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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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崖上の聖域

 精霊がつかさどる四つの属性は基礎的な魔法の原理でもある。地水火風──その四大の原理を表す四つの紋様が石像に刻まれているのを発見した。

 獣の肩と腰の辺りにそれぞれの象徴が彫り込まれ、この獣が精霊の力を表しているのだと考えられた。

「精霊獣の石像か。しかしなんだって人も住まない山奥に……」

 山奥にこんな精緻な彫り物を施した石像を配置する理由があったのだろうか。

 その謎はこの石像があった場所に行ければ、もしかしたら理解できるのかもしれない。──土石流ですべてが流されていなければの話だが。


 過去の思想上の石像には、魔術の基礎に近しい図像が含まれている可能性がある。もしかすると古い魔法に関する、新たな発見があるかもしれない。

 そんな期待を抱いた俺は、山のふもとへと向かう為に歩き出す。

 村の人間が言っていたように、山の麓にある森のそばに小屋が建てられていた。森に続く頼りないわだちが目印となっていた。麓から広がる平地は草木におおわれる草原であるようだ。

 今は多くの草が枯れ、黄緑色の草地はわずかに残されているだけだ。


 森の先にある山を見ると、黄土色の切り立つ崖がそびえ、山頂にはまるで城郭にある尖塔を思わせるような、いくつもの尖った岩が立ち並んでいるのが見える。

 頂きにあるそれらの岩が日の陰に入ったなら、きっと山頂に城が建っているように見える事だろう。

 乱雑な尖った岩の柱を乗せた黄土色の山には木々の姿がほとんど見当たらない。山の中腹には小さな範囲を覆う緑色の部分があるが、樹林と呼べるような大きな物ではなさそうだ。

 麓にある森林の土壌は焦げ茶色で、土石流は山の上の方から流れてきた物だと推測できた。

 なだらかな麓の森林から先は急角度の斜面があり、歩きにくそうだ。


「さて、さっそく行ってみるか」

 数日は岩山の中で生活するつもりで準備してきた。

 雪が降っても大丈夫なように防寒具も影の倉庫にしまってある。

 探索に行く前にうまやに水と飼い葉などを置いておき、馬が生きていられるようにする。

 小屋の周辺に獣除けの結界を張ると、広葉樹と針葉樹が生い茂る森林の中へと足を踏み出す。




 そこは青々とした葉陰によって薄暗くなっている場所や、葉がすっかり落ちた裸の枝の隙間から日の光が差し込む場所があった。

 柔らかい地面には腐葉土が堆積し、栄養を豊富に溜め込んでいると思わせる。

 日の光が差し込む場所の近くにこけきのこが生え、それ獣が食って行った跡が残されていた。


 鼻をつく森の匂い。森林には落ち葉が土に還っていく時に発する森特有の強い匂いが充満し、その中には獣臭さも感じられる。

 猟師たちが森のそばに拠点を用意しているくらいだ。この森の中には数多くの生き物が生息しているに違いない。

 熊や猪の他にひょうや狼も居るらしいので、そうした獣には注意を払わなければならなかった。

 目撃情報は少ないが、小鬼ゴブリンもたまに出没するとされているので、もし見かけたら討伐しておこうと思う。──早めの駆除が肝要だ。


 森の奥に向かって生命探知を掛けると、魔法の視野にいくつかの気配が映った。どうやら鹿や羊らしい。近くに反応があったので忍び足でそちらに向かって行くと、黒いかたまりが木々の間で動いていた。

 黒い縮れ毛に身を包んだ黒羊だ。

 そいつは数匹で行動しているらしく、地面に生えている草や苔をもそもそと食べながら、のろのろとした動きで移動している。


 俺は彼らを驚かさないようにひっそりと気配を消して歩き、山の麓へと続く緩やかな斜面を歩き続けた。

 日の光が差す場所では森の匂いが弱まり、乾燥したわら束のような匂いがする場所もあった。

 細々とした小川や小さな水溜まりのそばを歩くと、濡れた地面に小さなひづめの跡がてんてんち残された場所があった。よく見るとそこには狼の足跡も残っていて、奴らが積極的に鹿や羊を追いかけている様子がうかがえた。


