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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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救援と死導者

 石畳に広がる青い炎から、次々に武装した兵士が現れる。

 銀色に輝く鉄の武器や鎧兜を身に着けた、青白い肌を持つ()()()()。──死導者グジャビベムトの呼び出した五十体近い幽鬼は、肉の無い骸骨の姿をしているのに対して、新たに現れた軍勢は皆、筋肉や皮膚を有していた。


『なんだっ……こいつらは!』

 狼狽うろたえる死導者。

 その時、どこからか声が響いてきた。

『愚かな愚かな、小さき死の導き手よ。その男に手を出すなどと──いったい()()()()()()()、そんな暴挙をおこなうというのか』

 幽鬼の領域に響き渡るその声は、まるで空を駆け巡る雷霆らいていのよう。

 だがその声は──冥界神の娘、グラーシャのものだ。


『レギの魂は私たちが予約済み。私たち以外の何者にも渡さない。──死のことわりは断罪の刃。英霊たちよ、私たちの敵を討ち滅ぼせ』

 冷たい宣告が響き渡ると、武装した戦士たちが動き出す。

 幻像の街中で、いきなり合戦かっせんが始まった。

 ときの声も、怒号もない──静かな戦い。

 死者同士の感情のない戦いが始まった。


 グラーシャの呼び出した戦士は全部で十二体だったが、そのどれもが恐ろしく手強かった。

 剣や槍や斧槍ハルバード。それぞれが得意とする武器を手に、骸骨の兵士に斬りかかると、乾いた音を立てて敵を次々に打ち砕く。

 容赦のない一方的な殺戮さつりく

 技量がまるで違うのだ。

 農民あがりの民兵と、訓練された兵士の戦いとは、きっとこのような感じなのだろう。そんな風に思いながら、目の前で展開する制圧を見守る。


 俺が呼び出した二体の戦士は、俺のそばを動かない。

 しだいに追い詰められる死導者は、二十にまで減らされた軍勢の後方で、なにを思いながら浮遊しているのだろうか。

(まるで風前の灯火というやつだな)

