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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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セーラメルクリス

今回の話は「魔術」に関するややつっこんだ内容になってます。

象徴や上位存在の見せる「幻視」について。

「まさかエインシュナークで噂されていた人物に会うとは思いませんでした」

「あまり愉快な噂ではなかったでしょう?『上位存在』とぼかされて伝えられているようですが、私は魔神や邪神との接触を試みた訳ではありませんのよ?」

 事の真相を──周りの者には聞こえぬよう小声で──彼女は話してくれた。

 どうやらセーラメルクリスは家に代々伝わる家宝を使って、天上の存在との接触を試みたらしい。

 複雑な魔法陣と家宝(それがなにかは話してくれなかった)を触媒に、神々の手の者を呼び出そうとしたのだ。


「すると、魔法陣から青色や緑色に輝く炎が立ち上って、その炎の中に──光り輝く翼を持った、水銀と光の集合体のようなものが現れたのです。──まあその話を聞かせても、なかなか信じてはもらえなかったのですが」

 その儀式を終えたあと、教師にこっぴどく怒られたとも語る彼女。

「それで──その天上の存在とはどのような事を?」

 話したのかと尋ねると、彼女は首を横に振った。

「それが──言葉を話せない様子でした。なにしろ水銀の球を中心にし、その周辺を光の輪がいくつも回転しているような姿をした、霊的な存在でしたから」

 話を聞く限り「陽炎の翼もつ眼(アガーループラ)」に近い存在に思われる。俺の直感だが、陽炎の翼もつ眼よりも下位の存在だろう。


「ただ、その上位存在から独特な()()を見せられたのです」

「ほう、それは興味深い」

 セーラメルクリスが接触した下級天使らしい存在は、光り輝く神殿を背後にして現出し、彼女に奇妙な幻視を授けたという。


「私は神の領域の秘密を知りたかったのですが、その上位存在はまるで門番のように立ち塞がっているように感じました。

 神秘の知恵について、あるいは神の知性について質問をしましたが──その時の返答として? 幻視を見せられたのです」

 幻視は頭の中に浮かび上がる映像と謎の言語で交わされたが、彼女はその後の猛勉強でその言語が古代文字を使ったものだと知った。

「なぜあの霊的存在が古代文字を使用したかも分かりませんが、私の頭の中に浮かび上がる文字や映像。図形や魔法陣などを帳面ノートに書き残しました」

 彼女の脳裏に見せられた記憶はかなり鮮明なものだったが──同時に、その記憶が長続きしないものだとも感じたという。


「その幻視から解放されると、上位存在は消え去っていました」

 セーラメルクリスはその儀式で得た知識を、頭の中から帳面にすべて書き写したらしい。

「すばらしい」俺は一言つぶやきながら、その帳面はぜひ見てみたいものだと考えた。

 上位存在との交信が通常の情報交換でないのは明らかで、言語での伝達といった低次元の存在がおこなう方法を用いないで意思疎通する事が可能なのだ。

 彼女が天使から獲得した情報がなんなのか、それは帳面を見てみないと分からないが。


「その帳面を見せてもらいたいのですが」

 そう言うと彼女は意地の悪い表情をして見せる。

「そうでしょう──そうでしょうとも。見たいですわよね? けれどぉ……私、あの帳面は今まで誰にも見せていないんですの」

 俺も思わず()()()()と、やや意地悪な笑みで返してしまう。

「さすがは我が友アゼルゼストの婚約者。腹の底が見えませんね」

 俺と第六王女の間に不穏な空気が流れ、後ろで控えていた侍女が恐れて一歩後退した。




「なんだ、なんの騒ぎ……」

 その横から現れたのはアゼルゼスト本人だ。

「これはセーラメルクリス嬢。本日はこちらから伺おうと思っていたところですが……いったい、私の友人と睨み合ってどうしたのです?」

 侍女がアゼルに礼をしてさらに横へ下がる。

 婚約者である令嬢は口元を手で隠しながらアゼルに笑いかけていた。

「あら、いやですわ。睨んでなどおりませんよ?

