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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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幻影の街。幽鬼の領域での邂逅

 魔精火竜を討伐した俺は、奴の体内からあふれ出した、燃え上がる燃料を避けながら──残っている物を探し求めた。

 せっかく希少な存在を倒したのだ。角やうろこや皮、牙や爪などを回収し、影の倉庫にしまい込む。

 大きな角は途中で折れた物が一本だけ残されていた。

「精霊石みたいなのはないのか」

 燃え盛る溶岩地帯を探したが、先ほどの爆発で木っ端みじんになってしまったのかもしれない。

 惜しいが仕方がない。


 火口に向かって慎重に近づいて行く。

「また今みたいなのが出てきたらかなわんな」

 鼻の曲がる刺激臭がする場所から離れ、火口の穴を覗き込む。

 木精霊から預かった水晶玉を火口に投げ入れた。

 じゅうっと音を立てて、溶岩の中に沈んでいく水晶玉。

「……これでいいのか? まあすぐに気脈が修復される事はないと言っていたが」

 暑いその場を離れ、南にある黒い火山へ向かって斜面を上る。

 軟らかい火山灰が堆積たいせきした地面は、歩きにくい事この上ない。

 足をかけたところが崩れたりするので──基本、四つん這いになって斜面を上がって行った。


「やれやれ、やれやれだ」

 誰も足を踏み入れない未踏の地だ。歩きやすいはずはないが、いくらなんでも過酷すぎる。

 硫黄の臭いが立ち込める中を、懸命けんめいに踏ん張って駆け上がる。

 火口から上がった先で、斜面の下に居る火魔精霊と目が合った。──相手には目と呼べる物は見当たらないが。


 またしても戦闘になった。

 今度の奴は火球を投げつけてきて、放物線を描いたそれが地面にぶつかると、大きな爆発を起こす。

 こっちは一気に坂を駆け下りながら、体重を乗せた魔剣で縦に斬り裂いた。乾いた岩石の兜ごと真っ二つにして、残された精霊石を頂戴していく。


 火山の方を見ると、小さな火口と同じで、溶岩は地面の下を流れている。噴煙は上がっているが、流れている溶岩は見当たらない。

 まだ中央火山に辿り着くには距離がある。

 見える範囲に火魔精霊の姿はない。のんびり行くとしよう。そんな風に考えながら、この荒寥こうりょうとした岩石ばかりの土地を歩む。

 草木も生えぬ──固く、他を寄せつけない不毛の地。

 いくつかの荒れ野や乾いた土地を歩いてきたが、ここまで一切の生命が宿らぬ場所は初めてだ。


「まさに死の大地だな」

 島の大半を埋め尽くす黒い溶岩の大地。

 でこぼこと沸き立ち流れた溶岩の跡。

 しばらく歩いていると、遠くに()()()()()()()()()

蜃気楼しんきろうか……? こんな火山の土地でも見えるものなのか」

 ゆらゆらとした陽炎かげろうがだんだんと近づいてくる。


「────‼ こいつは……蜃気楼なんかじゃないぞ──!」

 気づいた時には周囲の様子が変わっていく。それと同時に、俺にはなにかに引きずり込まれるのを感じた。

()()()だと⁉ こんな場所でっ……‼)

 暗闇が押し寄せてきて、俺は顔を腕でおおった。

 手には魔剣を持ったまま、気づけば()()()()()()()()()()()()のである。




「おいおい、なんだぁ……あれは」

 建物の建ち並ぶ通りの向こうに山があり、それが火を噴き上げていた。──しかしその火は、まるで絵画のように止まっており、周囲に居る人々も、まったく動く様子がない。

「この連中は──トゥーレント国の市民か?」

 小綺麗な格好の小間使いや主婦らしき人々が、山の方を見ている。

 生命探知を掛けても、彼らからは生命の反応はないと確認できた。──当然だろう。ここにあるのは過去の記憶。見えているものは幻像に過ぎないのだ。

 街の様子は空の赤黒い色と同じでどんよりと曇り、黒い山の上に噴き上がる炎だけが、鮮やかなだいだい色や朱色に光を放っている。

 その風景を見ていると、胸の奥がざわつくのを感じた。


「ここは──幽鬼の領域か」

 死導者グジャビベムトの霊核が反応し、危機を訴えている。

 どこかから──がちゃがちゃ、ごとごと、ぱっかぱっか、そんな音が聞こえてきた。

「くっそ……また死霊どもと戦わされるんじゃないだろうな」

 死導者の霊核にあった、死者を呼び寄せる呪いのような力は外したはずなのに……

 音はだんだんと近づいて来ている。この音は──馬車か?


