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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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穀倉地帯の農民一家

 その男の名前は思い出せなかったが、相手もそれは同じであるようだ。

「そうか、雷鉄狼の──あれだな。顔つきも体つきも、ずいぶん変わったな。一目見ただけでは、あの時のガキと分からなかったぞ」

「それはこちらも同じだが」

 ガキ呼ばわりした相手の頭部を見ながら言う。

「おい、どこを見て言っている。──確かにあの頃に比べ、()()()()()()()()()と感じてはいるが」

 その言い方に自虐的なものがあり、俺はにやりと笑って応える。


 この男が説明するには、賊の奇襲を受けた時に前方を走る馬車の車輪を破壊され、立ち往生しているのだという。

「俺は傭兵団『紫電の旗(パルニグル・レフ)』を率いている」

「ん?『雷鉄狼イグラス・グラウ』の傭兵団ではないのか?」

雷鉄イグラス」というのは、雷と共に地上に落ちてきたという伝説上の金属。それから作られた剣が、暴虐を欲しいままにしていた暴君や、邪神を倒したという伝説が、ベグレザやエンシアで広まっており、そこから付けた名だと聞いていた。


「俺は『雷鉄狼』を抜けて『紫電の旗』を設立したのよ。俺の故郷であるルシュタールを中心に傭兵をおこなうと決めた時に、ケディン団長からルシュタールの貴族を紹介されてな。今ではいくつかの貴族からも護衛の依頼が入るくらいになった」

 俺はそれを聞いた時、すなおに感心した。見た目はいかつい(冴えない)中年の印象だが、なかなか堅実な働きをしているのだろう。

 雷鉄狼の団長はベグレザの出身だったが、多くの土地で顔が利く人物だとは聞いていた。


「それは凄い」

 と正直に褒めると、禿げ……薄毛の団長はまんざらでもない顔をする。

(いや本当に、なんという名前の男だったかな)

 馬を降りて話していると、雷鉄狼傭兵団の団長ケディンについての話をきかせてくれた。彼は傭兵団の団長の座を降り、故郷のベグレザでそれなりの地位にいたらしい。

「まあ噂に聞いた程度の情報だが」

 そう話していると、男の仲間が声をかけてきた。

「ラゥフ団長。車輪を直すのにまだ時間かかるという事なので、後ろの一台だけでも先に行かせるという事です」

 ああ、そうだラゥフだ。──まあ思い出せなくても問題はなかったが。


「では──えと……レギ、だったか? 縁があればまたな」

 おや、こちらの名を思い出したか。

 俺はラゥフにうなずき、彼の仲間たちを見たが、どの傭兵も彼より若く、貴族からの依頼を受ける傭兵だという気概きがいを見せる為か、真剣な表情をして周囲を警戒していた。

 賊の事は一般人の俺には分からないが、貴族を襲う連中だ。厄介事の匂いしかしない。関わりたくもないので、そこで連中と別れる事にした。


 ルシュタール内の、権力者同士の争いが起こるのだろうか。貴族たちが小競り合いをするだけなら割と起こり得る事だが。──今回のような暗殺のような襲撃を企てるとなると、洒落では済まない。

 賊を雇って襲撃させた者が判明すれば、その雇い主は窮地に立たされるであろう。それを承知の上で襲わせたのなら、ラゥフたちの旅先は、まだ危険が待ち構えているかもしれなかった。

 そう考えると、あの傭兵団の傭兵たちがぴりついていたのも当然だろう。

 進む方向が一緒なら共に戦ってやってもいいのだが、彼らは北西に向かう道を進んで行った。俺とは逆の方向に。

 彼らには彼らのやるべき事があり、俺には俺のやるべき事がある。


 俺は黒馬にまたがると、ある事に気がついた。

(この馬は戦いの場にも、まったく物怖ものおじしなかったな)

 黒馬は俺の指示に従って、剣戟けんげきが打ち鳴らす騒音にも、攻撃魔法が放たれる戦場にも怯まず、果敢に戦いへ加わった。──戦闘に慣れている馬なのだろうか。ルシュタールの土地を移動するというのは、魔物や野盗との戦闘に遭遇する確率が高いのかもしれない。


「よし。先へ進み、どこかで休憩するとしよう」

 馬の首を撫でてやり、そう声をかける。

 馬はぱっか、ぱっかと軽快な音を立てながら、街道を急ぐでもなく進み続けた。


 * * * * *


「ラゥフ団長。さっきの人は……?」

「うん? ああ、レギの事か。あいつは……なんというか、俺が『雷鉄狼』に居た頃に出会った奴でな。……傭兵団に入っていた訳じゃなく、たまたま団に参加した若造だった。だがあいつは──()()()()()()()()()()()()

