領主代行としての活動
第十三章「故郷の立て直しと交易路」の開始です。
この章タイトルは変更するかも……
タイトルどおりのぬるい展開には(おそらく)ならないので。
レギが領地の奪還を果たし、領主後任の義母エンリエナを支えつつ、領主補佐として働く話。……けれど不穏な空気は近づきつつあって……
故郷に戻り、領主の座を簒奪した愚兄スキアスの圧政から領地を解放した俺。
今は領主代行として領地に残って様々な問題の対処にあたっていた。
問題は山積していた。──当然だ、今までの領主たちは問題を解決しようとはしてこなかったのだから。……そいつらは俺の肉親であるのだが、精神的にはなんの繋がりもない連中だ。
冬になる前に薪や木炭を調達し、小麦や芋などの保存が利く食物を領民に分け与えた。──こうしなければ来年には、多くの墓を用意しなければならなくなっていただろう。
久し振りの故郷だったが──自分が生まれ育ち、長くそこで生活していた「ウイスウォルグ」にはまだ帰れていない。
それは俺だけでなく、義母のエンリエナもそうだった。
今はエブラハ領の一番大きな街ブラモンドを中心に活動しているからだ。
俺も彼女もウイスウォルグには特別な想いがあった。
その理由は俺の義弟であり、エンリエナの息子であるイスカの墓があるからだ。
冬に入る前に一度本家の屋敷に戻り、墓参りに訪れようと考えていたが──
やらなければならない事が山積みで、しばらくはブラモンド周辺に足を運ぶくらいしかできそうにない。
俺はやるべき事をいくつか決めると、まずはエブラハ領の小さな村や集落に対して人を送る事にした。食料や燃料、毛布や防寒具などもできる限り調達して、それらを送り届ける事にしたのだ。
幸いというべきか、夏から秋にかけて好天が続いたらしく、作物も家畜も不足はなかった。森林や山岳で活動する猟師たちが保存していた山羊や狼の肉や毛皮を買い取り、それらを田舎などに送り届ける。
そうした作業の合間に魔獣の角や骨をいくつか集め、それは魔導人形を作る素材として保管しておく。
その他にも木材や石材、煉瓦などを神霊領域に運び込み、暇になると神霊領域に小屋を建てたり、魔導人形の作製に取り組んだりもした。
領地での仕事は、新しく領主となるエンリエナの名前を広めつつ、今度の領主は以前のような連中とは違うぞと民衆から思われる為に、あらゆる手段を尽くすべきだと考え、行動した。
それほどまでに今までの領主はクズだったのだ。
そのクズが自分の父親や祖父だったというのだから、まったくやりきれない。
なぜ先代領主たちはこうも愚かな政策──というか搾取──ばかりおこなってきたのだろう?
俺は不思議でならなかったが、彼らの知性では自分の欲求についてしか物事を計れないのだと諦めた。
歴史上に登場する暗君についての、非情で独善的な振る舞いの数々を仕入れてきた俺からすると、そうした愚か者と同じような考え方や行動をする事など、自分を低俗な存在に貶める行為にしか思えない。
別に民衆に好かれようと思っているのではなく、自らが属する領地の繁栄が、自らの人生を豊かにすると知っているからだ。
人参しか育てる事を知らない農民よりも、甘藍や玉葱、馬鈴薯に瓜を育てられる農民が居る地域の方が、より豊かな食生活を送れるのは必然ではなかろうか。
農民が豊かになれば、その領主はもっと豊かになれるだろう。
そうした当たり前の計算すらできない者が人の上に立つような場合、それは悲劇しか生まない。
民衆もそうした環境では必然的に愚かになり、より豊かな生活など考えもしないようになる。彼らは奴隷かなにかのような思考になって、自分を含めたあらゆるもの──世界そのもの──を拒絶し、憎むようになるだろう。
そうして不幸が積み重なってあらゆる場所にあふれ出し、人間の尊厳など省みない暴徒や集団となるのだ。──ブラウギール国のような、悪意と犯罪が飯の種となるような国が出来上がれば、その禍はもしかすると、その国の中だけなら幸福なものに見えるのかもしれないが。
しかし知性を持つ者なら知っている。──それがあり得ない事を。
知性を持たぬ意識は獣と変わらないのだから。
人間的な生活と人生を求めなければ、人という生き物は獣へと堕ちる
人間は知性によって生き、人生を生きて行くもの。