 そう──この方があなたのご友人のレギスヴァーティ様だというので、少し昔話に花を咲かせていたのですわ」

 そうなのか? とでも言うように俺を見るアゼル。


「なかなか興味深い話を聞いてね。おい、彼女はエインシュナークで有名だった、あのセーラメルクリスらしいじゃないか」

「ああ、そうだな。それでその事なんだが……」

「しかも、その噂の女生徒が、今ではお前の婚約者だとか。なかなかの奇縁だな」

 そう口にした俺に友人は肩をすくめた。

「やれやれ──婚約者には、このあとにでも引き合わせようと考えていたのだが。予定が狂ってしまったな」


 なるほど。アゼルが俺に紹介したいと言っていた人物が、この第六王女にして婚約者のセーラメルクリスだったという訳か。

 婚約者の計画を破綻はたんさせた張本人は素知らぬ顔で目をそらし、手をぱんと叩いた。

「それでしたらこのあと──私の家に来ませんか? レギスヴァーティ様も、私の帳面が気になるご様子ですし」

 帳面? といぶかしむアゼル。

「例の儀式で起こった事について記したものだよ」

 俺が説明すると友人は得心したようで、あの事を話したのか……と、複雑な顔をする。上位存在の──上位世界の事柄に触れるのを恐れているのだろうか。


 確かにこの情報をレファルタ教あたりが耳にしたら、異端者としてセーラメルクリスを告発するかもしれない。

 そうなれば結婚どころではない。

 教会側にしても、天上の存在との交信記録など残しておきたくはないだろう。教会の神官や神学者が記した物なら話は別だが。


「大丈夫ですわ。この方が他人にこの件を口外する事などないでしょう。この方にお会いしてはっきりとわかりましたわ。このレギスヴァーティ様は──純粋な魔術師であると」

 俺は一瞬、肝を冷やす。

 彼女は俺の目を見てそう言ったのだ。それも──気のせいかもしれないが、俺の()()を見ながら言った気がしたのだ。

 俺の視線に気づき、彼女は小さな笑みを口元に浮かべた。それは「どうかしましたか?」とでも言うような、含みのある笑みに見えたのである。




 俺とアゼルゼストは貴族たちの別邸が建ち並ぶ壁の間を通って、城へと近づく街路を進んで坂を上って行く。

 そこにはまた広く土地を保有する壮麗な建物がいくつも建っている。

 高い壁と広い庭。

 堅牢な鉄格子のある門。

 アゼルとセーラメルクリスは道の先を歩きながら楽しげに話している。俺は令嬢の侍女を後方に従えながら歩いて、ようやく目的地に着いたのだった。


 そこは城郭じょうかくにある大きな門のある邸宅。

 アゼルの館よりも大きな、広い庭付きの屋敷。

 そこに入って行く二人。

 迎え入れられた屋敷は王族の所有する邸宅の一つで、エイシルフィアルド家の王宮隔の別邸らしい。

 こんなにも贅を凝らした造りの建物が建ち並ぶ区画。


 俺の生家はこれらの建物よりも数段劣る造りだが、それでも周囲の平民たちの住む家々よりもましだった。

 同じ国の都心と辺境。

 その違いをまざまざと理解する。

 ライエス家の別邸とも違ったおもむきのある、豪華な屋敷だ。

「さあどうぞ」

 侍女が扉を開けた屋敷の入り口。

 玄関口でさえ豪奢な造りで、小さな石像が置かれたり、古びた仮面が壁にかけられたりと、貴族の趣味としては異質だが──屋敷の中は暖かい色の絨毯じゅうたんが敷かれ、壁や柱にも装飾が施されていた。


 壁にかけられた絵画。台に乗った美術品。

 広くとられた廊下には調度品の並んだ棚もある。

 陶器の美しい皿や、茶碗などが飾られた中に、金や銀製品の杯などが見られた。

 廊下を歩き一つの部屋に案内するセーラメルクリス。


 彼女はアゼルと親しげにしながらも、どこかよそよそしい。それは彼女が本来的には、貴族階級という身分をうとましく思っているからかもしれない。

 彼女には俺と同じく複数の仮面ペルソナを用意して、人々との関係を──まるで奇妙な綱渡り師のような気分でふらふらと、落下しないように渡り歩いているのだと感じる。

 もちろんセーラメルクリスが魔神と関わりを持っていて、なんらかの役割や目的を果たそうとしているという意味ではない。彼女の本質は魔術師に近い部分が占めているという事実。それに尽きる。


 玄関に置かれていた小さな石像と仮面。あれは明らかに呪術的防衛の為に用意された呪具だった。

 彼女はエインシュナーク魔導技術学校を卒業したあとも、洗練された魔術の技術を会得しようと学び続けている。──それを、談話室に案内された時に確信した。

 談話室に飾られた絵画の中には、古い時代の魔術的紋様が彫られた額縁に、新しい魔術体系の発案による近代的な象徴主義の絵画が飾られていたのだ。

 それは分かる人には分かる程度の、この屋敷の主人から客人に対する──密かな質問状のような趣で壁に飾られていた。


「それでは帳面を取ってきますね」

 セーラメルクリス嬢はそう言って立ち上がり、談話室を出て行こうとする。

「おっと、その前に──この部屋に隠された象徴主義的暗示について、なにか意見コメントをしておいた方がいいですか?」

 そう訴えると彼女は振り向いてにっこりと微笑み、「大丈夫ですわ」と返事して部屋を出て行った。




「なんだ? いまのやり取りは」

「うむ。彼女が優れた魔術師であるとこちらが認め、そして相手も俺を認めた。というところだ」

 その言葉に友人は「ほう」と息を漏らしたが、あえて深く追求してはこなかった。

 魔法に関してはいま一つな成績しか残せなかったアゼルゼスト。魔術に関しては言うまでもない。

 魔術の奥深い技術と知識について──友は学生時代から、あまり変わってはいなかったのである。


「確かにセーラ嬢は卓越した魔術師であり、魔法使いだと評判だ。その技量を見る機会があった訳ではないが、いくつかの貴族が魔術的防衛について助言を受けに、彼女のもとを訪れるらしい」

