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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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天上と地上の存在

今回の話はかなり専門性が高く、その内容を理解しづらいかもしれませんが、ある程度の知識(雑学)と想像力を駆使すれば、だいたいは理解できると思います。

人間の意識には覚醒時の意識と無意識がありますが、無意識には「個人的無意識(表層的な無意識)」と「集合的無意識」があると考えられています。詳しくはユング心理学関連の本をお読みください。

 談話室に戻って来たセーラメルクリス。その手には白金や宝石で飾られた小箱を持っている。

 一目見て高価な装飾品が入っていると思われる箱。

 セーラは上位存在との接触を果たし、普通なら人間に与えられる事のない知識を獲得した。──それは不自然な、奇妙な事だ。

 上位存在が神々に関する知識を人に与えるなど、あり得ないのではないか。

 なんの為の「断絶」なのか。


「これです」と差し出した小箱を受け取り、美しい蓋を開けて見た。

 中に入っていたのは白金で作られたような、二枚の小さな羽根──

「これは?」

「これは私の家に伝わっていた『上位存在の羽根』です。私はこれを使って上位存在を呼び出したのです」

 話を聞くと、彼女はこの金属片みたいな上位存在の羽根を消費して、例の下級天使らしい存在と接触したという。

 水銀の球を中心にした光の輪を持つ姿で現れたというそれは、天上の存在の魂とでも言うべき霊体──つまり、聖霊の姿だったのかもしれない。


 この金属の羽根は銀色に輝く表面が、青色や緑色に光を反射している。──不思議な光の反射をするそれは、小さく薄い金属性の羽根であるのに、見た目よりも重く感じた。

 俺はその小さな天使の羽根を手にして解析してみた。

 どうやらこの金属の羽根は、天使の羽根が硬質化した物。あるいは化石となった物みたいだった。

 天使のからだが化石化(鉱物化)するなど、魔法の効果以外にあり得ないが──


 この天使の羽根は俺が魔神ベルニエゥロから入手した、結晶体の中に封印された天使の遺物よりも小さな、下位の存在だったようだ。

 この遺物は光体アウゴエイデスの力である魔法に対する抵抗力が薄く、簡単に解析できた。

 ただそれでも光体を構成する要素を読み解くのは難しかった。複雑なる上位存在の躯。それが金属化した物。

 魔法によって上位存在が石化するなど、そんな魔法があるのだろうか。


「なにか分かりました?」

 セーラはじっと羽根をにらんでいた俺に声をかけた。

「上位存在……下級天使の羽根ですね。金属化しているのは魔法の力によるものだと思います」

「家に伝わっている話では、遺跡の中に飾られていた天使の立像から落ちた羽根だとか。どこの遺跡かも伝えられていませんが、ウーラ国からの流入品だと言われていますわ」

 ウーラの遺跡とは限らないらしい。ウーラと領土を接するジギンネイスという事も、可能性としてはあり得る。


「これを触媒にして上位存在との接触を求めた訳ですか……なるほど、確かにこれなら下級天使を呼び出せるかも──」

 そうだった。そこで矛盾が生じるのだ。

 神々が人間の精神領域に上位世界との「断絶」を作ったのなら、召喚に応じる天使などの存在を、神が見逃しているという事になるのでは?

 俺はそうセーラ嬢に訴えた。

「そうですわね。しかし、あの上位──下級天使には、そうした『意思』がなかったように感じましたわ。つまり、神々の敷いた法よりも、召喚という儀式に囚われた存在というか……」

「なるほど。儀式魔術によって呼び出された存在は、神々の意思とは関係なく()()()()()()()()()()()()()訳ですね。でないと、そもそも術として成り立ちませんから」


 おそらくこの金属化した羽根で呼び出された天使は、正確には存在の影だったのだろう。

「召喚による神霊の呼び出しには、本体と切り離された霊体を呼び出す召喚術の方が普通ですから。たぶんセーラ嬢に呼び出されたものは、存在の影──召喚という術で形作られた、神霊を映した霊体(分離体)だったのでしょう」

 そうした霊体は召喚の術式に縛られ、力を与えられたり知識を与えたりする──言わば、魔導により道具化した存在として現れるのだ。


「そうですわね。ですがそれでも──あの断絶があるのに、こうした召喚術で呼び出された存在から、断絶の向こう側の知識を得られるとなれば、私たちにもいずれは上位世界の認識が可能になるのだと思いますわ」

 ……俺はうなずきながらも、自分には魔神の神格を封じた結晶があるので、そこに残された記憶を見る事ができるようになれば、そちらの方が様々な制約をなくして上位世界について学べるだろうという予感がある。

