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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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ライエス家別邸

 城下街を囲む高い壁。そこにある門は巨大で厳重な玄関口となっていた。

 二重、三重の門と落とし格子が備え付けられた街の入り口。

 自分の属する国家の中央。それがここまで自分の故郷と違うとは。──他国の城塞や都市を見てきた自分にとっても、その発展ぶりは目に余るものがある。

(中心部にだけ多くの力を集めようとするのは人のさがだな)

 冒険者を偽装して王都ベギルナまでやって来たアゼルゼストだったが、身分を示す紋章つきの指輪を門番に見せ、街の中へと通してもらう。


「さて、それでは別邸へ向かおう。城下街のさらに奥にある城壁の向こう側が、貴族の別邸が集まる区画だ」

 荷車が動き出し、石畳の敷かれた道を進む。

 街は多くの市民や冒険者で賑わっている。

 軽装の兵士や旅行者らしい外国からの来訪者の姿もあった。

 大きな都市だ。

 ピアネスの中でも一番大きな街であるのは間違いない。

 中央通りは広く幅が取られ、荷車や馬車が四台並んで通行できる広さがある。大通りの左右には二階建ての建物が多く建ち並び、中には三階建ての大きな物もあった。


 灰色の石造りの建物には外壁の一部に装飾が為され、入り口や窓枠に浮き彫られた装飾には、古いピアネスの様式にそった模様の他に、幾何学きかがく模様や植物を表現したような浮き彫りが施されていた。