そこにあるものが愛であれなんであれ、自らの意思を貫けぬ程度の者になれば、自分をくだらない人間だと悲観しながら生きてゆく他ない。
そうなりたくなければ考えて行動し、自らの属する世界を変えてゆくか、自分を変えてゆかなければならない。
エブラハ領の民衆の中にも、まだ領主に絶望していない者も居た。
クーゼやアルマを筆頭に、商人連中は俺の指示に従って荷車や馬を使い、冬になる前に地方へ向けて、生活に必要な物資を運搬してくれた。
俺には金の首飾りを売って得た金もあり、物資を他の領から集めるのに困る事はなかった。俺が大金を持っている事をクーゼは驚いていたが、なによりもその金を領地に住む者に惜しみなく使おうという俺の決定に、商人たちを引き入れて積極的に動いてくれたのだ。
エンリエナも新たな領主になる覚悟を決め、懸命に働いてくれた。
争う民衆を宥め、どのように領地を発展させるかを議論し──町や村、ひいてはエブラハ領全体が発展する為には、市民が団結し、強い目的意識を持つ事だと諭した。
彼女は二度目の夫との関係を保つ為に、領地の問題については一切口出ししてこなかったが、その領主としての天性の才覚は、後夫を遥かに上回っていたのである。
──こうしてある程度の仕事が一段落すると、すぐにベグレザ国に人を向かわせた。それはここエブラハ領と、ベグレザに繋がる道路を建設する計画を伝える為だ。
この交易路が開通すればエブラハ領はもちろん、ベグレザにも大きな利益が生まれるはず。向こうの領主がこの話を前向きに考え、あちらの国の許可を得られる事を願いつつ、民衆にもその計画について呼びかけ、新しい産業となり得る物について話し合い、彼らの中からなんらかの生産に結びつく物がないか調べたりもした。
──相変わらず発展も進歩もない領民たちであったが、一部の山岳地方では山の斜面を開墾し、茶畑を作った農民も居るらしい。
そこはクーゼによって農業や畜産業に関する新たな知識を与えられた市民がおり、そこから農産物の生産への新たな取り組みがおこなわれ始めたのだ。
予定としては西側にあるボアキルソ村からメヒドと呼ばれる集落の間あたりにある山脈から、ベグレザへと通じる道路を建設する予定なのだが、あのそばにあるレジュネー山には蜘蛛妖女が出現したという。
レジュネー山はベグレザへと続く交易路を通す予定の「コーグ山」に近く、できれば排除しておきたいところだ。
……レジュネー山の辺りには不毛な荒れ地や岩山が多く、そこに棲んでいる生物は少ない。
もしかすると山の向こうからやって来た個体かもしれない。
そうすると生物の多く居る、コーグ山の麓の森に移動してしまうかもしれない。
相当大きな蜘蛛妖女であるらしいので、危険な力を持った──成長した──個体であると思われる。生半な冒険者では手に負えなかったのなら、俺が直接出向くしかなさそうだ。
どちらにしても山脈の間の安全を確保し、工事予定の場所を視察しておこうと考えていたので、この案件について手を回す必要がある。
できれば危険な生物などの排除を目的とした冒険者の一団を送り込みたいが、あの僻地まで足を運ぶ者はそう居ない。……一応すでに、エブラハ領に足を運ぶ冒険者が増えるよう戦士ギルドにいくつかの依頼を出しておいたが。
まずブラモンドを中心とした街道の安全確保と、道自体の整備をおこなうことを考えた。ベグレザとの交渉がまだ始まってもいないので、交易路の建設を先走らせる訳にもいかず、まずは今までの街道を修繕し、エブラハ領と隣接するペルゼダン領へと続く道を、馬車が通行しやすい舗装路へと変え、隣の領地とのやりとりも増やしたいのだ。
それすらもしてこなかった今までの領主にも反吐が出る思いを抱きつつ、こうした土木工事に関する人材を集めたり、石材や木材も新たにかき集めていく作業に没頭した。いくつかの資材置き場はあっと言う間に満杯になった。
「しかし金庫は空っぽだ」
エブラハ領の金庫は最低限の金を残し、ほぼ使い切ってしまった。
そこで俺の小遣いから多くの作業員を雇用する金や、資材にかかる金を支払ったのだ。
エブラハ領でくすぶっていた土木関係者は、思わぬ働き口を領主が提供したというので、彼らの心証はかなり良いものになったようだ。
