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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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白銀城で

 朝になると俺とアゼルゼストは食事を共にした。

 王都にある貴族の別邸で出された朝食は華美にならず、といって質素でもない──品の良い小皿に盛られた、いくつかの品が食卓を彩るものだった。

 パンや卵に乾酪チーズ。茹でた野菜などが振る舞われた。最近ピアネスの貴族の間ではシャルディムの料理が流行しているらしく、牛酪バターをふんだんに練り込んだ香ばしいパンが出された。


「相変わらずピアネスでは、他国の文化の流入が激しいらしい」

 俺はさくさくとしたパンを食べながら感想を述べる。

「そうだな──少し前まではベグレザにルシュタールと、発展した国の文化を取り込むのが、ピアネスの国是こくぜみたいになっていたな」

「国是!」

 俺は思わず失笑してしまう。

「ピアネスは元々の質素で堅実な社会性を保つべきだったな。金銀鉱山のお陰で財源は豊かになったが、そこに暮らす人々の精神性は衰退してしまった。  ──まるで打ち捨てられ、満たされぬ空腹を抱えたまま彷徨さまよっている孤児みなしごのように」

 ベグレザ、ルシュタールの文化に飽きると、今度はシャルディムの文化に着目したという訳だ。この国の貴族も民衆も、独自の文化や思想を持てないでいる──精神の迷い人といった様相だ。


「そうかもしれない。戦乱ばかりだったこの国の貴族も民も、厳しい状況の中にも小さな幸福や充実感を糧に、未来への希望を持ち続けていたはずなのに。金回りが良くなると、そうした過去の傷を癒す為に放蕩ほうとうふけるようになってしまった」

「鉱山資源頼みの政策など、いつかは失われるものだ。それが分からずに金の力で他国の文化を受け入れるだけでは、やがて自らの精神的支柱も失い──孤児どころか、亡者のように成り果てるだろう。

 目指すべき目的が己の魂の中に無い野良犬は、ただ生きるだけの亡者と変わりがない」

 俺の言葉に溜め息を吐くアゼル。


「懐かしいな、こうした会話。……学生の頃からお前の思想は徹底した個人主義と、世界主義的思想について考えていたな」

「魔術師とは時勢に流されるものじゃない。魔術師の目的は普遍的な、世界の真理に迫るもの。

 それにはまず人間的真実。実在と現実的自我の調和に迫る事だ」

 それは意識と無意識の調和なしには果たされない。

 この分かちがたい二つが反目し合えば、対立を無制限に開始し、意識は偏った自我を形成してあらゆるものに牙を剥き──やがて自滅する。

 人が自分の理想とする生き方を求めるなら、己の無意識とも対立せず、また無意識の奴隷になるような生き方でも駄目なのだ。

 それは常人であっても魔術師であっても同様。

 なにかの奴隷のままでいいというのなら話は別だが。


 朝食を食べながらこの国の今後について話そうとするアゼルの言葉をかわし、俺はエブラハ領をちゃんとした領主の手に取り戻して、隣国ベグレザとの交易路を作る事が先決だと訴えた。

「この国全体の事など俺は知らん。権力者が鉱山から産出する金銀を使って放蕩の限りを尽くそうと、俺には止められんしな。もしこの国の今後をどうにかしろと言うのなら、まずはピアネス独自の文化や文芸を守る事だ。

 王都付近でも古くから使われている『流紋模様』の意匠デザインを使った工芸品とか、詩や文学や音楽……そういった、精神的な部分に訴える作品を生み出す人材を確保する事。そうした人材を育てる事。そしてあらゆる技術者を育成する場所を用意する事だ。古くから続く文学芸術を──、……前にもこうした話をしなかったか?」


 近くの食器棚に置かれた壺には、波や渦の形をした意匠が浮き彫りにされた物が置かれている。食卓にある食器にもそうした意匠が描かれていた。

「ああ、それは理解している。俺も自分の領地には学校や図書館を建て、民衆に開放しようと考えている」

 そうした活動はやっと、建物を建築する段階まできたところだと、友人は溜め息混じりに言う。


「なにか問題でも?」

「王宮の方でも最近はレファルタ教の信奉者が増え、貴族の中には強烈にその教えを盲信する者も居て、そんな彼らによって学校の創設に対して注文がつくようになったのだ」

けろ」

 俺はにべもなく言った。

「分かっている。学問を広める学びに、宗教的価値観を持ち込むなと言うのだろう?」

 どうやらピアネスの王宮にも、質の悪い伝染病が入り込んできているらしい。

 貴族の中のどの地位にある者が王宮に進言しているか知らないが、彼らはそれで自分に都合のいい社会になると信じているのだ。──あまりに浅はかで短絡的だ。


 もちろん宗教の広まりでいい部分も多くあるが、悪い部分も必ず生まれる。その一つが寛容さの消失だろう。──特にそれが知性に関わる部分にまで手を伸ばそうとするなら、それは害にしかならない。

