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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

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館に巣くう悪夢

 幸い馬車には回復薬などの道具が多く備蓄されていた。彼ら「勇者一行」の所有する道具の中には効果の高い、高価な回復薬も数多くあり、四人はそれを革帯ベルトに取り付けた物入れ(ポケット)にしまい込んだ。

「あなたにも」

 ニルヤリスはそう言いながら二本の回復薬を差し出す。

「いいのか、そんな高価な物を」

「命懸けの戦闘に参加すると言ってくれた仲間に対する、当然の備えですよ」

 彼女の言葉にアトモシスも「受け取っておけ」と告げた。

 二人は宝石の付いた杖を持ち、革の手袋などを身に着け始める。

 俺は感謝の言葉を口にし、それを小さなかばんにしまう。


 馬車は今までの街道とは違い、かなりでこぼことした悪路を急ぎ足で進み、ガタガタと音を立てて走り続けた。

 戦士ギルドから馬車の護衛役としてつけられた冒険者たち三名が馬を駆り、馬車の先導をおこなう。

 そうして走り続けた先に、広野に広がる林や森に囲まれた土地に入ってきた。道のそばに砦があり、そこには貴族の私兵が駐屯ちゅうとんしているらしく、戦士ギルドの依頼書を確認すると通してくれた。


 隆起した地面の上に生えた樹木や、大きな岩が転がる自然豊かな場所に入ると、なにやらよからぬ気配を感じた気がした。──一瞬の事だったので錯覚かと思ったほどだ。

 しかし道の先にある木々の陰にある建物が見えてくると、どうにも嫌な予感が周囲を取り囲んできたぞと、そう思わざるを得ない空気が漂い始めてきたのである。


 石造りの立派な建物は壁に囲まれ、その入り口の前に倒れた馬が一頭。遠目から見ても死んでいるのは明らかで、勇者一行と戦士ギルドの冒険者たちは、建物から離れた場所に馬車を停め、俺たちは建物に近づく事になった。

 立派な建物は館と砦を合わせたような姿をし、どんよりと暗い雰囲気のある林を背にして建っている。近くの森から警告を発するみたいに鳥の鳴き声がして、それらはギャァギャァと耳障りな鳴き声を上げてわめき始める。

「うるせぇな……」

 大剣を背負ったバルサスが呟くと、森は一気に静かになった。まるで彼の発する殺気に怯え、鳥どもが黙ったかのようだった。


 建物を囲む石壁に取り付けられた門に近づくと、先に来ていた冒険者の連れた、荷運び用の馬と思われる動物の死骸を見つけた。それは内臓のほとんどと頭部を失い、門のそばに倒れ込んでいたのである。

「この傷口……まるで()()()()()()()()()()()()()()()だぜ」

 バルサスの言ったとおり、腹部の傷口は獣に喰われたり、亜人などが乱雑に切りつけていったあとではない。まるで料理人が必要な部位を得る為に解体していったみたいな──そんな不自然さがある。


「確かに異様だ。警戒していった方がいい」

 俺は門の前に立ち、鉄格子の扉を開けて敷地内に足を踏み入れた。

 勇者の少年が銀色に輝く剣を抜いたのを見て、俺も自分の魔剣を引き抜く。

「おやおや、その剣は……!」

 目ざとく老魔法使いが俺の剣を見て声を上げる。

「変わった剣を持っているな、さすがは玄人の冒険者といったところか」

「なに、たまたま手に入れた物ですよ」

 少年も振り返り、俺の剣を見ると真剣な表情をして頷く。

「頼りにしますね」

 彼はそう言ってにっこりと笑った。

「万全は尽くそう」


 館の入り口に近づくと、胸の奥がざわつくような感覚を覚えた。まさかとは思うが、この感じは──上位存在だろうか。魔神や邪神といった、危険な存在の圧力プレッシャーを感じ始めた。

 それは建物の扉を開けた時、確信へと変わった。この館に棲みついた者は、邪悪な上位存在に違いないと。

 建物の中から漂ってくる吐き気をもよおすよどんだ空気。

 それを感じたのは俺だけではなく、少年勇者シュバールトや老魔法使いアトモシスも、同様の気配を感じ取ったらしい。


()()()──()()()()()()。シュバールトよ、よく聞くがいい。危険だと感じたら退くのだ、まずは相手の出方をうかがい、その実力を見極めることを優先しろ。でなければ、わしらはここで全滅するやもしれん」

