表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

143/300

冒険者として、勇者として

第九章「勇者一行と美食家」終幕です。

「それで、いまはなにを狙ってるの?」

 と魔女の少女エンビーアが言った。

「なにを、という特定の目標はないな。出会った霊獣を片っ端から捕獲しようと考えているだけだ」

 そう言うと少女は「よほど収容能力が大きいみたいだね……」と、呆れた風に言う。

「それに、なにが居るかなんて詳しく知らないからな。この辺ではその緑色の犬は出会えるのか?」

「『風魔犬』? この子の同胞なら──草原などで出会える可能性はあるかな。この辺りの岩山などでは、地霊蛇や青焔狼や、剛羅亀とかが出現するはず」

 剛羅亀というのは硬い甲羅を持つ亀で、攻撃には向かないが、補助魔法などで召喚者を助ける使役獣になるらしい。


「へえ、それはいいな」

「まあ、動きが遅いので、連れて行くのが大変みたい。私が契約したら、犬の背中に乗せて連れて行こうかと考えてる」

 少女はまだ数匹と契約しているだけで、多くの霊獣を倒してきたが、それらは契約している使役獣に捕食させているそうだ。

「いま居る使役獣を強くしていこうと思って」

 そう話していると、影(ねずみ)が俺に駆け寄って来て、口に頬張っている結晶体を、俺の足下に吐き出した。


「この鼠──レギの? それに()()()を集めさせているのか……なるほどね」

 ちゅうっ、と鳴き声を上げると、影鼠が再び走り出した。

 彼ら(使役獣)の影の中と、俺の影の倉庫を繋げる方法があれば、ぜひそれを習得したいところだ。エンビーアにそうした魔法はないのかと尋ねたが、自分には分からない、という答えが返ってくる。

 魔女たちはこの結晶体を「霊結晶」と呼んでいるらしい。霊獣の能力を底上げする力があるが、属性によって霊結晶の効果が変わるので、相性が大事だと少女は教えてくれた。


「というか、もう子供は寝る時間だろう」

「寝る時間だから、こっちに来てるんでしょう」

 そういえばそうだった。俺も肉体は眠っている状態だった。この領域でまとう体も、かなり肉体に近い感覚を持っているので、その辺が曖昧あいまいになる。




 その後も少女と、この辺りに出現する霊獣について、いくつもの話を聞き出した。

 その中で、草原などに出る「鎧獅子」には注意するようにと言われた。

「あれは手強いよ。鎧が物理攻撃を弾くし、並の魔法じゃ歯が立たない」

 他にも森に出る「幻鬼豹」は姿を見えなくし、木の上から襲いかかってくるので、森の中では頭上にも注意しろと警告を受けた。こいつは動きも速く、危険な猛獣であるらしい。


「大きな川にはわにも出るし、ここは危険がいっぱい。せいぜい死なないようにね」

 少女はそう警告すると、もう眠くなったと言って、この領域から去って行く。

 俺はこの場に残り、もう少し辺りを探索してみたが、残念ながら大した収穫は得られなかった。影鼠たちが霊結晶をいくつか集めてきたくらいで、水精蜥蜴(とかげ)が傷を回復し終わった頃には、そろそろ現実の世界へと戻ろうという気持ちになり、霊獣の楽園から自分の魔術領域に戻る事にした。


 * * * * *


 天幕テントの中で目が覚めると、寝袋の中から外に意識を集中する。

 少し離れた場所で、焚き火をしている音が聞こえた。見張りをしている者と交代する時間には──まだ少し早いかもしれないが、寝袋から起き上がり、武器を手にして表に出た。

 空はまだ暗く、肌を刺すような寒さに包まれている。

 真っ暗な空には月と星がきらめき、白い雲が月の光を受けて浮かび上がる。

「さむい」

 そう呟いた息が白い。


 雨除けの外套がいとうを肩に羽織りながら焚き火の方に近づいて行くと、そこにはバルサスと行商人の護衛が一人。地面に座り込んでいる。

「早いな」とバルサス。

「ああ、目が覚めてね。──代わろう」

 そう声をかけると彼は立ち上がり「頼む」と言い残し、自分の天幕に戻って行った。彼はシュバールトとアトモシスの二人と共に、同じ天幕で眠るのだ。

 若い冒険者の男は、焚き火にまきを一本追加すると、俺が地面に敷かれた布に座ると、すぐ話しかけてきた。


「あなたは魔法剣士だそうですね」

「ん? ──まあ、そうだな。魔法と剣を使ってはいるが」

 その呼び名が付けられる戦士には、いくつかの区別があるとも言える。己の身体能力を魔法によって上げるだけの戦士も居れば、攻撃魔法や治癒魔法を使える戦士だって居るのだから。