 かなりの距離を歩いていると前方に気配を感じ、俺は木陰に入りながら相手の姿を探る。魔法の視覚には三つの影が浮かんでいた。──狼だ。

 三匹の狼は食事中だった。犠牲者は黒い毛をした子牛で、親からはぐれたか、親と一緒に居るところを狙われたのだ。

 俺はその場を避けるように行動し、森の中を北西に向かって移動する。

 狼も俺の存在に気がついたようだったが、自分たちの食事を優先させるだろう。わざわざこちらを襲う理由がない。


 しばらくすると緩やかな斜面からはっきりとした坂道に変わった。

 まずはコーグ山とツーム山の間にある山間部を目指して進んでいた俺は、緩やかな斜面を選びながら山間部に向けて歩いて行く。

 日の光が照らし出す場所まで来ると、そこは地面が雨水で削られた天然の坂道だった。

 たぶんここが山間部へと続く交易路となるはずだ。斜面が緩やかで、ところどころに木や岩が地面から生えていたが、この場所なら比較的簡単に道路への整備がおこなえるはずだ。


 山間部の坂道を上がって行くと、二つの山間にある麓がぶつかり合う場所は、コーグ山の段々になった地層と、ツーム山の茶褐色の山裾やますそが混じり合ってできた天然の山道となっていた。

 そこは広い道幅があり、ツーム山の方にはそこそこ大きな木々が生え揃い、北側に位置するコーグ山の方には背の低い果樹などが多く目についた。土の性質の違いだろうが、二つの山間に生えている木々がここまで明確に違うのに驚く。


 二つの山の間にある隘路あいろは、開拓すれば望ましい交易路になるはずだ。山間部に辿り着くまでの道程は、それほど苦労するような急斜面はなかった。

 周囲の地面を削り、斜面をさらに緩やかに整えた坂道を作り出せば、交易路として多くの馬車が通行する道となる。

 それはピアネスとベグレザ両国の発展に寄与し、なによりエブラハ領はその中継地点として、少なからぬ収益を得られるようになる。その利益をさらに増やす為には、エブラハ領での特産品を新たに準備する必要があるが。


 山岳地帯に茶畑を作ったという話もある。

 そうした畑を別の場所でも作り、名産として展開していければ。そうクーゼにも話しておいたが、たぶん初期費用(投資)を捻出したり、長い時間を必要とするだろう。

 なにもかも一足飛びに良い結果を得られるものではない。


 しかし俺にはアーブラゥムから与えられた「地気制操」の力がある。

 あまり多用する訳にもいかないが、初めくらいは手を貸してやる事ができるかもしれない。


 山間部の様子を探りながら歩いていると、それほど高くない位置から平坦な場所が続き、その先にベグレザ領の森林が見えていた。

 このまま向こう側に入ってもしょうがない。

 俺は交易路建造の計画に変更すべき理由がない事を確認すると、今度はもう一つの目的を果たすべく、エブラハ領側のコーグ山の斜面に向かって歩き始めた。




 森林を抜けて行くと、日の光を受けた黄土色の地面が見えてきた。

 その土は陽光を浴びるとまるで黄金の様に輝き、黄金色こがねいろに輝く山肌には暖かな熱が吸収され、それは一つの巨大な生命のほとばしりに感じられた。

 ──この草木の育たぬ不毛の山に命の輝きが投影されて見えるなど、まったく不可思議な事もあるものだと思いつつ、山腹への足がかりを探す。


 森を抜けた先は緩やかな斜面と岩棚の段差。

 崖と急斜面の地面が待ち構えていた。

 そこからかなり長い時間を険しい山登りに費やした。足場の悪い絶壁を通過したり、でこぼこの地面を跳ねるように進んだり……

 苦労しながら段差や急斜面を越えて進み続けたが、それほど長い距離を移動できた訳ではなさそうだ。

 若干の疲労を感じ始めた頃、日が高く昇り、岩肌を焼く日差しがまばらに生えた草花や灌木かんぼくを照らし出した。


 岩と固い地層が作り出すでこぼことした大地。

 ところどころに乾燥した黄土色の土が溜まり、場所によっては水気を含んだ黄土色の沼じみた物が平坦な場所に残っている。

 平坦な場所と切り立った崖。この地層はそうした対照的な地形が形作られ、過酷な固い地面にへばりつくようにして草が生えたり、岩場の隙間から苔と、茶色い土壌が染みみたいに地面を覆い、そこから草花が芽吹いていた。


