり、白い柱の所まで移動した。

 柱にはなんらかの力があり、俺はそれを利用して解呪に集中した。



 森の奥から音楽が聞こえてきていた。──それは先ほどよりもはっきりと聞こえてくる。

 聞き慣れない奇妙な音楽。

 明るいのか、それとも叙情的なのか。その音楽の奏者たちの気持ちが分からない、不思議な音楽が鳴り響く。

 様々な楽器の合奏に合わせ、聞いた事のない言葉で歌う者たちが、森の奥からこちらに向かって来るのだけは分かっていた。


「ヤァ──オゥ──ヤァ──オゥ──、ファーダナ、アヒュレトァ、アーァルレィシャ、ヤァ──オゥ──ヤァ──オゥ──……」

 子供の声、もしくは女性の声が歌いながら近づいて来る。


 しだいに蜘蛛妖女の様子が変わってきた。

 突然頭を抱えて苦しみだしたのだ。

「ゥゥウォオァアァゥ、ギキキキキィィ……!」

 妖女の口からまるで鬼女の憤怒のうなり声が漏れ出たかと思うと、天牛かみきりむしがギィギィと鳴くようにして、背筋が寒くなるような声を吐き出した。


 森の中から聞こえていた音楽が急に鳴り止んだ。

 はっとしてそちらを見ると、木々の間から二人の人が姿を現したのだ。


 そのどちらも豪奢な鎧姿であり、優美な意匠デザインが彫り込まれた白銀の籠手や脛当て、青い光を反射する美しい胸当てや肩当てを身に着けていた。

 銀色の兜から覗く顔は、どちらも女性のようであった。──一人は目の部分を隠した青い仮面をしている。

 輝ける装備に身を包んだ二人の女戦士は、片方が青い意匠のある白銀の鎧を着込み、もう片方は赤色の意匠がある胸当てなどが印象的だった。

 ──赤い奴は手に槍を持っている。


 仮面を付けた青の剣士が前に出ながら、腰から下がる二本の柄に手を伸ばし、長剣を選んで引き抜くのが見えた。

 その動作からは恐怖や殺気は微塵みじんも感じない。

 まるで掃除をしに来た家政婦が、手にした羽根の付いたはたきを手に、ほこりを落としに来たみたいに。


「ギキキキギキッ」

 警戒した蜘蛛妖女が一歩後退した。

 俺は状況が飲み込めずにいたが、ともかく呪いを解き、体の自由を取り戻す事に集中しつつ、周囲の変化にいつでも対応できるように体勢を整える。



 青い剣士が手にする長剣の刃が青い光をゆらゆらと放つ。

 冬の湖面に発生したおぼろな蒸気霧(気嵐けあらし)を思わせる揺らめき。

 睨み合う剣士と異形の妖女。

 まばたきした一瞬の間。

 二つの影が激突し、蜘蛛妖女の片腕が宙を舞う。


「グギュゥァアぁあァっ!」

 その声は鬼女の絶叫に虫や獣が発する声が重なったみたいな、違和感を覚えるものだった。

 切断された腕からぼとぼとと青い液体が漏れ出て、それが空中で青い焔の飛沫へと変わり、消滅する。

 切断された左腕の傷は修復せず、妖女の腕から絶えず青白い焔が燃え出て、火花と火の粉を飛散させる。

 この領域では光体の修復能力が封じられているようだ。


 ここは幽世かくりよではない。


 まさかと思っていたが、ここは精霊界であるらしい。

 邪悪な気配を漂わせる蜘蛛妖女が、耳をつんざく咆哮ほうこうを上げながら敵に飛びかかる。


 一瞬で化け物の背後に回り、攻撃をかわした剣士。

 剣を握った手が前に出ている。──そう思った瞬間、鈍い音を立てて蜘蛛妖女の胴体が切断された。


「ゴッギュゥァアァァッ‼」

 無数の斬り傷を同時に負わされ、下半身と分けられた妖女の上半身が目の前に落下してきた。

 あの一瞬で複数の斬撃を受け、腹部を狙った一閃を受けて、蜘蛛妖女は打ち倒されたのだ

「グアァァギキキッ」

 ごぶっ、と青い焔の血を吐き出しながら、こちらに手を伸ばしてくる。──俺を殺し、その力を奪って再生しようというのだろうか。


 俺は蜘蛛妖女の頭に魔剣を振り下ろし、とどめを刺した────




 一難去ってまた一難。

 二人の戦士がこちらを見ていた。

 殺気は無いが、青の剣士は剣を握ったまま、こちらをうかがう様子を見せている。


 一方こちらは、蜘蛛妖女から手に入れた魔神の力の残滓ざんしを獲得し、それを魔術領域に設定し、自分のものにしようとしていた。

