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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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勇者一行との別れと奇妙な再会

第十章「海を越えた先での死との邂逅」はじまりです。

冒険と戦闘。今回の旅先も、出会いと危険がいっぱいです。

 シュバールト少年との訓練の音で目を覚ましたアトモシスとバルサスが、天幕テントから出て来た。

「朝っぱらから剣の稽古か」

 老魔法使いは「馬車の移動と天幕での睡眠は肩が凝る」と言いながら、肩を揉んでいる。

 肩を揉めという意味だったのだろうか? 彼の弟子(ニルヤリス)は料理に使うらしい麺棒を手にすると、それを老魔法使いに手渡した。

「これで肩を叩けと? なんと薄情な弟子だろう!」

 大袈裟おおげさに言う師匠に対し、ニルヤリスは鬱陶うっとうしそうに調理場へと戻って行く。


「まさか片手で剣を持った相手に、ここまで軽くあしらわれるとは思いませんでした」

 勇者と呼ばれる少年は悔しそうに呟く。

「剣士にはいくつもの戦いの流儀があるが、まずは戦いの基本を身につけた方がいいだろう。腕の力だけで剣を振ったり、足運びがおろそかになるようでは──まだまだだな」

 俺はそう言いながら足の使い方や体移動について、少年に直すべきところをいくつか指摘してやる。


 するとシュバールト少年は、俺に旅の一行に加わって剣を教えて欲しいと言い出した。

「バルサスさんは強いけど、教え方が下手くそなんです」と、身もふたもない言い方をする。

 それに対しバルサスは「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。──本人も、他人に教えるような柄ではないと自覚しているらしい。

生憎あいにくだが、俺には俺のやるべき事がある。旅には付き合えない」

 きっぱりと断ると、少年は肩を落とした。

 しっかりとした剣技を学ぼうという態度はいいが、彼にはまだまだ足りていないものがある。学ぶには理解力が必要であり、戦いの技術を習得するには──虚勢ではない、本物の覚悟が必要だという事を。




 用意された朝食を食べ──ニルヤリスの出した料理は見た目は悪いが、味は悪くないものだった──すぐに旅の支度を始める。


 行商人たちと別れ、別々の道を進む。

 雲一つない秋の空。

 乾いた風の中に冬の訪れがひっそりと隠れ、落ち葉が朽ち、土へと還っていくような──そんな、ひなびた匂いがした。


 馬車の中ではアトモシスから次の町カルナックについて聞き、港町アケリュースまでの距離や交通手段を尋ねておく。

 カルナックの町はルシュタールの南側に位置しているが、港町まではかなり離れているらしい。

「馬や馬車での移動なら一日二日。歩きでは四日はかかるかもしれん」

 カルナックの南には広大な穀倉地帯があり、まっすぐに延びた道が延々と続く場所があると言う。


 話を聞いているうちに眠くなってきた。

 焚き火番をしていた分、馬車の中で仮眠をとる事にし、適度な揺れを感じながら眠りにく。

 今回は魔術の門を開かずに、そのまま睡眠する。




 ………………嫌な夢から起こされた。

 肩を揺さぶられ、ゆっくりと目を開く。──夢の具体的な内容は覚えていないが、凄まじい怒りや憎しみといった、感情の嵐に襲われたのだ。


(ディオダルキスの思念か? まさか無意識領域に封じた記憶が、夢の中にまで侵蝕してきたか……?)


 馬車から降りると、背嚢はいのうを背負う。

 いつの間にかカルナックまで辿り着いていたのだ。

「ここでお別れですね」

 寂しげに言うシュバールト。

「本当ならレギのように優れた剣と魔法の使い手を、ここで手放したくはないのだが」

 老魔法使いアトモシスが言う。

 他の二名は離れた場所からこちらを見ているだけだ。彼らの仕事は勇者の護衛と決めているのだろう。

「ああ、二人とも元気で。短い間だったが、共に旅をできて良かった」

 俺は二人と握手を交わし、四人とは逆の方向に歩き出す。

 彼らは戦士ギルドに向かうのだ。




 俺は町の様子を見て回ってから、南へ──港町へ向かう荷車を探す事を考えている。この時間からだと、アケリュースから船荷を運んで来る荷車が、再び港に向かって戻る荷車を狙った方がいい。

 昼までまだ少し時間があるし、町を散策しながらめぼしい店を探す。


 カルナックの町はかなり繁盛している。港から運び込まれる物資も豊富で、この町から別の町へ商品を運ぶ商人が多いのだ。

 この町に集まる商品を求めて人が集まり、物流の拠点の一つとして成り立っているのが感じられた。──だが、町に活気があふれている訳ではない。よく見ると、ただ足早に人々が流動し、荷車や荷馬がせわしなく町にやって来たり、町から出て行ったりしているだけだ。