 老魔法使いの忠告を聞いた俺たちの間に緊張が走る。

「……わかりました、無茶はしません」

 少年は剣と腕に付けられた小盾バックラーを構えながらそう応えたが、本当に理解しているかは疑問だ。彼自身もこの建物の中から流れてくる異質な気配を感じたはずだが。

 それでもまったく退かず、建物の中へと歩を進めようとしたのだ。この少年が剛胆なのか、それとも無謀なのか──その二つに違いなどあるのだろうか? 剛胆か無謀かは、その結果によって決まるのだろう。


「いくぞ」

 バルサスが先頭を行く形で歩く。

 館の中は木の床板や石の壁、階段などが綺麗に残されていたが、正面に続く通路はひどく傷んでいた。

 傷ついた床板、壁の傷、床の一部には赤い血の跡が残されている。

「戦いの跡だな。……しかし、死体はどこだ?」

 ここには血痕は残されているが、死体などは一つもない。冒険者のものも、その彼らが戦った相手のものもだ。


「この先になにか感じます」

 少年は通路の先を指さす。

 通路の先には大扉が開かれ、奥にある広間が見えている。

 そちらに向かう前に、暗い室内を照らす小さな灯明魔法を作り出すニルヤリス。

 広間には赤や白に彩られた絨毯じゅうたんが敷いてあるようだ。暗い部屋の中を照らし出しながら、広間の中を探っていると、周囲に暗い群青ぐんじょう色の霧が集まりだし、六体の小鬼ゴブリンに似た魔物が現れた。

「邪鬼か。──どうやらここに巣くっている者は、邪神のようだな」

 冷静な老魔法使いの声が聞こえた。


 青紫色の肌をした邪鬼は、鈍色にびいろの金属鎧などで武装している。ギザギザとした返し刃がたくさん付いた短い槍や、鋭く尖り、曲がった刃先を持つ短剣などを手にした不気味な邪鬼が、じりじりと殺気だって迫ってくる

「グッシャアァァアァ──ッ!」

 兜を頭に乗せた邪鬼が叫ぶと、五匹の小柄な連中が、ぴょんぴょんと跳ねるようにして、左右に体を振りながら間合いを詰めてきた。


「ふんっ!」

「せやぁっ!」

 バルサス、シュバールトの二人が先に仕掛けた。

 彼らの奮う剣が小さな邪鬼を斬りつけ、一撃で吹き飛ばす。

 痛烈な一撃を受けた体は鎧を引き裂かれ、黒っぽい血を撒き散らしながら床に倒れ込む。


 アトモシスが掛けた魔法が、剣に斬撃を倍加させるような威力を与えているのだ。

 それを俺にも掛けた老魔法使いに応えるように、迫ってきた邪鬼二体を連続で斬りつけ、一瞬で奴らの命を刈り取った。

 さすがに劣勢だと悟った様子の邪鬼たちは、広間の奥にある通路へ逃げようと走り出す。


「まてっ!」

 少年勇者はそのあとを追いかけようと駆け出した。

「だめだ、追うな!」

 俺は叫んだが、少年は通路の方へ行ってしまう。

 すると通路にある見えない闇の中へ溶け込むみたいに、少年の姿は見えなくなってしまったのである。

「なんだ、いまのは⁉」

「広間から通路への入り口が、異界への門になっていたんだ」

 俺は説明し──彼を追わなければ、少年は異界で死ぬだろうと告げた。


「いくしかねぇのか……」

 俺はバルサスの言葉を聞いてから、二人の魔法使いを見る。──二人も覚悟はしているようだった。

「だが気をつけろ、異界では魔法が思うように使えぬ場合もある。なんとかその領域の力を分析し抵抗してみるが、お主らだけで時間を稼いでもらわなければならんかもしれんぞ」

 俺とバルサスは黙って頷くと、小走りに異界への入り口を潜って行ったのである。




 入り口があるようには見えない、広間と通路の間を通過すると──一瞬、視界が真っ暗になった。異界へと入り込んだのだ。

 そこは薄暗い建物の中で、領主の館とは違った内装をしていた。──壁は大きな石のかたまりを組み合わせた物で、調度品や壁紙などはなく、床も木製の床板ではなく、剥き出した石の床であった。

