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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

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夜営地から霊獣の楽園へ

 馬車での移動がかなり長く続いた。

 邪神との戦闘で疲れた身体を休めながら。

 町から町へと繋ぐ街道は、所々にでこぼこがあり、ときおり大きく車体が揺れて、眠っていたシュバールト少年が、車体に頭をぶつけていた。


 夕日が沈むと、馬車の屋根から前方に突き出た棒に角灯ランタンが下げられ、暗闇を照らしながら馬車は進み続けた。暗い夜道を進んで行くと、しばらくして御者が声をかけ、少し揺れますよと警告する。

 馬車は街道をはずれ、岩場のある地点に近づいて行く。──そこにはどうやら先客が居るらしい。焚き火の明かりが見えていた。

 岩と岩の間に馬車が停められると、俺たちは馬車を降りて先客たちのところへ顔を出す。先に場所を確保している冒険者や行商人に対して、一応の礼を示す為だ。


「や、失礼。野営を共にしてもよろしいかな?」

 アトモシスが魔法使いの帽子を脱ぎながら彼らに語りかける。どうやら行商とその護衛の冒険者が数名いる集団のようだ。

「ええ、もちろん。よければ焚き火をお使いなさい」

 初老の、人の良さそうな行商人と、三名の若い冒険者たちだった。どうやら周囲に結界は張っていない様子だ。

 せめて獣除けくらいは念の為に張っておくべきか……? そう考えていると、ニルヤリスが暗闇の方に向かって歩き出す。


「おやおや、お嬢さんはどちらへ?」

 行商人の言葉に老魔法使いは軽く手を上げて「お構いなく」と告げる。

「なに獣除けの魔術をおこなっているだけです。冬眠前の熊などが人を襲う事もありますからな」

 俺とバルサスも焚き火の周りに集まったが、別の場所に焚き火を設置して、野営地を確保する作業に移った。結局は眠る為の天幕テントを張らなければならないのだ。

 御者やバルサスは慣れた手つきで、いくつかの小さな天幕を張ると、俺が集めてきた枯れ枝と、馬車に積んである薪を使って焚き火をおこした。


 バルサスは邪神との戦いで俺の技量を認めたらしく、最初の頃に見せたような刺々(とげとげ)しい態度をとる事はなくなっていた。ニルヤリスも叔父のヴァロン卿に対する好意的な評価をした俺を、仲間として認識し始めているらしい。

 すでに打ち解けたアトモシスと行商人は、なにやら演劇の演目について話し始めた。


「カチェーレの『虹の境界』は豪商などには受けたようですね。古い貴族の中ではいまだに、あの斬新な演出について、賛否両論らしいですが」

 すると老魔法使いが返す。

「ああ、ああ。『虹の境界』については耳にしましたとも。過剰な演出だとか、表現手法が目新しさを狙い過ぎているだとか。劇作家のカチェーレといえば『庭師の王国』で、古典的な表現で評価を受けた作家ですから、まあ──意外性が受け入れられなかったのでしょうな」


「虹の境界」というのは一昔前の演目らしい。ルシュタールの古典を愛する評論家たちには受け入れられなかったが、一部の革新的なものを愛する評論家には受けたらしく──また、斬新な物を好む豪商や成り上がり貴族には好まれたという。

「新しいものを嫌う連中はどこにでもいるものですからな」


 アトモシスたちはそんな話で盛り上がっていたが、話の途中でシュバールト少年の素性がばれてしまった。

 行商たちはまさかルシュタールを賑わす勇者一行と、野営をするとは思わなかっただろう。

 俺は危うく行商人らに、勇者一行の仲間と勘違いされそうになったので、そこははっきりと「カルナックの町までの護衛ですよ」と訂正しておく。

 この機会にと夜遅くまで質問責めにあった勇者だったが、さすがに眠くなってしまい、二つの集団はそれぞれの野営地で眠りにく事になったのである。




 夜になると俺は一つの小さな天幕を借りて、そこで寝袋を使い、ゆっくりと身体を横たえながら魔術の門を開いて、いくつかの事柄について深く追求する作業に入る。

 本当は天使から奪った神霊領域に行きたいのだが、さすがに周りに人が居る状況では使えない。いきなり俺が居なくなったと知られたら面倒だ。

 あの空間に荷物だけを送り込んだり、神霊領域に対応した精神体を創り上げて、意識だけを送り込んだりするには、まだまだ力も技術も足らない。


(影の倉庫と、向こうの空間を繋げる魔法陣くらいなら、設置できるかもしれないな)