 また──形状の異なる窓枠などもあり、異文化の流入が市民水準で浸透しているのが分かる。




「そうだ、古代の豪華な首飾りを買ってくれそうな知り合いは居ないか?」

 俺が唐突にそう言うと、級友はきょとんとした顔になった。

「なんだやぶから棒に」

「思い出したんだ。価値のある品を手に入れていたのを。故郷の財政を立て直すにはそれを売り払うのが手っ取り早いと思ってな」

 アゼルは腕を組んで考えたが首を横に振った。

「駄目だ、一向に思い浮かばん」

 そう言ったかと思えば。

「そういう事ならやはり財務官に聞くのがいいだろう。城に行くついでに聞いてみよう」


 そんなに高価な物なのか? と聞いてくる友人。

「なんだ、お前が買ってくれるのか?」

「値段にもよるが」

「目玉が飛び出て失明するくらいの値段だよ」

 俺は冗談めかして言ったつもりだったが、学生時代の友人はその言葉の裏にある「本質」に感づいたみたいだった。

「そんな高価な物を持ち歩いているのか」

「まあな」

 影の倉庫の事は黙っておく事にした。

 強力な魔導技術とも言える影の魔術。それは禁忌ともされるかもしれない技術だ。レファルタ教の広まりと共に魔術師や魔法使いへの抑圧も起き始めている。

 なにしろ物質を影の中にしまい込めるのだ。その力を使って盗みを働く者も出るだろう(実際やったが)。

 もちろんこの技術は高度な魔術研究を必要とし、誰にでも扱えるものではない。


 他人が持ち得ない技術を持っていると知られるのは多くの場合、危険リスクでしかない。

 冒険者の間でも特に強力な力を持つ魔法使いが羨望せんぼうや奇異の目で見られたり、危険視される場合もある。

 強力な技術はいつでもそうした外部との軋轢あつれきを生むものだ。個人でも組織(国家)でも、強大な力を持つものを人は恐れる。

 弱い者の意識はそうした外部の強者を憎んだり、羨んだり、頼りにしたりするものだ。

 羨ましく思っていた相手を憎むなどよくある事。


 本来は「羨ましい」というのは「憧れ」と似た肯定的な感情でもあるのに、劣等感などによって否定的な方向に傾くと妬みが強くなって──否定的な感情が心を占領する。

 本人はそうした意識のあり方を「間違っている」とは考えなくなり、どんどんそうした負の感情に意識を飲み込まれ、弱者にありがちな精神状態におちいるのだ。


「欲するなら己の手で掴み取れ」


 こうした言葉は魔術師界隈(かいわい)のみならず、国の重鎮や戦士たちの言葉としてもたびたび語られる。

 羨み妬むのは弱者のする事。指をくわえて妬みそねみを考える暇があるなら、己の意志で自分を強者にせよ。──そういう事だ。

 魔術師にしても冒険者にしても、こうした意識のあり方を間違う奴はあとを絶たない。

 魔導技術学校時代でも他人の足を引っ張って、自分が上だと思い込みたがる連中は居た。

 それが結果的に成功したところで、自分の弱さは少しも克服されていない事にいつになったら気づくのだろうか。

 技術を磨く努力もせず、他人の足の引っ張り合いや、傷の舐め合いをする連中にかまかける時間など──無駄でしかない。


 そうした雑魚どもは連中の居心地の良い場所に留まり続け、気づけばその地は枯れ草ばかりの不毛の地に成り果てているものだ。

 無味乾燥の、理念も真実もない虚構の人生。

 己の意識すらおぼつかないようになり、やがては反感と無気力の中で溺れ死ぬ。

 精神的な奴隷状態。

 思考を他人に丸投げしたような、実体のない亡霊のような生き様に甘んじ、死を待つだけ。

 領主に、国に、税を取られるだけの農奴の思考だ。


 魔術を学びながらもそうした心の弱さを克服できない者など、言葉をしゃべる獣と変わらない。

 連中にできる事は弱い自分を守る為に、さらに弱い者を自分の周囲に作る事だけなのだから。




 城下街の間を進み続け、再び高い壁に囲まれた門を潜り抜けた。──ここも番兵の厳しい検問が敷かれていた。

 銀色に輝く鎧や兜を身に着けた兵士たち。すね当てや籠手、さらには肘当てまで付けた兵士も居る。いったいなにに警戒してこんな重装備なのかと疑いの目を向けつつ、門を通って緩やかな坂道を上がって行く。

 石畳が敷かれた坂道。その幅は広く取られ、馬車の通る道の外側に歩道が一段高くなって用意されている。


 小綺麗な建物が建ち並ぶのは、ここが豪商や貴族といった上流階級の連中が住むのだと、無言の圧力で訴えかけているようだ。

 しばらく進んだ所になにやら場違いとも思える質素な建物の壁が目に付いた。高い壁に囲まれた区画から、なにか争うような音が聞こえる。

「ウォルケイン騎士団の兵舎だ」

 宿舎の横を通り過ぎたところでアゼルが説明する。国を支える騎士団の一つか。……聞いた事はあったが──正直言って戦争もない現状では、その活躍を耳にした覚えがない。


 さらに坂道を曲がりながら小さな門の先へと入って行く荷車。

 小さな門を越えた先の通りには、さらに豪奢な建物が多く建てられていた。そのどれもが広い庭を有し、立派な門と──時には番兵によって見張られている。

 その一角に向かって道を曲がる荷車。

 細い路地の先にある大きな建物の前に止まると護衛が門を開け、荷車が敷地内に入って行った。

「着いたぞ」

 別邸に入った荷車から降りる友人。


 広々とした敷地内は建物へと続く石畳があり、その左右には踏み固められた地面がある。──そこで数名の武装した男たちが戦闘訓練をしていたようで、今は手を休めて全員が荷車の方を向いている。

「突然すまない、急用ができてな。皆、楽にしてくれ──いや、訓練の途中か。続けてくれ──お、そうだ」

 荷車から降りた俺の肩を叩くと、この別邸の衛兵らしい連中の前に俺を押し出す。


「この男は私の友人の冒険者だ。それもかなり強い。私はこれから王宮に出向くので、そのあいだ彼の相手をしてやってくれ。──そうだな、このレギから勝利を勝ち取った者には大銀貨を与えよう」

 そう言って俺の肩を二度たたく。

 衛兵たちは報酬で喜びはしなかったが、手強い冒険者と聞いてなにやらやる気を出してしまった様子だ。

「おい」

「私が王宮から戻るまで負けるなよ? 一度も敗北していなければ、お前に大銀貨をやろう」

 俺はやれやれと肩をすくめた。


 闘い慣れた兵士同士の訓練よりも、外部から来た実力者との闘いの方がいい刺激になると考えているのだろう。

 アゼルは木剣をよこすよう言って、俺は衛兵の一人から木剣を受け取った。

「たぶんそう時間はかからんはずだ」

 旧友はそう言って別邸を出て行こうとする。

「早めに戻れよ」

 俺が木剣で肩を叩きながら言うとアゼルはにやりと笑って見せ、「善処しよう」とだけ口にして別邸を出て行く。

 その男の背中を見送ったあと、俺は五人の衛兵たちに向きなおり、まずは貴族に囲われた私兵の実力を見極める事にした。

「では、はじめようか」




 数分で館を守る五人の衛兵を倒し、そのあとは馬車を護衛していた兵士たちの相手をする事になった。

 彼らは優秀な兵士であり、技量も覚悟も備えた士気の高い猛者もさだった。

 しかし相手が悪い。

 現在の俺は魔導師でもあり、強力な戦士でもあるのだ。

 魔術の庭で傭兵剣闘士シグンや、魔人ディオダルキスの能力を持った虚兵ゴーレムと何度も戦闘訓練をおこなっている。

 日に日を重ねるごとに俺は一般の兵士が訓練に励むよりも、数倍の速度で強くなれるのだ。

 彼らがいかに才能があり、努力を積み重ねてきたとしても、時間の流れも異なる魔術領域での訓練を重ね。さらには強力無比な対戦相手を選択している俺には、彼らの動きは数手先まで読んで行動できるのである。




