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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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蜘蛛妖女の正体

 そいつは確かに蜘蛛妖女のようだったが、明らかに異質な力に染まっていた。魔眼の力を持ってしても、その異質な魔力の奥底を把握する事ができない。

 切断され片脚になった前脚には、鋭い槍に似た爪。残り六本の脚先にはとげの生えた甲殻と、甲虫の脚を思わせる脚先が生えている。

 大きな丸みのある胴体にはなにか、魔術的な紋様が浮き出ており、腹部や背中に渡って、謎の模様が青や紫色に点滅する光を放っていた。


 尻の方から長いさそりの尻尾を思わせる物が出ており、それが宙に浮くようにして、先端にあるはさみをガチガチと合わせて威嚇している。


 人間に胴体部分は皮膚が灰色、肩や腕を覆う甲殻は黒く、大きな八つの眼が真紅に輝いていた。

 髪は無く、口元に昆虫の牙を生やし、ばっくりと開いた口から覗く鋭い歯と、爬虫類の物らしい朱色の長い舌を垂れ下げ、しゅうしゅうとうなっている。



 蜘蛛妖女は尻を高く持ち上げると、長い尻尾を一直線にこちらに向けて突き出してきた。

 その一瞬、背中の紋様が確認できた。

 そこには奇怪な魔法陣らしき物が浮かび上がり、魔力の流動が起きているのが見える。


 尻尾の一撃を回避しながら、胴体に刻みつけられた力によって、幽世かくりよに出入りする入り口を作り出しているのだと理解した。

 今は「光の縛縄(カウファル)」と、至聖所に満ちた力の影響を受けて入り口を開けないようだ。

 魔法の効果が奴の力を弱めている間に、幽世への入り口を開くあの背中の魔法陣を、どうにかして使い物にならなくするしかない。


(背中を攻撃するにしても、奴の魔法障壁を超えて攻撃するには……)


 業魔斬なら魔法障壁の上からでもある程度の効果は期待できるが、背中を攻撃する位置の足場がここにはない。

 石柱の上に上がればいけるが、さすがに柱の高さは跳んで上がれるほど低くはない。

 警戒している蜘蛛妖女は、剣の攻撃が届かない間合いから魔法を撃ち出してきた。赤紫色の魔法の弾丸を五、六発撃ち出すと、俺はその魔法の弾丸を反射させ、奴の顔や胴体に被弾させる。

 ──が、損害ダメージはほとんど与えられなかった。

 ギリギリと牙をこすり合わせ、嫌がって横を向く。


 俺はすかさず呪文を詠唱し「沼縛罠」を蜘蛛妖女の足下に放つ。

 急に蜘蛛妖女の身長が縮んだかのように見えた。

「グェキキキッッ⁉」

 ずぶずぶと地面に沈んで行く蜘蛛妖女。脚をバタバタと動かして、突如発生した沼から脱出しようともがいている。

 四本の柱の真ん中に沈んで行く黒い蜘蛛の怪物。


 俺は魔神の魔力を使い、剣の刃に集中させる。

 ──ここには魔素が無いので、魔神の魔力を代用し、濃い赤紫色に輝く剣を構え、蜘蛛妖女に接近する。

 すると前脚を薙ぎ払って攻撃してくる蜘蛛妖女。その攻撃を跳んでかわし、沼に沈んだ事で低い位置に来た背中の魔法陣に向かって魔力の斬撃を撃ち出した。

 赤紫色に光る斬撃が飛ぶ。

 その暗い光を放つ斬撃の先端は黒く見えるほど濃い紫色。または赤色の閃光が収束する刃となり、蜘蛛妖女の背中を打ち砕いた。


 ────俺は忘れていた。


 魔神の魔力を有した俺の力は増大し、威力が格段に上がっていた事を。

 背中の魔方陣を使い物にできなくし、幽世への入り口を開けなくするだけのつもりでいたが、俺の放った一撃は、奴の胴体を引き裂き、打ち砕き、完膚かんぷなきまでに破壊した。


「ゴギュァアアァアァッッ‼」

 グシャァッと泥沼と化した地面が破裂した。蜘蛛妖女の胴体と共に、周囲に飛び散る液化した地面と、蜘蛛の内臓。

 青や緑色の気色悪い内臓がぶちまけられると同時に、地面に掛けられていた魔法が解け、えぐれた地面の中に沈み込んだままの大きな蜘蛛の脚を突き刺したまま、地面が固まった。