「学府での教えに宗教的洗脳を加えようとする者は、宗教的な力を使った侵略者だ。俺が国王なら、そんな進言をしてきた奴は殺すところだ」

 指に牛酪の脂が付くパンをちぎりながら言うと、友人は苦笑いとも、賛同しているとも取れる表情をして見せる。


「はは……なんと言うか、お前が王様になったら、その下で働く大臣などは苦労しそうだな」

「苦労のない仕事などありはしない。まして国の統治をおこなうというのなら、なに一つ手抜きなどできん。一つの決断が大勢の未来に影響し、それが結局は国という巨大な組織に跳ね返ってくる」

 まあ殺すなら暗殺にすべきだな。俺はそう付け足し、皿に残った料理を食べ終えた。




 朝食後は少し間を空け、頃合いを見て白銀城に向かう事になった。城には俺とアゼルの二人の他に、二人の護衛が付けられた。

 俺は金の首飾りをしまった木箱を布に包み、それを手にしながら歩いている。

「そういえば、昨日の護衛たちとの訓練はどうなった?」

 そう俺に向かって言ったかと思うと、護衛の一人を見るアゼル。

 護衛の男は表情には出さなかったが、冒険者の男に敗北した屈辱が声の裏に潜んだしゃべり方で、敗北した事を告げる。


「さすがだな。──では大銀貨はお前の物だ」

 そう言ってきらきらと光る銀貨を一枚取り出し、俺に投げてきた。

「俺はこの剣の技術を学ぶのに、シン国の剣闘士に金貨二枚を支払って訓練したんだぜ」

 その言葉にざわついたのはアゼルだけでなく、その護衛の二人もだった。

「ずいぶんな大金だ」

「そうだな。だがその大金を支払ってでも、彼から剣の手解てほどきを受ける価値はあった。彼との訓練のお陰で、その後は剣だけでも充分に戦える技量を身につけられたからな」

 大きくうなずいたアゼル。

「お前が大金を支払ってでも教えを受けたいと思った相手だ。相当の手練れだろうというのは分かる」


 そうした活動について話しながら城へと向かう。

 緩やかな坂道を上りながら、品の良い衣服に身を包んだ貴族の男や侍女が、坂道を降りて行くのを目にする。

 騎馬に守られた馬車がゆっくりと坂を上り、俺たちを追い越して行った。

 先を歩く男たちを見ると、どうやら彼らは市民であるらしく、重そうな麻袋を担いで歩いていた。緩やかな石畳の坂道を歩くのは市民だけではなく、貴族も騎士の姿もちらほらとうかがえる。


 俺たちが城門に辿り着くと、その門を守る番兵によって市民たちは止められていたが、俺はライエス家の付き添いとして扱われ、すぐに通る事が許された。

 たぶん田舎の無名貴族であるエーデンドレイクの名を出しても、門兵に止められていただろう。




 高い城壁に守られた敷地内に入ると、丘の上に建てられたその白い建物を前にして、権力者たちの巣窟そうくつがこのように白亜の壁をしている事に、ある種の納得を感じてしまう。

 内面の汚い連中ほど、外面を綺麗に飾り立てたいと望むものだ。


 威圧的な柱廊の間に続く道を通り、開かれた大扉をくぐり抜ける。そこも番兵によって守られ、玄関と広間を繋げたみたいな大部屋は、全身鎧の兵士、あるいは飾り物としての鎧が配置され、きらびやかな金銀を使った装飾が壁や柱に施されていた。

「悪趣味だな」

 乱雑な意匠には美意識よりも、華々しい権威主義の思想が漏れ出ており、呆気に取られてこの城の内装を眺めてしまう。

「ほら、行くぞ」

 アゼルゼストにうながされ、友人のあとを追って通路を歩いて行く。


 廊下に敷かれた絨毯も、壁に架けられた絵画も──なにもかも、ここには余所よその国で見たような意匠の物があふれていた。

 ベグレザ、エンシア、ルシュタール……それぞれの国で評価されている絵描きの作品が飾られた通路を歩き、階段までやって来ると、三階へと向かう。

 三階はやや落ち着いた雰囲気の通路で、廊下には質素な飾り付けと、天井から下げられた室内灯の明かりが、通路にあるドアを照らし出していた。


「こっちだ」

 案内されて向かった先は、コルフォス上級次官が居るという執務室。

 その前で待つように言われた俺は、護衛と共に廊下で立ち尽くす。

 そうして一分ほどすると、若い男と共にアゼルが執務室から出て来た。

「こちらへ」

 若い、神経質そうな男が案内するのでついて行くと、談話室に案内された。アゼルの護衛の二人は部屋の中にある待機室のような場所で待たされ、俺たち三人は奥にある小綺麗な部屋に通された。


