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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第八章 失墜した者ども

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咎人の街からの脱出

 その建物の中も薄暗い廊下があった。

 左右にドアが並び、俺は適当に一つの部屋に上がり込む。

 暖炉や引き戸の付いた棚などが設置されている──生活感のある内装。人の気配はないが、テーブルの上に皿やコップが乗っており、それを使用していた者が居るのだと思われた。


 巨人の足音が聞こえなくなった、立ち止まって俺の姿を探しているのだろう。

 部屋の奥にある別の部屋へと繋がる通路から「ぱたぱたぱた」と、人が歩いて来る音が聞こえる。俺はいつでも戦える心構えをして、なにが現れるのか見守った。

 ドアのない通路から部屋に入って来たのは、大きなねずみの頭を持った二足歩行する生き物。仮装ではなく、やはり()()()()()()()感じのする、奇妙な均衡バランスをもった容姿。

 地味な茶色の衣服と緑色のスカートをいた、白い毛をした鼠女だ。


「だっ、誰ですか?」

 それは怯えたように声を上げる。

 声から判断すると、二十代前後の女だろう。

「気にするな、すぐに出て行く」

 俺は少々乱暴な物言いをした。

 鼠女は手に持った綿織物タオルの束を持ったまま、おろおろと部屋の手前で右に左に体を向けている。

「落ち着け、それより聞いてもいいか?」

「な、なんでしょうか」

「あんたも罪人なのか? なにか──人を殺したりした経験が?」

 すると鼠女は首を横に何度も振った。

「ととととっ、とっ、とんでもない、ひっ、人殺しなんて──そんなこと、していません」

 ここに集まっているのは罪人だという事だったが、老婆の人形が言っていたとおり、暴行や詐欺という罪状でも、この幻夢界に囚われるようだ。


「そうか、では何故この場所に居るのか分かるか?」

 すると鼠はもごもごと言葉をつむぎ出す。

「それは……悪い事をしたからだと──聞いています」

「ほう、それは誰から聞いた?」

 それは……と、言いよどむ白鼠。

「白黒の案山子かかしにです」

 という答えが返ってきた。

 なんでも体の左右の色が違う案山子が現れて「おまえは罪を犯し、この場に送り込まれた」と、告げられたらしい。それも自分の姿が鼠の頭を持つ、毛むくじゃらの姿に変わったあとに。


「もう一つ……外の巨人について、なにか知っているか?」

()()巨人ですか、あれはふだんなら私たちのことは襲いません。でも違反者の事は追いかけていくんです」

「違反者?」

「私たちは『咎人の街』の規則ルールに縛られているのです」

 守らなければ巨人に捕まり、過酷な労働を押しつけられるのだとか。

 灰から作られた身体を持っている巨人だとも、鼠は教えてくれた。


「ではあんたは、なにか罪を犯したという認識はあるのか?」

 そう問うと、鼠女はじっと動かなくなり「罪を犯さない人間が居るでしょうか」と、答えたのだった。

「もっともだな。……質問を替えよう、あんたがここに送り込まれる原因となったと考えている『罪』とはなんだ?」

 白い毛の鼠は少し狼狽うろたえ、手にしていた綿織物を近くの小さなテーブルの上に置いた。


「それはたぶん……友人の夫と、体の関係になったせいだと、思っています」

 ふむ、と俺は考えた。

「それで、その友人はどうなった?」

「友人は──死にました」

「自殺か」

 こくんとうなずく鼠。

 友人に()()()()()自殺した女の無念が、寝取った友人をこの場所へ送り込んだというのだろうか? それでは俺は何故、ここに居るのだろうか。


「はっ、殺人が罪だというのなら、確かに俺はここに来る理由が、両手では足りないだろう」

 しかしせない。

 殺人にしろ裏切りにしろ、そんな事で幻夢界に意識を飲み込まれていたら、世の中には昏睡状態のまま意識が戻らずに、死体の山が増えているはずだ。


「あんたはルシュタールの人間なのか?」

 その質問に彼女は首を横に振り、自分はシャルディムの生まれだと答えた。

 地域の問題かと思ったが、それも違うらしい。

 これはあれだ、悪辣あくらつな上位存在の、支配力を誇示する遊びなのだと思われた。理由など探すだけ無駄だろう、子供の言い分と同じだ。

「わたしが不愉快だと感じたから、それはダメ」と断ずる精神に、理屈など通用しない。


「人を殺した事が?」

 恐る恐る尋ねてくる鼠女。

「ああ、もう何人殺したか正確な数は覚えていないが」

 そう言うと、鼠女は怯えたように一歩後退する。

「安心しろ、意味もなく殺したりはしない。必要があったら殺すがな」

 あんただって、必要だと思ったから友人の旦那と寝たんだろう、()()()()()()。そう言うと鼠は金切り声を発した。

「わっ、わたしは! 殺してなどいません!」

「ところで聞きたいんだが──」

 俺は彼女の言葉に割り込む勢いで質問を投げかける。


()()殺すのと、()()()に殺すのは、いったいなにが違うと思う?」

 直接手を下さずとも、人を追い詰めて殺す事はできる。金で雇った奴に殺させる場合もある。それらの違いはなんだと思う? 俺はそう鼠女に尋ねた。

「わ、わかりません……」

「覚悟だよ」

 俺は即座に答えた。

「自分の手を汚してでも、その行為をおこない、その責任を自分で負う覚悟だ。だが、間接的におこなう殺人は、その覚悟の所在が曖昧になる、だから言い訳をして、その罪から逃れようとする訳だ。──『自分は()()()()()()()()()()()()』とか言ってな」