 呪いは解けていたが、二人の戦士に対抗する手段が思い浮かばない。

 急げ……急げ──

 そんな焦りをにじませつつ、俺は白い柱を背に二人の様子を観察する。


 すると森の奥から再び音楽が鳴り響き始めた。

 軽快な太鼓の音。

 どんどどん、どんどどん。

 吹き鳴らされる金管楽器に木管楽器。

 それに合わせるように笛の音と、弦楽器が重なるように音を奏でる。


 勝利の楽曲だろうか?

 俺は音楽に耳を澄ませつる、次に戦士たちがどう出てくるのかに備える。


「マァ──ドゥ──ルゥ、マァ──ドゥ──ルゥ、ヤッフェシュ、アティアルァイ、シャーウィァ、マァゼーム……」


 また森の中から歌声が聞こえてきた。

 呪文のような歌。


 すると青の剣士が手にしていた剣を鞘に戻し、くるりと背を向けた。

 近くに居た手練れの剣士が離れて行くのを見て、俺は内心ほっとしていた。

 あの速度の連続攻撃をするような女剣士。──そしてここが精霊界だとするならば、あの尋常ならざる剣技もうなずける。

 あの戦士は、もしや──


 そんな風に考えていると、今度は槍を手にした赤い戦士が前に出て来た。

 美しい白銀色に輝く胸当てなどを身に着け、その手には銀色の穂先を持つ赤い槍を手にしている。

 俺から数歩離れた場所に来ると、静かに槍を構え、明らかに俺と一戦交える構えをした。

 そんな女戦士は、目を閉じたまま俺と対峙している。──殺気は無いが、ここで退く事はできそうにない。

 戦わなければどのみち、生きて戻れはしないだろう。

 肌にあわ立つものを感じながら魔剣を構える。


「できれば戦いたくはないんだが」

 俺はそう訴えた。

 赤の戦士はこちらの言葉が理解できないのか、微動だにせず槍を構えた格好のまま、こちらを閉じた目で見つめている。


 赤い槍使いが先ほどの青い剣士よりも弱い保障はない。──というよりも、この戦士を前にした俺の勘が、危険を訴えているのだ。

 この相手が危険な実力ちからを持っているのは間違いない。


 魔剣を構えながら自分に強化魔法を掛け、相手の速度に対応できるよう集中する。いくら魔法で強化しても、問題になるのは相手の攻撃を躱しきれるかどうかだ。

 先の青の剣士とついになる存在……

 魔術師でもある俺にとって目の前に居る相手が何者であるのか、その正体に思い当たるものがある。

 彼女がただの槍使いなどでないのは明らかで──そして、人間でもない。


 背後に柱がある状態で迎え撃ちたくないので、横に回り込みながら、慎重に間合いを調節する。

 相変わらず殺気は感じない。まるで戦う気がないかのように。

 しかし、なぜだろうか。

 俺の中の危険を感じる部分が「逃げろ」と訴えてくるのを感じる。

 それほどまでに危険な相手を前にしているのだ。


 俺は内在する戦闘感覚に集中した。この敵の攻撃に対して反応するには、外敵の攻撃に対するようにしていては、気づいた時には槍で貫かれてしまうだろう。

 しんと静まり返るこの空間に、まるで俺と槍使いだけになってしまったみたいに、音も無く、俺の息づかいと鼓動しか聞こえない。

 じりっ、と金属の靴が地面を踏む音が聞こえた瞬間。

 凄まじい速度で銀色の刃が飛んできた。


 赤い槍の穂先が突き出され、それを躱すと、くるりと体を回転させて、その勢いを利用して槍を薙ぎ払ってくる。

「ビュフォンッ」

 空気を裂く音と共に頭の上を通過する穂先。

 薙ぎ払われる軌道を読んで屈まなければ、首をねられていた。


 相手の攻撃速度に恐怖を感じつつも、確実に反撃し、足を狙って斬り払ったが、その攻撃をあっさりと躱し、後方に体を引きながら槍で突いてくる。

 恐ろしい手練れだったが、俺は彼女の正体を知っている。

 なんとかそれを示して戦いを回避できないものかと、声をかける事にした。

精霊界は人界に近く、それでいて人界から精霊界に入る事はあり得ない──そんな領域。

赤い槍使いについては、レギが使用する魔法にヒントがあります。

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