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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

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執着心。求める想いと実力(経済力)

 灰となった旧友の遺灰を一掴み、小さな皮袋に収めると、老魔法使いは立ち上がる。

 ニルヤリスは邪神が残した黒い結晶(魔晶石)を集め、それを革袋に収めた。

 邪神を倒した勇者は異界の入り口があった場所を調べていたが、もう入り口は閉ざされていた。

 通路の奥にはバルサスとニルヤリスが調べに行った。異様な臭いがする通路の奥にいったいなにがあるのか、二人は慎重に建物の内部を調べに行く。


「それにしても」と老魔法使いのアトモシスがしゃべり始める。

「おぬしの──レギの使った光属性の攻撃魔法。あれはなんだ? 見た事も聞いた事もない、強力なものだったが」

「そうですか? まあ確かに私の居た国でも、あの魔法を使える者は限られていたでしょうね」

 と、俺はすっとぼけた。まさか上位存在から手に入れた、上位存在の固有魔法とは言えない。この魔法という範疇はんちゅうを逸脱した上位存在の力を直接行使する技術は、ある意味で上位存在と同じ光体アウゴエイデスを有するとも言えるのだ。


 俺の場合は取り込んだ魔神ネブロムの結晶を使い、魔力を消費してはじめて行使できる。この力を魔法として、他の魔法使いに習得させるのは難しい。

 それに「十字破光エメラダス」の威力が高かったのは相手が邪神だった為だ。邪神や魔神にとっては弱点となる力を発生させるので、それが功を奏した形になった。

 その後も老人から根掘り葉掘り探られそうになったところへ、青い顔をして帰って来たニルヤリス。きっと、おぞましい光景を目の当たりにしたに違いない。


「通路の奥には調理場があった」

 気分が悪そうにバルサスが口にしたが、彼の喉は乾ききっているようだった。ごほごほとせき込むと、さっさと町に戻ろうと口にする。

「そうだな、戻るとしよう」

 アトモシスが言うと、シュバールト少年もこちらに近づき、この領主の館を出たのである。




 馬車に戻ると護衛の者たちと共に、アンソワースの町へ帰って行く。

 まったく、気の滅入る危険な仕事だった。

 ルシュタールで邪悪な魔物や邪神が頻繁ひんぱんに出現しているというのを、まさかこうもあっさりと体験するとは。しかもその相手が「美食家パーサッシャ」の成れの果てとは。なんとも奇妙で恐ろしい経験だった。


 ペンティス狩猟しゅりょうじょうを魔物から解放するという依頼を受けて出向いた冒険者たちは、そこで絶望を体験しただろう。

 まさか自分自身が料理の食材になるなどと、考える者が居るだろうか?

