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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十一章 故郷の蠹毒(前編)

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人に値しないもの

レギの過去。義弟を亡くした事で得た、彼が魔術師として突き進むのを決定づけられた日。

人間としての愚かさとはなにか、そうした事についても語られてます。(鬱陶しいと思う人は斜め読みで)魔術師になりたいと望む人は(⁉)、しっかりと心に刻みましょう。でないと壁の前で立ち止まり、壁が倒れてくるまで立ち尽くすはめになるかも……

 エゥシゼールの町。ルシュタールの西側の海に接する港町だ。

 最南端にあった港町アケリュースとは異なり、ここの町を囲む壁は高く、門には落とし格子も準備されていた。海を隔ててはいるが、アントワに近い事もあり、町の防備にそれなりの予算が出されているらしい。

 波止場の方に向けても壁があり、投石機が配備されているのを目にする事ができた。

 海からの敵にも対応した波止場の造りになっているようだ。──素人しろうとの俺には正確な事は分からないが。


 夜になる前に宿屋を借りた。そこは船乗りの泊まる宿ではなく、冒険者の多い宿屋だと戦士ギルドに紹介されたのだ。

 戦士ギルドに俺が居る事を伝え(こうした記録は半年くらいは保管されるらしい)、宿屋の部屋を押さえると、夕食を食べに酒場へと繰り出した。

 陽気な船乗りの多い酒場。騒々しいくらいに盛り上がっている。

 やや露出の多い給仕の女に料理と酒を注文し、小さな丸テーブルの席で料理を待ちながら、周囲の人間を観察する。

 多くは日焼けした船員たちで、その出身もまちまちだ。アントワとルシュタールの人間が多そうだが、ウルドやゼーアの人間も居るだろう。着ている服装が違う者がテーブルを囲み、絵札カードを使って賭け事をしていた。


「てめぇっ、いかさまだろう!」

 そんな怒号が聞こえ、離れた場所で取っ組み合いが始まった。

 やれっ、やっちまえ! そんな声も聞こえたが、周りの人間は迷惑そうな顔をしている。

(外でやれよ)

 うんざりしつつ、我関せずの態度を貫く。

 ──とか思っていたが、争いの火種がそばに居た客にも飛び火し、そこら中で殴り合いが始まる。


(勘弁しろよ……)

