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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十二章 故郷の蠧毒(後編)

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親友との再会と怒りの民衆

あけましておめでとうございます。

 そんな感想を抱いているとドアが叩かれた。

 入るよう声をかけると、開かれたドアから見覚えのある懐かしい顔が入って来た。

 別れてから長い期間が開いたにもかかわらず、その顔はすぐに友人のものだと分かる。

「レギ!」

「久し振りだなクーゼ」

 俺と親友の再会は互いの肩を抱き合って、背中を叩き合う挨拶から始まった。


「ずいぶんとたくましくなった」と離れたクーゼが言う。

「当然だろう。各地を旅し、訓練や戦いの中で過ごして来たのだから。そちらも元気そうでなによりだ」

 やや苦笑い気味に笑顔を作る友人。

「はは……そうでもないかもしれないな。肉体的には問題ないが、いろいろとその──問題が噴出してね」

「そうだろうな」

 俺は別段気にした様子もなく返答する。友人がなにに対して言っているのか分かっているからだ。


「ではさっそくその問題に向き合うとしよう」

 俺はそう言いながら、まずは中央から連れて来た文官を紹介し、これからのエブラハ領の発展について彼に協力してもらう事ができると告げ、クーゼを喜ばせた。

「それはありがたい。中央の役人の支持が得られるなら、領主の座を奪い、好き勝手にやっているスキアスの排除をしやすくなる」

「お前の店はどうしたんだ」

 そう言われて力なく肩をすくめたクーゼ。

「奪われたさ。ぼくやあの街の商業を担っている者たちは、スキアスの言い出した『商業税』に反対したからな。それを理由に力でぼくらを追い出したんだ」

「それは商人たちを怒らせただろうな。農民はどうだ?」

「ご同様だよ。彼らに対してもスキアスは無理な税を課し、反対する者を捕らえたりした」

 まさに圧政そのものだな。

 文官もそうした話を手帳に書き取っている。


「積もる話もあるが、親父殿の容態は? まずは会わせてくれないか」

 毒による体調の悪化なら早めに手を打たないと取り返しがつかない。

「わかった──こっちへ」

 クーゼに連れられて俺は別の部屋に向かった。

 そこは小さな寝室らしい。


 室内には一人の女性が椅子に腰かけ、寝台ベッドに横たわる男をじっと見つめていた。

「レギスヴァーティ」と、その女性は立ち上がりながら言う。

 彼女は俺の義母、エンリエナだった。

「お久し振りです」

 頭を下げる彼女に手を向けて椅子に座るよう示したが、彼女は立ったまま俺の様子を見つめてくる。

 俺は寝台に近寄り、眠ったままの父親の顔を覗き込む。

 父親の顔色ははっきりと悪く、明らかに毒物によって弱っていると思われた。頬は痩せこけ、このまま目覚めなければ一月ひとつきたずに命を失うだろう。


 俺は父親の身体を解析魔法に掛け、より細かい状態を調べるよう集中した。

 その結果、思っていたとおりガンナガンナの毒が体内に残っているのを突き止めた。……しかし長い時間をかけ、かなりの量を口にしていたのだろう。父が意識を取り戻す可能性は五分五分といったところだと思われた。

 それに意識を回復したとしても、せいぜい長く生きたとして一年未満だと推測した。──俺は解析で分かった事を説明しながら、旅の途中で作っておいたガンナガンナの解毒剤を父に飲ませた。

「あとは少し水を飲ませて」

 と義母エンリエナに任せる。

 彼女はすぐに水差しを手にして父の頭を少し持ち上げ、水を口に注ぎ入れた。


「薬の効果で体内の毒は中和されるが、それで完全に回復する訳じゃない。いたんだ内臓器官は戻らないからな。父はさっき言ったとおり意識を取り戻せたとして良くて一年。半年生きられればいいくらいだろうな」

 俺はそうはっきりと告げた。

「……そうか」

 暗い声で答えたのはクーゼ。

 エンリエナは覚悟していたのだろう、なにも言わずにじっと眠ったままのケルンヒルトを見つめていた。


 俺たちの間には微妙な空気が流れていた。それは──この毒殺されかけている領主とその妻と、領主の息子の今後について話し合っておきたいという気持ちの表れ。

 領主の息子の友人であり、街一番の商家であり、領地の今後について悩んでいる一市民でもあるクーゼと、権力者であった者たちの間にある、目には見えない溝のように感じられた。