 強大な力を持つ敵に倒されるという事は、その後の自らの運命を相手に支配されてしまうという事だ。

 自分の将来になにを思い描いていたとしても、他者に支配されてしまえば、そんなものは思い出にもならない。──待つのはただのありふれた絶望。

 強い獣が弱い獣を喰らって生きるという、しごくありふれた絶望。


 パーサッシャもおそらくは──ただ美食を愛し、自らの快楽を追い求めるだけの人間()だったのだ。

 だが彼は邪悪な呼びかけを聞いて、それに応えてしまった。

 きっと彼は、自分の将来を思い描いた時に不安や、恐怖を覚えたのだろう。自らの財産のすべてを美食に浪費し、それが失われたあとの──美食の道が閉ざされてしまう事を。

 それは金銭的な面だけではない。

 人の命は短く、彼の中に潜む膨大な欲望を満たすには、あまりに余命が足りないと悟った──その時の彼の絶望。


「生きたい! そして美食を、もっと旨いものを食べ続けたい!」

 彼は欲望にのみ忠実な奴隷だった。自らの肉体の、感覚の、快楽の、美食のとりこだった。

 そこにつけ込まれたのだ。

 自らの血を分けた赤ん坊を調理し食するという、その行為に儀式的な意味付けをし、彼の精神を、魂を、霊を──邪神の眷属けんぞくへと変容させた。

 彼が新たな名前と姿を手に入れた時には、現実の彼は内臓を剥ぎ取られた死体となり、変容した彼の──彼だったものは──邪神の眷属として誕生したのである。




「思えばあやつは愚かな男だった」

 馬車に揺られながらアトモシスが、誰に向かって言うでもなく──独り言のようにつぶやいた。

「財産が無限にあるとでも勘違いしているかのように散財し、あらゆる貴族から物笑いの種にされるような奴だ。血の巡りの悪い奴だったのだろうな、最期には、まったく理解しがたい死に様をしたと思っていたが。……まさか、邪神の手のものにそそのかされていたとは」

 老魔法使いは嘆いているのではなさそうだ。むしろ腹を立てているようにすら見える。

「そんな言い方……」

 シュバールト少年が文句を言おうとすると、老人は深い溜め息をく。


「それよりもシュバールトよ、おまえの戦い方はあぶなっかしすぎる。今日はなんとかなったが、これからはもっと慎重に行動せよ。今回はたまたま誰も死にはしなかったが、一つ間違えばここにいる誰かが死んでいたかもしれんのだぞ」

 その言葉に対し強くうなずく者が居た、冒険者のバルサスだ。

「そうだな。特に冒険者の立場から言えば──たとえ依頼放棄になろうとも、まずは己の命を大切にすべきだろう。あまりに危険な相手に対しては、挑むよりも逃げるという選択肢を用意する事も必要だ」

 すると少年は俺の顔を見て、まるで助け船を期待するような表情をする。──だが、俺は首を横に振った。

「二人の意見が正しい。シュバールトの勇者としての力が今回は上回ったが、異界に単身飛び込むような真似まねは無謀だ。異界の中には、その異界を創り出した存在の力以外を封じてしまうものもあると聞く。もしそうなれば、君は勇者としての力を封じられ、負けていただろう」


 むっとした少年の顔。

「でも、ぼくには勝てる自信があったんです」

 むくれたような表情には、まだ幼さがあった。

 戦いの場に何度も立ち、勝利を収めてきた少年の中には──慢心にも似た、危険な思い上がりが力をつけてきたようだ。

自惚うぬぼれるなシュバールトよ。お主の力は()()()()()()()、それを忘れるな」

 老魔法使いは厳しい口調で静かに一喝いっかつした。


「与えられた力」老人は確かにそう口にした。彼は勇者託宣の儀式には関わらなかったと言っていたが、少年と共に旅を続ける中で、その力の秘密に気づいたのだと思われる。

 この勇者の力は明らかにおかしい。

 少年の体を包んだ緑色の気は、神気と呼ぶものに違いなかった。それは高位魔法の中で、神々から借り受ける力として存在するらしいが、少年の発した力は魔法(借り受けた力)ではなく、より強力な──直接的な神の力の具現を思わせる攻撃だった。

 少年自身もあの力が自分のものだとは思っていないようで、アトモシスの言葉を受けて、ぐっと言葉を飲み込んだのである。




 馬車はアンソワースの町に戻って来ると、囲壁いへきの中に入って行き、戦士ギルドの前に停車した。俺たちはぞろぞろとギルドの中へ入って行く事になり、今回の依頼をこなした報酬と、危険な邪神の討伐報酬を獲得したのだった。

 邪神の残した黒い魔晶石の一つはギルドに引き渡し、残りは俺とアトモシス、ニルヤリスで分ける事になった。魔法使いなら魔晶石は、魔法の触媒としても使えるからだ。

「ぼくはいりません」と受け取りを辞退したシュバールト少年のお陰で、魔晶石の一つを受け取る事ができたのだった。少年の魔法に関する技術では、まだまだこうした物を使いこなすのは難しいらしい。


 戦士ギルドでは、また勇者の一行が新たな冒険を乗り越え、しかも中級邪神を倒したという話で持ち切りになっていた。

 俺はそうした話題の中に入りたくないので彼らから離れ、早々に馬車へ戻り、カルナックへ向かうまでの距離と時間を割り出す。


(今から向かっても、途中で野宿する事になりそうだな)