 さすがに剣を抜いている者は居なかったが、屈強な体つきの船乗りたちが、十人ばかりで殴り合いの喧嘩を始めたのだ。周囲は大変な騒ぎになった。

「いい加減にしろ!」

 店主らしい男が止めに入ったが──事実上、新たな闘士(喧嘩屋)が乱入しただけになった。


「ドガシャァッ」

 テーブルが倒れ、料理や皿が散乱する店内。

 逃げ出す客の姿もあるが、争いのどさくさにまぎれて、貧しい子供が金をくすねて行った。

 俺も自分の身の回りを守る事に集中し、せめて料理が無事に運ばれて来るのを祈っておく。


 と──殴られた男が、椅子に座っている俺の方によろけて来た。

 酔っているのか、ふらついた足でこちらに倒れかかる。

 俺はその大柄な男の背中に手を当てて、重心を移動させ──勢いよく床に叩きつける。

 思いのほか大きな音を立てて倒れ込んでしまい、その男の仲間がこちらを睨みつけた。

「やろうっ!」

 そう口にするとこちらに向かって歩き出し、殴りかかってくる。


 俺は椅子に腰かけたまま、相手の殴りつける腕を片手で受け流し、三発の拳を俺の身体にかすらせもしない。

「なっ、なんだぁ⁉ このやろう!」

「それはこちらの台詞せりふだ、失せろ」

 少し凄むと、そいつは急に素面しらふになり、倒れた仲間を引きずって店の外へと出て行った。

 椅子に座っている相手に一発も当てられなかったのだ。それは酔いを醒ますほどに、圧倒的な実力差があると感じられたはずだ。

 いくら強面こわもての、腕っ節に自信のある男でも、力を込めた攻撃をあっさりと腕の力だけで受け流され、怒りよりも恐怖を感じ、冷静になれたのだ。


 喧嘩は店主の奮闘もあり、じきに収まりをみせ、店内は少し静かになった。


 まったく騒々しい連中だ。

 酔っ払いと喧嘩っ早い男とは、はた迷惑な──社会性を忘れた猿人間だな。

「お客さん、強いんですね」

 先ほどの女給仕が料理を載せた皿を手に、そう言いながらテーブルに皿を置く。

「まあな。一人で冒険をしていれば、こうなりもする」

 女は秋波を送るような目でこちらを見るが、俺は葡萄酒ワインをと言って、飲み物を持って来るよう告げた。

 料理を食べながら、賭け事をする人間の心をんだ詩を思い出す。



「成功を夢見て賭博をする愚か者

 金を握りしめ、いつでもそれを投げ捨てる

  心を血気に燃やしているが情熱はなく

   人生の成功を求めているが

    努力はいっさいする気がない


 放蕩ほうとう者の夢想には

  積み立てるものなどありはしない

   運よく勝ちが得られても

    また負けるために

     金を失いつづける


 やつが素面になるときは

  命の終わりがやってきたときだけ」



 シン国の詩人だったか? サナトゥア・デオ・コーゼルは。

 もぐもぐと口を動かしながら、そんな事をぼ──っと考えていると、口の中に広がる肉の脂と芋の味。あ、割と旨いな、などと思いつつ。細かく刻んだ肉や野菜を芋と混ぜ、固めて焼いた料理を食べる。



「ナイフとフォークで上品に

  手づかみなんて行儀が悪い


 品行方正を気取るけど

  人が見てなきゃ肉を鷲づかみ

   それがおまえの貴婦人だ」



 こんな詩もサナトゥアは書いていた。

 庶民も貴族も大して本性的に違いはない、といった詩が多かった。根っからの皮肉屋とも言える。

 上っ面だけ見せかけるけど、中身は野蛮で精神的に未熟な者に対する批判。これらは客観的な視点を養う魔術師には、初歩的な分析でもあるのだ。

 自分の姿を客観的に見て、自分のおこないを反省できない者は、魔術師にはなれない。

 そしてそれ以上に、人間として劣等なまま終わるとサナトゥアは警告しているのだ。自分のやっている事が、どんな意味を自身の精神に与えるか。それは魔術師にとっては元より、市民であっても同様に大切な事柄だ。


 自分の人生の取り組み方がゆがんでいるから、己の不幸を積み重ねるだけなのが、愚か者には分からない。分からないから修正のしようがない。

 それでそいつは同じ場所をぐるぐる回るのだ。

「野良犬だな」

 だから先ほどのように、貧民の子供にも出し抜かれる。

 なんの力もない孤児みなしごが、過酷な世界を生きるのにどうすべきかを考え、盗みをおこなうのだが──あの子供は、騒ぎになっている酒場を狙って、たくみに、効率的に盗みを働いてみせた。

 おそらく誰の目にもとまらずに盗みを成功した。その点では、暴力を振るうしか脳のない無能よりも狡猾で、さかしい奴だと言えるだろう。


 ああした子供を見ると、俺の故郷にも居た孤児を思い出す。

 親を亡くし、親に捨てられた子供たち。

 彼らは世界を生き抜いて、どういった大人になるだろう? それを考えない者が子供を捨てるのだ。

 他人にすべてを委ね、自分自身から逃げた者たち。

 そんな連中は犬にも劣る。

 自分の事ばかり考える連中とは、人間社会の不毛なちりだ。掃き捨てるしかない。

 奴らを救う理由も、その必要もない。

 社会的弱者(孤児)を救う理由はあるが、自己中心的なくずが害悪にしかならないのは、はっきりしている。


 魔術師とはどうあるべきか?

 その答えは一貫してある。

 己を知り、世界を知る事だ。

 己の心身を鍛え、整える。可能な限りの己の周囲にある事柄を、己の意にかなう状況に整える。

 そうした理解と技術を獲得し、世界を自在に操るのだ。

 欲に溺れ、感情に操られた酔っ払いの賭博師よりも、盗人の孤児の方が、魔術師としては上等な部類になる──可能性がある。




 子供の頃。俺はすでに世界が、社会という仕組みが、人間の心が──不公平を生むものだと気づいていた。

 そしてそれがある限り、人は家族であっても決定的に個であり、どこまでいっても独りなのだと理解したものだ。

 もしその考えで凝り固まっていれば、俺は今のように成長しなかっただろう。そして、やはり魔術師としても二流止まりの、冴えない、どこにでも居るような、ありきたりの魔術師となっていた。