 この町には様々な商品が出回っているが、商売としてはどうなのだろうか。一部の商店だけが儲かってはいるようだが、宿泊施設や料理屋が繁盛しているようには見えない。


 多くの商人や商品を買い付けている者は、この町での買い物を済ませると、足早に町を出て行ってしまっている。これでは町の商売が上手くいっているとは言いがたいだろう。

 町に金を落としているのが一部の商業集団だけでは、町全体がうるおう事はあるまい。

 だが──それは、今の時間帯がそうだというだけだろう。昼や夕方くらいになれば、この町で食事を取ったり、ゆっくりと町にある店を見て回って、買い物を楽しむ客も増えるとも考えられる。

「まあ俺も、この町でする事と言えば、馬の足を借りるくらいだからな」

 町に来る行商にはすでに専属の護衛が付いているものばかりだった。俺は行商人の護衛はあきらめ、馬屋に向かう事に決めた。


 町の南門に向かうと、囲壁いへきの外に借り馬屋があると門番に聞き、俺は町の外へ出た。──囲壁に沿って柵に囲まれた場所と、木造の厩舎きゅうしゃが設置されていた。

 厩舎と繋がる囲いの中で馬に運動をさせ、夜には厩舎に入れているのだ。


「どちらに向かわれるんで?」

 馬屋番がそう尋ねてきた。

「南にある港町アケリュースに」

 すると馬屋の中年男は「なるほど」と首を縦に振り、馬はご自由にお選びくださいと言って、馬に飼い葉を与える。

「では、この黒い毛の馬を借りよう」

 ぽんぽんと鼻面を叩いてやると、鼻筋に白い十字の毛を生やした黒馬は耳をこちらに向け、じっと俺を見つめてきた。


「へぇ、では契約の銅板を渡しますので」

 俺はいくつかの決まり事を確認し、金を支払うと、馬上の人となる。

 黒馬は軽やかに駆け出した。

 そんなに急がなくてもいいんだぞと声をかけたが、馬は元気よく街道を南下して行く。

 その歩みは何度もこの道を駆けているのだと思わせるものだった。


「おいおい、急ぎすぎだ」

 しだいに駆け足になる馬の足を、手綱を引いて押し止める。すると黒馬はそれを嫌がり、まだ速足で進もうとする。

「やれやれ、とんだじゃじゃ馬だな」

 少し疲れさせようと考え、試しに全力疾走させると、この馬はあっと言う間に町から遠ざかり、こちらに向かって来る二台の荷車の横を、全力で駆け抜けたのであった。

 ──だが、しばらくすると満足したのか、ゆっくりとした歩行に変わった。たった数分の事だったろうが、相当な速度で移動する馬の上から落とされぬよう、こちらも馬にしがみつく為に──足を中心に力を入れたので、体力を消耗したのを感じる。


 まだ港町までかなりの距離がある。ここから先に分かれ道があり、少し南から外れる道の先には村がある。そこで一泊するのが安全だろう。だがそうすると東へ向かい、遠回りになってしまう。

 だから俺は野宿するのを覚悟して、南に向かって進む道を選んだ。


 ルシュタールの国原は、南の海へと突き出る形で広がっている。それはここ、ノーアダリス大陸の最南端にあり、国土の三分の二ほどが海に面していた。

 豊穣な土地と、豊かな海の恵に囲まれた国。それがルシュタールを文明国としても、軍事国としても強大な勢力を持つ大国として成り立たせているのだ。


 平野が多く、丘や森がある以外は、見晴らしがいい場所が続く。

 馬上から見渡す視線の向こうに、岩山と林が見えてきた。

 まだその場所まで遠いが、頭の中で地図を確認すると、その切り立った灰色の岩山の上には、遺跡があるらしい。

 林に囲まれた岩山の周囲を通る道、それは二手に分かれているようだ。

「さて、どっちの道を進むべきかな」

 なんとなく口にした言葉に、黒馬が鼻を鳴らして応えた。岩山の東側を通過する事に決め、崖の上を見ていたが、石造りの遺跡がどんな意味合いを秘めていたのかは、下を通るだけでは理解する事はできない。


「おそらくは砦だろう」

 砦が置かれた崖の南側には、広大な麦畑が存在しているらしい。地図を見る限りその辺り一帯を治めている領主は、その東と西に兵舎を設置し、私兵を巡回させて領地の警護をしているようだ。

