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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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アゼルゼストの噂と、義弟の思い出

レギにとって義弟の存在は特別なものだった。彼にとって家族と呼べる相手はこの義弟だけだったから。

 荷車を持っていた夫婦はラビスの町に住む職人で、蝋燭ろうそくや布を売るのにベネシアンの街まで行くのだと言う。

 二人の少年少女は二人の子供たちで、冒険者見習いのようなものらしい。

 子供を助けてくれた事にしきりに感謝する夫婦から、商品の布を手渡されたので、それを受け取り背嚢はいのうの中にしまっておく。


「ちゃんと計画的に護衛を雇った方がいいな。下手をすればあんたらは全滅していた」

 ずばりと俺は言った。あのへっぴり腰を見せられては厳しい意見が出るのも仕方がない。

 俺は荷車に乗せられてベネシアンに向かう事になった。

 子供たちに小鬼ゴブリン装備や耳、爪などを剥ぎ取らせ、戦士ギルドに小鬼を討伐した証とするように言う。

「で、でも……ぼくらが倒したのは、二体だけですし……」

 俺は「もう少ししっかりとした戦いの訓練を受けろ」と言ってやり、二人が集めて来た小鬼の持ち物を探り、銀貨が少し多めに入っている皮袋だけをもらい、残りは兄妹きょうだいにくれてやった。


「それで籠手か盾を買った方がいい。というか、小鬼の殺気くらいで怯えるのはやめろ」

 まあ初めての実戦だったらビビるのは分からないでもない。俺の時は恐怖よりも冷静でいる事に努めようと腹筋に力を入れ、訓練を思い出しながら長々と戦ってしまったが。──いや、それはもしかすると二戦目の記憶かもしれない。


 四人はしきりに礼を口にする。

 二人少年少女は突然に現れた冒険者の強さに感心したらしく、どうすれば強くなれるのか、といった質問を投げかけてくる。

「お前らは強さ以前の問題だ。覚悟を持て──傷つく覚悟、死ぬ覚悟。戦いの中で傷つく事や、死ぬ事を恐れていたら話にならん」

 冷静に相手の弱い部分を狙い、苦手な行動などを探り、追い詰めて殺す。そうした見抜く目が必要だ。そう説明すると二人は感銘を受けた様子でこちらを見る。

 覚悟もなしに冒険者になろうとする若者が多すぎる──。俺は肩をすくめ、もう少し説明してやろうと考えた。


「小鬼を倒すのに岩を砕くような腕力が必要だと思うか? 鋭い刃があれば充分だ。小さな短刀でもいい。相手の攻撃を躱してふところに入り、急所を的確に突けばそれだけで倒せる。力なんて必要ない。武器が無ければ岩に奴らの頭を叩きつけるだけでいい」

 力は使い方しだいだ、そう説明してやる。

 技術は腕力に勝り、冷静さは技術を使うのに必要なのだ。攻撃を受け止める防御力より、攻撃を躱す判断力と動きの速さ。

 それを養えと若い二人に説く。




 ベネシアンの街まで荷車で移動したお陰で、思っていたよりも早く街に来られた。

 若い冒険者たちも小鬼の討伐を知らせに戦士ギルドへ向かって行く。

 こちらはライエス家のあるバルグラート領に向かう馬車を探し、それに乗って行く事にした。幸い停留所でこれから出発する馬車を確保できた。この領の隣にある領だが、バルグラート領はかなり大きく、ライエスの──アゼルが居る領に向かうのは骨が折れそうだ。

 それにアゼルはどこかの領主として領地を治める役職に従事しているはず。まずはその場所を探さなくてはならない。


 久し振りのピアネスの地だというのにまったくゆっくりしている暇がない。この辺りはかなり発展した街だと思うが、どこか懐かしいと感じる建物。

 やはりピアネス独特の建築様式があるのだ。ベグレザやエンシアと大差ない気もするのだが。

 馬車の窓から見える風景。

 バルグラート領に入るとしばらくして道が舗装路になった。街道に面した場所に建物がちらほら建っていて、畑仕事をする農民らの姿も見えた。


 十字路に差しかかった所で石造りのとりでが見えた。

 銀色の鎧を身に着けた騎士の姿。なにやら冒険者の一団パーティと話をしているようだ。

 ガラゴロガラゴロと音を立てて石橋を渡り、街道を進み続ける。

 最初の町に停車するとそこで馬車を降りた。

 戦士ギルドに顔を出し領主について尋ねると、ライエス家のアゼルゼストについて話が聞けた。


「ライエス家の子息様はヴェンティル領の領主をしていますよ。──ヴェンティル領ですか? このダンフォークの町から北に行けばすぐですよ」

 俺は北に向かう荷車護衛の依頼はあるかと受付に尋ねたが、すでに荷車は出たあとだった。馬車は掴まったが、出発は昼食後になるというので、酒場で昼食を取る事にする。

 そこでもアゼルについて尋ねたが、ヴェンティル領のアディゼートの街に居るらしい。若いがしっかりとした領主として領民から頼りにされていると聞き、学生時代と変わらぬようで安心した。