 そうならなかった理由は、俺の義理の弟の存在があったからだと思う。

 短い間だったが、イスカという弟が居た事は、俺の人生に強烈な光と影をもたらした。

 素直で、俺を本当の兄のように慕ってくれた義弟。共に学び、遊び。俺に人を育て、それが己を成長させるという事を実感させてくれた存在。

 愚兄たちの意地悪にも堪え、将来への道筋を決定する。──そのいしずえとなった者。

 弟の死は、俺に──この不条理な世界で生きる事を決心させ、強い意志をもって成長を続ける事を決定づけた。


 彼の死は俺にとって、まったく無駄なものなどではなく、俺自身を構成する大きな要因となったのだ。

 義弟の死は、俺が冒険者として、魔術師として成長する為に欠く事ができない、人柱とも言える存在。

 彼は死んだのではなく、俺の中に取り込まれ、俺の意思の一部として生きていく、生き続けていく。


 俺が一番はじめに、この世で愛した存在はイスカであり、そしてそれを失った俺は、この世の理不尽に対し、決定的な決別をした。

 俺が憎む者は弟の命を奪った者ではなく、この世界の根底そのものだ。この世に渦巻く人間的な腐敗、そして世界のありようそのもの。


「カチャン」

 近くのテーブルで皿を片づける音がして、俺の思考は中断させられた。

 深く過去の思い出に集中していたみたいだ。

 目を閉じれば、未だにあの弟の姿を思い出す。

 そして、彼の幼い死に顔を。

 俺は義弟の死を悲しみ、彼を土の下に葬った時に悟ったのだ。

 この世界での、一つの真理を。


 力に善悪などない。

 それを振るう者のありように、善悪それが表れるのだと。

 神であれ魔神であれ、その力に()()()()()()()()

 それをどのように行使するか、それに尽きるのだ。


 俺はあの日、本気で愚兄を殺そうかとも思ったが、そうはしなかった。

 そうしていれば俺はどんなに上手く、その仕事を果たしたとしても、捕らえられ、その後の人生は厳しいものになっただろう。それを理解し、俺はぐっと堪えたのだ。

 感情的な復讐よりも、相手より肉体的にも精神的にも強くなり、技術と知性をもって、奸賊かんぞくを完全に葬り去る。

 そう考え、子供から大人になる時間を有意義に、成長の為の時間として使う事にしたのだ。


 腐りきった魂に必要なのは、この世からの放逐だ。腐った食材が元通りに戻る事がないように、腐った心魂が更正するなど、俺は期待していない。

 第一、更正したからなんだというのだ?

 それで傷つき、失われたものが元に戻るのか?

 奴らに必要なのは強力な制裁であり、それはこの世に存在させてはならない、という決定的な結論。

 少なくとも俺は、俺自身が社会的制裁とやらを免れる状況なら、俺の正義にのっとって、そうした連中を排除していくつもりでいる。

 それが悪いおこないだとしても、罪のない者が傷つくよりは、目に見える悪を駆逐していく方が、多少はましな世の中になると知っている。


 人の邪悪さとは、相手の気持ちを考えずに行動する、その動機ではっきりと分かる。自分になんの得もないのに、ただ感情のおもむくままに他人を傷つけ、おとしめる者。己の利益だけを考えて行動する者。──それのどこに人間的な存在理由があるというのか。


 愚か者は他人の足を引っ張る事しかしない。こうした虫にも劣る連中を、俺は腐るほど見てきた。


 愚か者とは他人を認められず、否定だけをし続ける。

 こうした連中が正道に戻った試しなど、俺の知る限り一度としてない。

 それは死導者グジャビベムト霊核に記憶されている、つまらない者たちの記憶を探っても明らかだった。

 適当に選んだ二十人の男女。

 その性魂の腐った者たちの末路は、たいていの場合、似通っていたのである。

次話は金曜日に投稿予定です。

次話は手紙を受け取り、新たな展開へと突き進む事になります。

魔神の探索はひとまず終わり、レギは過去のけがれを払拭する為に行動する事になります。

この章「故郷の蠹毒」では、レギが義弟をどのように想っていたか、それが誘因となって彼が極端な力と知を求める少年期を過ごしたか、その一端が語られるでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 抗える(戦える)力を欲するに至るレギの少年期、読むのに痛みを伴いそうで少々ビビっていますが、興味もあり・・・、複雑です。
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