 ここは比較的小さな談話室なのだろう。おそらくさほど重要でない案件についての打ち合わせや、書類の作成について話し合うような場所なのだ。

 部屋の奥に小さな窓があり、硝子ガラス戸の向こうで二羽の小鳥がたわむれ合う鳴き声がする。

 窓から射し込む日の光。それが部屋の中を照らす。

 小さなテーブルを挟むように置かれた長椅子に腰かけると、若い文官のベゼルマンという男は、「ご用件を伺います」とだけ言った。




 俺はだいたいの経緯を説明した。

 親友クーゼからの手紙も見せ、エブラハ領で起こっている事柄を突き止め、不正な手段で家督を奪ったスキアスの断罪を求めると訴える。

「……なるほど、分かりました。では私がレギスヴァーティ殿に同行し、調査に協力するという事でよろしいですね? しかし、謀反むほんを起こした証拠となると、数ヶ月が経過した今からでは、証拠を押さえるのは難しいのでは?」

 それについては案があると言うと、すかさずアゼルが「彼は魔術師だ」と説明し、相手から情報を引き出す算段は考えてあるのだと、俺に変わって力説する。


「──そうですか、分かりました。では明日にでもエブラハ領に向かうとしましょう」

 今すぐ、という訳にはいかなかったが、割とあっさりと文官を連れて行ける事のなったのは、間違いなくアゼルゼストの家名のお陰だ。

 俺は彼の提示した移動手段や出発時刻などを聞いて納得し、頷いて見せる。


「さて、もう一つご依頼のあった黄金の首飾りの売買についてですが……この部屋でお待ちください。すぐに担当者をお呼びします」

 そう言って若い文官は立ち上がった。

 この若い男はなかなか信頼に足る人物のようだ。たぶんアゼルとの公的な関係もあるのだろう、こちらにもそれと同等の配慮をしてくれている。

 若い文官が談話室を出て行くのを見守って、俺は旧友に礼を言った。

「なに、今度の件は友人の個人的な問題だけでなく、ピアネスという国全体にも関わる問題だからな」

「地方にある財政状況も悪く、生産物も乏しい、くそ田舎の領主継承問題だがな」

 国全体から見ると──ほんの一部の、些細な、取るに足りない領土の問題だと、俺は暗に言った。


「それが国にとって、小さな一部に過ぎなくともだ」

 とアゼルはえて口にする。小さなほころびから国家が崩れていく、そんな事もあり得る。大きい小さいという判断は、その当事者でない者から見た尺度でしかない場合がある。

 目の届かない場所からじわじわと侵蝕され、やがて崩れていく。

 手入れをおこたった武器がつばや柄から腐食し、戦闘中に折れでもしたら最悪だ。そうした事態にならぬよう、普段から手入れを欠かさないのが大切。

 用心深く慎重に。それは冒険者でも領主でも変わらない。




 しばらくすると談話室に一人の男がやって来た。

 これまた見るからに胡散臭うさんくさそうな財務官であり、その人物を見た瞬間、アゼルは嫌そうな顔をしてこちらを一瞥いちべつしたのである。

(まるで()()()を引いたかのような表情だな)

 友人の表情を見て、まずは相手の判断を仰ぐ事にした。

 財務官は興味なさそうに「ご用件の品を拝見しましょう」と言う。

 俺は布に包んだ木箱を差し出し、相手の反応を待った。


「──なるほど。これはかなり古い時代の物ですねぇ」

 と、何故かあまり気乗りしない風にその男は言った。

「いまピアネスの王宮で流行っている品物とは言いがたいですな」

 それに対して反論したのはアゼルだった。

「いや待て。流行がどうとかではなく、この品の歴史的価値や意匠、装飾品としての価値はどうなのだ」

「ですから、装飾品としての価値は──そうですなぁ。ピラル金貨二百枚というところでしょうか」

「金貨二百!」

 俺はあまりの安値に驚きの声を発してしまった。どのような()()()ならそのような判断をできるのかと呆れてしまう。


「いやいや、財務官殿。その首飾りはベグレザの辺りで栄えた古代帝国の宝飾品ですよ。現在の流行がどんなものかは存じませんが、歴史的にも価値のある装飾品となるでしょう」

 俺の訴えにもこの財務官はまったく反応を示さない。まるで野鼠のねずみの前に財宝を置いた時の反応を見ているような気分になる。

「はぁ……しかしですな。現在の価値はそれほどでもないでしょう。少なくとも我が国では、そうした歴史的遺物に高い金額を付けよう、という考えはありませんなぁ」

 それがこの財務官独自の考えなのか、それともピアネスの財務官が共有する認識なのか。それは分からなかったが、とりあえずこの取り引きは決裂したのである。

小鳥の鳴き声は次話にも繋がっていたりします。

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