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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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不意の強襲と金属の錬成

力を手に入れ、油断しがちなレギ。

人の踏み込まない土地には危険がいっぱい。

 森を抜け出た。

 思っていたよりも深い森ではなかったようだ。

 山裾に広がる森には熊や狼も居ただろうが、出会う事なく平野まで来られた。

 風が吹きつけ、思わず顔をしかめる。

 山から吹きおろす冷たい北風で横顔を撫でられた。冷たい手をした亡霊女の手のように、体の芯から冷え込みそうな風。

 体を温めるのと、さっさと目的地に近づく為に、ベネシアンの街に向かって走り出す。


 足に負担をかけないよう早歩きよりも歩幅を開いて、一定の速度で平野を駆ける。この先に街道があるはずだ。──地図によれば山裾にあるベイケンの村から、森の南東方向にラビスの町があり、ラビスの北東側にベネシアンの街がある。

 ベイケンから東には隆起した土地があり、切り立った岩山が密集している崖がそびえている。街道はその岩場を避けて南へ折れ曲がっていた。


 南東に走り続けると街道が見えてきた。それは東にある黒い岩山の崖を避けて、南東に延びている。

「獣や魔獣が出るので有名な谷があるんだったな、確か」

 岩山の近くを通る街道にも灰色狼や、時には魔獣が出るとも言われている。注意しながら地面が盛り上がった場所に近づき、谷を抜けてベネシアンの街まで近道しよう。

 危険はあるだろうが、俺はもはや並の冒険者の技量ではないのだ。一人でも危機を打破する力と技、知識と魔法がある。

「恐れず旅ができるというものだ」

 岩の段差が積み重なってできたような、地盤の層がはっきりと見える壁。数メートルから数十メートルの高さの岩山の上に生えた草や灌木かんぼくが見えている。

 岩棚の上に巣を作っている鳥が警戒して鳴き声を上げた。


 人間が通る事は少ない場所だ。冒険者の一団パーティが魔獣の討伐などで足を運ぶ事はあっても、道なき道を歩く者は少ないものだ。

 切り立った崖の間を抜けると風に背中を押され、崖の間にある広くなった場所に出た。


「ギギィィッ?」

 しまった────、油断していた。

 開けた場所の左右で小鬼ゴブリンが待ち構えていたのだ。俺が通って来た細い崖の道ではなく、広い道幅のある場所を通る生き物を待っていたらしい小鬼の狩猟しゅりょう場に、俺は足を踏み入れてしまった。

