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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第八章 失墜した者ども

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案山子と魔神

 小麦畑は綺麗に整えられていた。

 畑の間にある畔道あぜみちを通りながら、金色に揺れる波の真ん中に立つ、案山子かかしの居る場所に近づいて行く。

 乾燥した稲穂の匂いに満ちている小麦畑。

 案山子に一番近づける畔を通り、小麦畑の中に居る奴の目の前までやって来た。

 それは体の左半分が黒く、右半分が白く塗られた案山子だった。

 木の棒やわらで人型に作られているが、その頭部は布や木の皮を寄せ集めて作ったような、気味の悪い、干からびた果実みたいな頭が乗せられている。


「案山子よ、この幻夢界から俺を解放しろ」

 だらりと頭部を下げた奇妙な案山子に呼びかけたが、奴は微動だにしない。

「そうか、なら、この辺りの小麦を焼き払ってしまおう」

 俺は手を広げ、呪文を詠唱しようと構える。

 するといきなり殺気を感じた。鋭い、刺すような殺意。

 案山子の背後から青い炎が噴き上がると、そこから「びゅうっ」と音を立ててなにかが飛んできた。

 それは回転しながら俺の居た場所を切り裂く。

 カタカタと揺れ出す案山子。

 回転して飛んでいた物が、ぐるぐると円を描いて戻ってくると、案山子がそれを手で受け止めた。


「なんという暴虐、自らの糧を焼くなどと──ああ、ゆるすまじ」

 巨大な鎌を操る案山子。

 その鎌は案山子の身長と同じくらいの大きさがある、巨大な刃が付いていた。

 白黒案山子は鎌を手に、ゆらゆらと揺れながら畔に歩いて来る。

「ああ咎人とがびとよ。お前は自らの過ちにより懲役刑ちょうえきけいに科せられた、大人しく作業に戻るがいい」

 この奇妙な案山子は解析を受け付けない力に覆われている。魔眼をもってしても、その存在を調べる事ができない。


「ほざけ、勝手に幻夢界に引きずり込んでおきながら、懲役刑だと? 黙って俺を解放しろ。でなければ……」

 俺は剣を構え殺気を放つ。

 巨大な鎌を持つ案山子が、がさがさと音を立てて震え出す。

「ぎッギギぎぎギぎッ」

 奇妙な声が漏れ出ると、仮面のような無表情の口元が裂けた。グバァッと開いた口から石のゴツゴツとした歯が現れ、石臼いしうすのように、ごりごりと音を立てて歯ぎしりする。


 鎌を持つ手からズバッと音を立てて、尖った金属が飛び出した。藁の指から曲がった鈍色にびいろの鋭い爪が現れたのだ。それは尖ったフォークの先端を思わせた。

 どうやらこいつの体は、農耕に関する自然物や器具が使われているようだ。──この案山子を作り出している存在が、農耕に関する技術との関わりを持っているからなのだろうか。


