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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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灼熱の城塞

 肉体は火山に向かって歩き続け、でこぼことした黒や灰色の岩石を踏み越えていた。

 無意識の方が、溶岩の下に隠れた危険に敏感だったようだ。

 一見、分厚い溶岩石のかたまりに見える場所でも、そのすぐ下には空洞があり、溶岩が流れている場所があるのだ。──無意識はそれらを避けて、着実に火山に近づきつつあった。

 火山に近づくほど足下からの熱を感じ始め、この辺り一帯の地下には、危険な溶岩の川が流れているのだと理解する。


 魔術領域での作業を終えた俺は、新たな魔法や魔術を獲得し、北から吹くぬるい風に背中を押され、火山へ向かう道なき道を歩んで行く。

 足下から伝わる熱が、まるで真夏を思わせる熱気をはらみ、水筒を手にすると水を飲みながら空を見上げる。


 青い空。


 白い雲。


 灰色の噴煙。


 黒い火山。


 なんという対照的な風景だろうか。

 上空に広がる世界と、地上に広がる世界。

 美しい青空と、不毛なる死の大地。

 後方を振り返ると、遠くの空には大きな鳥が翼を広げて飛んでいる。

 火山近くの空には、鳥すらも近寄らない。

 ここには生物が、命が、一欠片ひとかけらも存在しないからだ。

 このような場所を歩く者は、いったいなにを求めているのだろう?

「ここに、力があるからだ」

 自分ならそう答えるのだが。


 しかし、他の人間がこのような場所を歩いていたら、まず──人間とは思うまい。

 不死者か、人にあらざるものだと考えるだろう。

 それほどの不毛の地。

 一切の生命が拒絶されている場所。

 燃え上がる大地が炎と毒を吐き出す。荒寥こうりょうとした異界のよう。

 こんな場所が世界にあるとは、おそらく多くの者は知るよしもない。

 火山の噴火がもたらすもの。それは書物で知っていたが、目の前にそれが現れると──思っていた以上に心に、感情に訴えてくるものがある。




 山がうなりをあげ、火を噴き、飛礫つぶてと岩で我々の家を破壊し、真っ赤に燃え上がる川で、すべてを押し潰してしまう。

「ああ我々は、なんてちっぽけな存在なのだろう」

 そのように噴火を目の当たりにした市民が言ったという。

 圧倒的な破壊の力で大地を変形させ、森を飲み込む炎の濁流だくりゅう

 勢いよく流れる灼熱の川と、煙を上げながらゆっくりと進んでくる、黒い鎧を身に着けた赤い溶岩。

 それに触れた木々は薙ぎ倒されながら、火を吹いて燃え尽きるのだ。


 今でこそ噴火はしていないが、この島の火山から流れる溶岩は、地下を通り──海に流れ出ている。

 これほどまでの死を解き放つ自然の上で、人間は生活し、人間同士で争い合い、領土だなんだと戦争を始めるのだ。

 ちっぽけなものだ。

 噴火した火山を前につぶやいたという市民。

 あの本に架かれていた火山についての報告は、ウーラでの噴火についてのものだった。(ウーラの市民)は自分を守る事はできた。だが──この島トルーデンで起こった噴火は、相当に凄まじい災禍ををもたらしたのは明らかだった。


 島の大半を埋め尽くした溶岩。海に流れ出た溶岩が新たに島を大きくしたが、島の多くを埋め尽くす不毛の地となり、そこに住む多くの人々の命を奪ったのだ。

 あまりに広大な土地を、黒く塗り潰した溶岩。

 俺はその元凶となった山のふもとに近づくと、古びた短刀を手にし、幽世かくりよへの入り口を開く。


 空間に引かれた一筋の切れ目。

 それがゆっくりと開き、空間の中に別の土地への入り口が開かれた。

 空間はどちらの世界にも干渉できないよう、魔力の保護膜が張られたみたいになっていて、俺はその膜に手を差し入れると──向こうの空間にある危険な熱を感じ、慌てて手を引っ込める。

「おいおい、やばいだろ。これ」

 この向こう側──幽世という異界は、灼熱の世界だ。


 俺はここで立ち止まり、身体の周囲を「水質変化」魔法を元にして制作した、新たな魔法を使用する。

 水質変化の力自体がかなり高度で、微細な操作をともなうものであり──効果範囲や効力の増減など、細かに変化させる事が可能な自由度の高い魔法だ。

 そこで、身体の周囲を冷気の膜でおおうような専用の魔法を制作した。魔法障壁と水質変化の魔法を組み合わせるような魔法だが、より簡略化し、魔力の消費も少なくて済むように設計した魔法。