「それでは──さっそくで悪いが、これからどうするか、その話し合いの場に参加してくれるか?」

 クーゼは躊躇ためらいがちに言う。──その先で待つ連中がどういう思いで居るかを知っているからだ。

 ケルンヒルトとエンリエナを部屋に残し、俺たちは廊下に出てこれからについての行動に移る事にした。

 俺はうなずくと文官には離れた場所で見ているよう言い、クーゼについて行く。

 友人は終始無言で屋敷を出て、殺気立つ農民や市民が増えた道を歩きながら、集会所となっている大きな一階建ての建物に向かう。

「気をつけてくれレギ。彼らは領主の──スキアスの兄弟ということで──」

 俺はそれ以上言わせなかった。

 指を一本立てて友の目を見て「分かっている」と無言で訴えた。


 石造りの建物の中は大勢の人が集まっていた。中には女の姿もあったが、ほとんどは男たちであり──そのどれもがぶつぶつと、あるいは大きな声でがなり合っていた。

 俺がクーゼに連れられて来たのを見ると、離れた場所から「あれが領主の弟……」などとささやく声が聞こえてきた。

 大部屋の奥にある座席の前に立つと、文官たちは彼らの背後からそっと壁際に立ち、ここで話される事を聞き取ろうとする。


「静かにしてくれ」

 クーゼは落ち着くよう大勢に呼びかけたが、ざわざわとした声はまったく止む気配がない。

 それどころか「その男が領主の弟なんだろう⁉」などと怒号を発する者が出る始末。

 それに呼応して他の男たちも拳を振り上げて「あいつもあの領主と同じだ!」などとのたまい始める。

 そうなると彼らは一個の群衆がそうであるように怒りの感情をみなぎらせ、とどのつまりは群れ集まった野良犬のように、人間様を前にしてわめき立て始めたのである。


 群れなす弱者とはこうしたものだ。

 群れなければなにもできない癖に、集団になるとやたらと喚き立て、非難を飛ばし始める。

 集団の中に意識を埋没させ、理性を限りなく小さくした獣と成り果てるのだ。

 今にもこちらに向かって殴りかかってきそうな群衆を前に、俺は魔剣を抜き放った。

 誰も俺が得物を手にしているとは気づかずに喚いていたのだ。

 わざと空気を切り裂く鋭い音を立てるように剣を振り、男たちの喚き声を打ち消す。

 魔剣の刃が空気を裂くと、怒号が渦巻いていた室内を、冷たく張り詰めた静寂が支配した。


「──────さて、少しは冷静になれたか? まだ文句を言いたい奴は前に出ろ。俺はスキアスみたいに雇った傭兵に任せるような真似はせんぞ?」

 そう凄むと市民たちはぶつぶつと不満を口にして、恨めしげにうなるだけになった。

 この行動に肝を冷やしたのは友人のクーゼと文官だったろう。市民の中にはなかなか肝が据わった奴も居るようで、こちらをじろりと睨み「やれるものならやってみろ」といった感じの視線を向けてくる者も居た。

 彼らに座るようクーゼが訴えると、全員が木製の床に腰を下ろした。


「さて──まずは言っておく事がある。俺と兄スキアスを一緒にするような真似は止めてもらおう。俺はあの家から出て、今は冒険者として活動している。

 俺が父から譲られるはずだった土地も、今となってはスキアスに奪い取られたといっていい。そんな俺に対してあの領主の弟だからと、スキアスに向けるべき憎しみを俺に向けてくるというのなら、俺はこのままエブラハ領から出て行く。

 あとはお前らでなんとかしてみせろ」

 俺がそうはっきりと口にすると彼らは黙りこくった。──そうだろう。彼らは領主の持つ権力と傭兵にまったく太刀打ちできずに逃げたのだから。


 その不満を俺にぶつけてくるなどおかど違いもいいところ。自分たちではどうする事もできないから俺を頼ろうとクーゼが提案し、それを市民たちも受け入れたはず。

 ところがいざ俺を前にして、憎き領主(スキアス)の兄弟だと考えるとはらわたが煮え繰り返る思いに駆られ、俺に恨みをぶつけようとしたのだ。


 まったく、浅はかにもほどがある。


 スキアスが気に入らないからといってその弟だという理由だけで、俺にもその感情をぶつけてくるとは。

 知性の持ち合わせの少ない民衆はすぐに不満ばかりを申し立てる。どうすれば問題が解決するかなどの具体策はまったく考えず、ただただ感情的に不満を口にし、「悪いのはあいつ」だと責任転嫁し、自身の中にくすぶる悪意を吐き出そうとする。

 数の暴力で俺を叩きのめせればそれで満足なのか? それで奴らの取り戻したいものが取り戻せるとでも?