 左右の岩陰から武器を手にした小鬼が現れ、一体の大きな悪鬼も姿を現した。


「ギギャアァァ──ッ‼」

 首領ボス格の小鬼が叫び声を上げた。

 左右から小鬼が不幸な冒険者を狙って(俺の事だ)飛びかかってくる。

 刃を一閃させ、素早く斬り返しながら立て続けに小鬼を斬り裂く。

 一振りで二体の小鬼を引き裂く勢いで剣を振り、またたく間に六匹の小鬼が地面に転がる。

 左手から攻めてくる悪鬼に攻撃魔法を使い、足止めをする。──その間に手近な小鬼を駆除していった。

 魔剣を振るうたびに引き裂かれる醜い亜人。

 腕や首が切断されて地面にごろごろと転がった。


 小鬼の怒りと悲鳴が渦巻く峡谷。

 崖の間に悲鳴が木霊こだまして、辺りに不気味な音を響かせる。

 あまりの劣勢に怯えだした者たちを倒しながら悪鬼へと迫り、奴の手にした大鉈おおなたかわすと、前のめりになった奴の首を一撃で叩き落とす。

「グビィャァァッ‼」

 小鬼の数匹は絶叫して後退する。

 首領格の小鬼が怒りの声を上げて手にした槍を振り回し、敵に突撃しろと命令しているらしい。

 俺は首領を守る武装した二匹の小鬼を斬り倒し、一気に首領の首をねた。

 鉄の鎧と兜を装備していた戦士と、獣の毛皮を外套マントにした物を羽織る首領小鬼。

 それらを倒すと、残っていた数匹も逃げ出して行った。




 切り立った崖の間にある広場は静かになった。

 小鬼の持ち物を見たが大した物はない。持っていた武器も貧相で、冒険者になったばかりの奴から奪い取った物だろうと思われた。

「悪鬼の持っていた鉈くらいか? 使えそうな物は」

 首領小鬼の死体を調べると、銀の腕輪などをしていたので、それと槍、悪鬼の大鉈を影の倉庫にしまう。

 それぞれの小鬼が持っていた皮袋から、ピラル銅貨や銀貨も回収する。

「やれやれ……ぼ──っとしていたな」

 小鬼の群れ程度でやられないとはいえ、迂闊うかつに敵のど真ん中に飛び込んでしまうとは。


 小鬼の装備品は無視してその場を離れようと思ったが、ふと閃いた。

「そういえば……錬金術を試してみるか」

 東に向かおうとした足を止め、小鬼たちの武器や防具を掻き集める。

 魔術領域に作ってある錬金術用の魔法陣を影の中に発生させ、鉄の剣や鎧兜の下に魔法陣を浮き上がらせた。

「分解、分離、精製、融合、形成──よし。やってみよう」

 頭の中で術式を整理し、錬金術を使用する。

 金属を溶かし、不純物を取り除いて、金属の延べ棒(インゴット)へと作り替えるのだ。


「万能溶媒(ようばい)」という錬金術の力を行使する術式を組み入れた魔法陣。

 卑金属を銀や金に変える訳ではないので、十以上の工程を踏むような難しい作業ではない(黄金を作るには、俺の技術では不可能だとも知っている)。

 不純物をどこまで取り除けるかは難しいが、濾過、蒸発、蒸留、分離などの過程を一気に、魔法の力でおこなうので、時間はかなり短縮される。

 溶けた金属が不純物を捨てながら、銀色の液体となって魔法陣の中心に集まり、三本の延べ棒に変わった。

「よしっ」

 うまくいった。


 一本の延べ棒は少し小さな物になったが形は整っていて、鍛冶屋で購入する物よりも純度が高そうな輝きを放っている。

「我ながらいい手際じゃないか」

 先人たちの技術の賜物たまものだが。

 小鬼どもの汚い装備からこれだけの金属が手に入るなら悪くない話だ。鍛冶屋が聞いたら喉から手が出るほど欲しがる技術だろう。

 カスみたいな小鬼の装備品を高品質の延べ棒に変えられるなど、本格的な工房を持つ錬金術師でもないとできない事だ。

 この金属の延べ棒を「鉄器創幻」の触媒に作り替える作業もしておこう。

 がらくたから新しい武器や触媒も調達できる錬金術は、なかなかに魅力的な技術だと知った。

 その術式を構成する技術は苦手だったが、少しずつでも段階を踏んでゆき、多くの技術を自分のものにしてやる。


 俺は意気揚々とその場を去り、東へ向かって崖の間を歩いていたが、向かう先からなにやら音が聞こえる。──川の流れる音。

 そこは裂け目になっていた。

 大地の左右に亀裂が入り、数メートル下を川が流れている。

 だがその先、裂け目の先にあるのは高い壁。

 切り立った崖がせり上がり、こちら側よりも大地が一段上の位置にある。


「おいおい、まさかこんな事になっているとは」

 どうりで人が通行しないはずだ。

 左右を見回して、崖が低くなっている場所を探す。

 いちおう段々になっている場所が多い崖なので、上る事は不可能ではない。

 亀裂の幅は七メートルはある。飛び越えるのを失敗して落下したくはない高さだ。

 俺は段々になっている場所を選んで谷の下に降り、川を渡って対岸に着いた。上を見上げながらなんとか上れそうな場所から崖をよじ登る。

 跳んで上がれる場所もあれば、上の段差を掴んで上るのがやっとの場所もあった。


 その時だ──背後から殺気を感じた。


 振り向くと、西側の崖から小鬼が弓を引いて矢を射るところだ。ひゅうんっと飛んだ矢が、三メートル近く離れた岩壁に当たって落下する。

 俺は小鬼が二射目を撃つ前に魔法の矢を放つと、正確な攻撃を当てて奴を倒し、崖下に落下するのを見届けた。

「わざわざ死ににくるな、間抜けめ」

 崖を上りながら、少し集中して使った魔法の矢の威力を思い返す。

(やはり魔力が高まり、威力がかなり上がったな)