「労役に服せない者は処刑だぁァアぁッ!」

 奴は裂けた口から咆哮ほうこうと同時にそんな言葉を発した。

 巨大な鎌を振り上げ、鋭く切りかかってくる。

 横から襲いかかる弧を描いた刃。

 しゃがみながら後方にかわし、素早く前に踏み込もうとしたが、案山子は身体を回転させながら後方へ下がりつつ、もう一回転して斜め下に大鎌を振り下ろす。

 膝を狙った攻撃を跳んで躱しながら、剣を奴の背中めがけて突き出したが、かすり傷ていどの損害ダメージしか与えられなかった。


 ぐるぐると回転して下がりながら大鎌を構える案山子。手から生えた金属の指で、かちかちと音を立てながら柄を握る。

 魔法で戦闘能力を上げているらしいが、攻撃魔法などを使用する事はないようだ。

 鎌という変則的な武器を持つ敵に、初めは苦戦していた俺だったが、相手の動きが読めるようになり、すぐにその大振りの攻撃に対策ができるようになってきた。


 戦闘経験の差が違う。

 この白黒案山子は、戦士などを相手に想定した戦い方をしていない。おそらくは一方的に巨大な得物で圧倒し、蹂躙じゅうりんするのを目的としているのだ。

「そんなでたらめな動きが通用すると思うなよ」

 案山子の攻撃を見切ると、すぐに反撃に転じる。

 回転しての二段攻撃に対し、一撃目を躱して突っ込み、二撃目の腕に対して痛烈な縦斬りをお見舞いする。

 乾いた音すらしない一閃を振り下ろすと、案山子の両腕が吹き飛び、手にしていた大鎌と共に麦畑の中へ消えていく。

 奴の身体の中にある魔力の集中する箇所を狙い、斜め下から切り上げる斬撃を放つ。


 胴体を斬り裂く一撃。

 藁人形が上半身と下半身の二つに分かれ、上半身が下半身の上で一回転しながら、横向きに落下する。

 遅れて下半身が前のめりに崩れ落ち、二つに分かれた身体から、青い炎が噴き出してメラメラと音を立てて燃え上がった。

 その炎が集まると、空間にぽっかりと──暗い穴が姿を現した。どうやら()()()()()()()()()()が居る領域への、入り口が開いたらしい。


「罠のつもりか?」

 入り口には危険がないのを確認すると、俺は空間に開いた入り口を通って、咎人の街を作り出した首魁しゅかいに会いに行く事を選んだ。──この幻夢界から脱出するには、相手と対峙する他はないようだ。

 案山子は大した脅威ではなかったが、その創造主が上位存在の、どの位階にある者なのか、それが気がかりではある。魔神は特に危険だからだ──その位階にもよるだろうが、戦いになればこちらも全力で応戦する覚悟を決める。




 空間に開いた穴を通ると、そこは建物の中だった。自然の洞窟の中に造られたみたいな、土の壁と石の壁が混在する場所。

 石の柱が立ち、大きな石畳が敷かれた通路を通って行くと、土の壁から生えた苔が緑色の光を放って、辺りを照らし出している。

 地面が剥き出した場所や、光る苔がむした岩が転がった場所、石床のない剥き出しの地面に、水溜まりができている場所もあった。その水溜まりに天井から水滴が落ち、ぴちょんと音を立てた。

 天井を見上げると、しっかりと装飾された壁や天井がある場所と、崩れた壁の裏側にある、洞窟の土壁が見えている部分がある。天井からぶら下がる鍾乳石から水滴が落ちてきた。


「洞窟なのか、建物なのか、どっちつかずの場所だな」

 天井の一部が崩れ、通路に落ちていた。崩落した壁が床を砕いて積み重なっている。

 柱や壁に取り付けられた金具に、青白く光る結晶が飾られており、それが辺りを青い光で照らしていた。

 青色と緑色の光が混じり合う通路の奥、そこは広い空間が広がっているようだ。


 そちらに向かって行くと、円形の広い空間があり、その周辺を青白い光に照らされた石壁と柱が囲んでいる。壁際を見ると、広い円形の空間の周囲には小さな掘りがあり、そこに水が流れていた。

 その空間の中央には、大理石らしい石材で造られた、立派な玉座が置かれている。その玉座に座る者はなく無人だったが、近寄って見ると、その玉座の上に小さな炎が燃えている、──それは濃い青色の炎。


『何者が私の使役する()()()()()を倒し、この領域に入り込んだのか』

 それは弱々しい声だった。

 耳の奥、もしくは頭の中に響く声。

 その声は上位存在のものだろう。


「ヘギアの魔」という単語は前にも聞いた覚えがある。──そう、冥界神の双子が「不死者の魔神ヴァルギルディムト」が魔神となる前の存在の事を、そう呼んでいた。


「『ヘギアの魔』とはいったいなんの事だ」

 声に向かって問いかけると、それはやはり弱々しい声でこう答えた。

『ヘギアの魔とは、私のような<摂理の(プロディア・)執行者(アルマシス)>が使役する()()()の事よ。おお、それを倒すとは、汚れた人間の中に強力な戦士、あるいは魔術師が混じっていたようだな』

 なるほど、上位存在の手先が「ヘギアの魔」という訳だ。


「『摂理の執行者』とは?」

『天上の神の代行として、地上に定められた摂理を知らしめる者の事だ』

 そう答えながら、玉座の上で燃えていた青い炎が大きく燃え上がった。

 炎の中から現れたのは痩せた人間。

 右腕が骨と皮だけになり、炭化したみたいにひび割れた皮膚をしている。

 顔の左半分を白い仮面が覆っているだけで、黄緑色の目があらわになった右側は、周囲の光を受けている所為せいか、青白い肌をしていて、死人のような姿だった。

 身体はところどころが結晶化し、青や緑色の光を放っている。

 胴体には胸部から腹部に至る大きな傷がついており、傷口から青紫色の光がぼんやりと光を発している。たまに傷口からめらめらと青い炎があふれ出て、それにつられるみたいに、体中にある()()から炎が噴き出す。


