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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

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邪悪なる竜

 ずるりと傷口から青黒いなにかが飛び出した。

 それは瘴気を放ちながら、周囲に毒々しい重い気体をき散らす。

 引き裂かれた肉のかたまりから現れたものは、青黒い皮膚をした怪獣。

 ごぼごぼと血の泡を吹きながら傷口を押し広げ、青黒い肉の塊が膨れ上がり、周囲の魔素を取り込みながら、どんどん大きく成長する。──それは巨大な爬虫類はちゅうるいの様な姿形をとって、俺たちの前に現れた。


 裂けた巨大な口には残酷そうな牙が並び、頭部は鼻先の短いわにのよう。上半身の筋肉は隆々(りゅうりゅう)と盛り上がっており、固そうな皮とうろこがぬらぬらと青黒い光を反射し、肩や腕から角やとげが生え、太い腕は筋肉の筋が浮き上がり、指先には尖った黒銀色の爪が伸びている。

 全体的に鰐に似ていたが胴が長く、蛇と鰐を合わせたみたいな姿の化け物。

 その姿はまるで竜だ。

 頭部から背中にかけて、ぼこぼこした背骨のような関節が突き出ており、体のあちこちから棘が生えている。

 短く太い足は、龍の下半身を思わせる強靭な筋肉と鱗に覆われ、棘の付いた長い尻尾が伸びて、奴の背後で床をガリガリと引っ掻いていた。


「ゴアァアァァアァッ‼」

 完全な爬虫類じみた化け物に変形したパーサッシャ=アピポスは、全身に紫色の紋様を浮かび上がらせた。それは体中を流れる血液と魔力の流動であり、脈打ちながらぼんやりとした光を発している。