(それにしても「水質変化」の力は……魔法の形式を持ちながら、その性質のありようは魔術に近いものがあるな)

 魔神ツェルエルヴァールムから力を授けられた時、彼女の手に触れ、この力といくつかの魔法を与えられた。そこになにか──()()()()()()()()()()ようにも思える。


「まあいい。──幽世に踏み込むのなら火耐性魔法より、この魔法の方が安全だろう」

 試しにその魔法を使うと、身体の周囲を冷気の膜が覆い、かなりの時間を外気の熱から守ってくれる魔法になった。

 名前は『水冷被膜』とでも付けておいた。外気を遮断しゃだんする構造だが、強力な攻撃魔法などには耐えられない。攻撃に対しては、これとは別に魔法障壁を張る必要があるのだ。




 幽世の中は灼熱の大地。

 見回すまでもなく辺り一帯は燃え盛る炎と、光り輝く溶岩の饗宴きょうえん

 自分の踏み込んだ場所は岩棚の上。

 大きな円形型の平らな地面に降り立った。

 遠くに見えるだいだい色や朱色。顔を撫でる熱さに目を細めながら、遠くにある黄土色の壁や、塔を思わせる形の岩山を見る。

 それは建物に見えたが、そうではなく岩石が段々となって集まった、天然の岩山であるらしい。──少なくとも屋根や窓は見当たらない。


 異様な熱にくらくらしながら上空を見上げると、そこにはごうごうと燃えうごめく、炎の川が流れている。

 まるで数匹の巨大な蛇がのたうつごとくに、熱と煙りで白む空をうねうねと、炎の渦が横向きに流動していた。

 上空をいくつもの火炎旋風が渦を巻いている。

 横から熱波を孕んだ風が吹くと、目線を下に下げ、進むべき道の先をにらむ。


「くぅっ……! ここを降りて向こうへ行けというのか」

 円形の足場の先に、橋状に延びた岩棚があるのだ。

 向こう岸に行くにはこの場から下に降り、その橋を渡らなければならない。

「下に降りたら、向こうまで駆け出そう」

 岩棚を慎重に降りながら、欄干らんかんの無い橋の手前まで来た。

 下からときおり吹き上がる風が肌を焼きそうだ。

 もしこの橋みたいな通路から落下したら、溶岩の中に真っ逆さまだ。()()()()落ちる訳にはいかない。

 橋を駆け出したいところだが、横や下から吹く風もあり、しっかりとした足取りを意識しながら、早歩きで道の先にある大きな岩山に近づかなければならなかった。


 橋の上は強い横殴りの風が吹き、水冷被膜を通過するほどの熱風が肌を焼く。

 熱さを我慢し歩き進めているとその途中、岩山の手前には、門らしき弧形アーチ型の岩があった。それは人工物であるようで、装飾が施されており、文字らしき物も刻まれている。

(なんて書いてあるんだ? 読めん……)

 弧形門の前に立って上を見上げていると、右側の方で火柱が上がった。十数メートル下にある光り輝く火の海から、巨大な炎の柱が噴き上がったのだ。


「うぁッ! つつツッ」

 身体を押すような熱波が吹きつけ、俺は慌てて前方に駆け出し、門の下をくぐって岩山の手前に駆け寄る。そこには階段が掘ってあった。──ただその階段は、幅や高さがかなり大きく、()()()()()()()()()()()に作られた物だと思われた。

