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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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海を越えて火山島へ

 翌朝──離れた場所で鳴っている波の音を聞きながら目覚めた。港から少し離れた場所にある安宿にも聞こえるくらい、早朝の港町は静かだ。

 海側には当然、町を囲んでいる白い壁はなく、広々とした海原が開放されている。

 朝食はこの安宿で提供されたが、海鮮が貝の汁物スープしかないのが、この安宿の()()()()さを表しているようだった。


「よし、運動をかねて早めに砂浜に行こう」

 荷物を持ち、宿を出て、待ち合わせ場所の砂浜へ向かう。

 まだ船乗りたちは来ていない。そう考えて軽く魔剣を振って練習を始めると、すぐに四人の船乗りがやって来た。

「あんたがレギさんかい?」

「ええ」

 すると船乗りたちは青い小舟を担いで、波打ち際までそれを運んで行く。俺は慌てて荷物を背負い、彼らについて波打ち際まで近づいた。

「俺ら四人で漕ぎます。あんたは後ろに座っていてくれ」

 要するに手出しするな、という意味だ。俺は黙ってうなずくと、彼らにうながされて小舟に乗り、彼らは舟を押しながら海の中へと入って行く。


 小舟が砂浜から波の上に乗ると、船乗りたちも乗り込み、すぐにそれぞれのかいを手にして、海原に向かって漕ぎ始めた。

 するとどうだろう。四人のぴったりとした呼吸、動作。それらの運動が重なり合い、小舟はぐんぐんと海上を進み、港町からあっと言う間に離れ去ってしまう。

 相当に小舟の扱いに慣れた四人だったようで、小舟は一直線に海の上を勢いよく進み続ける。さながら翼を広げ、海面すれすれを飛翔する海鳥の様に、舟がけるみたいに。

 そんな風に思っていたら、小舟と並走する格好で、白い海鳥がついて来る。


 一定の動きで海を掻く櫂の音が静かに鳴り続け、遠くに見えている南の島へ向かって波間を進む。

 海は凪いでいて、落ち着いた海の上を小舟はぐんぐん走って行く。

 上空には雲がなく、遠くの空にだけ白い雲がかかり、日の光を隠してくれる。日差しが当たらない時も、日差しが降り注ぐ時もまったぅ変わらない速度で小舟は進み──なんと、昼前には大陸の南にある火山島、トルーデンまで辿り着いた。




 遠くに見えていた島の中央は黒っぽい山があり、島の一部は焦げ茶色や黒い色に覆われていたが、緑の部分も残っているのが見えた。小舟はそちらへ向かって進んで行くと、海岸近くにある小さな漁村のような場所に着いたのだった。

「ここが火山島にある村の一つ、カフダン。俺たちは明日の昼にはここに戻って来るので、大陸に戻りたかったら、夕方前にはこの村に来てくれ」

 船乗りの一人が言う。

 俺は四枚の銀貨を革財布から取り出し、船乗りたちに手渡そうとした。

「それは困る。侯爵の依頼に報酬をもらうわけにはいかない」

 そう言って四人は遠慮しようとする。──アシュファン侯爵に義理立てする理由があるのだろう。


「お気になさらず。これは侯爵とは関係なく、私から皆さんの労働に対する謝礼を支払いたいのです。実に見事な櫂の操作で、海を快速で進む楽しさを与えてくれましたから」

 俺の言葉を受け、彼らは安心したらしい。銀貨を受け取ると、彼らは丁寧に頭を下げ「ではまた明日に」と言って、小舟に戻って行く。

 なかなかに訓練された四人の船乗り。どうやら海賊相手にも戦うよう訓練された水夫であったらしい。彼らが櫂で舟を進める様子を見ながら、そう考えていた。

 彼らの体は漁や櫂の扱いでは鍛えられない部分にも、鍛えられた跡があったのだ。

「もしかするとアシュファン侯爵家の、私兵を勤めていた男たちだったのかもしれないな」

 連携が取れていたのも、軍隊式の教練を叩き込まれていたからかもしれない。


「さて」

 俺は一呼吸おき、村の方を見る。

 そこには砂浜から離れた場所に、七、八軒の木造の建物がある集落。ここに住む人々の多くは漁師なのか、軒先には小舟が立てかけられ、内臓を取り除かれた魚が屋根から吊されていた。

 島の大きさはかなりの物だが、人が住める範囲は限られているはずだ。森のない黒い大地は、噴火で流れ出した溶岩が固まった場所だろう。


 俺は近くに人が居ないのを確認すると、まずは魔眼を使って生命反応を確認。そして魔神──闇の五柱の王──の魔力を探すのに集中する。

 ──────どうやら島の中央付近、噴煙がくすぶる山の辺りまで行かないとならないらしい。


(魔力の揺らぎが島の中央付近に見えるな)


