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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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火を司る精霊たちの魔物化

 俺は森の端まで来ると、黒い岩ばかりの不毛の地を見ながら、そこで昼食を取った。昼食と言っても簡素な、香草ハーブと薬草入りのパン。それと腸詰め(ソーセージ)のみ。

 疲労回復の薬も飲み、栄養を補給しておく。

 くそ不味くても体にはいいのだ、飲まない理由はない。

 水筒から水を飲んでいると、視界の隅でなにかが見えた。


 黒いかたまりと明るいオレンジ色が動いている。──火魔精霊だ。

 そいつは黒い溶岩石の岩場を歩き回り、うろうろ、うろうろと、岩場の間を行ったり来たりしているだけだった。

 大きな溶岩石の塊や、噴出口だった溶岩が固まってできた、溶岩石柱の陰に入って見えなくなる。


(一体だけなら倒せるか?)


 幸い精霊の許可も下りているし、魔精霊となったものだ。倒しても構わないだろう。元は精霊なので、倒せば貴重な精霊石が入手できる可能性もある。──危険だが挑戦してもいい。

 岩場を歩くので、革の手袋をめておく。──岩石で手を傷つけたくない。


「よし、やるか」

 腰かけていた木の根の間に置いた背嚢はいのうを影の倉庫に取り込み、身軽なまま溶岩地帯に足を踏み入れる。

 魔法で強化すると同時に魔法障壁も張る。火炎耐性魔法も使って、火の攻撃に備えてから先に進む。

 ゴツゴツとした溶岩石の塊がゴロゴロしていて歩きにくい。少し低くなっている所は溶岩流が流れ、固まったらしい跡がはっきりと残されていた。


 緩やかな斜面の先に見える、小高い山となった場所。そこから煙りが立ち上っている──火口の一つだろう。その先にも大きな山が見えており、その辺りから魔神の魔力の反応──魔眼に組み込まれた探知能力で、五柱の王から放出される魔力の波動(?)を視認──が見えている。

「小さな火口に精霊から渡された水晶玉を投げ入れ、その先あたりから幽世かくりよに侵入しよう」

 そう予定を立てて、溶岩流の上を歩く。

 積み重なって冷え固まったのだろう。高い場所にも溶岩流の跡が残され、溶岩石が崩れ落ちている場所なども各所にあった。


(これは──戦いの跡か?)


 溶岩石柱が崩れたらしい物があったが、なにかが激突して折れたみたいになっている。火魔精霊どうしで戦う事もあるのかもしれない。

 歩いていると、また火魔精霊がうろうろしているのが見えた。先ほどよりも近づいているが、こちらを認識してはいない様子で、また黒い岩陰に移動して見えなくなる。

 火口に向かって黒い大地を進みながら、へこんだ溶岩流の上を歩こうと足を乗せると、黒い溶岩の一部が崩れ落ちた!


「あぶっ……!」

 固い溶岩石に手を突いて前に進もうとする。

「あっちぃ!」

 穴のあいた場所を覗き込むと、ゆっくりと流れている光り輝く川。ごうごうと熱風が噴き上がり、あまりの熱さに後退する。

「足が焦げるところだった」

 靴は焦げていないが、下手をすると火が付いてしまったかもしれない。それくらいの熱気が穴から噴き上がるのだ。


 南側の火口に向かって、冷たい風が吹いていたから気づきにくかったが、この辺り一帯の気温は、実はかなり暖かいのだろう。

「なるべく高い場所を歩くべきか」

 くぼんだ場所を慎重に歩いて、溶岩石の密集する場所を踏み越えながら、先にある小高い溶岩石の上へ上る。

 一瞬だった。

 危険を感じた瞬間に前へ転がり、小さな溶岩石がゴロゴロしている場所を転がり落ちた。

「ガチャガチャガチャッ」

 手で岩石を掴み、身体を横向きに滑らせて傾斜の途中で体勢を立て直す。

 ゴツゴツした岩石がぶつかって痛い。


 俺が立っていた場所から、真っ赤な炎が噴き上がった。

 視線の先、二十メートルほど離れた場所に、黒とだいだい色の身体を持つ火魔精霊が、手をこちらに向けているのが見えた。

 続いて攻撃するつもりなのだ。

 俺は立ち上がると魔剣を抜き、周囲に他の敵が居ないのを確認しながら、敵に向かって一気に突っ込んで行く。


 またしても俺が居た場所から炎が噴き上がった。──すぐ後ろだ。

(あぶねっ)

 この辺り一帯の火の力に干渉し、火柱を噴き上げているのか。

 溶岩石や大きな岩石が転がる黒い大地を駆け抜ける。

 離れた位置から炎の矢を五発撃ち出してきたのが見えた。──と同時に、火魔精霊の斜め後ろから、もう一体の火魔精霊が近づいて来ているのを知った。


 十メートルくらいに近づくと精霊の身体が、真っ黒な岩石を鎧として身に着けた、炎の戦士に見えた。──実際は大型の猿か、人間よりも一回り大きな人形みたいなものだろう。橙色に燃え盛る炎の表面に、黒い溶岩石を装甲みたいに着けている。

