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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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アゼルゼストとの再会

級友の貴族アゼルゼスト──名前はちょっと悪者っぽい(?)が、めちゃくちゃいい人です。

 通りを歩いていた品の良い老婆に声をかけ領主の住む邸宅はと尋ねると、その老婆は簡単に教えてくれた。

 そこは馬車の停留所から離れたところにある貴族の多く住む区画。

 そちらへ向かおうとすると兵舎や監視塔を兼ねた武器庫などを目にした。

 街の中の防備も万全という訳だ。万がいち街の中に敵が入り込んでも押し返せるようにと考えているらしい。

 通りの造りも防御しながら攻撃する事ができるように、陣取りについても考えられた設計になっている。

 要所要所に門があり簡単には突破できないようになっているのだ。


 貴族の邸宅を囲む壁に近づくと兵士らに止められ、身分を明かすよう言われる。

「戦士ギルドの冒険者。ピアネスの西にあるエブラハ領領主の息子。そしてエインシュナーク魔導技術学校でアゼルゼストの学友だった者」

 赤鉄のギルド印章を見せながら名前を名乗る。

「ご学友──ふむ。武器を預けてもらっても構いませんか?」

 兵士はあくまで丁寧に言ってこちらの反応をうかがう様子を見せる。

「もちろん」

 魔剣を手渡すと──若いながらなかなかに勘の働く兵士だったのだろう。自分の手にした武器が、なにやら危険な代物であると感じたようだ。


「……それでは代わりにこれを」

 革製の預かり証を手渡され、俺はそれを胸の物入れ(ポケット)にしまうと番兵が詰める門を通り過ぎ、兵士が示した建物に近づいて行く。

 区画に分けられ壁に守られた貴族たちの建物が並ぶ。

 その中でも大きな敷地を持つ堂々とした三階建ての屋敷があり、そこがアゼルゼスト・ライエスが暮らす邸宅であるという。

「これがあいつの家族が管理する領土の一部にある屋敷だと言うのなら……本家の方は、どんな城が建っていると言うんだ?」

 それは間違いなく「城」なのだろう。

 国としていまひとつなピアネスだが、その中の名家なのだ。俺のような位の低い男爵家の家とは違う本物の貴族なのだ。


 敷地の入り口には門があり、左右には小さいながら兵士が詰める兵舎があった。

 そこに居る兵士が俺を見て、門に近づいて来る男に警戒する。

「何者だ」

「アゼルゼストの旧友──学生時代の同級生だ。レギスヴァーティが会いに来たと、そう伝えてくれないか?」

 兵士はすぐに館の方に駆け出し、事実を確認しに行った。

 もちろんそのあいだ俺は待たされる事になるのだが、しっかりと舗装され、他の土地よりも盛り上がった地面の上に建てられた場所から、街の様子をうかがっていると。


「レギ!」と背中から声が。

 振り向くとそこにはいくぶん大人っぽくなった、懐かしい男の顔があった。

「久し振りだな、アゼル」

 兵士たちも驚いていたが、わざわざ自分から門の方まで尋ねて来てくれたのだ。

 アゼルは振り向いた俺を見てうなずきながら、今度は意外そうに肩をすくめてみせる。

「いやいや……冒険者になるとは聞いていたが、ずいぶんたくましくなったものだな。あの頃の刺々(とげとげ)しさに隠された、皮肉屋と人間的なおかしみ(ユーモア)を持つ、どことなくあどけなさのあった部分は鳴りをひそめた感じか」

 今度は俺が肩を竦める番だった。


「それはこちらも同じだ。さすがに大貴族の長男。身なりもずいぶん変わったものだ」

 こちらは冒険者の格好だが、相手は品の良い貴族の着る上質な絹を使った青い上着を身に着けている。

 染められた色も美しい青地のそれは、青い空をそのまま映し込んだみたいに目にも鮮やかな光をたたえていた。

 紺色のズボンも印象的な深い色味を持ち、洒落しゃれた模様が入った革帯に白金の金具を留めていた。

 するとアゼルは腕を広げながら俺に近づき、肩を抱くようにして背中を叩く。──親しい者にする挨拶だ。それを間近で見ていた私兵たちは俺と領主に敬礼し、持ち場に戻って行く。


「さあ、まずはよく来てくれた。ここは借家のような物だが──入ってくれ」

 門から続く四角く切り取られた石の塊(ブロック)を並べた道。きっちりと並べられ組み合わされた通路の両側には芝生や花壇、庭園などがあり、丁寧に剪定せんていされた樹木が列を為して植えられている。