 しかし、このままグラーシャの兵隊に任せる訳にはいかない。

 何故なら死導者との戦いは、恐るべき危機であると同時に──新たな、強大な力を得る機会でもあるのだから。

 俺は二体の幽鬼を従え、ゆっくりと前に進み出す。


 次々に敵を倒してゆく英霊が切り開いた、戦場の道を悠々と歩む。

 前方で戦っているグラーシャの戦士は互いの位置を変えながら、残りの敵を倒しては横に移動し、戦列を離れる。

 敵を排除すると下がっていく戦士。

 俺は道の先に浮遊している死の使いの前に、一度も戦わずに立つ事になった。

 グラーシャが送り込んできた戦士たちは、俺と死導者の両脇に立ち並び、戦いを観戦するつもりらしい。


『ぬぅうぅぅ……』

 英霊たちと戦おうと身構えていたが、死の使いは無視される格好となった。

「どうやら冥界神の娘は、俺とお前との一騎打ちを望んでいるようだな」

 俺も二体の幽鬼戦士を後方に下げ、見守るよう指示を出す。

『この我を倒そうと言うのか? 定命の……人間風情が!』

「はははっ、すでに知っているだろう。俺はあんたの同胞を倒し、その力を取り込んでいるという事を」

 そう言い放つと奴の身体から黒い炎に似た光が、メラメラと燃え上がって見えた。


『死の力を簒奪さんだつなど、人間には過ぎた振る舞いよ! ここで滅び、身の程を知るがいい!』

 死導者はそう吠えると、足下から青黒い炎を噴き上げ、青いほのおを燃え上がらせる骨の馬にまたがり、巨大な剣のごとき槍を手にして駆け出す。

 馬のひづめの音ではない、異様な重い音を「ぐわん、ぐわん」と響かせながら突進してきた。


「名もなき死の使いに身の程をさとされるなど笑止! 神殺しをも怖れぬ俺が、死の奴隷に過ぎぬ者に敗れる道理などない‼」

 こちらも力の限り咆哮ほうこうし、身体から魔神の力を解放する。握りしめた魔剣に魔神の魔力を集中させる。

 俺の霊体を通じて上位存在の持っていた力が剣に流れ込む。──赤や青に輝く光が魔剣をおおい、絡み合って紫色にも変化し、怪しく発光する光の刃となった。


『ほざけえぇッ!』

 激昂した死導者が大槍を振り上げて突きの構えを取り、馬の横っ腹を蹴った。

 青い焔を口や鼻の穴から噴き出した骨の馬が、数メートル先から飛びかかってくる。

「ハァアアアアアッ!」

 身体から腕へ、腕から剣へと流れ込む力。

 魔剣を頭上に振り上げた俺は、一直線に向かって来る死導者に、それを振り下ろす。


 業魔斬よりも激しく強力な爆発力が、振り下ろされた剣の先から放たれる。──それは勇者のシューバールト少年がやって見せた、神気を纏った攻撃。あれの()()()だ。

 赤、青、紫。それらの輝きが弾き出される破壊の渦。

 斬撃と衝撃が死導者と亡霊の馬を打ち砕く。

 通りに敷かれた石畳をも木っ微塵みじんに打ち砕き、街道に凄まじい破壊の跡を刻みつける。


『ぐゥぎャぁあァぁぁアァッ‼』

 光の爆発──渦巻く破壊の嵐の中で、死の使いの悲鳴が木霊こだました。

 道はえぐれ、光の乱舞が消え去った空間に、小さな黒い渦だけが浮いていた。──それは死導者の霊質。幽鬼の領域を形作る根源の力。




『おみごと、レギ』

 さすがねと言う、グラーシャの声が辺りに響く。

『さあ、死導者の霊核を同調させなさい』

 黒い渦がゆっくりと、えぐれた地面に落下してゆく。

 俺はその渦に近づくと、てのひらでそれを受け止めた。──渦が俺の手に触れると、ぐるぐると回転し、その中から青黒い結晶が現れた。

 ひんやりと冷たい感覚のする結晶を取り込むと、死導者の霊核に融合する。

 俺の霊体の中で──それらは一つとなり、より強力で、底の深い霊的な死の領域の力を我がものとした。

 死をつかさどる力の奥義へと、また一歩近づいたのだ。




 気づけば周囲に居たグラーシャの戦士たちが消えていた。

 まるで亡霊だ。

 えぐれた地面から出て石畳を踏むと、そこで待っていた幽鬼の戦士が黙ってこちらを見ている。

「ああ、すまなかったな。呼び出しておいてなんだが、あんたらの活躍は次の機会になりそうだ」

 手を軽く振って彼らに下がるよう指示すると、その場に膝を折って礼をし、影の中へと消え去った。


 周囲の街並みが揺らぎ始めた。どうやらこの幽鬼の領域も消滅するようだ。

『しばらく見ないうちに、また強くなったようね』

 グラーシャの楽しげな声が、どこからともなく聞こえてくる。

「また助けられたな。ありがとう」

 なんとなく上空に向かって声をかけた。

 崩壊する暗い空の色。

 建物も次々にその形を崩していく。


『それにしても、海を越えた場所でも死の使いに襲われるなんて。……相変わらず、死に愛されているようね』

「おいおい、それは勘弁してほしいな」

 俺が心底いやそうな声を上げるとグラーシャは、さもおかしそうにクスクスと笑い声で応える。

『大丈夫。幽鬼の領域に近ければ、私やラポラースが手助けしてあげるから』

 彼女の声が遠くなる。

『それでは、また──ネ』




 俺を中心に世界が閉じ。また広がっていったみたいな奇妙な感じがして、俺は現世に戻された。

 溶岩の流れが固まった不毛の大地。

 この溶岩の下には、先ほど見たような街があったのだろう。

 先の死導者は、この島を中心に活動している死の使いだったのだと思われた。


 新たに手に入れた死導者の霊核。

 おもしろいのは、奴がおこなっていた──自らの霊魂を分離させて、別の個体として操っていた事だ。

 言葉遣いや行動など、まるで別人格のようであったが、あれはまったく同じ個体なのだ。上位存在の独自性(個我)──それは人間の自我存在のり方とは違い、表層部分と本質的な部分との境界が曖昧あいまいなのではなく、それらは「異なる同体」とでも言うべき、別人格という同じ存在なのだろう。