 ここは魔法で体を保護していなければ数分と居られない。

 この幽世には生物は住んでいないだろう。この環境下で生きられる生物などあり得ない事だ。

 魔物や魔獣でなければ、好んでこの場に留まる奴は居ない。


 橋を進んだ先にある階段の下は壁に囲まれた形になっているので、熱波が吹きつける事はなさそうだ。

 今は先を急ぐ事にする。

 一段一段を大きく足を上げて上り、上の広間に辿り着くと、周囲を見回しつつほっと一息つく。

 そこは大きな黄土色の地面が広がり、壁も階段も削って作られているようだ。


「さすがにこれは造られた物だろう」

 正面の高い壁は直角に切り立つ壁。

 その上部に向かって階段も形作られ、壁の横を上に向かっていき、直角に曲がる壁の向こうに消えて行く階段。

 ただ欄干もないので、上るには注意が必要だ。

 階段を上がりつつ曲がり角に立つと、少し緊張する。

 目の前に広がるのは炎の海。

 そしてこの陸地と同じく黄土色の地面が、視界の先にも見える。


「灼熱地獄か、ここは」

 溶岩から燃え盛る炎の渦が巻き上がり、ごうごうと遠くから音が聞こえてくる。──冗談ではない。あんなものが近づいてきたら、火耐性魔法など大して役には立たないだろう。

 階段を上がりながら、その視線の先に光る物を見つけた。

「なんだ、あれは……」

 階段を上り、次の階層から火の海を見下ろしていると、火の海から突き出ている──巨大な水晶の柱を見つけた。

 それは周囲の明かりを溶け込ませ、ゆらゆらとだいだい色に濡れている。


 噴き上がる炎の色に染まる水晶。

 その中になにかが見えた。

「あれは──天使⁉」

 それは白い翼を生やした、大きな姿。

 銀色に近い色の鎧と、腕甲や籠手が見えている。

 しかし頭部はなく──また、片側の肩や腕も消失しているが、それは下半身もついた人型の天使だった。


「しかし──ずいぶん大きいな」

 遠くにあるのではっきりとは分からないが、四メートル近くあるのではないだろうか。

 巨大な翼は引き裂かれ、水晶の中に封じられているのだった。

「アウスバージスが封じた天使という事か?」

 その階層から周囲を見回すと、他にもいくつかの水晶柱が火の海に立っているのが見えた。

 それらすべてに天使が封印されているかは見えないが、この幽世の支配者は──相当な権能を有する魔神ではないかと思われる。


 この層から上がる次の階段を探していると、広間の向こうに、なにやらごちゃごちゃっとした物が放置されていて、その手前に壁の間を一直線に掘り進むようにして作られた、幅の広い階段があるのを発見した。


 広間の中央にある階段に向かいながら、広間の奥にある物はなんなのかと近寄ってみると、それは──魔物の骨のような物だった。見ればこの辺りにはごろごろと、骨やうろこや皮みたいな物が積み重なるように置かれている。

 遺体置き場──いや、ゴミ捨て場だと言える惨状だ。

 大きな人型の骸骨、それは闘鬼を思い出させたが、頭骨は鋭い牙と角を生やした、黒っぽい色をした死骸。


「魔物、もしくは魔神の眷属けんぞくか?」

 放置された死骸を無視し、階段を上がり始める。

 左右の高い壁の間をくり抜いて作られた階段は、一直線に、ずっと奥まで延びている。どこまでも高く続く階段。一段一段が高く、歩きづらい階段を上りながら、しだいに奥から漂ってくる異質な力を感じ始めた。

(この先には──魔物や魔神が居るようだ)

 下手をすると、先ほどの死骸のように大きな魔物が現れ、戦闘になるかもしれない。緊張は常に持っているが、この階段の先にあるものを思うと、恐怖が内側から込み上げてくる。


 階段の途中に、左右の空地に繋がる場所に出たが、なにもなさそうなので先を急ぐ。

 奇襲にも注意を払いつつ、切り立った岩壁に挟まれた階段を進み、階段の先に広がる広間らしい場所に向けて魔力探知を掛けると、そこには二つの大きな反応が現れた。

 魔力の影が赤紫色に強く揺らいでいる。

 二つの影は、大きな──三メートルから四メートルくらいある身長を持った人型で、片方は細身の身体。

 もう片方はずんぐりとした、大柄な獣じみた体格で、どちらも形は違うが、犬に似た頭部を持っているらしい。


(話の通じる相手だといいのだが)


 階段を上りきると、そこには広い空間があり、ずっと先にはさらに上へと階段が続いていて、なにやら柱が立っているのが見えた。

 そしてその階段の手前には、二体の強力な魔物──いや、魔神の眷属が待ち構えていたのである。

いよいよ魔神の領域へ!

火の力を司る魔神アウスバージスはどんな魔神か?


次話は日曜日に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様おはようございます。 此処迄訪ねて来たレギに驚くのか、その労を労うのか、それとも呆れるのか?、問答無用で排除に動く魔神じゃないと良いのですけれどもね。
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