 調和を目指して作られた庭に涌き水が流れる水路もあり、ここが「水のあふれる場所(アーティア・ゼテゥ)」からなまった名を冠する街だと理解した。

 水路のある庭の奥には大きな女神像があり、その膝元に水の湧き出す場所があるのだろう。


「どうした?」

 立ち止まった俺に気づいて振り向いたアゼル。騎士団を率いる心づもりでいた男だ。並の兵士よりも強く鋭い感覚を持ち、相手の動きにも敏感なはずである。

「涌き水があるんだな。街の名前の由来か」

「──ああ、そうだ。街を作るきっかけになったのがその涌き水だと、街の歴史資料にもきっちりと書かれているよ。以前この屋敷で暮らしていた領主の叔父も、この庭からあふれる水をなにより大切にしていた」

 叔父は病にし、そのまま帰らぬ人となったという。


「あまりに若い叔父の死。私にとっても残念だった。叔父は私に『エインシュナーク魔導技術学校』へ入る事を勧めてくれた人だ。……そう思うと、レギがこうしてここに来たのは運命的な事だな」

「そうか?」

「もちろんそうじゃないか。叔父が士官学校ではなく、魔導の学校に入るよう勧めてくれなければ、私はおそらく無条件で士官学校の方に入っていただろう。そうなればレギ、お前とも出会わなかったはずだ」

 俺は「なるほど」と納得した。


 古い貴族的な考えでは他のなにより軍属になった方が、家名を高めるのに必要だと考えられている。

 しかし昨今は安易な戦争に否定的な風潮が各国で広まりつつある。──それは大きな宗教的思想の普及による共通認識が生まれ始め、さらに魔物や亜人の脅威が各地で猛威を振るい始めたからだ。

 そんな変化していく世情に合わせ。アゼルは魔導を学んでから軍事関連の学校にも在籍した。

 エインシュナークに入ったのは魔物について調べ、それらに対抗する魔術なり魔法なりについての知識と実技を得たかった事もあったが、とアゼルは話した。


「まあ私は魔法よりも、剣の方が性に合っていたのだが」

 通りの左右にある白い柱の間を抜けて館の前まで来ると──大きな焦げ茶色の木製の扉を開けて、建物の中へと入る。

 玄関は広く、白い壁と青い天井があり、床には小麦色の毛皮の絨毯カーペットがびっしりと敷かれ、それは正面から左右に延びる廊下から二階へと上がる階段にまで続いている。これだけの絨毯だけでいったい──いくらになるだろうか。

 めまいのする想いを隠しながら前をゆく友の後ろ姿を追う。

 広間に居た召し使いの女に声をかけたアゼル。そんな彼にうながされるまま応接間のような広い部屋に通された。


「座って話そう」

 気軽にそう言う旧友。

 その部屋にある調度品はどれも繊細な仕事が成され、まるで美術品がごろごろと置いてあるみたいだった。

 壁に架けられた絵画を見ると金の額縁も見事だが、描かれた絵も素晴らしいものだと思われた。──まあ俺の審美眼など、粗忽そこつ者の直感くらいに頼りないものだが。

 黒革張りの長椅子も重厚な物で、座るのが恐ろしくなるような値段がする物だろう。

 少なくともこれから話題にしようと思っている俺の故郷では、こんな立派な椅子を作れる職人自体が居ない。


 俺とアゼルの腰かけた長椅子の間にある白いテーブルも素晴らしい。一枚の大理石を切り出して磨き上げた台に、脚は銀でできていた。

「豪勢な部屋だなぁ」

 率直な感想を漏らしながら長椅子を叩く。

 するとアゼルは()()が悪そうに苦笑した。

「叔父の持っていた物ばかりだよ。叔父は人を招くような人物ではなかったけど、美術品や骨董品を集めていてね。──正直、領主としては平凡な人だった」

 その言葉には領主として領民を支え、導く責任があるだろうと訴えるような、軽蔑に近い感情が隠されていると感じた。


 アゼルゼストは昔と変わらない。

 理想と現実のへだたりをなんとか乗り越えようとする、良識と努力の人。現実的に物事を考える部分と、理屈以上の理想や理念を旗印にして、反骨精神を剥き出しにするところもあるのだ。