 壁に架けられた燭台で、青い火を発する蝋燭ろうそくがゆらゆらと燃えている。異質な空気は恐ろしく魔素が濃く、それと共に──異様な熱気を感じた。


「なんだ、この臭いは……鼻が曲がりそうだ」

 確かに奇妙な臭いが通路の奥から漂ってきている。

「シュバールト、どこだ⁉」

 アトモシスが危険を感じて声を上げた。

 この空間には魔法を封じるような力は働いていなかったが、邪悪な存在にとって活動しやすい場所であるのは間違いない。邪神の中でも危険な力を持った存在が、ここに居るのだと感じさせるに充分な、肌に絡みつくような魔素と邪悪な気配に満ちていたのだ。

 すると通路の奥から邪鬼の断末魔が聞こえてきた。


「いくぞ!」

 バルサスが率先して通路の奥へ向かって駆け出した。左右に道が分かれた場所に来ると、俺は左に右にと生命探知を掛けて調べる。

「向こうだ」

 反応のある右への通路を指し示し、俺は三人を引き連れて通路の先にある広間へ飛び込んだ。


「みんなっ」

 柱のある大きな広間の中心に少年が居た。

 その周辺には二体の邪鬼が絶命して転がり、灰色の石床の上に赤黒い血をこぼしている。

「ばかやろうっ! 一人で突っ走るんじゃねぇ!」

 バルサスの激昂が周囲に響き渡る。

 壁に当たって反響する彼の声が「ぅおん、ぅおん」と、耳障みみざわりな残響となって聞こえている。その気味の悪い音を耳にしてバルサスも黙り込んだ。

 まるで死者の呻き声のように聞こえた不気味な残響が消えると、広間の奥にある通路の方から「どすん、どすん」という、重い足音が響いてくる。


 俺たちはすぐに武器を構えて周囲を見回し、部屋の奥に三名の冒険者が倒れているのを発見した。

「あれは!」

 少年が冒険者に駆け寄ろうとするのを俺は腕を掴んで引き止める。

「なぜ止めるんですか!」

「むだだ、もう死んでいる」

 生命の反応はない。

 それに一人の男の体は腹部がえぐられ、心臓を抜き取られたような痕がある。さらにもう一人は頭が開かれており、まるで脳味噌を摘出したみたいにして、壁に背中を預けていたのだ。


「なぁんだぁ~~? やけに騒々しいじゃないか。また来客かね?」

 くぐもった男の声が通路の奥から聞こえてくる。ずしん、ずしんと足音を響かせながら。

 通路から広間の中に現れたのは、白い皮膚をした象。いや、河馬かばのような存在。それが二本足で立ち、膨れたるんだ腹に紫色の紋様が浮かび上がっている。

 なんという醜悪な生き物だろう。

 それは()()()()に太った人間のようでもあり、象や河馬を思わせる化け物でもある。太い足にひづめみたいな黒い爪を持ち、三メートルを超える大きな体の上に、首の無い男の顔が乗っていた。

 その頭部は肩の肉と同化しており、巨体を包む贅肉ぜいにくをぶるんぶるんと震わせながら広間の中へと入って来た。その巨体をかがめて入り口を潜ると、天井に届きそうな大きな体を広間の中に侵入させる。


「おやおや、これはまた()()()()()()()()()()()ものだ。ここにきょを構えて正解だったな」

 ぶくぶくに太った邪神はそう言うと、肩や胴体と一体化した頭にある、大きな口を不気味にゆがませた。

 太い腕や足の皮は弛み、しわやひび割れができており、肘や肩からは灰色の棘が突き出ていた。それらはもしかすると「毛」なのかもしれないが。

 腰には青いスカートのような物を履き、真っ白な腕には肉にめり込んだ金の腕輪などが見えている。


 腹の円形の紋様は魔術的な意味のある紋章だろう。

 奴の腹の中に収まっている魔力の塊がどのようなものかは、あまり考えたくはない。

 この気色悪い化け物は、まるで人間のように「衣装を着飾る」ことに対し、なんらかの執着を持っているみたいだ。

 腰には革帯ベルトがあるらしく、後ろに手を回すと、不気味な黒い爪が付いた白い手に、出刃包丁に似た──大きな刃物が握られていた。

現れた不気味な存在。こいつには色々と秘密があります。

若い勇者の秘密も明らかに……?

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