 聖騎士と呼ばれる連中も、魔法を使える者が多いはずだ。

 だがそうした厳密な区別は、なされていないのが現実だろう。地域によってもまちまちといった感じだ。戦士ギルドで登録する時には「戦士(魔法を使用可能)」みたいに表記される場合もあるが、そうした細かな情報が印章に刻まれる事はない。


「ぼくは、攻撃魔法を少し使える程度の戦士なのですが。どうやったら、勇者の仲間にしてもらえるような、そんな実力を持てるのでしょうか」

 真剣な様子で訴えてくる若者。俺よりも五、六才くらい年下の男だろう。

「まず言っておくが、俺は勇者の一行ではない。次の町まで同道しているだけの、一時的な仲間だ」

 そう断りを入れると、彼は「知っています」と告げた。

「けどバルサスさんによれば、あなたはかなり強い冒険者だと、そう褒めていましたよ」

 あの男が俺を褒めていたとは意外だった。バルサスがこの男に、俺が魔法を使える事についても教えたのだろう。


「勇者の一行に加えられるような、そんな戦士になりたいのか」

「それは……そこまでの強さを手に入れられるかは、わかりません」

「強くなりたい、という事であれば──やはり強者と行動を共にし、積極的に指導を仰ぐのが一番だ。自分に足りない部分を補うか、それとも自分の優位な点を伸ばすのか。そういった検討も必要だが」

 なるほど……と、考え込んだ若者。

 強くなりたいという気持ちはあるが、今のままではなにも変えられないと気づいたのだろう。


「成し遂げたい事があるのなら、それに向かって行動する事だ。その為の方法について考え、実行する。ただやみくもに取り組むのではなく、正確に。自らの目的に向かって近づく道を追求し、努力する。理論と実践──これに尽きる」

 俺は焚き火を挟んでそう告げた。

 真剣な表情で聞いている若き冒険者。

 その表情から読み取れるものがある。


 この男は他の冒険者らと行動する中で「このままではいけない」と、そう考え始めているのだろう。

 向上心のない冒険者仲間との生活は、ただ単に時間の浪費としか思えなくなる。俺にもそうした経験があった。

「今の仲間とこころざしが違うと考えるのなら、仲間と一度、腹を割って話し合うべきじゃないか? 行商人を護衛する役割も必要な仕事ではあるが、今のままでは日銭を稼ぐだけで、己の理想を実現するにはほど遠いと考えているのだろう?」

 男は「そうかもしれません」と呟くと、長い沈思に入った。薪がぱちっ、ぱちっとぜる音が、夜の静寂に響く。


 この男が共に行動している仲間がどういった連中かは知らないが、一緒に居ても自分の為にはならないと感じるのなら、別れて別の道を行くべきだ。

 向上心がないくせに、それでいながら分不相応にも何者かになりたい、などと夢想する連中というのは、自分よりも強い力や信念を持つ者を妬み、その足を引っ張ろうとするものだ。

 そうした連中を相手にするのは時間の無駄。

 さっさと切り捨てて、先へ進むべきなのだ。

 人は無意識に周囲の人間に考えや行動を同調させ、そこから出られなくなる。集団の中に自らの意識を溶け込ませ、やがてはその閉ざされた意識に捕われて、自己の成長の機会も失う羽目になる。

 狭められた意識は拡張(成長)を嫌い、変化を恐れる。

 そうなれば──若者は、()()()()()()()()()()だろう。

 見張りをしながら、俺は再び魔術の門を開き、個人的な作業に入る事にした。




 気づけば体に朝日が当たり、焚き火の火は弱々しくなっていた。手元にある薪をいくつか火の中に放り込む。

 焚き火の向こう側で冒険者の若者は、座りながら眠りこけている。

 平地の遥か向こうに太陽が昇り、白い雲の流れる清々しい青空に浮かび上がる。水色の美しい空。その色合いを見ているとほっとする。


 上位存在の送り込んでくる魔物などと接触する異界では、大地も空も異様な色彩に包まれ、不安と恐怖に満ちた──生命の美しさなど、まったく存在しないかのような、禍々(まがまが)しい空間に変わるのだ。