 いつになったらあの精神の断絶を越えて、それが可能になるかは不明だが。そんなに遠い未来ではないはずだ。




「なんだか二人で難しい話をしているのは分かった」とアゼルが口にし、続けてこう言った。

「レギが知りたかったのは、幽体? とかいうものなのか?」

「まあ……天使の、でなくとも──邪神だの魔神だのが持つ、魔法を無効化する強力な障壁を解明するのは、魔術師や魔法使いの悲願でもある」

 俺はそう言いはしたが、すでに光体の性質については解明済みだった。

 しかしこの光体についての情報を漏らすのは危険だ。下手をすると、俺が魔神との関わりを持っていた為に光体について知る事ができたと、そう推測する者が出るかもしれないのだ。そんな危険は冒せない。


 しかし本当は、その神のからだについての知識を応用し、自分の精神体を、より上位の世界に対応可能にした体に変えて、より自由に精神世界を探索する為に必要なのだ。

 光体を創り出せれば、その体で断絶を越える事も可能になるはず。

 それに──高度な霊的体を手に入れられれば、おそらく転生も、かなり精度の高い転生が可能になるはずだ。通常の転生では、自分自身の自我や記憶といったものの多くを棄てるか、あるいは別の霊的記憶(前世の記憶)として、転生後の体に受け継がせるような事しかできないのである。


 魔法や魔術などの技術を継承させるのも、直接の受け渡しができる訳ではなく、一度手放したものを、精神領域を漂っていたものを自分で探し出し、後付けする形で取り込まなければならない。

 そうなれば二つの人格の間でのり取りと、なんら変わらない事になりかねない。つまり自分とは別人の記憶や経験といった齟齬そごを起こしかねないのだ(もちろん転生したのだから本人に違いはないが、記憶が消去され転生し、赤子から始めるとすれば──前世と現世の間で、過去の記憶と自我の不和が起こるかもしれない)。

 なにしろ肉体に縛られた動物的意識とは、それは現実感そのものであり、具体的な自我の記憶そのものだからだ。


 世界の中に放り出された無色の魂が、その生活の中で色づき、汚れ、そうして獲得した自我を「自分自身だ」と()()する。

 様々な外部の情報や他人と馴れ合い、そうして形作られた「自己」が偽物であるはずはない。多くの人間はそう()()()()

 しかしだ。

 あらゆる物事にも、外部の人間に対しても。すべての人に対して同じように振る舞う人間が居ないように、己の中にも自分では制御できない異なる感情や、想いが生まれるものだ。

 相対した相手によって仮面を付けたりはずしたりする人間が、同一性をもった個体などと、揺るがぬ確信を持って言ったとしても、それはすでに揺らいでいる水面に映った残像に過ぎない。

 それは霊的存在として希薄であり、たやすく失われてしまう意識体であるという事だ。


 己の核心部分とは、知識や経験を基礎にした精神だけでは不十分なのだ。──霊的な顕在(霊感インスピレーションをもった魂)。それこそが現世に存在する肉体以上のありようであり、自分自身を形作る魂の形成そのもの。