 俺はたった一人、馬に跨がって南下して行った男の背中を追うみたいに振り返る。もちろんそこにはもう、あいつの姿はなかった。


「あいつは団に一時的に参加しただけだったが、ケディン団長に気に入られ、剣技、傭兵としての心得、用兵術などを熱心に聞いていた。剣の腕はそこそこだったが、その頃に傭兵団に居た同年代の誰よりも習熟速度が早く、その事も団長の気に入る要素だったのだろう」

 そう話しながら俺たちは、先を進む馬車の後方からゆっくりとついて行く。

「俺も訓練で相手をしたが──初めの頃と、団を去る前に闘った時では、はっきりと上達していたのを脅威に思ったものだ。数週間であれだけの上達を見せたのは、後にも先にもあいつだけだ」


 奴の話をしていると、ある事を思い出した。

「団に居た治癒師が解毒薬に詳しいのを知ると、あいつは毒物と解毒についても知りたがった。治癒師にブラウギール国のアーヴィスベルに行けば、他の国では禁忌タブーとされている薬物や魔導書が手に入ると言われると、ブラウギールへの旅を計画していたな」

 そんな話を聞かせていると、退屈になったのだろう。欠伸あくびを噛み殺す部下。


「……つまり、おまえらも少しは訓練に励み、学ぶ努力をしろという事だ」

「訓練なら毎日欠かしていません」

「足りないんだよ。──たった数週間で中堅の戦士を相手にして、一本でも奪った事がおまえはあるか?」

 そう突き放すと若い部下は、苦々しい表情を浮かべたのだった。


 * * * * *


 ルシュタールの中央から南側は、穀倉地帯が広がる平地が続いていた。それはどこまでも広く、青々と大地に敷き詰められた、巨大な絨毯じゅうたんのように見えたものだ。

 畑の周囲には水路と、どこまでも続く石と木製の柵が張り巡らされ、ときおり小さなとりでや、穀物庫や、水車小屋などが設置されていた。

 石橋を渡る時にその小川を覗いたが、それは明らかに人工的な物で、大規模な潅漑かんがいによって造られた用水路だと知った。

 麦畑の周囲を巡る水路と道は、畑を荒らす害獣に対する強い警戒が感じられる。


 国策として作られた広大な農地の横を通りながら、改めてこの国の財力や、最先端の文明的な支配力を思い知らされた。

 石を積み上げて作られた獣除けの壁や、害虫を避ける目的で除虫草が、街道の左右に植えられている。

 道の右側にもたまに野菜の畑や牧草などが植えられている場所があり、遠くに人家が建っている所もあった。


 この辺りは兵士による警戒が一段と強く、街道を南下するだけで、行商の荷車と同じくらいの数、兵士とすれ違ったのである。

 畑を管理する農民を守る兵士たちだろう。彼らが戦う相手が、亜人や魔物だけとは限らないが。




 本当に、どこまでも同じような景色が続き、途中に行商人や旅人が集まる、宿場町のような場所があった。地図には載っていない、非公式の場所なのだろうか。

 町と言うほどに大きくはない。

 気づけば昼過ぎだ。その町で食事を取る事にし、少し寄って行く。

 行商人や旅人が多く、平屋の宿泊施設は雨風をしのげる程度の造りで、料理屋も至って簡素な物だった。──料理の数は多く、食材を行商から買い入れているのが見て取れた。


 食事を取りながら、ここから南にどれくらい行けば港町に着くかと尋ねると、料理人は馬でも半日以上かかるだろうと言われ、思いのほか距離が離れているのだと知る。

 店を出た俺は、空模様が怪しくなり始めたのをいぶかしみながら、まだ雨は降らないでくれよと、祈る気持ちで南下を再開した。




 夕暮れが迫り、通り過ぎる兵士たちが松明たいまつを手にし始める頃、弱い雨が降り出した。──雨除けの外套コートを羽織り、頭巾フードを被る。

 しとしとと降る雨の中、これは野宿するにも大変だぞと考え始めた。森もなく、建物も見当たらない。仮に建物があっても扉には鍵がかかり、中に入る事はできない。


 どうしたものかと思い始めた時、右手に明かりが見えた。──人家があるらしい。俺はそこに交渉しに行く事を決めた。


 夜半に訪れた来訪者を警戒しながら、その家に住む農民たちは俺を迎え入れてくれた。牧舎があるというので、馬をそこに入れ、俺は牧舎に泊めてくれるよう願い出た。

 四十代の夫婦と、十代(なか)ばの姉弟の四人家族。

 彼らは気前よく俺の頼みを受け入れ、夕食まで与えてくれた。俺はその返礼に、カラドラス産の乾酪チーズを差し出し、皆で食べるように言うと、彼らは──特に子供たちは喜んだものだ。