 そうなればいま以上に、物を自由にしまったり、取り出したりできそうだ。

 魔法陣を通して物のやり取りをするとなると、使用するたびに魔力も消費する事になるが──だがその利点は大きいだろう。


 邪神パーサッシャ=アピポスの魔晶石を解析し、そこから得られた知識を元に新たな魔法を作り出せそうだ。かなり難解な手順を踏む為に、簡単には創造できないが、瘴気しょうきや魔法の毒を生み出す力の源として使えそうだ。

「邪神の魔晶石──思った以上に使えそうだな」




 俺は次に霊獣の楽園へとおもむいた。

 この世界に適応する霊体をまとい、前回探索した場所付近に降り立つ。

 岩棚が崖状に並ぶ場所。離れた所に森があり、草原の広がる広野が見える。空は晴れており、遠くに黒い雨雲らしい影ができているが、ここからは離れており、雨が降る事はなさそうだ。

 この魔術領域に解放してある霊獣たちは、それぞれが成長しているようだった。影(ねずみ)たちも少しだが、頼もしい存在になっているかもしれない。

 青焔狼や地霊蛇は、かなり積極的に敵と戦い、戦闘力に磨きがかかっている。


 一旦すべての霊獣を影に集め、そうした情報を確認すると、周辺の索敵を開始する。──それには地霊蛇やつむじはやぶさなどを使い、空と地上から獲物を探し出す。

「さてさて今回の探索で、新たな使役獣を獲得できるかな」

 ──ふと、水棲生物の霊獣を欲していた事を思い出す。冷たい小川の底に沈む物を拾い集めるのに必要なのだ。

 そう考えて探索場所を川や、湖の周辺に変更した。


 影鼠八匹すべてを展開して小川の近くを索敵していると、鼠がなにかを発見した。──俺はそのあいだ岩陰に座り込んで、霊獣たちの様子をうかがっていたのだ。

 小川の周辺には草花や灌木かんぼくが生え、離れた場所にある林から鳥が飛び立った。

 小川の中からずるずると這って現れたのは、いちメートルを超えるくらいの蜥蜴とかげ。鱗が青色をしたつやのある大きな蜥蜴だ。


 鋭い爪を地面に食い込ませ、鼠に威嚇して襲いかかる。……まずい、影鼠では勝負にならないだろう。俺は立ち上がると、鼠の居る場所に向けて走り出し、他の霊獣たちも小川へと急行させる。

 棍棒こんぼうを手にして蜥蜴の元に行くと、青焔狼を影から出し、青い鱗と皮に包まれた蜥蜴を攻撃させた。

 青焔狼の動きは素早く、蜥蜴の前足の攻撃と、尻尾の薙ぎ払い攻撃をひらりとかわすと、身体の横から激しい勢いで体当たりし、岩に蜥蜴を叩きつける。


「いまだっ」

 近くの岩に叩きつけられた蜥蜴に駆け寄り、棍棒で頭を殴りつけた。

「ゴフッ」

 という音と共に蜥蜴の息が吐き出され、砂埃すなぼこりを上げた蜥蜴は、ぐったりと体から力が抜けた。気を失わせる事に成功したのだ。

 すぐに影の中で契約をし使役獣として取り込み、その素性を確認すると、青い水棲蜥蜴は「水精蜥蜴」というらしい。

 精霊に近い存在らしく、水を吐き出して攻撃したり、成長すれば魔法も使えるようだ。

 腹の中に水を溜める袋があり、そこに大量の水を容れる事もできるのだ。それを利用すれば、物を飲み込んで持ち運ぶ事もできるだろう。


「おお、狙いどおりに水の中を探索するのにちょうどいい使役獣を手に入れたぞ」

 せっかく青焔狼を出現させたので、辺りの索敵と護衛をさせながら、小川の近くを探索する。


 小川の中にキラキラと輝く石があり、それを拾い上げて見ると、それは水晶のようだった。ただそれは、この魔術領域か、それに類する空間でしか存在できないものだろう。

 この水晶は使役獣を強化する力を秘めているようなので、これらを集めて霊獣の成長や強化に利用しよう。


「水棲蜥蜴が治癒したら小川の探索をさせて、こうした結晶体を集めさせよう」

 他にもこうした水晶があるだろう。そう考えて影鼠を調べると、どうやら彼らの巣穴の中に、そうした水晶を集めているらしい。俺が魔術師だというのを理解して、そうした物を集めていたのだろうか。