 ついに彼らの最後の一人を打ち負かしたところで玄関から拍手が起こった。

 小さな拍手のした方を見ると、そこには明らかに場違いな、身分の高い令嬢とそのお付きの者が立っていた。

「お見事ですね」

 そう言ったのは白い礼装用婦人服ドレスを身に着け、印象的な緋色の薄布スカーフを首から腕に緩やかに巻き付けた女性。……年齢は俺よりも少し上くらいか。

 美しい人ではあるが、どうも薄暗い表情を隠したような、どことなく腹黒さを感じさせる表情が化粧の影に隠れているような印象を受ける。


「どうも」

 俺は曖昧あいまいうなずくなり首を傾げるなりして、突然現れた女性に向きなおる。──すると俺の後ろの兵士たちがそろって敬礼し、まるで主人を前にしたみたいに振る舞った。

 令嬢の背後に控える侍女は目を伏せたままぴくりとも動かない。あるいは目が細いだけかもしれないが。


「すばらしい強さですね。まさかアゼルゼスト様の兵士がこのように簡単に倒されてしまうのを見るだなんて。──しかもそこに居る兵士は、アゼルゼスト様の護衛の中でも一、二を争う強さの者ではないですか」

 そう言われた男は、夜に徘徊する者(ガーフィド)を二体倒した護衛だった。……それにしても──この女性は何者だろうか? アゼルの私兵に敬礼させるところからも、身分の高い女性であるのは間違いないだろうが。


「もしよろしければ、あなたのお名前を伺っても?」

 その目は「久し振りに興味を持てるものを見つけた」とでも考えていそうな、期待に満ちた目をしている。

「俺はレギスヴァーティ・エーデンドレイクと言います」

 相手の身分を考えて、名前だけでなく家名も名乗っておいた。エーデンドレイク家の事など上級貴族の耳には届いていないだろう。それで一気に興味をなくすはずだ──そう思っていた。


「まあ! あなたが!」

 相手の反応は俺の想像していたものとは正反対のものだった。

「あなたのお名前はたびたびアゼルゼスト様から聞いておりますわ。エインシュナーク魔導技術学校で出会った最高の友人の一人だと」

 おいおい、最高の友人とは。下級貴族の俺が大貴族の長男にそこまで慕われているなどと、どこぞの貴族連中が知ったら。──奴らは嫉妬と怒りで憤死してしまうかもしれない。


 俺がまたしても曖昧に微笑んでいると、目を輝かせていた令嬢はクスクスと笑い出した。

「お聞きしていたとおり、貴族やら身分やらに捕われないお人のようですわね。安心しました」

 彼女の瞳がからかうような視線を俺に向ける。

 しかしその瞳の中には、先ほど見せた腹黒い警戒心のようなものは消え失せていた。


「失礼いたしました。私はアゼルゼスト様の婚約者。この国の国王の娘であり、おそらくは王座にもっとも縁遠い王女と陰口を言われる者。第六王女のセーラメルクリス・エシルフィアルドと申しますわ」

 彼女はそう言ってスカートを指先でつまみ、優雅に一礼する。

 エシルフィアルド。それは確かに王族の血族に連なる貴族の姓だったと聞き覚えがあったが──それよりも。


「セーラメルクリス……どこかで耳にした名前です」

 俺は記憶を辿ってみたが、元から貴族の名前などに興味がなかったので、まず貴族とか王族とかの範疇カテゴリーでの記憶は除外する。そうした話題の中で聞いた名前ではないはずだ。

「思い出せそうですか?」

 まるでこちらの考えを読み取るみたいに彼女が言う。

「いえ……変だな。だいぶ前に聞いた名前だと思うんですが」

 するとセーラメルクリスはいたずらっ子のように微笑み「示唆ヒントを与えましょう」と、人差し指をあご先に立てる。


「私はエインシュナーク魔導技術学校の卒業生です」

 へぇ、と声を漏らしてしまう。──その言葉は意外だったからだ。まさか王族に連なる人物があの学校に居たとは。……しかし、そんな話は聞いた覚えがない──

「いや、待てよ」

 非公式の特別な儀式魔術をおこない、女学生が上位存在との対話をしたという噂話があった。事実かどうかは分からないが、そんな話がささやかれていたのを覚えている。

 確かその女学生の名前が……


「噂なんですが、セーラメルクリスという女学生が、なんらかの上位存在と接触しようとした。という話なら聞いた事があります。まさか──」

 するとセーラメルクリスはにっこりと微笑んだ。

「私の卒業したあとも、そんな噂話が語り継がれているらしいですね。アゼルゼスト様も私の名前を聞いた時──まさかとおっしゃって、その噂話を聞かせてくださいましたわ」

 さもおかしそうに笑うその姿は最初の印象とは打って変わって、どこか幼く見えた。──この印象の変化は、彼女が魔術の深淵しんえんに足を踏み入れている証明に思われる。


 達人と呼ばれる術者の多くは、その精神的な力が外面的な印象を変化させ、人によってはその術者を酷く恐れたり、好印象を抱いたりするようになるのだ。

 まったく奇妙な事だが、この級友の婚約者だという王女からは俺とよく似た、異質な魔術師としての魂が宿っているように感じたのだった。

セーラメルクリスの印象の変化は魔術師特有の「心理的操作」が他人への影響によって感じるもの。

これによって無意識に相手を嫌悪したり、逆に惹かれたりする。

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