 肉体に縛られ、現世の社会生活の中で生まれた精神性など、それは一義的で形式的な存在の在り方に過ぎない。

 表面的な意識は核心的な存在ではないのだ。

 霊的本質とは感情や欲望を必要とはしない。

 現実的な主体(主観性)とは、多くの部分を肉体に依存しており、霊的な事柄にとっては属性でしかない。外部の、付け合わせられたものに過ぎない。

 魔術の本道とは己の精神を上位の世界に引き上げるような、霊的上昇への探求でもある。

 現世の権威や財産など、霊的本質にとっては贅肉ぜいにくでしかないのだ。




 セーラ嬢とそのあとも話し続けた。彼女の残した帳面とその内容についての話。上位存在の世界、神々の世界と我々の住む下位世界との関係について。

 そんな様々な物事について俺と彼女は友人の、婚約者の男を放って話し続け、夕食をご馳走になりながら──夜が更けてしまった。

 さすがにここに泊まる事はできないので、ライエス家の別邸に戻ると、酒を酌み交わしながらアゼルゼストと明日の事について話し合う。


「明日の午前中に城へ行くぞ。そこでコルフォス上級次官の部下と話をし、エブラハ領へ文官を連れて行く事を取りつけよう。いちおう上級次官からは許可をもらっているが」

「金の首飾りについてはどうなった?」

「ああ、それもなんとかなりそうだ。ひとまず物を見て判断する者を用意すると言われた」

「助かる」

「文官を連れて行けば、あとはお前が兄の不正の証拠を文官に示せるのだな?」

 その点が重要なのだと級友は繰り返す。

 それは当然だ。愚兄が口にした言葉、それを文官が証拠として押さえる事。それが目的なのだから。

「任せろ。そこで魔術師の技量が試されるんじゃないか。……まあ魔術なんて使うまでもないと思うが。少し考えがあってな」

 うむ、と頷くアゼル。

 その辺は気心の知れた間柄だ。時には俺が手段を選ばないというのは理解している古くからの友。

 愚兄を自白させるのは難しい事じゃない。こちらには魔術だけでなく、死導者グジャビベムトの力もあるのだ。


 俺たちはエブラハ領の状況について考えるのは止めて、互いの近況について話し始めたが、俺の旅について説明するのは骨が折れた。まさかありのままを話す訳にはいかない。


 アゼルゼストと別れてから数年、互いの状況は大きく変化した。アゼルは領主に。俺は冒険者として世界中を旅して回っている。

 魔導技術学校の学生時代も自由というものは限定的なものだったが、領主ともなれば大きな権力と共に、やらなければならない事も発生してしまう。

 真面目なアゼルは特に領民と領地について心を砕いてしまい、気の休まる状態は少なかっただろう。そんな友人にも個性的な婚約者ができ、割と気楽な相談相手としてセーラメルクリスは存在していたらしい。


「なかなかおもしろい相手を婚約者にしたな」

「ははは、そうだな。彼女の話は魔術以外にも王宮の話や、人心についての端的な意見などためになるものも多く、相談に乗ってもらう事も多い。それに──貴族の令嬢たちの間には、ここ国にある問題を別視点から浮き彫りにしてくれる」

 セーラ嬢は人付き合いを好む性格ではなかったが、彼女の魔術師としての力を頼り、貴族の子女たちが多く彼女に会いに来ては、貴族同士の動向などについて話を聞き出している。

 そうした会話を通じて──魔術師である彼女は、噂好きの女たちの言葉から、貴族たちの間で交わされる密約や、密かな対立構造などを読み解き、それをアゼルに伝える役を担っているのだ。


 魔術師の観察力と直感は人間の精神を読み解き、その性情や感情を利用して相手の行動すらも支配する。

 であるからこそ言葉の裏に呪いを宿し、攻撃してきた者に不運と過ちを。守るべき者には癒しと幸運を与える事もできるのだ。


 どうやらアゼルはかなり早い時期に、スタルム家の陰謀に関する情報を彼女から得たらしい。

 もちろんその情報をいち早く得たからといって、アゼルがアボッツ・スタルムに連絡を取り、謀反むほんを起こすのを止めさせるなど──到底できない事だ。



「お前の反乱は見えているぞ」



 などと言ったところで、それを認めるはずもない。

 馬鹿というのは、自分の都合のよい部分にしか着目せず、自らと他人の足を引っ張る事にしか能力を発揮できないものなのだ。関わるだけ無駄。自滅するまで放っておくのが一番だ。


「ともかくセーラ嬢の慧眼けいがんは本物だ」

 学生時代のお前を思い出すな、と級友は言った。

「魔術師というものは、本来そういうものだ」

 もちろん魔術を突き詰めようと努力する者のみの話だ。表面的な魔術の行使だけならそうした洞察力や知性などなくとも、一応の成果は挙げられる。

 単純な魔術的攻撃や防衛くらいなら。


 しかし魔術の深奥に触れる技術を振るう魔術師には、そうした表面的な魔術とは──児戯じぎみたいなもの。

 本物の魔術師は、広範な領域への洞察力や観察力といった思考と視野が必要であり、思慮と直感を組み合わせた理性──上位の意識領域──を獲得しているものだ。

 それはすなわち意識領域を開拓する事のできる者。


 常人は無意識によって多くの意識領域を支配されているが、真の魔術師はそうではない。意識において無意識が制御され、互いが補完されている状態。

 魔術師は人々の(個人的)無意識を看破し、彼らが望むものを知り、彼らの本性を暴き出す。彼ら自身が知らぬものを知り得るがゆえに魔術師は、()()()()()()()()()()()()()()()()といったものを相手に突きつけるのである。

 だからこそ魔術師や魔女を、多くの俗人は忌避するのだ。


 特に信仰心や支配的な社会思想に飲み込まれ、自分をくした者(中でも宗教者)にとっては、精神の根幹を持つ魔術師らを敵と見なすのは、昔から続く伝統なのである。

天使(聖霊)がセーラメルクリスの前に現れたのは、上位世界の理に抵触しない、微妙なる魔術の(魔導の)理だから。──上位世界(神々)の領域は集合的であり、いわゆる人間の個人的な意識とか、自我というものは(説明が難しいが)そのありようが下位世界のそれとは異なる。

セーラメルクリスの召喚に呼び出されたものは上位世界の霊的な「写し」にすぎず、上位存在そのものではない。集合的な神々の影のようなものを下位世界に引き込み、それと交信したようなもの。

魔導の一部は神々が敷いたと思われる「精神の断絶」を越えられるという事。

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[良い点] なかなか他には無いテイストで良い [一言] 倫理学の考査でユングの個人的無意識と集合的無意識が出題されました。 感謝
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