 今までなら小鬼の骨を砕くくらいだったろうが、三発の魔法の矢が胸や腹を突き破り、足を吹き飛ばしていた。

 人前で使う時は威力を落として落として使わないと。──下手に冒険者たちの間で騒がれると、厄介な連中の目に止まるかもしれない。


 大地に開いた裂け目を越えて崖の上に立ち、後ろを振り向く。

 かなりの高さまでまで上がってきたものだ。

 ずっと向こうの山と森が一望できる。

 高い場所を流れる空気は澄んでいた。

 小鬼の臓物臭い地上の空気とは違う。

 周辺もかなり見回せるその場所には大きな木は生えていないが、草や低木がいくつかあり、広々とした崖上の世界を作っていた。

 岩ばかりの平たい地面。

 いくつかの場所がくぼんでいて水溜まりができ、鳥たちが水を飲んでいる。

 この崖の上なら天敵となる獣が来られないので、安全に鳥たちが過ごせるのだ(猛禽類が居なければ、だが)。


 この岩場は左右に一キロ以上に渡って広がっているみたいだ。

 これを迂回するのに街道がくさび型になっている訳である。


 岩山の屋根を歩く。

「奇妙な地形だな」

 断層がせり上がってできた場所か。

 大地の裂け目に高い崖、峡谷を流れる川。

 それらを越えた先、ずっと遠方に街の壁が見えている──ベネシアンの街。教会の屋根や鐘楼しょうろう、貴族の邸宅が見える。

 昼にはあの街に辿り着くはず──この距離なら。


 しかしこの崖を降りるのは厄介そうだ。

 段差になっている場所を探して降りるのに、少々手間取りそうだった。安全に降りられる高さを求め、数百メートル歩く。

 崖の下には森が見えており、森の手前が空地になっている場所があり、段差のある崖が森にせり出していると思われる。──俺はその場所から降りて行った。

 段差の高さは一メートルくらいのものが多かった。高い所では五メートルくらいの高さがありそうだが。そこを避けて一段一段、下に向かって降りて行く。


 森の方に出っ張った場所は左右に足場となる段差があるので、降りやすい方を使って下まで降りられた。岩山の影に沈む森は──じめじめとして、こけが多い場所だ。

 濃い森の匂いと、苔の腐ったみたいな泥臭い、鼻の曲がる臭いがする。

 崖の上から降りて来ただけで、こうも匂いに差が出るとは。

「天上の世界から失墜した神の使いも、こんな感覚を味わったのかもな」

 などと皮肉な事を思い浮かべ、土の臭いのする場所を抜ける為に歩き出す。

 岩山から流れ落ちる水の音が、静かな森の中に木霊こだまする。

 小川も流れているらしく、木々の間から見える日差しの中にきらきらと光を反射する水面が見えた。


 小川には近寄らず、森を抜けてその先にある街道に出ようと急ぐ。

 苔が多く、ぬかるんだ足下は滑りやすい。そこに注意して木々の間を早歩きで進むと、途中で鹿の姿を見た。焦げ茶色の毛をした鹿はなかなかに大きな体をしていて、小川の向こうからこちらを見ていたが、森の外へ向かう俺に警戒していたのは一瞬で、小川のそばに生えている草を食べ始めた。


 森の外の明るい日差しが近づき、そろそろ外だなと思っていると、どこからか鋭い奇声のようなものが上がった。それは馬のいななきのようだ。

 それと亜人の、小鬼のわめく声が聞こえる。──森の外に向かいながら、周囲に生命探知を掛けた。

(──あれか)

 森から少し離れた場所にある、街道を通る人間を襲っているようだ。小鬼の群れは八体ほどだったが、街道で応戦しているのは二人の男女。

 それも貧弱な革鎧を身に着け、鉄や青銅の武器で必死に戦っている。

 荷車を引く馬を守りながらベネシアンの街に向かって、なんとか逃げようとしている様子だ。


(助けてやるか)


 森の端まで来た俺は魔剣を抜いて、背後から小鬼たちを強襲した。

 奴らの不幸は背後から奇襲された事じゃない。俺が偶然この場に居合わせてしまった事だ。

「ピギュワァァッ!」

 背中から斬り裂かれ、腕や首も打ち落とされていく小鬼。草の生える地面に次々と倒れ込む。

「グォワァッ!」

 怒りをあらわにした小鬼の胸を貫き、地面に叩きつける。二体が森に逃げて行ったが放っておいた。わざわざ追いかけて行く必要もない。


 荷車を引いていた二頭の馬。それを御しながらこちらに近づいて来る。

 家族だろうか? 四十代の男女二人と十代の男女二人組み。

 彼らは手にした武器を持って、助けてくれた事に感謝の言葉を口にする。

「ありがとうございます。助かりました……」

 少年は疲れた表情で武器に付いた血をぬぐっている。

 若い男女は一応革の鎧を着けているが──

(駆け出しの冒険者か?)


 青銅の剣を持った少年と、鉄の槍を手にする少女。

 荷車には御者とその妻らしい二人。こちらの大人は市民の身なりをし、怯えた様子で木の棒や棍棒を手にしていた。

異端の魔導師ブレラの残してくれた技術。レギは錬金術に対する理解がいまひとつでしたが、かなり理論を応用したり(魔術との複合技術)して、扱いに慣れてきた感じ。

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[一言] オールランダーな冒険者になりつつあるレギ。
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