「撤退するぞ! シュバールトよ、援護しろ!」

 神霊の光をまとった少年勇者は首を横に振った。

「ダメだ! ここでこいつを倒さなくちゃ!」

 巨大化した化け物の所為せいで床や天井が崩れ、乱暴に振られた尻尾の一撃で柱が崩れた。放っておけば、この異界の建物は崩れ去るかもしれない。

「いい加減にしろ! おまえ一人の力でなんにでも打ち勝てる訳ではないのだぞ! 通路を抜けて元の場所に戻るのだ!」

 そう叫びながらアトモシスは炎の攻撃魔法を立て続けに放ち、邪神の周辺を火の海へと変化させた。

 凄まじい炎の中から火炎旋風が渦を巻き、ごうごうと音を響かせて怪獣に襲いかかる。


「ギュワアアァァアァッ!」

 悲鳴らしきものが化け物の口から漏れ、バルサスは少年の腕をつかむと、彼を引きずるみたいにして強引に広間を脱出する。

 老魔法使いの攻撃魔法の威力も相当なものであると同時に、複数の魔法を連続して放つという驚異的な力を見せつけた。


 俺たちは通路を駆け抜けながら、元の貴族の館へ戻ろうと逃走する。

 その時だった。

 後方の通路からもの凄い音が聞こえてきたのだ。

 巨大な鰐蛇の怪獣となった邪神パーサッシャ=アピポスが、広間と通路の間にある壁を破壊し、通路に踊り出たのだ。

 まるで怒り狂った竜が突き進んでくるみたいに、壁や天井を破壊しながらこちらに向かって来ていた。


「化け物め!」

 バルサスは振り返りながら悪態をく。

「おのれ、パーサッシャ! 魂までも邪神と化したものよ。そのような姿で生き続けるくらいなら──私の手で引導を渡してやろう!」

 走りながら老人は杖をかかげ、通路の天井に向かって魔法を解き放つ。

「グエゥラ、アヴェルド、ザフ、アルブ、地脈を伝う大地の霊精れいしょう、我が言霊ことだまに従え『岩砕破』!」

 ごうんっ、という音が天井から聞こえた。続けて天井が後方に向かって崩落を始める。

 ガラガラ、ズドン、ズシン、そのような音が重なり合い、凄まじい騒音を巻き起こしながら、建物が崩落していく。


 俺たちは通路を駆け抜けて、この異界の入り口となっていた場所から、領主の館へと戻って来る事ができた。

 その広場まで無事に辿り着くと、俺たちは武器を構えて振り返る。建物の崩落に巻き込まれたくらいでは奴は倒せない。

 異界の入り口は暗く、瘴気を思わせる暗闇がゆらゆらと揺れ動いている。

 今までは普通の通路が見えていたが、異界の建物が崩落した砂埃すなぼこりが上がり、それと接触した異界への入り口が()()()()いるようだ。

 その境界とも言える空間のゆがみにひびが入り始める。


 ミシミシッ、ギシギシッ──


 小さな空間の外にまで広がる亀裂。

 その中から爬虫類の親玉と化した邪神、パーサッシャ=アピポスが傷だらけの状態でい出て来たのである。

「不死身か、こやつは!」

 息を切らせながら憤怒の思いで老魔法使いが叫ぶ。


「ゼェアァァアァッ‼」

 再び緑色に光る神気を纏ったシュバールトが、裂帛れっぱくの気合いと共に邪神におどりかかり、振り上げた剣から邪悪を断ち切る斬撃を打ち放つ。

 まるで巨木を一撃で粉砕する落雷が放たれたかのようだった。

 広間に響き渡る爆音。離れた場所に居た俺にまで、衝撃波で体が震えるほどの威力。

 それをまともに喰らった怪物だったが、固い表皮を引き裂かれ、骨まで砕かれてなお、大きな前腕を振り払って少年を弾き飛ばす。


「ウワァッ!」

 大きな手の甲で打ち払われたシュバールトが、石床に叩きつけられて転がった。

 だが邪神はかなり致命的な損害を受けているようだ。上半身は少年勇者の攻撃で引き裂かれ、下腹部を引きずりながら広間に下半身を現すと、後ろ足の一本は折れ曲がり、背中には大きな尖った石材の塊が突き刺さっている。

「全員さがれっ」

 老魔法使いはそう呼びかけながら、呪文を唱え始める。

 全員に再び防御魔法を掛け、続いて武器に威力を増す魔法を掛けて仲間に戦いをうながす。


「さてさて、どうしたものか」

 俺は魔剣を構えながら、先ほどの勇者の──神霊力を有した──攻撃すら耐えきった怪物を前に、どのように攻めるか、その方策に頭を悩ませた。

 なまなかな攻撃では倒すまでに時間がかかるだろう。邪神の構築した異界から現世に姿を現した事で、奴の異常な回復力は失われたようだが、本性をあらわした化け物は、硬い皮膚や筋肉で守られている。

 それを貫く攻撃手段がない訳ではないが──


 鋭い鉤爪を振りかぶって攻撃してきたのをかわしながら、素早く反撃して奴の前足と脇腹を斬り裂いてやった。

「グァガガァアァッ!」

 やはり傷は修復しない、これならなんとか対処できそうだ。

 長い尻尾を振って、側面に回り込んだ俺をぎ払おうとする邪神。その攻撃を下がりながら跳んで躱し、柱の陰に回り込む。


「アウデュルグフス、アウデュマガゥイ、風の神殿より運び、彼方より来たりて、刃の旋風を巻き起こせ、嵐を司る風の霊王『嵐の刃』!」

 柱の陰から飛び出し、剣を突き出して魔法を放つ。

 傷ついた脇腹を狙って刃の旋風が切りつける。

 無数の風の刃が次々に邪神を引き裂き、傷を作り出すと同時に、辺りに青い血液を飛び散らせる。

「グブゥアァアァァッ!」

 ガリガリガリッという音を立て、強靭な皮や肉を引き裂いていく風の刃。

 それは広間に暴風を巻き起こし、邪神の巨体を横倒しにするほどの威力を発揮した。

(想定していたよりも威力が……!)


「うおぉぉおぉっ⁉」

 しまった……うっかりしていたが、魔神の力を取り込んだ事で、魔法の威力が高まったようだ。ニルヤリスが魔法障壁を展開して仲間を守っている。普段、一人で行動している弊害へいがいか、味方が巻き込まれる事態を失念していた。

 どすん、と横倒しになった体を戻しながら、こちらを睨みつけて前足で殴りかかってくる化け物。

 それをひらりと躱しつつ、柱の間をって移動する。


「ばっ、ばっかもん! わしらを殺す気か!」

「すまない。しかし、どうする? このままでは──!」

 ぐばっ、という不気味な音が邪神の口から漏れた。まさか──、そう思う間もなく奴の大きく開かれた口から、毒々しい瘴気の息吹が放出された。

 まるで消化液を放つ生き物のような攻撃。

 俺が老魔法使いのそばに合流したところへ、凄まじい勢いで邪悪な息吹が放たれたのだ。


「ちぃぃっ!」

 俺も魔法障壁を張り、なんとか三人の力でその攻撃を防ぎきったが、離れた場所に居たバルサスは、横薙ぎにされた息吹の一部を喰らって床に倒れ込んでいる。

「まずいのぉ」

「勇者の力は、まだ頼りにできるのか?」

 俺は魔法使いたちの張る障壁の内側で尋ねた。

「だい……じょうぶです」

 少年は立ち上がり、よろよろと後方からこちらへ歩いて来る。

「……わかった、信じよう。では──」

 覚悟を秘めた少年の瞳を見ながら頷き、俺は少年や二人の魔法使いに作戦を聞かせた。




「やれるのか?」

「そちらこそ」

 俺を心配する老人に言ってやると、ただちに前線へと飛び出す。

 おとりとなった俺を狙い、巨大な口で噛みつこうとする化け物の攻撃を躱し、側面へ回り込んで注意を引きつける。奴の頭がこちらへ向いた瞬間が合図だ。


「ゴアァアァッ!」

 広間の天井すれすれに上体を起こし、両腕を叩きつけるみたいに振り下ろす蛇竜。

 醜い頭部──その巨大なあごが石床を粉砕する。

 真っ赤にした眼でこちらを捉え、立て続けに奮われた爪の攻撃を躱しながら横に回り込み、長い胴体が勇者の少年の正面にくるよう誘導する。

(いまだっ)