 さすがに大領主の長男だけあって、名前を出しただけで「あのご子息は……」といった感じで話が進む。


 昼食もどこか懐かしい味のする料理で、西と東に離れていても同じ国だけあって食材も味付けも似通っていた。

「小鳥をまるまる使った料理。懐かしいな」

 うちの領でもこれはしょっちゅう作られた。捕まえた小鳥の内臓や骨を取り除き、肉と野菜を刻んだ物を詰めて焼いた物をソースの中で煮込む。

 頭の骨が柔らかくなるまで煮て、こってりとした脳も丸ごと一匹食べられるのだ。

 ここの鳥はお腹の中に枝豆をたっぷりと詰め込まれていたが。




 酒場を出て北に向かう馬車に乗り込み山間部の街道を抜ける。馬車の乗客は少ない。護衛も少なかったが、道の途中で領地を守る私兵の騎馬とすれ違った 山賊なども以前はこの辺りでもちょくちょく出たが、アゼルゼストが領主になってからは亜人や山賊らを討伐し、治安はかなりよくなったと酒場の店主も言っていた。

 広大な領地を管理する大貴族。その長男が小さな領地の安全を確保し、町や村を見て回り、農業の発達や街道の安全などにも取り組んでいる。


 時には剣を手に亜人の討伐にも参加したというアゼルゼストの噂は、この辺りに住む者なら誰でも知っている事だと言う。

 貴族の義務に忠実な男。

 どこぞの阿呆にも見習って欲しかったが、それは無理な相談というものだろう。腐った魂には、腐った思想しか宿らないものなのだ。


 山間部を抜けて開けた場所に出ると湖が見え、その近くに風車小屋や農家の住む家などが建っているのが見えてきた。

 麦畑などもあり、街道のそばに建つ砦には私兵の姿があった。くすんだ色の金属鎧と革鎧を身に着けた兵士。

 金属の鎧はあえて色をくすんだ物にし、光を反射させ目立ってしまう事のないようにしてあるのだ。


「アゼルゼスト様ですか。わたしは会った事はありませんが、領民を、国を想う──立派な方だと思いますよ」

 馬車の中に居た乗客にも聞いたが、ここでの評判も上々だ。

(ここまでくると洗脳されているのではと疑いたくなるところだな)

 まあ学生時代から不正や、つまらない学生同士の対立を嫌っていた男だ。領民同士の対立にも耳を貸し、問題の解決に当たっているうちに、この領主に迷惑をかけちゃいかんと領民たちも思うようになったのかもしれない。

 あいつが立派に領主の勤めを果たしているのは疑いようがない。


 領民たちも数年前にやって来た若い領主を受け入れ、それどころか誇りに思っているようだ。

 馬車の中で話した相手はアディゼートに住む領民らしく、細かな部分についてまでアゼルがおこなった改革について聞かせてくれた。


 そこには学生時代に俺が話した農村と都市の、需要と供給についての取り組みを円滑に、持続的におこなう為に必要な。町の税収から農村への設備投資の拡充や、後継者の育成などを盛り込んだ発想が利用されているのに気づいた。

 あいつとは学生時代に貴族社会の問題点や、都会と農村部などのへだたりについて語り合ったものだ。それは俺がピアネス国の西の果てにある、閑散かんさんとした田舎に住んでいたからではなく、教養を学ぶ授業の中で他のだらけた生徒とは違うと、アゼルゼストが俺を評価したのが始まりだった。


 思えばそうした授業のあとにアゼルが俺に話しかけてきたのが、俺とあいつの仲の始まりだったように思う。

 ……いや、その前にルディナスが俺に魔術試験の手解てほどきを求めたのが先だったか? 彼女とアゼルは国は違えど、立場的には似た境遇にある──身分の高い貴族であり、それなりに仲良くやっていたはずだ。

