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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第九章 勇者一行と美食家

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少年勇者シュバールト

 応接間のドアを叩くと、ナタリスは臆さずに部屋の中へ入って行く。──俺の手を引いて。


「あなたがたが勇者様──?」

 長椅子ソファーに座り、テーブルを囲む三人の男女に目を向ける少女。

 そこには一人の少年と、剣士らしい鋭い気配を放つ男、それに一人の女が居て、こちらを奇異の目で見ている。──その三人には見覚えがあった。


「おや、あなたは……」

 少年が声を発する。

 声変わりもしていない幼さの残る少年は、図書館ですれ違った事を覚えていたようだ。

 あの時は魔法使い風の爺さんも居たが、ここには居ないらしい。


 なるほど、こいつらが勇者の一行なのか。その風貌は確かに、ただの冒険者の一団パーティにはあり得ないものがある。後援者パトロンの姿が感じられる潤沢な資金と、あらゆる場所に入る事が許される特権を有した連中。

 図書館でなにをしていたか気になるところだが、まずはナタリスにしゃべらせる事にした。


「勇者様たちが来てくださるのを、心待ちにしていました」

 少女はうやうやしく一礼して、年の近い──少女よりも数年は年上だろうが──少年勇者に頭を下げた。少年は躊躇ためらいがちに挨拶を返して、気さくに話しかける。

「どうぞそんなにかしこまらないで、公爵様のお話では、なにかぼくたちに聞きたい事があるとか……?」

「ええ、神託というのはどういった感じなのか、()()()()()()()()()()とはどういったものなのか、それを知りたいのです」


 おっと、この少女が俺の質問を代弁してくれたぞ。そんな考えが湧くと同時に、「神から与えられた力」という言葉が気になった。


「それは──ごめんなさい。『勇者託宣』の事は人には話してはいけないと言われているんです」

 少年はそうきっぱりと口にする。俺は心の中で「だろうな」と感想を漏らした。少年の返答によって、彼の受けた神託の儀式のもろもろが怪しげなものだった、というのが透けて見える

 上位存在からの贈り物という事なら、俺自身も受け取っているのだ。その上位存在が何者かは知らないが、ルシュタールが有する魔導によってなされたものだというのは、容易に想像がつく。


「そうなのですか……残念です」

 すると公爵が俺と少女を呼んで、長椅子に座るよううながしてくれた。少女の興味が冒険者()から勇者一行に移ったのは、彼にとっては都合の良い事だったのだろう。


「先ほど、図書館でお会いした方ですよね?」

 椅子に腰かけた俺に、勇者と呼ばれる少年が声をかけてきた。

「ああ」

「何故あの図書館に──あ、ごめんなさい。ぼくはシュバールト、シュバールト・マルカン」

 そう名乗った少年に、俺も名乗り返す。

 続けて少年は二人の仲間を紹介した。


「この強そうな人がバルサス・ナファイエ、こちらの女性はニルヤリス・ヴァロン」

 男の方は冒険者だったが、勇者の一行として取り立てられたのだ。魔法使いの女の方は、宮廷魔導師の師匠と共に、勇者と行動しているのだという。

 魔法使いの女はぺこりと頭を下げたが、その目には、なにやら不快なものを感じているような、警戒心を抱いた者のする目をして俺を見ている。

 男の方はじろりと睨んだだけで、挨拶をするつもりはないようだ。


「レギは冒険者なんですよ」とナタリスが紹介する。

「へえ、ぼくは戦士ギルドに登録してまだ間もないですが、やっと銅階級になれたんですよ」

「その若さで銅階級とは、ずいぶん急ぎ足で活躍しているらしい」

 俺は率直にそう言ったのだが、剣士らしい男から睨まれてしまった。……あるいはそういう目つきなだけかもしれん。俺は男と目を合わさないようにした。


「そうですか? 嬉しいですね。ぼくの仲間は誰も、そういった事を言ってくれないんですよ」

 すると少年の言葉にニルヤリスが反論する。

「しかたないでしょ、私だって王宮から命令されて、戦士ギルドに入らされたばかりなんだから。私たちの中で戦士ギルドに前から入ってた奴って、バルサスしか居ないんだし」

 そうなんですけどね──と笑いながら、レギさんはなに階級なんですか? と尋ねるシュバールト。


「ついこのまえ赤鉄階級になったばかりだよ」

 するとバルサスの体が反応したのが、視界の片隅に見えた。

「へえっ、すごいですね! バルサスさんでさえ、まだ鉄階級ですよ」

 するとその当人から小さな舌打ちが漏れた。

 どうやら自尊心の強い輩であるのだろう。こういった奴は貴族以外にも、冒険者の中にもたまに居るものだ。


「階級など大した意味はない。問題は生き残れるか否か、危険な戦いを避け、目的の仕事をこなしていけるだけの技量と、撤退を選択する冷静な判断力などが必要なだけだ」

 俺はそう冒険者としての心得を言ったが、少年にはあまり響かなかったらしい。

「そうでしょうか……ぼくらには──やらなければならない、戦いから逃げる事が許されない時もあると思います」


 その考え方は危険だな、そう思いつつ、余計な忠告をする理由もないので、放っておく事にした。それで命を落とそうとも、俺には関係のない話だ。

 この少年が勇者という肩書きを得て、それに理想や希望を抱いているのは理解したが、それには相応の実力と覚悟が伴わなければ、ただの幻想にすぎない。

 自らの命を「やらなければならない事」の為に投げ出すのが勇者の勤めだと言うのなら、それを否定する気はないが。


 なぜ「勇者」などという肩書きを付けてまで、さらには「神託」による「勇者託宣」などという儀式をおこなってまで、ルシュタール国は勇者という偶像を作り上げているのか、それには理由があるようだ。