 これほど扱いにくい人物はなかなか居ないだろう。

 ある意味、俺に似た部分があると言えなくもない。──たぶん、まったく逆方向の意味合いになるが。


「いきなり尋ねてきて申し訳ないな。先に謝っておくが、実は頼みたい事があって来たんだ」

「ほう、レギが頼み事なんて珍しいじゃないか」

 そう言った旧友の前に、取り出した一枚の手紙を出す。

「それは俺の故郷の友人から送られてきた手紙だ。それを読んでほしい」

 堅物の領主は、人の手紙を読んでいいものかと──一瞬、躊躇ためらう様子を見せたが、俺が「早く」という具合にせっつくと、テーブルに置かれた封筒を手にする。




 その中身を見終わった頃にドアを叩く音がした。

「入れ」

 アゼルが声をかけると、先ほどの召し使いが手押し車を押して現れた。

 木製の台車かと思われたが、鹿や山羊の角らしき物を削って組み合わされた台車であり、びっくりするほど細かな装飾が彫り込まれている。

 銀盤を取り付けた見事な台車を押しテーブルのそばまで来ると、彼女は二人分の紅茶を手際よく入れ、焼き菓子の乗った銀の皿と共にテーブルの上に置き部屋を出て行く。


「レギ、これは──厄介だな」

 厳しい顔をするアゼルゼスト。

 級友に手紙を読ませる前に一つ、はっきりさせておく事があったかもしれない。

「まってくれ。先に言っておくが俺はこの愚兄──スキアスもジウトーアも、尊敬できる兄などと思った事は一度もない。むしろ殺してもいいというのなら、魔術学校に入学する前に殺していたくらいの奴だ」

 俺がさらっと毒を吐くと、友人はいささか()()()()した顔をする。


「そこまで言い切ってしまうのも、どうなのだろうか」

「お? 説明が足りなかったか? そいつらは手紙に書かれているとおりの事をする、クズ中のクズだぞ」

 お優しい友人は、兄が不実な真似をして父親を排除したという噂を立てられている、と考えたのかもしれない。

 ずばり言い切るとアゼルも察したようだ。

「そういえば、あまりお前の過去を聞いた事はなかったな」

「まあ──ろくな話もないしな。西の果ての田舎暮らしなど、都会に住む者にはわからんものがある」

 そういった前置きをしてから幼少期にあった事を少し披露し、二人の愚兄が手にかけた(と確信している)義弟殺しについて話してやった。


 俺が大切に思っていたものがあったとすれば、その義弟との時間だけだった。あの幼い頃に感じた喪失感。

 あれがあったからこそ俺は自分一人で力を求め、強くなると覚悟を決めたのだ。

 いつかは愚兄たちを排除し、エーデンドレイク家は取り潰しになるとすら考えていた。率直にそう話す。


「おいおい、自分が家督を継ぐという考えはないのか」

「ない」

 即答した俺に困ったような顔をして見せ、ないのか……と呟きながら紅茶を飲むアゼル──その顔が曇る。

「どうかしたか」

「いや──『取り潰し』という言葉で思い出した事がある」

 スタルム家の事だと語り始めた旧友。


「覚えているだろう、アボッツ・スタルムの事を」

「ああ、俺に敵対心を剥き出しにしてきた中級貴族の男な。あいつが実戦訓練の時に不正をしたのを告発したのが、お前だった」

「そうだったな」とアゼルは苦笑する。

「あの時のレギの返答には笑ったものだ。『そんな魔導具ひとつで俺に勝てると思っているのか? 俺は構わないからその魔導具を使わせてやれ』こうだからな。まあそれでアボッツは墓穴を掘ったのだが」

 強化した自分の魔法を反射されてそれを喰らったアボッツ。回復魔法が間に合わなければ奴は死んでいたかもしれない。


「それで、アボッツの奴がどうかしたのか?」

「──うん、それが……スタルム家の家長がディブライエ国と繋がって、ピアネス国の転覆を画策していたと言うのだ。私はその情報を疑い、真偽のほどを確かめようとしたが、国王の放った草(密偵)の確かな情報らしい。具体的なやりとりが書かれた文書があり、それが決め手となりスタルム家は──捕らえられた全員が処刑されたそうだ」

 俺は別段おどろかなかった。

 いまだに他国と繋がって国の転覆を狙うなど、そんな古くさい思考の奴が居るのかと疑いはしたが、無能な奴ほど他人の持つ物をうらやむというからな。

 中級貴族が他国と密談したからといって、それで国をどうにかできるなど本当に思っていたのか。それともなにか具体的な案がディブライエ側から提示されたのだろうか。


「それにしても逆賊郎党皆殺しとは。王国への反逆罪が重罪なのはどの国でも同じだろうが、ずいぶんな仕打ちだな」

 アボッツのような奴が謀反むほんを企てたところで脅威にはならんだろう。そう言った俺の言葉にアゼルは首を曖昧あいまいに振る。

「いや、アボッツを含む数名の家族は行方をくらましたらしい」

 謀略が悟られたと知り、領土を捨てて逃げたか。──おかしなものだ。あれほど権威や家柄に執着していた奴が、それらすべてを捨てて最後は命を選んで逃げたというのか。


(大笑いだな)


 俺はアゼルの為にその言葉を口にするのは止めておいた。

 この優しい領主は同門の出というだけで仲間意識を持つ部分がある。もちろんあの男が浅はかだというのは疑いようのない共通認識だろうが。それでも学友に対する「侮蔑の言葉」を聞きたいと思うような男ではないと知っている。

 俺は紅茶を黙って口にしながら、茶碗ティーカップの陰で含み笑いをこらえるのだった。

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[一言] 久しぶりの再会にお茶を濁す事も無いでしょう。
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