(まったく、ここまで浅はかな連中だとは)


 下等な精神性しか持てないでいるこの領地の市民に失望を感じつつ、俺はその感情をあわれみに変えて彼らに対応するようにした。でなければ彼らのような無知蒙昧むちもうまいの徒に手を差し伸べるような行為はできない。

 呆れている俺の横でクーゼは、部屋の隅まで届くようなよく通る声で呼びかけた。


「いいだろうか皆。ぼくは先に言っておいたはずだ。彼は──レギスヴァーティは、スキアスのような男ではないから協力してもらおうと。

 それで皆も受け入れて彼をここに呼んだんじゃないか。なのに──彼に対してまったく筋違いな怒りをぶつけて、君らは恥ずかしくないのか!」

 冷静に言葉を選んでいたクーゼだったが、最後は感情が爆発した。

 すると市民たちはすっかり押し黙り、怒りよりも後悔を感じている様子を見せる。

 中には少しもクーゼの言葉を理解しない知能の低い奴も居るようだったが。


 ここに居る連中はエブラハ領内のいくつかの町や村から集められた者たちらしい。クーゼがそうした説明を簡潔にしていたが、正直言ってそんな話に興味はない。

 どこどこの誰々と語られても、話の通じる相手かそうではないか、くらいの興味しかない。はっきり言ってどれも大差のない小さな人間ばかりだ。


 理性や知性よりも己の生活についての事ばかり訴え、なによりも己の感情や不満ばかりを持て余すような連中だ。それが今では自分の馴染みあった場所からも追い出され、まるで飢えた野良犬みたいに凶暴性を押し隠しているような連中。

 話し合いが始まるというよりも、こちらが一方的になにかしてくれると考えているようだった。それも予想どおりだ。彼らがなにを訴え、改善してほしいと願い出るか。それは今までの生活を取り戻したい──それだけなのだから。

 その為にどうすればいいかなど、彼らには考える事すらできないようだった。


「まずは俺が領主──ケルンヒルトの事だが──を治療しておいた。だが正直に言って、父が目覚める保証はない。毒を中和しはしたが、もうかなり身体を弱らせている。長くはないだろう」

 そう言うと「やはりスキアスが毒を……」といった反応が集まった市民の中から聞こえてくる。

「さてそこで、まずはスキアスの下へ向かい、話をしようと思う。もしかすると戦いになるかもしれないが。この中でスキアスの雇った傭兵と戦ってやろうという気概のある者は居るか?」

 俺がそう聞くと、ほとんどの奴らは互いの顔を見合ったり、首を横に振るだけだった。

 その中で数人が手を挙げた。

 そこには先ほど俺を睨んでいた体格の良い大男も居る。


「なるほど、これだけか」

 俺は努めて冷静な声色で彼らに言った。


「なあ、諸君らは──君らの為に領地を取り戻そうとする俺を援護する気もなく、ただ待っていれば事態が良くなるだろうとでも思っているのか?

 そんな甘い考えでいるから、エブラハ領はいつまで経っても周囲の領地との格差が広がるばかりで、惨めな貧困から抜け出せずにいるとは考えないのか」

 しんと静まり返る室内。

「だがまあ君らを責めるつもりはない。それがエブラハ領の領主と市民の関係性だったのは理解しているつもりだ。

 俺は──正直に言うが、この領地を取り戻して領主になりたいなんてこれっぽっちも思っていない。できれば父か、その後妻ごさいのエンリエナに領主の座を任せようと思っている。──ああ、それはまずスキアスを排除してからの話だな」


 俺のその言葉は彼ら市民にとって予想外の言葉だったらしく、ざわざわと小さなざわめきが起こり、大部屋の空間を満たしたのだった。

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[一言] 明けましておめでとうございます。 本年もレギの冒険譚を楽しみにしています。 体調は如何ですか?、無理は程々にお願いします。
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