「最近ルシュタール国内では、邪神の使いや魔物、亜人などの襲撃を受ける事が多いのです。これを討伐し、国内に安全をもたらす為にぼくたちが活躍しなければならないのです」

 とシュバールト少年は口にする。

 なるほど、彼の強烈な正義感は、国による洗脳教育的な側面もあるのかもしれない。


「やらなければお前に価値はない」

 そこまではっきりと口にしてはいないだろうが──要するに、この十歳そこらの少年に力を与えたルシュタールの宮廷魔導師らは、恐るべき敵との戦いに挑むよう、勇者という宣伝材料を利用して国民をあおっているのだ。

 現に兵士や冒険者たちが活発に活動しているようだ。戦士ギルドなどの掲示板にあった貼り紙にも、魔物の討伐が呼びかけられていた。

 未知なる魔物の出現や亜人の軍勢による町の襲撃など、各地でそうした案件が増加し、各地域を治める領主に対しても、国王から団結が呼びかけられたらしい。


 魔物の襲撃などが増えているのはルシュタールだけではないだろうが、聞く限りではこの国で起こる、魔物や邪神の襲来といった事件が頻発しているのは間違いなさそうだ。

 各地で見かけた部隊単位の兵士たちの移動も、そうした亜人や魔物の討伐に向かう一団だったのだろう。




 その後も、この勇者の一団との会話が続いたが、それはおもにナタリスとシュバールトの会話になった。

 俺も彼らの会話の合間にそれとなく、勇者の少年が受けたという神託についての話を聞き出そうとしたが、()()()()()()()()()()()の中から、儀式によって力が得られると予測されたシュバールトが、最終的に勇者となったという事だけ聞き出せた。


「なるほど、つまり儀式によって、勇者としての力を受け継ぐ──みたいな事か」

 それは英霊の魂を宿す事かとも思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。

 例えば魔術の門で俺がやっているように、そうした精神世界で訓練をするように、勇者の魂──英霊の記憶や戦闘能力を受け継ぐ儀式かとも考えたのだが、それにしては厳重に、多くの魔導師たちに囲まれて、少年は儀式を受けたらしい。

(やはり上位存在が関係しているのか?)

 それに子供の体に英霊の魂を移す訳じゃなく──それも相当に高度な降霊術だが──少年の精神に同調する、戦士の技量だけを与えるなど、自分で積極的に獲得しようとするのも難しいのに、外部から強制的与えるなど、そんな事が可能なのだろうか?




「レギはこれから南の島に向かうらしいです」

 ナタリスの明るい声が聞こえ、はっと思考を中断させた。黙考しかけていた俺に視線が集まる。

「南の島? 火山で滅んだ国があった島ですか?」

 シュバールトが尋ねる。

「ああ……まあね。トルーデン島は火山の噴火で甚大な被害を受けたらしいけれど、民が全滅した訳ではないと聞いているが」

 その言葉に対しセルギオが応える。

「それはそうだ、トゥーレントの国民の一部は大陸の方に来ていて助かったし、噴火の影響が少なかった土地もあったからな。ただ──国としての中枢を失い、また文化を支える技術者の多くを失ってしまったのだ」

 それで生き残ったトゥーレントの民は、現在はルシュタールの国民として帰化したのだという。


 あの島の火山からは未だ、危険な毒──火山瓦斯(ガス)が噴き出す場所もあり、島の一部に住む住人以外は大陸に避難してしまった。

「そんな訳で、あの島に向かう船は少ないのだ」

 セルギオはそう言うと侍女を呼び、紙と筆を持って来るよう言う。

「娘が世話になった礼だ。港町アケリュースに行って、そこから島へ向かう船を探すといい。あそこなら私の顔も利く。手紙を船乗りに読ませれば、多少の無茶も聞いてくれるだろう」

 それは助かります、俺はそう感謝の言葉を口にしながら、さすが貴族様は下々(しもじも)の迷惑を考えないと、皮肉な笑いを腹の中で浮かべた。




 勇者の一団はこれから南へ向けて移動する予定であるらしい、そこでと気を利かせたのか、シュバールト少年がこんな事を言い出す。

「南へ向かうのなら一緒に行きませんか? ぼくらは専用の馬車で移動しているので、アケリュースの手前までなら行けますよ」

 そう言う彼の横で嫌そうな顔をする男が居たが無視し、ニルヤリスの方は「どちらでもいい」という感じでいる。

「ぼくとしても、赤鉄階級の冒険者と一緒というのは頼もしいです」

 そう押され、俺は断りきれずに、彼らとの同道をする事になったのだった。




 公爵邸から去り、どういう訳か、勇者と呼ばれる少年の一行に加わる事になってしまった俺。──まあ、南にある町カルナックまでの同道だが。


 彼らは大きな宿屋に泊まっていた。その宿屋にある厩舎きゅうしゃにはほろが張られた馬車があり、それが彼ら勇者一行の馬車であるらしい。

 大きな行商や、旅団などが使用する類型タイプの馬車だ。

「大したもんだ」

 勇者などと呼ばれるだけはある。

 彼らの事はルシュタール国による世論誘導プロパガンダの一環として強力に、大衆に呼びかけられているのは間違いない。

 彼ら「勇者ご一行」が活躍すれば、それだけ国土を外敵から守ろうとする、民衆の気運が高まる訳だ。


 それにしてもまさか俺が、その一団と一緒になって行動する事になろうとは。目つきの悪い冒険者のバルサスににらまれながら、俺は勇者と呼ばれる少年について行く事になったのである……

神託によって選ばれた、とは名ばかりの勇者。しかしシュバールト少年にはそうした魔導の事は分からない。都合よく仕立て上げられた「勇者」には秘密が──

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