 女性でもあり、男性でもある神。

 死であり生である存在。

 不滅の魂魄を有する存在には、動物的な性質を持った自我(獣性)といったものは不要なのだ。

 それは自己であると同時に他者でもある。目にするものは自らの一部であり、すべてを包含ほうがんした世界の一部となる。それが上位存在としての意識なのではないだろうか。

 その認識や存在の有りようは、人間のように矮小わいしょうな、()()()()()()()()()()ではあり得ない。

 意識と無意識の領域──その両側面を統一させた、揺るぎのない完全なる自立した意識。

 すべてを制御し支配する個我。

 それは自己であると同時に、世界そのものだ。

 水面に映った月が、世界の表であろうと裏であろうと、月であろうと水面に映る残像であろうと、(上位世界の理では)そのどちらも本質的に同じなのだ。月があるのに水面に月が映らない事がないように、それらは同質なのである。


 上位なる存在の光体アウゴエイデス魂魄こんぱくといったものが、その本質をどこまで体現するかは知らないが、それはら限りなく不滅であり、消滅したと見えても、水面に映る残月のように、どこかにあらわれる。

 月が消滅しても、水面に映っていた月の残像から──月が復元されるかのように。

 神々の存在とは、そうした特異な有り様で成り立つものなのだ。

 おそらくたったいま倒した死導者も、個体としての記憶は無くしても、どこかで復元されるのではないだろうか。

 それは死が絶え間なく続くのと同じで、根源的な死の力が在り続ける限り、永劫不滅の存在となる。

 強大な死の力だが、それは実体のない──幻像にも似た、世の理から外れた力。

「上位存在とは、限定的な活動力エネルギーそのものなのかもな」


 ある器に入った水。

 それがこぼれ出ても、再び器には水が満ちる。

 それ以上には増えず──また、無くなる事もない永遠の水。

 それこそ上位存在の有り様。

 俺が手に入れたのは水の部分だ。


「上位存在の秘密が、徐々に分かってきたぞ」

 ゆらゆらと後方から近づくものを感じながら、新たに得た死導者の霊核──その力を、自身の力の一部として組み込む。

 近づいて来た火と岩石のかたまり

「『死霊の氷荊』」

 腕を突き出し、霊核から力を解き放つ。

 大地に影が這い、その影から氷のいばらが何本も突き出して、攻撃しようと身構えた火魔精霊を捉えた。

 突き刺さる荊が絡まり、刺し貫かれ、火魔精霊はその場に崩れ落ちる。


「魔法の有効射程もかなり伸びたな」

 精霊の倒れた場所を調べたが、精霊石もなさそうなので、南にある火山に向かって移動を再開する。

 ゴツゴツとした溶岩石の足場が積み重なり、まるで壁みたいになった所や、柱状の噴出口だった場所を通り過ぎ、山のふもとへと向かう。

 噴出口からは白い煙りが出ていたり、ゴボゴボと音を立てて熱湯を吐き出している所もある。

 硫黄臭い場所だが、毒になるような瓦斯ガスは感じられない。


 どういう訳か火山の周辺に近づくと、火魔精霊の姿はまったく見えなくなった。──火の力を持っているくせに、火山を怖れているのだろうか?

「魔神の力を怖れているのかもな」

 火山の上部に向かって「闇の五柱の王」の魔力を指し示す反応が、煙のように漏れ出ているのが見える。それは実際に魔力があふれ出ているのではない、あくまで視覚的に捉えている情報に過ぎないようだ。


「まだまだ距離があるな……」

 火山の麓に向かいながら魔術の門を開いて、死導者の霊核を分析し、新たな力の獲得と制御に意識を向ける事にしたのだった。

ここで一区切りとしてもいいのですが、同じく火山島での話が続くので、同じ章として扱う事としました。

次話は金曜日、その次は日曜日に投稿予定です。

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[一言] 今話も楽しく読ませて頂きました。
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