ともかく冬になる前に道路の整備を押し進め、僻地のボアキルソ村にも作業員と資材を送り込み、道路や資材置き場の建設を頼み、それに伴って簡素な宿泊施設も建てるよう促しておいた。
ベグレザとの交渉がうまくいかなくとも、蜘蛛妖女の件はほったらかしにはできない。かなり特殊な個体であるような気がしてならないのだ。──ただの蜘蛛妖女なら問題ないが、以前に対峙した巨大な蜘蛛妖女のような化け物となっていたら、小さな村などは壊滅させられてしまうかもしれない。
その為にも、あの周辺への探索をしなければならないと考えていた。
市民からの上申やいろいろな考え事を片づけながら、俺はクーゼやアルマ、エンリエナと共にエブラハ領の問題を一つ一つ解決していった。
なるべく金をケチらず、効果的に金を使い、多くの人員を雇って作業に当てた為、短期間で劇的な変化を領地に残す結果となった。──多くの愚鈍な者は気づかないかもしれないが、その変化は冬が訪れ、春を迎える頃にははっきりと分かるだろう。
田畑には潅漑を設け、それ以外にも大きな水路を造り、水害が発生した場合の備えもした。雪が降ればそれを捨てに行く道も、場所によっては石や煉瓦を使った舗装路になっており、行動しやすいはずだ。
村や町には薪や木炭などを確保する倉庫も設置し、食料についても一定の保存方法に関する知識を広め、塩なども手配した。内陸であるエブラハ領だが、岩塩の採れる場所があり、そこへの街道を整備して今まで以上に運搬しやすい環境を整え、また塩の保管庫なども用意する。
街道の整備は冬を越えても引き続き作業がおこなえるよう手配して回った。
そうこうしているうちに冬が迫ってきた。
空気はひんやりとし、朝の冷気で霜が降りる事もあった。
暖炉には火が点り、侍女が朝早くから洗濯の準備をしている。
俺はまだブラモンドの街で仕事をしていた。
さっさとボアキルソに向かい蜘蛛妖女の討伐を、と考えていたのだが。
「資材運搬用の荷車が足りない」とか「どこどこで狼の群れが出た」とか、緊急性が高そうな「小鬼の集団が森に棲み着いている」などといった情報が届くと、俺はそこに戦士ギルドを介して冒険者の一団を送り込んだ。
最近いくつかの冒険者の一団がエブラハ領に留まって、小鬼や魔獣などを狩るのを目的に活動するようになった。
これも亜人や魔獣が出現する箇所を示した地図を描き、戦士ギルドに提出した為だ。正確な情報が得られると冒険者も活動がしやすくなる。
町にある宿も充実させるよう指示を出し、冒険者がエブラハ領の奥地にまで探索に行けるよう仕向けた。エブラハ領の手前(ブラモンド周辺)だけで活動するのではなく、広くエブラハ領内を回ってもらい、冒険者によって街道や町の安全を確保するよう計らったのだ。
こうした計画の効果が出始めた頃、雪が降り始めたのだった。
積もるほど雪は降らなかったが、表の空気はすっかり寒くなり、外での作業が厳しくなる時期が迫っていた。──俺は雪が降り積もる前にボアキルソに向かう事を決意し、旅の支度を始めたのだが……
「おい、本当にボアキルソの魔物を退治する気か? それもたった一人で向かうだって?」
「そうだが」
ドアを叩きもせずにクーゼが執務室に入って来て、困惑した様子で声を張り上げる。
「無茶を言うな。冒険者数人ですらかなわなかった相手だぞ」
「そう言われてもな。その冒険者たちは赤鉄階級も居たらしいが、魔法を使える者は一人だったらしいじゃないか」
「いや、しかし……」
「領主の仕事はお前とエンリエナに任せる。ともかく大雪になる前に片づけておきたいんだ」
心配する幼馴染みの夫婦に今後の予定について簡単な指示を出し、心配するなと言い含めてブラモンドを出た。
馬の背に跨がり、西の僻地へと向かって進んで行く道の途中、南へと進めばウイスウォルグへと繋がる分かれ道まで来た。
故郷に寄りたい気持ちが湧いてくる。
──不思議なものだ。
あれほど嫌な思いをしてきたはずの故郷だというのに。
故郷への郷愁というものは、その土地に結びついた心象風景への愛着といったものなのかもしれない。
俺はそう気づき──西に向かう道を進んだ。
やらねばならない事を先に済ませる為に。
あらすじも変更します。
「○○」に当てはまる名前はそのうち登場する予定。