 ルディナスから俺についての評価を得ていたとしても不思議ではない。

 ……まあどっちでもいいか。




 馬車を降りアディゼートの街に降り立つ。

 石の壁に守られた街。

 門には番兵らも居て、高い防衛意識が根づいているのが分かる。

 街はなかなかに発展している様子だ。

 新しく建てられた家や公衆浴場に井戸。水路なども造られている。

 水路については農業用の潅漑かんがい用水についてアゼルに話した事もあった。田畑の維持や水害対策。なにより生産した物を集め、運搬する手段と道──これをしっかりと整備する事だ。

 道具についても実用的な物を作りそれを農業に従事する者に与えなければ、遅々(ちち)として農業は発展しない。

 愚かな為政者は税収を求め税を重くしようとするが、それはあまりに浅はかだ。


「農業による生産性を高めるにはどうするか。どうすれば品質の良い物を、大量に生産できるようになるか? ()()()()()()()()()()()事が大切だ。そうした農民が増えればそれが一番効率がいい。ただそれには、農民にも勉学というものについて学び、考える力を養わなければならないかもしれない」

 そんな話を聞かせたものだ。


 子供の頃に、父親の友人であるピアネスの子爵の屋敷に行った時に、俺はその子爵の書斎で本を読ませてもらった。その中でいくつかの行政に関する本にも目を通した。

 もちろんはじめは読めなかったが簡単な物から目を通し、やがては経世済民に関する書物も読破するくらいになった。あの頃の俺は愚兄に目を付けられない子爵の屋敷で──自由に、心のおもむくままに、勉学に励んでいたのである。


「愚かな兄たちのようになりたくない」という漠然とした気持ちと、子供心に感じていた「身分」という目に見えないものについて考えるようになっていたのが大きい。

 学びの重要性を知り、世界を知る事の大切さ。そして己の弱さを克服する方法を知り得たきっかけ──それは幼少期の数々の不平や不満。

 それがあったからこそどうすればいいか、どのようにするのが望ましいか。という本質的な改善を考えるようになったのだ。


 現状に甘んじてはいけない。妥協してもいけない。

 理不尽な世界に対し「それも仕方がない」などと諦めるのは、弱者の思考だ。

 取り組みもしない事柄に分かったような態度を取るのは愚か者の証。

 ましてや己の無知を知らずに知った風な態度を取るなど、愚の骨頂だ。

「魔術の根本は『理論』と『実践』にある」

 そうした魔術に関係する本もかなり若い頃に目を通したものだ。

 がむしゃらだったのだろう。

 特に弟イスカを失ったあとは──




 俺は長らく待った。


 本当は取り返せないものを切り捨て、前に進む事だけを求めるべきだと理解しているが、俺の中にはくすぶり続ける火種があり、そいつがじっと機会チャンスうかがっていたのを感じていた。


 何故ならそれは俺の本心の一部だから。

 俺の望みの一つだから。

 復讐という名の炎。

 俺は長い間それを押し止めてきた。


 だが──別に()()()()()()()()()()()()()()


 奴を殺すだけなら魔導技術学校を卒業した直後に、帰省したその日のうちに片づける事だってできた(愚兄の一人が死亡しているのは予定外だが)。


 だがそれではつまらない。


 奴にとって恐ろしいのは身分を剥奪され、自分が領地を繁栄させ、男爵から子爵、子爵から伯爵へと位を上げていく──などという、()()()()()()()()()()()()()()()()()事だと知っている。


「ずいぶん長い間、つまらない夢(妄想)の中で待たせてしまったな。兄上」

 おれは自分の心の奥底から、暗く狭い牢獄に閉じ込められていた憤怒が、頭をもたげるのを感じた。

 ──無実の囚人が、十年もの長きに渡って暗闇に幽閉されながら、沸々と心に燃やす復讐の炎。それが解放される瞬間を待ち望み、指折り数えるみたいに壁に復讐への日々を刻みつけ、機会を待ち続けるように。

 この暗い情念が、復讐を待ち望みながら生き続けた戦いの日々。


 牢獄の中でついえる事なく果てしない憎悪を隠しながら。

 冤罪えんざいの屈辱を晴らしてやろうと憤怒の火がほとばしる。


 終わりにしよう。

 この無意味な囚われの日々を。


 真実の光をもって無実を証明し本当の悪を暴き、牢獄が相応しいのは誰なのかをはっきりとさせるべきなのだ。

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