 火炎の矢を反射魔法で弾き、遠くから迫って来ている火魔精霊の方向へと弾き返す。足止めを目的とした対応だ。次の攻撃を放たれる前に、一気に敵のふところへ迫り、岩石で守られていない火の部分を斬り裂く。


「「ヴィヴィビュゥンンッ」」

 奇怪な音が火魔精霊から発せられた。苦痛の声だったのか、腕を切り落とし、身体の中心部で赤く光る力の源を貫く魔剣の刃。

「「ゴァガガガッ」」

 核を貫かれた炎の身体もつ精霊は、周囲に火花をほとばしらせながら、その場に崩れ去り、まとっていた溶岩石をガラガラと落下させる。

 もう一体の方に向けて、氷の矢を撃ち出しながら接近し、相手の魔法攻撃を避けつつ、さらに呪文の詠唱をおこなう。


「エレイォン、アスル、フィラェス、輝ける氷雪の大地、極光の下に封じよ、カラディルの凍れる鉄槌『氷塊冷破キリークラーヴァ』!」

 横に回避し噴き上がる炎を避け、突き出した手の先から、徐々に巨大化する氷の飛礫つぶてを放って、火魔精霊を攻撃する。

 大きくなる氷塊は、周囲に冷気の白いもやを発生させながら飛翔し、火魔精霊に直撃した。

「ゴシャアッ」という音と共に、大気を振動させる「ミキミキッ、ビキビキッ」という音が響き、精霊の身体を凍りつかせる。


 魔神の影響で魔力が強力になったのもあるのだろう。その一撃で魔精霊は力を失い、氷の柱の中に黒い岩石を残して消滅した。

「よしっ、──なんだ。思ったほど強くはなかったな」

 精霊くらい、今の俺には敵ではないな。そんな風に思いながらも周囲を警戒し、他の魔精霊が居ない事を確認する。

 最初に倒した魔精霊はなにも残していなかったが、氷づけになった方は、氷の中に赤い水晶核を残していた。──精霊石だ。

 すでに溶け始めている氷の柱を砕いて、精霊石を回収すると、火口の方に向かって歩みを進める。

「精霊石はあとで研究材料にしよう」


 火口に向かう斜面。低い場所は陥没の危険があるので避け、緩やかに上り続けた先にある丘に向かって進み続けた。

 灰色の噴煙がもくもくと吐き出されている場所。

 小さな丘を越えた先にある、大きな窪みの中心には、ぼこぼこと赤く燃える溶岩が湧き出す火口があり、丘の下に開いた穴に溶岩が流れ込んで行く。


 ゴボッという音と共に火柱が火口から噴き上がり、巨大ななにかが火口からずるずると姿を現した。

「げっ」

 それは火炎蜥蜴(とかげ)──の特大版だった。 本来の火炎蜥蜴は、体長がせいぜい二、三メートルだと聞いている。……そいつは頭から尻尾まで、十メートル近くある奴だ。

「おいおい」

 溶岩の中から現れたそれは──火炎蜥蜴ではなく、()()()()だった。


 蜥蜴に似た鼻先を持ち、鼻先から頭部に向けてつややかなうろこが広がり、その途中から硬そうな角が後方に伸びている。鋭く尖った真っ赤な角は曲線を描き、長い首をもたげて上を見上げると、胴体に角が突き刺さりそうな格好になる。

(精霊の中でも強力な「火竜」とたたえられる精霊の、魔精霊化したものか)

 火竜精霊は、強力な魔導師や精霊使いが行使する霊獣で、その口から吐き出される炎は……


 燃え盛る大きな蜥蜴がこちらを見上げた。体から炎を噴き上げつつ、そいつは大きな口を開き、いきなり灼熱の炎を吐き出してきた。

 かなりの距離が離れていたにもかかわらず、その炎は一直線にこちらまで飛び、俺は慌てて後方に退避する。

 斜面を下りながら横へ移動し、降り注ぐ炎のしずくから逃げた。

 これは魔法ではなく、体内で生成した体液に火をつけて放っているのだ。


「くっせぇ……!」

 独特な、鼻を突く臭いがする。岩石に降り注いだ液体が燃え、メラメラと黒い煙を上げながら燃え続けている。

 ひどい臭いだ。

 揮発性が高いのだろう。液体はすでに無く、火だけが岩石を焦がしていた。


「さてどうするか」

 魔剣を片手に考えるが、あの巨大な化け物を退ける手段が思い浮かばない。

 霊獣を呼んでも対して意味はないだろう。ラポラースから与えられた二体の幽鬼──あれでも駄目か。

「そうなると、魔神ツェルエルヴァールムから授けられた『氷獣』を使うしかないか──」

 できれば切り札としてとっておきたいのだが。

 今はまだ術式を刻み込んだ水晶の触媒が無ければ、使用できないのだ。

(魔神の魔力領域を使えばあるいは……)


 そんな具合になんとか強力な敵に打ち勝つ方法を考えていると、相手が火口からこちらに向かって来る音が聞こえてくる。

(まずいぞ……!)