 この感情は生き物である人間特有の感情だろう。

 日の光を浴び、冷たい風を受け、寒さに凍えたりしながら、生きている事を実感する。こうした感覚も、放っておけば錆びついてしまうのだ。

 詩人などはそうした「感覚的倦怠(けんたい)」に対して、敏感な感覚で対応するのだという。

 己の内面と外部の環境を見つめながら、時に自らの住んでいる場所を変えるなどして、放っておけば曇ってしまう感覚を、新しい刺激と発見でうるおすらしい。


 まるで時間と共に曇り、汚れていく水晶玉の表面を、丁寧に磨いていくみたいに、何度も何度も繰り返し、己の水晶玉を手に取って磨くのだ。

「慣れ」とは危険な油断を生む。

 自身の思考や行動が慣れによって、漫然と活動を始めた時、過信や慢心によって足下をすくわれやすくなる。

 魔術師でも詩人のその感覚は理解している。魔術師は、己の精神を自在に操る者でなくてはならないからだ。意識によってあらゆるものを支配し、制御する。

 魔術師と詩人の違いは、感覚や感情などの表層を意識する詩人と。その奥深くにある古い──共通する心象イメージや、霊的な力について理解する意志のあり方、その違いなのかもしれない。


 豊かな感性を持ち続けようとする詩人と、深い思索をおこなおうとする魔術師。

 それはある一部に共通する部分を持っていると言える。──魔術師は精神の分野では、そうした詩人らにも通ずるような感性を持つ事も必要なのだ。


 根源の一から派生し、分岐する生命──または魂。その根源へと至るには、そうした無数の霊魂を包括した、完全なる意志による支配が必要だと考えられている。

 魔術師が自らを支配し、制御できなければ、それはただの道化に過ぎない。

 神秘の面紗ベールに覆われ、秘匿された神智に触れるには──己自身が、その神智に近づく為の叡智を持たなければ、決してその領域に近づくけないのだ。


「眠ってしまいました……」

 目を覚ました若者が申し訳なさそうに告げる。

「大丈夫だ。ニルヤリスの張った結界は、ちゃんと効果を発揮している」

 朝食の準備をしようと、仲間たちが起き出してきた。

 こちらも柔軟体操をしたりしながら、これからの予定を考えたり、旅を続ける支度にかかる。

 行商とその護衛、勇者の一行は同じ焚き火を囲んで、食事の支度を始める。


「次のカルナックの町まで、二十キロほどだそうです。もうすぐですね」

 シュバールトがそう言いながら、焚き火の番をしている俺の元へ近づいて来た。

「よければ、少し剣の訓練をつけてくれませんか」

 少年は急に言ってきた。

 朝食を食べる前に、軽く運動をしておこうと言うのだ。

 朝食はニルヤリスが作ってくれるらしい。──アトモシスとバルサスは、まだ天幕から出てこない。


「分かった、いいだろう」

 そう応えると、少年は喜んで馬車に向かう。

 どうやら木剣を用意してあるようだ。

 シュバールトの剣技は、見た感じでは鉄階級くらいの技量という程度のものだ。神霊の力を使う事で強大な威力を奮えるが、剣術のみではそれほど脅威にはならないだろう。


 戻ってきた少年から木剣を受け取ると、数歩離れた間合いを取り、木剣を構える。

「いきますよ」

 少年は戦う気迫を見せるが、それに対して俺はうなずいて応えるだけ。俺にとってはシュバールトくらいの戦士の攻撃など、片手で、横を向きながらでもさばく事ができるのだ。


「ガツッ、カンッ、ガキィ、カカカンッ……」

 重い攻撃、素早い振り下ろし、薙ぎ払い、連続突きからの上段攻撃。

 そのどれもがこの年齢の戦士にしては鋭く、重い攻撃ではあるが、圧倒的に技量が足らない。

「足運びと体重の移動が合っていない。それでは体重を乗せた攻撃にならないぞ」

 そう言って手本として、踏み込みながらの一撃を振り下ろす。

 木剣で攻撃を受け止めた少年が、ぐっと腕に力を入れて踏ん張る。


「攻撃以外の時でも、いつでも横や前に移動できる足の位置を取らなければ、今みたいに剣で受け止めるしかなくなる。それでは剣も体力も、すぐに消耗してしまうぞ」

 少年の焦りが見える。

 不用意に近づくふりをして、体を左右に振って側面へ回り込もうとすると、少年はその動きには冷静に対応してきた。

 バルサスとの訓練をしている成果だろうか。だがまだまだ、戦闘中に気にかけなければならない、いくつかの点については、注意が行き届いていない感じだ。


「そのような体の使い方では、本当に強い戦士の相手は務まらんぞ」

 そう言うと一気に間合いを詰め、鋭い連撃で少年の手から武器を叩き落とす。

「ま、まいりました……」

 少年は力ない声でそう告げた。

次話ではついに三柱目の魔神と接触する事に──

なる、かなぁ……


第十章「海を越えた先での死との邂逅」お楽しみに~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少年の経験と修練が足りないというのが解り易い。 第十章も楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