 俺は準備していた魔法を解き放つ、──それは魔神ネブロムから獲得した上位存在の奮う力。


十字破光エメラダス!」

 食らいつこうとしたその頭部に叩きつける、光り輝く十字型の斬撃と衝撃。

 頭上から打ち込まれた力に押さえつけられるみたいに、床に叩き伏せられる邪神。

「グギュァアァァッ⁉」

 輝くまばゆい衝撃波が奴の頭部の甲殻を削り取り、さらに邪神の弱点となる光の力で奴の肉体は融解し、蒸発を始めている。肉も血も飛び散る事なく、硬い鱗状の外皮すらも削っていく。


 じたばたと手足をばたつかせている化け物に飛びかかるシュバールト。

 剣に纏わせた神霊の光。

「ハアアァアッ‼」

 勇者の一撃が振り下ろされる。

 俺はすぐに回り込み、少年の攻撃に巻き込まれるのを避けた。

 振り下ろされた剣から放たれる攻撃、それは「業魔斬」とはまったく逆の力でおこなわれる、神気による「神威斬」とでもいうべき攻撃。

 爆発的な力が邪神のからだを打ち砕く。


「ギョアゥォアォオォォッッ‼」

 バキバキバキッ、メキメキメキッ、ジュワワァァ──、そんな音が重なり合う奇妙な破壊音。

 邪神の上半身から頭部が黒い灰となって崩れ落ちる。それは黒いキラキラとした輝きを発しながら消えていく。その黒い灰の中からいくつかの結晶が残された。

 まるで蒸発するみたいに、灰となって崩れた箇所が──黒いきらめきを残して消滅する。

 それが断ち斬られた腹部や下半身に回り、ふと、一ヶ所だけ灰の塊が残された。

 ぼろぼろと崩れ落ちる灰の塊の中から現れたのは、一人の小太りの男。


「パーサッシャ‼」

 アトモシスの驚愕した声が広間に響く。

 黒い灰の中から現れた小太りの中年男──それは、パーサッシャだという。

 灰まみれで床に膝を突き、生気のない瞳で床を見つめている。

「ぁ、ぁ、ぁぁ……」

 老魔法使いを見上げた男は真っ青に近い肌の色をし、もはや死んでいるも同然の状態に見えた。

「アトゥモ……シすゥ……」

 その声は幻聴だったのかと疑うくらい、奇怪な響きで呟かれた。ぼろぼろと崩れ去る白い灰の塊。その肉体だったものが、ただの灰となって床に崩れて散らばった。

 もはやパーサッシャは人の形も欠片もなく、この世から消え去ったのである……




「パーサッシャ……」

 残った灰の塊を前にして彼は呟く。

 邪神と化した旧友の滅び。その最期の瞬間に、パーサッシャは人としての心を取り戻したように見えた。邪神となって人を喰らう化け物となっていたが、人間だった頃の友人の顔を見て呼びかけたのだ。

 もしかすると、勇者の攻撃によって邪神としての肉体を破壊される時に、神的な力が働いて──人としての意識が戻ったのだろうか。

 邪神に成り果てた者が、ああして人間の肉体のような姿に戻るなど、あり得ないのではないか。

 勇者の中に降ろされた神霊の力とは、確かに上位存在の──しかも神聖な力を司るという、神の力を行使したように感じられた。


 ルシュタールの宮廷魔導師が、いかなる存在を少年に宿らせたのか興味があるが、それをやすやすと悟らせはしないだろう。そんな技術を他国に知られては厄介やっかいごとを招くと考えるはずだ。

 神秘的な魔導の奥義を持っているルシュタール……いや、待て──


 その技術を残したのは、魔神ベルニエゥロの配下であるティエルアネスのはずだ。であるならば、彼女からその知識について聞き出す方が、国家の秘密を探ろうとするよりは手っ取り早いのではないか。

 俺は勇者託宣という儀式の正体に興味を持つと同時に、この儀式が明らかに通常の儀式魔術とは違う、上位存在の力を直接行使するものだと理解したのだった。

ここで章終わりとすると切りがいいのですが、もう少し続きます。


評価、いいね、ブックマークに感想……ありがとうございます!

応援してくれる人に感謝しかありません。


❇アトモシスの唱える呪文にある「霊精」とはいわゆるマナに近いものを意味してます。魔法を行使する為の呪文は、日常と同じ言葉を用いていても、意味合いが異なるものもあったりします。


❇最後に現れたパーサッシャの体、別に彼が生きていたという事ではなく、記憶の断片が様々な偶然で具象化され、幻のように立ち現れた、というくらいのものです。通常の人間の精神では、高次存在の霊的な力の前には無力で、融合などすれば魂が崩壊します。

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[一言] 作者様おはようございます。 この世界に於て勇者とは、上位存在の力を借りて行使する為の依り代なのでしょうか?。
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