 通りの先にある十字路から、馬車が強引に曲がってきた。まるで暴走しているような勢いで、曲がり角をこちらに向かって曲がると、その勢いのまま、通りに立っている人をきながら、こちらに突進して来る。

 しかもその馬車を引いている馬二頭は、骨だけの馬だった。

 骸骨馬を操っている御者もまた骸骨らしく、むちを奮いながらこちらに突っ込んで来るではないか。


「そっちがその気なら、容赦はしない」

 俺は手を上げると、馬車の前に向かって手を突き出す。

「『巨人の腕』!」

 ずどん、石畳から突き出た巨大な腕が、骸骨馬に振り下ろされる。

「ぐわしゃぁっ」

 派手な音を響かせて、馬車もろとも打ち砕かれる二頭の馬の骨。

 御者はひらりと宙に舞い、巨人の腕を飛び越えて──俺の前、七メートルほど先に着地した。


『おや』

 ()()()()御者服を着込んだ骸骨が、頭の中に響く声で言う。

『これはこれは、お客様でしたか。目的地はどちらまで?』

 そう言いながら、頭に乗せたつばの大きな赤い帽子を押さえ、うやうやしく一礼をする骸骨御者。

 品の良い緑色の燕尾服えんびふくを着ており、首には赤い装飾布スカーフを巻いている。茶色のズボンに黒い革靴。手には白い手袋を付けていた。

「にぎやかしなら余所よそでやれ」

 俺はそう言うと、魔剣を軽く振り下ろす。


 目の前に居るのはただの不死者ではない、こいつは死導者だ。

『これはこれは、私はあなたの御者。あなたをお連れしたいのですよ』

「ほう、どこへ連れて行くと言うのだ?」

『もちろん、冥府でございます』

 骸骨は軽く会釈したと思ったら、一瞬で間合いを詰めてきた。瞬間移動だ──この幽鬼の領域では、奴の方が自由自在に力を奮えるのだろう。

 奴は手にした刺突剣レイピアを打ち込んできた。

 凄まじい速さ。

 軽やかな足運び。


(できるッ……!)


 鋭い三段突きを受け流しながら、前に踏み出してきた足を狙って蹴りを入れたが、あっさりとかわされた。

 くるりと剣を回転させ、蹴りを打ってきた足を斬り裂こうとする骸骨()()

 それを躱しながら、魔剣を大きく薙ぎ払って反撃する。

 すると後ろに流れるような動きで躱し、間合いを取る骸骨。


『おお、こわい』

「死導者が、こんな人もろくに住んでいない場所に、なんの用だ」

 すると洒落者しゃれものの御者は声もなく笑い、冷たい声を響かせた。

『なに、あなたが邪魔なだけですよ』

 今度は身体を左右に振りながら──いや、左右に瞬間移動しながら迫って来る。

「ガキンッ、キィィィインッ、カシィンッッ」

 斜めからの振り下ろし、鋭い連続突き、薙ぎ払い──そのどれも、神速と言っていい速さで襲いかかってくる。後ろに下がりながら、その攻撃の一つ一つを剣で受け流し、身体にはかすらせもしない。


 聴死の力を限界まで使用し、なんとか攻撃をしのいでいるというのが実情だ。

『やりますねぇ』

 表情のない髑髏どくろに、にやけた口元が見えた気がした。

 俺はそれに対していらつかず、逆にこう考えた。

(骸骨野郎は内臓がない訳だよな? という事は、こいつらは疲れ知らずで、呼吸も乱さない。無限の労働力になるな)