 そう言い放つと、鼠女は顔を下に向けた。

 自責の念を隠そうと声を張り上げたが、感情的になった時点で、その内に隠された本性が暴かれる。よくある事だ──むしろ見飽きるくらいに。




 外から重い足音が響き始めた。巨人が移動を再開したのだ。テーブルの上に置かれた皿と杯が振動でぶつかり、「カチンカチン」と固い音を響かせる。

 この鼠女も、この領域について知っている事はなさそうだ。さっさと現世へと覚醒した方がいいだろう。

「邪魔したな」

 俺がドアを開けて外へ出ようとすると、鼠女はなにか言いたそうにしていたが、彼女の口から言葉が出る事はなかった。


 外に出て狭い路地裏を駆け抜ける。


 巨人は建物の反対側を歩いているらしい、足音がゆっくりと遠ざかる。──このまま行けば、門まで行き着く事ができるだろう。

 おそらく次の通りに接する場所に出口があるはずだ、街を囲む高い壁が先の方に見えている。幻夢界の法則はまだまだ曖昧であるが、魔法の解析はこうしている間にも進んでいる。

 ほとんどの魔法が自由に使えるはずだ。慎重に壁づたいを歩き、門のある方へと駆け出す。

 建物の陰にある門と門塔が見えてきた。巨人が歩き去った通りを覗き込むと、巨大な背中がのっそりと動いて、十字路を曲がって行くのが見えた。


「今だ」

 大きな門が待ち構える通りの先に向かうと、巨大な門扉もんぴの下に、小さな扉が設置されているのを見つけた。巨大な扉を開けて外に出る必要はない、あの小さい方の扉から外に出ればいいのだ。

 巨大な木製の門扉に近づき、小さな扉に付いている取っ手を引いたが動かない、押しても扉は開けられなかった。

「鍵か? という事は……」

 そう言って扉の横を見ると、黒い掲示板が取り付けられていた。そこには白い字でこう書かれている。


《田畑での農作業をおこなう者のみが食料にありつけます。農作物を育てられない者に生きる権利などない!》


 ずいぶんと力強い宣言だ。

 案山子が書かせたものなのだろうか? いったいどういったこころざしをもって、この咎人の街を管理しているのだろうか。

「ともかく、この扉の外に畑があるのは間違いなさそうだ」

 門の左右にある門塔のどちらかに、ここを開ける鍵があるはずだ。

 俺は門塔に近づくと塔の下に行き、開け放たれた建物の中に侵入する。


 そこは兵士の休憩室なのだろう、円形状に上へ延びる階段があり、部屋の真ん中にテーブルや椅子が置かれ、壁際に、武器を預けて置く台が用意されていた。

 部屋の壁に架けられた鍵束を見つけると、それを手にして出口に向かおうとした、その時に──階段から誰かが降りて来る足音がする。

「誰でありますか?」

 緑色の長靴を履いた、つぶらな瞳をした犬人間が降りて来た。

 やはりそいつの頭部は大きくて、頭身が狂っていると思われる寸法サイズだ。愛らしいと言えなくもないが、奇妙な均衡バランスに──人間か獣なのか、どちらとも判断がつかない。


「ただの通行人だよ」

 俺が言うと、子犬のような大きな頭を持つ、薄茶色の毛を持った男は首を横に振った。へっ、へっ、へっ、と息を吐きながら舌を出し、鼻をぺろぺろと舐めている。

「この街に通行人は、いないのであります」

「ほう、何故だ」

「この街からは出られないからであります」

 街の外に出ても、逃げる事はできないのだと言う。


「案山子が脱走者を見逃した事など、一度もないのであります」

「そうか、なら俺が初めての例になる訳だな」

 俺が断言すると、子犬はへっ、へっ、へっ、と息を荒くする。

「案山子と戦う気でありますか?」

「向こうがその気ならな」

 この街に住む者たちが言う「案山子」とは、間違いなく上位存在の配下か、上位存在そのものだろう。ただの魔物だとしても、かなりの力と知性を持った者だというのは疑いようがない。

 子犬の頭を持つけもの人間は、ぼそりと「案山子には勝てない」と呟く。

 だから俺は「やってみなきゃ分からないであります」と応えてやった。




 鍵束を手に街の出入り口に向かう。鍵を使うと小さな扉が開き、街の外へ出る事ができた。

 周辺は見渡す限りの広々とした大地。街の外の天気はどういう訳か、清々しいほどに晴れ渡っている。


 視界の先にあるものは、小麦畑や様々な野菜が植えられている畑。果樹園らしいものもあり──「咎人の街」は、おかしな生き物の姿に変身してはいるが、人間らしい生活を送らせてもらえる更正施設であるようだ。

「動物に変身するのも、罪を犯した人間への皮肉のつもりなのだろう」

 小麦色の畑や、まだ青々とした色の畑などがあるが、小麦畑の真ん中に、それらしいものが立っているのが見える。

 かなり遠くにあるそれは、黄金色の海の中に立つ白黒案山子だ。


 街の外は若草や小麦畑などから、植物の放つ匂いが流れてくる。土と草の懐かしい匂い。

 案山子の元に行く前に、俺は様々な準備をしてから、街に住む者たちの恐れる存在のところに向かって歩き出す。

次話は金曜日に、その次の話は日曜日に投稿を予定しています。

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[一言] 次話を楽しみにお待ちしています。
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