 溶岩石を踏み砕いて迫って来る魔精火竜。重い足音を響かせながら、斜面を登って来ている。

「いくしかないな」

 斜面から顔を出すと、氷の飛礫を撃ち出し、横に移動しながらさらに氷槍を投げつけた。


「グワアァゥオォオッ!」

 顔面に当たる飛礫を嫌って体を横に向けたところを狙い、脇腹に氷の槍を突き刺したのだ。

 奴は後ろ足をばたばたと動かして、突き刺さった槍を払い落とすと、炎の息吹を吐き出しながら斜面を駆け上がってくる。

 あの大きさの魔物が迫って来るだけで危険だ。

 質量で押し潰されるし、奴の体から放出される熱量も相当なものだろう。


「レザク、アゥファル、ルヴィレゥ、エリエク、死に覆われし大地、白銀の刃もて、汝、わざわいをも戒める滅びの力、白き絶望の嵐を喚び、降り積もる死の静寂を解き放たん、凍てつく魔都の女王よ、我に女王の威を貸し与えたまえ『マリヴェラの氷雪冠』!」

 ゴオゥッ、と音を立てて巨大な炎の球を吐き出してきた魔精火竜。

 ギリギリ詠唱が終わり、こちらの放った氷の飛礫を含んだ吹雪が、空中で炎の球と激しくぶつかり、空中で巨大な爆発を起こした。


「うぉあぁっ!」

 びゅうびゅうと吹きつける氷の嵐を超えて、凄まじい爆発の衝撃が俺の体を吹き飛ばす。

 火口の丘から転げ落ち、岩石に体をしたたかに打ちつける。

「ぐはぁっ」

 息が止まる。

 だが苦しんでいる場合じゃない。

 丘の窪んだ向こうでは、まだ猛烈な勢いで氷と雪が吹雪いている。──この炎の大地でもここまで威力を奮えるとは。かなり魔力が底上げされたのを改めて実感しながら、魔剣を手にして丘を駆け上がる。

 氷雪冠の嵐が止む前に接近し、魔精火竜に止めを刺さなければ。

「あれくらいでは倒せない」その確信がある。


 俺は丘の上に来ると、下の斜面で動きを止めている火竜に襲いかかる。

 吹雪の嵐は止み、巨大な火を纏う爬虫類は、体中を白い雪と氷で埋め尽くされていたが、体を左右に揺すると、表面の白い塊を吹き飛ばし、勢いよく炎を噴き上げた。

「ゴオォァアァァッ!」

 上空に向かって勢いよく炎を吐き出す魔精火竜。

 そのまま首を下ろして、ぎ払うようにして炎を吐きかけてくる。


 俺はその側面に向かって突進する。

 吐き出される炎をかわして接近する。体から発せられる熱を火炎耐性魔法で防ぎながらふところに入り込み、脇腹に剣を突き立てた。

「グギャァアォアォオゥウゥッ!」

 咆哮ほうこうと共に、その体から炎が噴き上がる。

(あちぃっ……!)

 その意識を横へ押しやり、呪文の詠唱を省いて、魔神の魔力領域から直接魔法を放つようにし、魔剣の先から魔法を撃ち出す。


「『嵐の刃』!」


 びくんっ、と大きな身体が跳ね上がる。

「ぉおおォオオッ‼」

 俺は剣の刃をひねりながら斜め上へと、渾身の力で斬り上げる。

 風の刃が大きく横に傷口を広げ、魔精火竜は唸り声を上げながらひっくり返った。

 巨大な化け物は体からメラメラと火を噴き上げていたが、間違いなく絶命していた。内臓を無数の刃に引き裂かれ、開いた傷口からごうっと、炎が噴き上がり、異様な臭いをき散らしながら、灰色にくすんだ腹部が膨れ上がってきた。


「まさか──まずいっ!」

 俺は即座に巨大な蜥蜴から距離をとる為に走り出し、大きな岩石の後ろに回り込んだ。


 爆発と爆音。

 ──周囲が一瞬、明るく照らし出される。

 轟音と共に魔精火竜の身体が爆発し、辺りに血肉や炎を撒き散らし、危険な怪物は消滅した。

 周囲に異臭と火の海を発生させて……

火魔蜥蜴──いわゆる「サラマンダー」です。

火魔火竜──火竜となっていますが、種族的にはあくまで「精霊」に属します。

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