 バラバラになった蜘蛛の胴体だったが、俺はすぐに気づいた。──()()()()()()()()()()()()()()


 しゅうしゅうと音を立てて、内臓の一部から煙が上がっている。

 離れた場所の石柱を見る。

 そちらから殺気を感じたからだ。

 柱の上の部分。

 そこに人型のなにかがへばりついている。

 ──蜘蛛妖女だ。


 巨大な蜘蛛の胴体から離れ、二本の足を持つ、人間と変わらぬ形状になった女の化け物。

 それは赤い複数の眼をメラメラと殺意にほとばしらせ、こちらを見下ろす格好で睨みつけている。

「ギルルルルルッ」

 怒りに満ちた威嚇を発し、奴は身体を震わせていた。──人間よりも少し大きな身体を持つそれは、異様な魔力を放出し、まるで燃え上がる炎のかたまりのように突然、身体から青白い光を放ったのだ。


「なんだとっ……!」

 ごうっ、と柱に手足をつけてしがみついている化け物から、魔力波動とは異なる力の波動が放たれる。

「これは……⁉ まさか……ッ!」

 バリバリ、ガラガラと、女の身体から雷鳴に似た音が鳴り響き、その背中や肩から青や水色に発光する角。──あるいはとげを何本も生やしはじめたのである。

 背骨が浮き上がり、腰骨の辺りから青い尻尾が伸びはじめた。棘の生えた長い尻尾──それがゆらゆらと左右に揺れる。


 青白い炎がやがて収まると、そいつは柱から地面に飛び降りた。

 着地音は聞こえなかった。

 二メートルを超える身体を持つ魔物は今や、光体アウゴエイデスによって顕現けんげんした、まったく別の存在になって俺の前に立ったのである。



「こいつ──! 魔神だったのか⁉」

 ただの魔物ではないと思ってはいたが、こいつから感じられる力は、今まで対峙してきたものと比べると弱いものとはいえ、明らかに魔神の系譜に連なる存在特有の力を放っていた。

 魔神の力を取り込んだ存在だったのか。

 俺はこの奇怪な存在と真正面から向き合い、危険な力を持つ存在と戦う覚悟を決めなければならなくなった。


(落ち着け……俺は魔神との戦いに勝利してきたではないか。この蜘蛛妖女の力にだって、決して負ける事はない)


 魔剣を構えると、蜘蛛妖女だったものは背中から生やした角を、まるで翼の様に広げながら、こちらを威嚇する。

 ビリビリと空気を震わせる力──

 腕や足も甲殻と棘に覆われるよう変形させながら、ゆっくりと近づいて来た。


「ぬぅんっ!」

 俺は即座に決断した。──速攻で攻撃を加え、奴の弱点を探り出す時間を稼ぐ。

 魔剣から攻魔斬を放ち、次に火炎弾を撃ち出した。

 魔剣から放たれた斬撃は腕で叩き落とされ、魔法により生み出された火の球は、蜘蛛妖女の手から放たれた青い炎に打ち消されてしまう。

 光体からなるその力は、この聖域の中でも効力を発揮している。

 物質を中心とした肉体の上に、次元の異なる光体という力を重ねて顕現した姿の、蜘蛛妖女だったもの。


「グキキキッ、カアァアァッ!」

「チッ‼」

 ぐいっと顔を前に突き出したかと思うと奴は、口から波動を撃ち出してきた。それは乾いた音を立て、目の前が真っ青に彩られるような発光。

 反射魔法で対抗しようとしたが、撃ち出された力の一部が前方に張った盾状の障壁を越えて、俺の体を衝撃で吹き飛ばした。


(なにぃっ⁉)