 勇者一行はこういう場合どうするのだろうか、野宿はしないと考えるほど贅沢な旅をしている訳ではないだろう。──この馬車が屋根()付きなのを見る限り、この馬車の中で眠る事もあるはずだ。

 できればさっさと南下して次の町に向かいたいのだが。──そんな考えを抱いていると、ニルヤリスたちが戻って来た。


「ここで昼食をとっていきましょう」

 確かに昼を回った頃だ、俺は彼らと共に昼食を食べる事にした。──馬車を厩舎きゅうしゃに預けると、そこそこ格調のある料理屋に案内された。俺とバルサスには明らかに場違いな感じだったが、これはたぶん、アトモシスとニルヤリスが宮廷に仕える魔法使いだった所為せいなのだろう。彼らの基準に合わせると、一定以上の品の良い店が好まれるのだ。


「下手をすると胸焼けしそうな、脂まみれの料理が出るぜ」

 バルサスがうんざりした調子で言う。

 牛酪バターなどをたっぷり使用した料理が多いという意味なのか、ルシュタールの高級料理屋の味は彼の好みには合わないらしい。

 まあ他国の人間である俺からすると物珍しく、斬新な調理法だと思うのだが。濃い味付けの多いルシュタールの料理は、毎日食べるには厳しいものだとは感じている。


(脂っこいもの、濃い味付けのもが多いお国柄が、パーサッシャのような人間を生み出したのかもな)


 祖国であるピアネスの貴族連中は、どちらかというと質素な方だったろう。牛酪が貴重だったというのもあるが、食事に贅沢を求める人間自体が少ない──そんな思想が根付いていた。

 古い時代の歴史的な経験から、質実を求める傾向が強い貴族が多いらしい。度重なる長い戦争が続き、贅沢な食生活よりも、食料の備蓄に重きを置く意識が強いのだ。

 保存食や携帯しやすい糧食など、そうした調理技術が発達し──ある意味では、冒険者に必要な資質を持ちやすい環境であったかもしれない。

 冒険先で美味い料理を求めるなど贅沢、と言うよりは──愚か者と考える気質が育っていた。もちろん休息時に安らぎを求めるのは分かるが、見知らぬ土地や人の踏み込まぬ土地で気を抜けば、命を落とす事だってある。


 そうした実例は、戦士ギルドに寄せられた情報に腐るほどあるのだ。

 冒険者の間でそうした話は共有され、教訓として語られている。

 今度の勇者シュバールトのような、自分の実力を過信して、あらゆる敵に立ち向かっていく冒険者の話がある。──なんという冒険者の話だったかな……


「おまえは『スカラス』という男の話を知っているか?」

 とバルサスが口にしたではないか。まさにその冒険者の名前を思い出そうとしているところだった俺は、驚きを隠しながらも、バルサスになんらかの思念が伝わって、俺の考えている事柄について話し始めたのではないかと、奇妙な疑念を抱いたくらいだった。


「この冒険者は血気盛んな男で、自分は英雄になれる人物だと思い込んでいたんだとか。しかし、度重なる自己中心的な行動で仲間を危険にさらし、最後には仲間を犠牲にして、自分だけ逃げ帰って来たと言われている。実際のところどうだったかはしらんが」

 バルサスも血気盛んな方だと思うが、それでも戦いの中で冷静に判断するだけの落ち着きをもっている様子を見せていた。

「おまえは自分の力を過信しすぎだ。勇者としての心得を学んだのが理由かはわからんが、いまのままではいずれ、自分や仲間の命を危険にさらすぞ」


 バルサスは努めて冷静な口調で語って聞かせていたが、少年にちゃんと伝わったであろうか。どんな状況でも貫ける想いなど、それは理想論でしかない。

 現実的な生き死にの戦いの中では、そんな思い込みは足を引っ張るだけなのである。

 俺はただ黙って頷いて見せ、給仕が運んで来たお茶を飲み、邪神との戦いを振り返りつつ、危険な上位存在にどう挑むべきか──頭の中で討伐の思考実験を構築し、分析してみる事にした。

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