 朽ちかけた身体をした上位存在は、虚ろな目をしてこちらを見つめている。相手からは上位存在としての強大な力や、圧力を感じない。

「ああ、ついに私に、滅びが訪れたか」

 そいつはひび割れ、青ざめた唇を動かして、あきらめたかのような言葉を発した。

 見た目のとおりに、この上位存在──魔神の力は大部分が失われているらしい。かつては神の使いとして働いていたこの魔神に、いったいなにが起きたのだろうか。


「それで……あんたは何故、俺を幻夢界に引きずり込んだのか、それを聞かせてもらおう」

 すると魔神は乾いた唇をぱくぱくと開き、洞窟に吹く風の音みたいに、聞き取りづらい声で話し始める。

「魔術師よ、私は見ての通り、もはや自身の存立を維持できぬほど弱っているのだ。それを罪人の霊質と魔力などで補っていた」

 まさかヘギアの魔を倒すほど強力な剣技と、魔法を使いこなす者が居ようとは、魔神はそう言ってうなった。

 魔法はほとんど──というか使わなかったが、それはどうでもいい。


「あんたの事情は理解した。しかし何故、罪人だけを閉じ込めたのか」

「かつて私は、人間を守護する為に下界の管理者として存在していた。例え神にその役目を取り上げられ失墜したとしても、人間を闇雲に捕らえ、己の糧になどできるものか」

 ──どうやらこの魔神は、心魂的には人間の味方であるようだ。

(こんな魔神も居るのか)

 俺はすっかり戦う意志をなくした。

 剣を鞘に戻すと、この魔神と会話をしようという気持ちの方が強くなった。神々の事を聞き出すいい機会だと考えたのだ。




「俺はレギという。あなたの名前は?」

「──ネブロム」

「それは天上界での名前なのか」

「違う、私が失墜した時に与えられた名だ」

「誰から与えられるのか」

「当然、天上の存在からだ」

 聞き出してみても、なかなか判然としない部分があったが、失墜──つまり天上界からとされた時に、神から与えられた名(天上界での名前)を剥奪され、代わりの名を与えられたのだという。

 名付け親が癇癪かんしゃくを起こし、名前を勝手に改名した。──そんな風に考え、少し笑いそうになる。

 そうした神との関係も、人間の常識に当てはめて考えても意味はないだろう。


「天上の神とは、ずいぶんと傲慢なようだ」

「そのように人間が思うのも、もっともな事だ。だが──あまり神を軽んじるのは止めておけ、天上の存在に知られれば、あらぬ災いを招く事になるやもしれんぞ」

 俺はネブロムの言葉を受けて、乾いた笑い声で応えてしまった。

「何が可笑おかしい?」

「いや、なに……すでに天使を送り込まれていたもので。そしてそれを倒し、ある場所に幽閉しているのだが」

 なんと……と、滅びかけている魔神が驚愕の声をもらす。


「お前には通常の魔術師とは違う何かを感じる。それはいったい何故だ?」

 魔眼か、それとも死導者グジャビベムトの霊核について言っているのだろう。──相手が魔神だというのを考慮すれば、魔眼の方を言った方がいいだろうと判断した。


「俺は魔神ラウヴァレアシュから魔眼を与えられ、闇の五柱の王と接触する旅に出ているので、おそらくはそうしたものが影響しているのだろう」

「ラウヴァレアシュ──そうか、光の中の暗き星、天命をしらせ、粛正しゅくせいを司る、あの方の……」

 そうかと、また呟くネブロム。

 ネブロムにとってラウヴァレアシュの元々の位階は、相当に上位だという事だろう。


「レギとやら、私の頼みを聞いてくれぬか」

 重々しい響きをもって魔神は呟く。

 俺は「内容による」という事を告げた。するとネブロムは弱々しく笑い、お前にとっても得になる話のはずだ、などと言う。




「私を滅ぼし、私の力を取り込んでほしい」

次話は日曜日に投稿します。

次話でこの章も終幕です。思いがけない展開から、新たな力を手に入れる事になるでしょう。

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