 農民にはかなり高価な物なのだろう。それにこの辺りでは、気軽に買い物もできないはずだ。近くの町まで半日かかるのだから。


「ほう、ピアネスから──それは大変な道のりですな」

 農夫はそう言いながら赤葡萄酒(ワイン)を勧めてくれた。なかなかに味わい深い葡萄酒に驚きながらも、俺の出した乾酪と、滋味深い黒パンなどと一緒に食べながら、彼らと談笑し、ルシュタールの農耕制度について聞いたり、今年の収穫について彼らの話を聞いたが、収穫の多くを国に租税として取られるのは明らかだった。

 それでも国は彼らに手厚い保障をし、農具の手配や、天候による凶作時にも、きちんとした生活の維持ができるようにと配慮をしているらしい。


「手元に残る穀物なども年によっては結構な量になりますし。この周辺の土地は自分たちの管理で、畑などを作る事もできますので、食料には困りません」

 農業の他に酪農を営んでいるような農家も居るらしい。農民にも一定の自由が与えられ、不自由は感じていない様子だ。


 そろそろ子供たちを寝かせようと、母親が立ち上がる。こちらも旅の疲れがあるだろうと言って、農婦から敷布と毛布を渡された。俺は礼を言って、それを手に牧舎へと向かう。

 角灯ランタンを手に、小脇に敷布で包んだ毛布を抱え、小降りの雨が降る中を歩いて行く。


 牧舎には馬と数頭の羊が飼われていた。黒馬も牧舎の隅で大人しくしている。壁際に立てかけられた馬鍬や大きな鎌を見ると、国から与えられたというそれらの農機具から、しっかりとした国策としての農業が見えてくる。


 角灯を柱に付けられたかぎにかけ、背嚢はいのうを置かれていた木箱の上に置き、敷布をわらの折り重なっている上に敷き、毛布を乗せた。

 牧舎の近くに井戸があったので、それを使って眠る支度を済ませる。──夜の空気は昼間よりもずっと冷え込み、牧舎の中は外よりは遥かにましだった。

 暖かい──とは言いがたいが、牧舎の中に入ると、しっかりと扉を閉め、藁布団で横になる。

 俺は自身の精神領域に入って、すぐに魔術的な作業に取り組み始めた。




 ────どれくらい経っただろう、肉体が警戒を訴えてきた。誰かが牧舎に入り込んだというのだ。

 俺は暗闇の中で目を開き、周囲を見回す。すると入り口の方から、角灯の明かりが近づいて来るのが見えた。


「誰だ?」

 俺は毛布をかけたまま上半身を起こし、来訪者の顔を見ようとする。

「あたしです」

 そう言ったのは農夫の娘だ。

 少女は角灯を鉤にかけると、にっこりと笑顔を見せる。──いかにも田舎いなか娘といった、あどけない少女だと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。

 彼女は家族にも秘密の、心の奥底にある情欲の炎を持て余していたのだろう。

 異国から来た旅人を見て、その情欲を解放したいという欲求に駆られたらしい。

 少女の母親が手作りしたと思われる、少女らしい寝間着を脱ぎ始めた彼女。


「レギさん」

 少女は蠱惑こわく的な表情を浮かべる。──誘惑のすべなど知らぬはずの田舎娘が、こんな表情を見せるとは。……本当に、女の本性というものは末恐ろしいものだ。

(動物的本能によるものだろう)

 少女はほんのりと日焼けした肌を曝して全裸になると、俺の上にかけた毛布の中に入り込んでくる。


「寒いでしょ」

 そう言いながら俺の衣服を脱がし始める少女。

 どうやら今日は、熱い夜になりそうだ。

 少女はひどく興奮した様子で、俺の上にまたがるような格好で迫ってくる。

「いきなりだな」

 上着を脱がし、ズボンの革帯ベルトに手をかける少女の腕を掴む。

「止めないで、あなただって若い女が好きでしょ?」などと言う。

 見た目は大人しそうな──地味な少女が今や、淫靡いんびな表情をした、小さな悪女となって迫ってきた。

「それにあたし、初めてだよ。ね? いいでしょ」

 男を知らない処女が、これほど熱烈に迫ってくるとは。両親がしていた夜の営みを覗き見た少女が、そうした行為に対し、想像力を膨らませ過ぎた結果だろうか。


 彼女が特別な訳ではない。

 こうしたなにもない田舎の片隅では、興味を持てるもの自体が少なく、出会う人も少ないので、そうした旅人などに強い影響を受ける事は多いのだ。

 自分も人の流入の少ない辺境に住んでいたので、たまたま町にやって来る冒険者から受けた刺激というのは大きなものだったのを覚えている。

 少女の剣幕に押されながらも、柔らかく温かな少女の肌の感触が俺をたかぶらせてしまう。

 にんまりと淫らな笑みを浮かべる少女を抱き寄せ、俺は怒張した物を小さな体に押しつけて彼女の感触を愉しみ、白い敷布に少女を押し倒した。

変になまなましい場面を抑えめ(?)に変更。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様こんにちは。 たまには艶っぽい話も良いですが、流石にコメントしずらいです。(;^_^A
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