 風雨の中に生えた苔が土を生み出し、不毛な岩山に生命を根づかせようとしているかのようだ。

 よく見るとブナの葉なども落ちていて、麓の森から、風に飛ばされてきた落ち葉などが集まっているようだ。

 そしてそうした植物を糧とする山羊がこの岩山には生息している。──不運な山羊の白骨が岩場に落ちていたのだ。


 二股に分かれたひづめに潰れた頭蓋。

 その死骸の周囲には新たな生命が誕生を迎えていた。死骸を養分にした茸。死肉を食らった鳥の落とした糞などが、黄土色の上に染みを作っている。


「不運な」というのは、その山羊が崖の上から落ち、固い地面に叩きつけられて死んでしまったからだ。

 過酷な自然の中でたくましく生き抜いていた立派な角を持つ雄山羊も、うっかりと足を滑らせて死んでしまう。

 もしかすると老齢の為に足腰がおぼつかない状態になっていたのかもしれない。

 そんな想像をしながら、死骸を糧に生まれた羊歯しだや茸のそばを通り過ぎる。

 この山羊のような末路を辿らぬよう注意しながら。

 ときおり生命探知や魔力探知を繰り返しながら慎重に進む。


 右手には崖の下に見える森林。

 麓に広がる深緑に空の青い色。

 しかし俺の歩く地面はどこまでも黄土色をした固い岩場が続く。

 ちょっとした坂や段差を乗り越えながら、段々と地上から離れて山の上へと登って来ていた。

 山の中腹からもう少し上の部分に行ってみるかと考え始めた頃、視線の先に緑色が広がってくるのが見えた。

 麓から見えていた緑の生えた場所だろうか。


 そこには灌木が多く育ち、その足下の地面は茶色い土に覆われている。

 枯れ葉などが堆積し、そこから生まれた土だろう。

 灌木を見るとそれは茶の木であるようだ。

 さすがにすべての葉は枯れ落ちてしまっているが、密集した灌木の根元には枯れ葉と──山羊の物らしいふんが落ちていた。

 周囲に獣の姿はないが、この周辺は広々とした平地になっており、崖の上へと続く坂道や地層の断層などもある。


 ふと坂道の下にある灰色の岩に気づき、それに近づいて行くと、汚れたその表面になにやら紋様と文字が刻まれているのを発見した。

 古代遺跡の遺物であろうか。

「どれどれ……」

 表面の砂などを払い落として紋様を調べたが、やはり麓に流されてきた物と同じで、そこにある文字は読む事ができなかった。


 しかしこの小さな石碑は、坂の上になにかがあると知らせているように思えた。

 もしかするとこの坂も、人の手によって作られた物なのかもしれない。

 俺は期待しながら坂道を上に向かって歩いて行き、その先にある灰色と緑色の見える場所にやって来た。


 そこは広々とした平地が整えられていた。

 大岩や段々になった地面などがなく、まるで山の中腹に作られた庭園のようだ。

 平地の外側には灌木と、それなりの高さにまで生長した樹木が植わっていた。──この場所を整えられたものに見せているのは、規則的な木の配置にあった。そして──

 そして、その木の根元を玉石が囲んでいた。果樹の生えた地面には土が盛られ、水気を含んだ黒い土が木の根っこを包んでいる。


「妙だな」

 俺はつぶやいていた。

 まるで果樹に水をやっている者が居るかのようだ。

 黄土色の固い地面には枯れ葉や果実の落ちた汚れもなく、この場所の空気は奇妙なほど清浄だった。

 まるで神聖な場所を作り上げているかのような、何者かの意志を感じるのだ。──それが人間か、はたまた得体の知れない存在によるものかは分からないが。


 広くなった庭園の先に切り立った崖があり、そこに壁画らしい物が彫り込まれているのが遠目から確認できる。


 俺はこの聖域のような庭園の間を歩き、崖に刻まれた崖に刻まれた壁画を調べようと近づいて行った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >山羊の物らしい葉が落ちていた。 歯?、毛(体毛)?、排泄物?。
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