 俺は取り込んだ魔神の魔力の影響で、かなり魔眼の扱いに慣れてきたのを感じつつ、人の生命反応があった場所に向かって歩き出す。

 小屋の近く、日の当たる場所で農作業をしている男の元へ向かう。

 海から離れた場所には畑がいくつもあった。うねだけでなく麦畑もあり、遠くの一帯が黄緑色に染まっていた。


「こんにちは」

 声をかけると六十歳くらいの男は、顔中に警戒をあらわにしてこちらに振り向く。

「なんの用だ」

「この島には、ここ以外にも人が住む場所があるそうですね? 向こうの森には、村や町はありますか?」

 島の奥にある森を指差し尋ねると、男は首を横に振った。

「いいや、この島にある村は皆、海岸沿いにある。森の向こうに出るにしても、島の中央に向かうなら、人の住んでいる場所はないぞ」


 いつでも噴火から逃げられるように、海岸の近くに住んでいるのだ。ならあの森にはどういった生き物が住んでいるのか? そう尋ねると、彼は猿や猪などの生き物をあげる。

「危険な生き物や亜人、魔物は居ない?」

「いや、居るぞ。亜人はこの島には居ないが、森には木精霊が、溶岩地帯には火精霊が出る」

 俺は驚いた。この島には精霊が姿を現していると言うのだ。魔術師なりなんなりが使役している訳でもないのに、自立して存在しているというのだ。


「火山の噴火前は、精霊が出現するような事はなかった。火山の影響で地脈が乱れ、精霊が現れたのだと、ルシュタールから送られて来た魔導師が言っていたらしい」

 この島に王宮から派遣された調査団が来たのだと男は説明する。

「森に住む木精霊は近寄りさえしなければ、攻撃してくる事はないが──火精霊は知らんな。近寄ろうとも思わない」

 それはそうだろう。燃え盛る炎に近寄ろうなど、剛胆な冒険者でもなかなか居ない。


「なるほど、情報ありがとうございます」

 俺は礼を言い、森に向かって歩き出す。

 木精霊か──できれば戦闘になるのは避けたいところだ。

 森を抜け、早々に溶岩地帯を越え、島の中心部に向かい──そこで、幽世かくりよへの入り口を開く古びた短刀を使い、幽世に居るという魔神アウスバージスに対峙たいじする。それが目的なのだ。


 精霊に出くわした時の対応を考えつつ、森の中へ入って行く。そこは妙に生温かく、場所によっては岩や木の幹にこけがびっしりと生え、遠くから鳥の鳴き声があらゆる方向から聞こえてきた。

 森は独特の匂いがした。苔や雑草の匂い。腐葉土となった土の匂い。果物が腐敗し、発酵した──そんな匂いが混じり合う、どこか甘ったるい匂いのする森だ。まるで古い酒樽さかだるの間を歩いている気分になる。


「なんだ……なにか、奇妙な森だ」

 歩き疲れた訳でもないのに、汗を掻き始めた。

「そうか、地熱が……」

 地面が妙に温かいのだ。火山島だからだろうか。まるで森の中は、これから夏を迎えようとしているかのように、適度な熱と湿度に包まれている。

 どさっ、と音を立てて、枝から赤紫色の果実が落ちた。鳥に食べられた跡が残るその実を、茶色いなにかが近づき、むしゃむしゃと食べているらしい。──小さな生き物はずんぐりとしたねずみで、ゴワゴワの毛を広げて体を大きく見せているみたいに、もぞもぞと動きながら赤紫色の実の中身を食べていた。

 丸っこい小鼠はこちらを見て、ぴたりと動きを止めたが、俺が通り過ぎて森の奥へ向かうのを見送ると、食事に戻ってもしゃもしゃと実を頬張っている。


 その先でも小動物の姿を見たが、栗鼠りすや小さな猿が木の上を駆けているのをちらりと見たくらいで、地面には蛇や蜥蜴とかげが棲息していた。

 鹿らしい姿も遠くに見えたが──猪には出会わなかった。

 森の途中に大きな岩が転がり、森の中に光が差し込んでいる場所があった。精霊が居ないかと警戒しながらその横を通り過ぎようとしたが、肌が泡立つような危険を感じ、後方に素早く飛び退く。