 崖の横を通過すると──視線の先は麦畑の海。広大な平野が広がり、冬に向けて小麦が植えられている。

 青々とした麦穂の海岸線を横切る街道。

 南東に向かって広がる広大な小麦畑に吹く風。

 街道の横にぽつりぽつりとある土塁どるいは、かつてこの辺りが戦場となった証だろう。


 ルシュタールは版図こそ他の国々と大差はないが、その血塗られた歴史は、ひそやかに他の国に伝えられている。

 国内での争いも度々おこなわれていたという。

 武力においても、魔法においても、また──秘密裏におこなわれる、それ以外の手段についても。ルシュタールの文化には、表に出せないような活動の記録が眠っているのだ。


 そうした歴史的な争いを歌う詩人も多く居たとされるが、その資料は残されていないらしい。あくまで口伝として語り継がれたものが、民草の間で語られているのである。

 伝統ある家柄の人々にまつわる──暗い、暗闘の歴史について。

 権力を持つ者の傲慢さ、思い上がりは、どんなに表面上を飾り立てようとも、結局はその言動で露呈するものだ。

 彼らの醜い闘争の歴史など、どの国のそれを見ても、大した代わり映えがしないものばかり。

 つまらぬ矜持きょうじより、自分を支えている市民の顔を見なければ、そうした貴族の醜聞ばかりが、不言の影で広まっていく。

 それもまた、どの国の領地でも変わらないのだろう。

 この一見平和そうな麦畑にも、血塗られた歴史の影が潜んでいるのである。


 土塁の横を通過しているその先。ずっと先に人の集団があり、別の道と繋がる三叉路の真ん中で馬車が停まっていた。

「魔物か? 賊か?」

 遠目でなにが起きているのか判断ができないが、どうも戦闘がおこなわれている様子だ。

 分かれ道の向こうにある森の近くにも、馬車が停まっている。

「いけ」

 馬の横腹を蹴り、進む速度を上げた。

 素早くその集団に近づきながら、ディオダルキスの戦いから学んだ馬上訓練を思い出す。


 集団は戦っているようだった。それも魔法使いが居る。魔法の矢が飛び、それを魔法障壁で防いだ奴も。

 集団に近づいて行くと、どうやら人間と人間の戦いであるらしい。──それも片方は鎧を着込んだ兵士、そして傭兵らしい姿もある。この二つは共闘し、周囲を取り囲む謎の集団と戦闘を繰り広げていた。

 俺は馬を駆り、見るからに怪しげな頭巾フードを被った連中に斬りかかる事にした。──この状況で兵士に斬りかかる馬鹿は居ないだろう。


 頭巾で正体を隠した連中は、かなりの人数だった。二十人以上いたのではないだろうか。兵士と傭兵はその数人を倒し、今なお敵を退けようとしている。

 俺が馬で近づくと、頭巾の賊はこちらに気づき、二名が向かって来た。その手には鉄の剣が握られている。その身のこなしや剣を構える感じからは、そこそこ剣の扱いに慣れただけの──盗賊や、追い剥ぎの部類ではないかと思えた。

「よほど死にたいらしい」

 殺気を向けてきた連中を見下ろしながら馬を操り、魔剣を振り下ろした。




 戦いはすぐに終結した。

 鉄の鎧などで武装した私兵は傭兵と共に生き残りの賊を縛り上げ、何者かを吐かせようとしていた。停まっている二台の馬車を見ると、どうやら要人を乗せていたらしいが……

 逃げた賊の中には魔法使いも居たみたいだ。形勢が不利だと見て、途中で姿をくらましたのだ。


「お前は何者だ」

 と、一人の兵士が馬上の俺に声をかけてきた。かなり威圧的な感じだったが、戦闘後で気が立っていただけだろう。

「通りすがりの冒険者です。おそらく賊であろうと判断して助太刀をしたのですが。まずかったですか?」

 丁寧な口調で語りかけると、その兵士は冷静になり「いや……助かった。感謝する」と口にする。


 その兵士の鎧や肩当てには、貴族の紋章が印されていた。どこの貴族かは分からなかったが、貴族の私兵としては、そこそこの装備を身に着けているように感じる。

 私兵の数は十数名で、傭兵も七名ほど雇って要人を護衛していたようだ。ルシュタールの貴族たちも傭兵を雇うのかと意外に思う。

 馬車のそばに居た位の高そうな兵士が俺に近づいて来て、助力に感謝すると言い、金の入った皮袋を渡してきた。

 馬車の中に居た貴族が、賊を撃退するのに協力した者に報酬を与えるよう言ったのだろう。馬車の窓からこちらを覗く令嬢の姿が見えたので、そちらに向かって一礼し、金を受け取る事にする。


 ──その時、こちらを見ている一人の傭兵と目が合った。

「うん? お前……見覚えがあるな」

 その傭兵は俺を見ながらそう口にした。言われてみれば、その男はどこかで見た気がする。

 記憶を探っていると、その男と出会った時の事がなんとなく思い出されてきた。

「ああ──そうか。あんたは傭兵団『雷鉄狼イグラス・グラウ』に居た奴だな」

 その男は俺が身を寄せた事のある傭兵団で、何度か剣の訓練をした相手だった。名前は忘れたが、なかなかに手強い剣の使い手だった事は、うっすらと覚えている。

 そう──現在の彼が持っている髪の毛のように、うっすらと。

大陸の名前が出るのは初めてだったかな……

目上の傭兵にタメ口なのは見知った間柄というのと、冒険者として同等の立場にあるから。相手を軽んじている訳じゃありません。相手によっては敬語を使い分けるレギですが。

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[一言] >うっすらと覚えている。 そう──現在の彼が持っている髪の毛のように、うっすらと。 ・傭兵さん・・・。(´;ω;`)ブワッ
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