 そう考えて俺は鼻で笑ってしまう。

 洒落者はその反応が気に入らなかった様子で、刺突剣の刃を指で挟むと、刃を指でなぞり、赤黒い光を放つ武器に変化させた。


『いいでしょう。あなたを私の部下にして差し上げます。仲間の力を簒奪さんだつした者をどう始末するか考えていましたが、気が変わりました』

 死導者は丁寧な物言いをしたが、頭に響く口調は正直で、はっきりと苛ついているのが丸わかりだった。

「へえ、そうかい。だがお断りするぜ。御者の小間使いなんて、野暮やぼったくてやってられねえよ」

 俺の挑発に乗って、骸骨御者が突進してきた。

 一瞬で間合いに入り込む死の使い。

 だがこちらはその横に鋭い動きで回り込む。

 きっと奴は驚愕の表情をしていただろう。


 一閃。


 横を駆け抜けながら薙ぎ払う一撃。

 燕尾服を引き裂き、腰骨を叩き斬る重い斬撃。


『ばっ、……バカなァっ!』

 そのまま石畳に落下する上半身。

 下半身はその場に膝を折って、前のめりに倒れ込む。

 くるりと振り向いた俺は大きく踏み込みながら、背中から魔剣を突き下ろし、上半身が落ちきる前に、奴の核を刺し貫いた。


『うごおぉォオぁあぁああァアっ‼』

 銀青色の火を噴き上げる骸骨。

 魔剣を通じて死導者の力が流れ込んでくる。

 死導者の魂は不死者とは違う所為せいか、魔剣に取り込む事はできない(魔力は吸収したが)。──だが、俺の中にある死導者の霊核には、新たな死導者の力を取り込む事ができた。──────しかし。


「……妙だ」

 死導者の力にしては弱い、弱すぎる。

 取り込んだ力は最初に出会った死導者の、数分の一しか無い。

(これは──どうやら、まだ終わってはいないようだな)

 周囲の街並みを見ても、異界化が解けない。

 まだ死導者の力が、根源が、この異空間を維持している証拠だ。

 俺がたったいま戦ったのは、死導者の一部だったのだ。幻像ではなく、間違いなく死導者の力には違いなかったが、まだ奴の根源が存在している。


「どうした、死の使いよ。これで終わりではないだろう。それとも人間を怖れて、陰でこそこそと陰謀でも企てるつもりか」

 俺は大声で呼びかける。

 暗い色に沈んだ街に木霊こだまする声。

 周囲に立っていた市民の幻像が影の中に沈み込んで消え去ると、どこからか声が響いてきた。


『自惚れるなよ、定命じょうみょうの者が! よくも我が力の一部を……! ゆるせぬ!』

 通りの先に影が広がり、その中から黒い極光気オーラまとう骸骨が出現した。

 洒落者の出で立ちではなく、法官が身に着けるような、極上の生地を使った法衣ローブを纏った姿。

 青と赤色に光る目を持ち、頭には銀冠を載せていた。

 口調も先ほどの気取った若者のような言葉遣いではなく、傲慢な支配者そのものといった感じだ。

 そいつは黒い炎を纏うみたいに宙に浮きながら、ゆらゆらと長い腕を広げ、石畳の上に影を広げる。


 影の中から武装した骸骨の兵隊が現れた。

 次々に現れた兵士は五十体は居る。

(大盤振る舞いだな)

 内心、焦りを感じながらも──こちらもここ、幽鬼の領域に強い存在を召喚する。

「冥府のことわり、盟約に従え。我が腹心、我が守護者。幽鬼のつわものどもよ」

 俺の前に黒い水溜まりのような漆黒の影が二つ広がり、その中から全身鎧を着た大柄な戦士と。目隠しを付け、腕や足に黒い包帯を巻いた、奇怪な女戦士が姿を現す。


『なんだと……⁉』

 大剣を構える金属鎧を着た戦士と、短剣と短刀を抜いた異形の女戦士。

 黒い炎を纏う死導者がゲラゲラと笑い声を上げる。

『馬鹿め! この死の使いに対し、幽鬼の兵士を呼び出すなどと……愚か者が!』

 奴はそう言って手をかざすと、俺が呼び出した幽鬼の足下から鈍い光を放つ鎖を出現させ、二体の戦士をがんじがらめにする。

『さあ、我が声に従え。そしてその人間を殺すのだ!』

 ────ところが二体の戦士は、その鎖を簡単に引きちぎり、五十体近い敵を睨みつける。


『……何故だ? 何故、我が声に従わぬ』

「はっ、それはな、この者たちが冥府の理の下に、俺と盟約を結んでいるからだ。例え死導者であっても、その盟約を変更する事はできない」

 そう言い放つと、奴は黒い炎を噴き上げて、怒りの言葉を発する。

『おのれ! 死を統べる冥界神の巫女として招かれながら、なんという不埒ふらちな者らよ!』

 怒り狂う死導者と幽鬼の軍勢。


 さらに俺の前に青い炎がめらめらと広がり始めた。──それは、幽鬼の領域に侵蝕しんしょくする、強大な力の前触れだった。

二度目の死導者との遭遇。

いったい幽鬼の領域でなにが起こるのか?

次話もよろしくです。

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[一言] 次話も楽しみにお待ちしています。
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