 前方から「ぱきっ、バキバキッ」といった、木の枝が折れきしむ音が聞こえてくる。

 それは古木の根本に落ちていた、倒木と思っていた物が動き出した音だった。

 それはすっくと起き上がり、こちらに表情のない仮面に似た顔を向ける。

 人型を模したそれは、精霊の疑似的な身体なのだろう。精霊としては下位に類する存在だが、それでも油断はできない。


「待ってほしい、敵対する気はない」

 俺は大木の横で両手を広げ、敵意はない事を訴えた。

 言葉は通じなくとも、人の思考や感情を読み取ると言われる精霊だ。相手にもよるが、領域を侵していない限り、いきなり攻撃してくる事はないだろう。──たぶん。

 それはゆらゆらと、古木のそばからこちらへ向かって歩き出す。

 枝やつたから作られた腕や足。木の皮と太い幹で胴体を作り、その体内には──緑色に光る水晶のような物が浮かんでいる。


『魔術師か?』

 それは頭の中に声を響かせてきた。──なんと、下位精霊が念話テレパシーを使うとは!

 俺はその発見に驚き、いやこれは──姿は下位精霊のものだが、霊的存在としては中位以上なのかもしれない。そんな考えを巡らせる。


『魔術師なのだろう?』

 男とも女とも聞き取れない奇妙な声。

「魔術師だが」

 下位の精霊は人間の言葉を理解しないと思っていたが、その考えを改めるべきなのかもしれない。

 魔眼を使って相手の解析をしたが、やはり能力的には、下位の木精霊だと思われる。──だが、なにか変だ。


『魔術師がどこへ行く』

「この先の、火山のある辺りに」

 俺の発した言葉に、精霊は木の皮と枝で作った顔を頷かせた。

『だがやめておけ、この島の中央付近は危険だ。気脈は乱れ、瘴気しょうきが噴き出している。()()()()()()()()()()()だが──おそらく今後、数百年は気脈の乱れが発生したままとなるだろう』

 その言葉にはっとした。この島に精霊が現れるようになったのは、火山が噴火したあとだと村人が言っていた。この木精霊は、気脈を修復する為に顕現けんげんした存在なのか。


『溶岩のある場所を彷徨うろつく火魔精霊は、人間にも容赦なく襲いかかってくるぞ』

 魔精霊か──それは厄介な。

 精霊が負の力を受け、敵対的な精霊となる現象だ。邪精霊などとも呼ばれるが、邪神やなにかの影響を受けた訳ではないらしく、気脈の異常から発生するものであるらしい。


「俺になにか手伝える事はあるか?」

 そう言うと、木精霊は首を傾げる動きをする。やけに人間じみた精霊だ。

『それは──魔精霊となった火の精霊を倒してくれるのなら、ありがたいが』

「そうか、分かった。──できる限りやってみよう」

 俺がそう答えると、精霊はミキミキッと音を立てて、腕を胸の辺りに当てた。──そして沈黙。


『……うむ。ならばこれを』

 すると精霊は体内の水晶に手を当て、そこから小さな光を集めると──丸い、小さな水晶玉を取り出した。

『これを島の中心付近にある火口に投げ入れてくれるか。これだけでは気脈は修復できるものではないが、修繕に一歩すすむであろう』

 蔦とこずえの指先につままれた水晶。

 俺は精霊に近づくと、その水晶玉を受け取った。


「了解した。火口まで辿り着いたら投げ入れてみよう」

『うむ』

 堂々とした口調で告げる精霊。俺はその水晶を腰の革帯ベルトに付けた物入れ(ポーチ)に入れると、溶岩地帯に向かって歩き始める。

 木精霊がじっと俺の背中を見つめているのを感じながら、森の奥へと進んで行った。


 精霊から思わぬ情報を聞き、せっかくだからと彼らの力になる選択をしてしまったが、火魔精霊が彷徨くという溶岩地帯を越え、火口に迫れるかは不透明だ。

(これは魔法を使って、魔精霊を打ち倒していくしかないだろう)

 そう覚悟を決めながら木々の間を抜けて、黒い地面が見える森の出口までやって来たのだった。

感想やレビューをいただき感謝します。応援が作者の力になります!

感謝感激なので、次話は水曜日にも投稿します! これからもよろしくお願いします。


精霊が現界(物質的な肉体を持つ)しているのは、島の気脈を修復する為。それはつまり大地を守り、維持管理しているから。

こうした事をレギに話した木精霊は、姿こそ下級の相手に見えても、その本質は違うものである可能性も。

精霊の力は魔法の力の根源のようなものなので、戦闘は危険。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様おはようございます。 精霊だけに人間よりも相手の本質を見抜く力も強いのかも知れませんね。
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