「これはありがたい」

 この結晶体を使って影鼠を成長させてやろう。そう考えると小川の近くにある岩に腰をかけ、影を通して結晶体を運ばせた。

 それは白い石や黄色い水晶に見えた。地の属性力が秘められた結晶体であるらしい。

 それを影鼠たち一匹一匹に使って成長させたが、あっと言う間に結晶体は底を突いてしまった。


「まあこれで影鼠も魔法を使えるようになったし、影鼠たちだけでもかなりの戦力になるだろう」

 多くの影鼠が石つぶてを撃ち出す魔法を習得し、魔法に適性を持つ個体は、地面から石のように固めた土の槍を突き上げる魔法や、影から針状の棘を飛ばす魔法を使えるようになった。

 ちゅうちゅうと集まっている灰色の鼠たち。その姿を見ていると──なにか子供時代を思い出し、懐かしく、可愛らしい生き物だと思えてくる。

「よし、お前たち。また索敵をしながら、結晶体を集めてくるのだ」

 俺がそう言うと彼らはその意思を理解して、周囲に散らばって行った。




 可愛らしい使役獣を放つと、空を旋回していた旋隼が、なにかを発見したというしらせをしてきた。──そちらの方角を魔力探知で調べると、なんと、そこには()()らしい影が確認できるではないか。

「人型の霊獣──? いや、他の魔術師か」

 まさか人型の霊獣など居ないだろう。

 それにどうも急に現れたようだ。

 割と近くに反応がある。

 慎重に近づいて行く。──魔女王ディナカペラからも脅されたのだ。この領域で出会う者の中には、魔神ツェルエルヴァールム配下の魔女や、魔術師だけとは限らないのだと。


(敵対者であるなら相手を倒し、その技術や魔力を奪うまでだ)


 魔法の探知に掛からないように「不破の隠幕」を張り、警戒しながら近づいて行く。

 ──ところがである。相手にあっさりと看破されてしまったのだ。

 相手の能力を分析しようと、あるていど離れた場所から魔眼を使って調べようとしたのだが、相手の魔女らしき人物は、急にぐるりとこちらに向き直ると、魔法の矢を六発も撃ち出してきた。


「ちぃっ!」

 すぐに反射魔法でそれらを弾き返すと、相手は慌てた様子で魔法障壁を張り、一体の霊獣を召喚する。

 それは緑色の光を放つ、大きな犬か狼に似た奴で、かなりの戦闘能力を秘めていそうだ。


「待て、攻撃するな。あんたは俺の敵になるつもりか?」

 岩陰から呼びかけると、相手はさらに警戒した様子を見せる。

「不破の隠幕で姿を隠し、さらに私の力を探ろうとした相手が、敵でないと?」

 そうは言うが、相手も自らに認識阻害などの魔法を掛けている。

「お互い様だろう」

 そう言いながら岩陰から姿を見せると、そこには二十代前半の女が立っていたが、その姿はぼんやりとして、はっきりと視認できない。

 彼女は首を傾げ、こちらに向けていた木製の杖らしき物を下ろした。


「あなたは──たしか、()()()()()()()()()? だったっけ」

 急に口調が柔らかく、幼い感じのものになり、彼女から戦う意志が消えていく。

「? 失礼だが──俺に会った事が? まったく記憶にないんだが」

「ああ、それは──」

 そう言いながら杖をぐるりと体の前で回すと、遠目に二十代くらいの女だと思っていた相手の姿がしぼみ、小柄な十代の少女に変化する。──姿を擬態していたのだ。


「わたし、私」

 それは森に住んでいた魔女の一人だった。

「ああ、君か。──友人の居ないエンビーア、だったな」

 木の精霊が言っていた事を口にすると、少女は杖を振り上げて「そんな事はない!」と怒り出す。

 俺の前で身構えていた青焔狼が攻撃的な姿勢を解き、魔女の少女の横へと移動する。


「それにしても奇遇だね。この魔術領域で他人と会うなんて──五、六十回もぐってるけど、初めて人に接触した」

「そうなのか。俺はまだ片手で数えるくらいしか来ていないが」

 こうしてエンビーアと奇妙な場所で、再会を果たしたのだった。

次話でこの章も完結。

日曜日に投稿します。

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[一言] >日曜日に投稿します。 作者様、楽しみにお待ちしています。
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