 全身を貫く衝撃。

 脳が揺さぶられ、吹き飛ばされた先にあった柱に強く背中を叩きつけられる。


「ぐふっ!」

 呼吸が止まり、その場にずるずると尻餅をつきそうになる。

 俺は足に力を入れ踏ん張ると、背中を柱につけたまま踏み止まった。

 魔剣はなんとか手放さずにいられた。

 瞬間的に力を込めて握ったのが功を奏したのだ。


 青い極光気オーラまとう怪物は、なおもこちらを攻撃しようと迫って来る。

「ギチギチギチッ」

 その口元から不快な音が漏れる。

 笑っているのか、それとも威嚇なのか……

 鋭い爪のついた腕を振り上げると、左右から立て続けにその爪を振り下ろす。


「ガキィィン」

 魔晶盾アコラスで攻撃を弾きながら、ぐっと足に力を入れる。

「フンッ!」

 攻撃の合間に魔剣を突き出し、奴の胸元を狙ったが、蜘蛛妖女はさっと後方へ下がり、離れた間合いに退避し、背中から生えた角に集めた魔力で攻撃してきた。

 青白い光が角の先端に集まると、雷撃の様な力がこちらに放たれ、柱を挟んで俺に直撃した。


「ぐぅあぁっ‼」

 魔法障壁の効果を持たせた魔晶盾で防いだが、盾の外側から流れ込む力が俺を打った。

 体に張った魔法障壁の効果が威力を弱めていても、その異質な攻撃が皮膚を裂き、立て続けに流れ込む力に骨がきしんだ。

 柱の陰に回り込むようにして逃れたが、左腕から血が流れ、まずは傷口を治しながら距離を取る。

 離れ際に蜘蛛妖女に向けて、猛炎の壁を叩きつけた。

 地面から噴き上がった紅蓮の炎に飲み込まれた化け物。その口から鋭い悲鳴が上がったが、ごうごうと音を立てる炎の勢いに飲まれて消えた。


 柱の陰に回り込んだ俺は、即座に次の手を打つ。──まずは火蛇戦士を召喚し、続けて青焔狼を呼び出して柱の陰から別々に突撃させる。

 敵に近い方から火蛇戦士が槍と盾を手に蜘蛛妖女に向かって行き、青焔狼が反対側から回り込んで襲いかかる。

 俺は火蛇戦士の背後から回り込んで、敵の側面へ回り込もうと考えた。


 盾を構えた火蛇戦士に、腕から放った風の刃で切り刻もうとするが、その魔法攻撃を盾が弾き、距離を詰めた戦士が蜘蛛妖女の腹を狙って槍で突く。

「ウギィィッ」

 槍の一撃を手で受け止めたが、その手を貫通して、さらに腹部に槍の穂先が突き刺さる。

 しかし、妖女は口から波動を撃ち出して、火蛇戦士を吹き飛ばした。


 その横から飛びかかり、魔剣で奴の側面から鋭い攻撃で斬りつける。

 斬撃を腕で防がれたが、いい瞬間タイミングに魔物の足に青焔狼が食らいつき、体勢を崩した相手の背後に紫電の様に回り込んで、渾身の攻魔斬を叩き込んだ。


「グキィィアァアァッ!」

 攻魔斬の斬撃と魔剣の刃が背中から生えた角を斬り落とし、俺はさらに背後から、下に構えた魔剣を脇腹に向けて突き上げた。

 ぐさりと刃が背中側から腹部に貫通し、青い血液が噴き出す。

 そのまま剣を横に薙ぎ払ってやろうと逆手に持った瞬間、蜘蛛妖女が腕を広げ、体から衝撃波を放出した。


「うぐぁっ⁉」

 どんっ、と突き飛ばされたような衝撃。

 遅れて全身を貫く刺激がビリビリと流れ込み、骨と肉が離れたような錯覚を覚えた。


 青焔狼は衝撃波を受けて石柱に叩きつけられ、影の中に沈み込むように影の檻域に帰って行く。

 吹き飛ばされた俺と火蛇戦士は地面に踏み止まったが、その場に膝を突いて立ち上がるまでに回復するのを待たなければならなかった。

 こちらに振り返ろうとする蜘蛛妖女の腹部の傷に青白い焔がめらめらと燃え広がり、えぐれた傷が瞬く間に修復されてしまう。


(こいつっ……! なんとか、奴の光体の力を封じなければ)


 奴の力の源である高次元にある根源的力との接点を閉ざし、あの光体の修復能力を阻害できれば……!

沼縛罠はかなり前に魔女プリシアから房中術で手に入れた魔法。


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[一言] 流石魔人、一筋縄ではいかないご様子。
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