 誰かに雇われた魔術師に敵対的な魔術を行使された時に、その事に気づき、反撃する手札を多くの貴族は持ちたがる。

 そういう意味でも昨今は、貴族が魔術や魔法を教える学校に子供を通わせる事が増えたのだ。多くはただのはったり(魔術の力で不運をこうむった貴族など、本当は数えるほどしか居ないだろう)に怯える、臆病な貴族が増えただけなのだ。


 魔法にしろ魔術にしろ、大きな街ではそうした技術に対し防衛、または封じ手の魔術が掛けられており、安易に使用する事はできない。

 街中での魔法使用は基本的に禁止され、たとえ攻撃的な魔法を使ったとしても、威力は抑えられるのだ(人を呪う魔術など真似事でもしようものなら、異端者として吊るし上げをくらう)。

 こうした技術は国の資金援助を受ける魔法学校や戦士ギルド、もしくはレファルタ教が携わっている事が多い。


「で? さっきの『象徴主義的暗示』とはなんの事だ?」友人は思いなおしたのか、婚約者に関する情報について探りを入れるような顔をする。

「この部屋には魔術の象徴を表した物が配置されているんだよ。その中でもこの絵画は、魔法が魔術から枝分かれした際の、あるいは魔法が魔術に優越しているのだと訴える、魔法使いの思想が描かれたものになっている。──いささか古い考えだが」

 魔術は複雑多岐に渡り、魔法を含む精神的技術の総称だ。精神を媒介し事象を発現させる技術。その奥深さは精神から精神に干渉する呪術から、物理的な影響を与えるものまであるが。それらを起こすには複雑で高度な技術と知性、精神性が不可欠だ。


 それに対し魔法は魔術から分化し、主に物理的な支配力を目的にした技術で、複雑な儀式や精神性を廃して簡略化された技術なのだ。

 多くの魔法は根源となる上位存在の力を借り受ける形で具現化され、魔法という効力を発現させる。


「この絵画の中心にあるのは怪物と戦士の決闘のようだが、この剣を手にした男は魔法使いだ。剣から光が放たれ、これは火の力を意味している」

「そうか、鉄は火と親和性のある象徴だったな」

 アゼルは学生時代を思い出したように言った。

「そうだ。しかし男が着ているのは鎧ではなく法衣ローブだ。それも白と青の法衣。それは魔法使いの精神を表し、その男の足下に影が円を描いて彼を囲んでいる。これは無意識領域と分けへだてる聖域を意味する」

 さらには地面を這う蛇を押さえつける狼や、空を飛翔するわしなどが魔法使いの背後に描かれている。これらも風や地の属性を表し、魔法使いが古い怪物を征服しようとしている場面だと分かる。


「この怪物は竜か?」

「竜とも蛇とも鳥ともつかない化け物……これこそ、古い時代の魔術の象徴そのものだろう。──見ろ、竜の口には石版がくわえられ、手には錆びついた兜が握られている。石版は古い呪術を。兜は知性を表しているが──錆びているところから、この古い知性を持つ魔術の化け物を討ち取ろうとする、近代の魔法使いの優位性を示そうとしているのが分かる」

 なるほどと旧友は納得したようだ。

 他にもいくつか隠された象徴が見受けられるが、それについての説明は割愛した。


 しかし、古い魔術を新しい魔法が打ち倒そうとする絵画を飾る額縁は、古い魔術様式の紋様で飾られていた。むしろこの絵をこの額縁に飾る事で──実際は全体として、古い魔術の優位性を表しているのだと思われた。

 額縁に彫られた古代文字は「卑俗な魂には深淵に潜む本質と影の区別がつかない」と書かれている。

 なんとも痛烈な題名だ。


 この絵を描いた者の意思とは無関係に作られた、魔術師が用意した額縁のようである。

 まさかセーラメルクリス嬢が用意した額縁ではないだろう。

 彼女が古代語に精通している可能性は高いが、絵画はおそらく半世紀前かそれ以前に描かれた物で、額縁はそれほど古くはない物であると感じる。──たぶん二、三十年前くらいに作製された物だろう。

 しばらくするとセーラメルクリスは侍女を引き連れて談話室に戻って来た。

上位存在が神殿を背後にして現れた、というのはもちろん幻。神殿は神の威光や叡智を意味し、儀式によって現れたものの霊的な権威づけを意味している。


セーラメルクリス嬢の屋敷に飾られた絵画のような「象徴」は多くの宗教絵画などにも見られる。

錬金術関連のものはこうした象徴が多く、一般の人には理解できないものになっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聞き齧った程度の知識では本質は読み取れないものなのでしょうね。
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