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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第八章 失墜した者ども

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囚われの街

宿屋で眠ったはずのレギ。

ところが街の中を歩いていた──

そこは不思議な、奇妙な街だった。

 街の中を歩いていた。

 人気ひとけのない街。

 この場所は、なにか獣臭く──どこか遠くから、太鼓や笛の音が聞こえてきていた。

 建物の間や通りを見ながら、人々はいったいどこへ行ってしまったのかと考える。

 早朝の為に誰もが起き出していないのかもしれない。

 見上げた空は薄暗く、空一面に煙みたいな灰色の雲が、べったりと張り付いていた。


 ふと、この街はなんという名前だったかな、と考えるが──答えが出ない。すぐに「まあいいか」と思って、歩道を歩き始める。

 灰色の雲から薄明かりが漏れて街を照らす。

 空虚な街並みのどこかからか、絶えず楽器の音が聞こえてくる。

 賑やかな──楽器を演奏する音。

 祭でもやっているのか? 自然と音の聞こえる方に、導かれるみたいに歩き出す。

 腰に手を当てた時、異変に気づいた。


 魔剣が無い──短刀もだ。


 俺はよほどの事がない限り、武器を持たずに出歩く事はしない。

 無意識にでも、短刀を腰の革帯ベルトに付けて出かけるはずだ、そう考えると──はっと気がついた。


「これは()()()だな」


 ()()()()()()()()()()と、すぐに立ち止まる。

 音が聞こえるからと、なんの準備もせずに、無防備なまま近づいたりしない。

 一つ一つの違和感に気づくと、空の様子や街並みを細かく調べ、ここが幻夢界だと認識する。


「危ないところだった」

 無意識状態で、幻夢界の力に取り込まれるところだった。

 自分を意識できないと、夢の中で操り人形のごとく簡単に制御コントロールされてしまう。この領域の支配的な力をね除け、危険な状況になる前に、自分を取り戻せたのは──いい兆候だ。

「それにしても幻夢界とはいえ、魔術師──いや、魔導師としての俺の意識を、こうも簡単に支配の影響下に捕らえてしまうのか」

 ここが危険かどうかは、まだ分からない。

 害のない幻夢界だって存在すると聞く。──まずは状況を確認しようと、影の倉庫から取り出せる物を探す。


「……駄目か」

 物質的な力を引き出せない領域であるらしい、どうやら()()()()()()()()()()()()()()幻夢界に取り込まれてしまったようだ。

 以前に経験した幻夢界の領域とは違い、肉体ごと幽閉された訳ではないらしい。


 ……今度は魔力や霊質を使って武器を生成してみる。──これは上手くいった。

 魔剣ではないが、長剣を作り出すと、それを腰に差し、音のする方向に向かって歩いて行く。

 建物などに生命探知を掛けたが反応がなく、音の鳴る方に視線を向けると、いくつかの敵意のない反応が現れた。数はかなり多く、二十以上はある。


 そこは大通りの真ん中だ。建物の陰に入りながら、こっそりと通りを覗き込むと、奇妙な仮装行列が大通りを練り歩いていた。

 先頭を行くうさぎ鵞鳥がちょう喇叭ラッパや太鼓を鳴らし、その後方にも犬や豚などの奇妙な姿の生き物が行進している。

「なんだ、あれは……」

 人間でも動物でもない。

 彼らの多くは小さく、先頭の兎や鵞鳥はいちメートルくらいの背丈しかない。それに──犬や豚も二足歩行して、手にした打楽器タンバリンを打ち鳴らしているのだ。


 歯をき出しにして金属音を打ち鳴らしている犬は、頭部が異様に大きく、よろよろと歩きながら行進に加わっている。

 それらは犬頭悪鬼や豚悪鬼とは違い、洒落しゃれの利いた、独特な風貌をしている者が多い。仮装行列に見えた理由がそれだった。

 異様な動物の頭を持つ集団は、華麗で派手な衣装を着込み、それぞれの手にする楽器を扱いながら、こっちへ向かって進んで来る。

 なにやら歌っているようだが、楽器の音に消されて、歌の内容は聞こえない。


「隠れよう」

 近くのドアから建物の中へ入り、身をひそめようと思った。魔法をある程度は自在に扱えるのを確認しつつ、建物の前を通ると、建物の前に設置された立て看板に《私たちは嘘をきません》と書かれていた。

「誰の表明だ、これは」

 ドアを開けてぼんやりと明かりのともされた廊下に足を踏み入れる。

 廊下の左右にはドアがいくつかあるので、大通りに接する部屋の中へと入って、窓の近くで息を潜めた。


 通りをどんちゃん騒ぎしながら行進して行く、仮装行列が窓から見える。

 子供が奇妙な被り物や、衣装を着ているのかとも考えたが、それらの動物たちは獣の手足を持っており、人間が仮想している訳ではなさそうだ。

 笛の音や太鼓の音が通り過ぎて行く間、壁に背中をつけて部屋の中を見ていると、揺り椅子(ロッキングチェア)にもたれた人形を見つけた。

 それはしわだらけの、ぼろぼろになった古びた人形で、大きさは外に居る連中よりも小さなものだ。


「ああ、さわがしいねぇ」

 突然()()()()()()()()()()()

「寝られやしないわ」

 そう言いながら目を開け──ぎぃ、ぎぃ、と音を立てて椅子を揺り動かす。

 その時やっと、俺の存在に気がついたらしい。


「あらあら、やだわ。お客さんがいるだなんて」

 老婆っぽい声でその人形が話しかけてくる。

「あなた新入りね? ようこそ──『()()()()』へ」

咎人とがびとの街とはなんだ?」

 そう返答すると、人形は驚いた様子を見せる。

「あらあら、()()()()()()()()()()()()()()()()()のね。──そう、あなたは魔術師かなにかなのね? 悪いことは言わない、自分の意志があるのなら、ここから出て行きなさい。多くの新入りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこでやっと()()()()()()()のだけれど」

 そうなると、ここからは出られなくなるでしょう、と人形は語った。


「出口はどこにある?」

「それは──街の外に出て、案山子かかしに聞くしかないでしょうね。えぇ、現世に戻れるかは分からないけれど」

 案山子は畑の中に立っているわ、と言う人形。

 どちらも人形だと考えると、奇妙な符合に自然と口角が上がる。

「咎人の街とは、どういう意味だ?」

 もう一度きくと人形は目を閉じた。


「ここは罪人の魂が集まる場所だと言われている。奴隷でありながらあるじを殺害した者、侍女を暴行した貴族の坊ちゃん、あるいは嘘を吐いてお金を騙し取った者などなど……」

「そうか、ではここの支配者は誰だ?」

「さあねぇ、私は会ったことはない。──けれど、案山子が実質的に支配していると、言えなくもないわねぇ」

 人形の口振りからすると、嘘を吐いている訳ではなさそうだ。

 街の外にある畑へ行き、案山子から話を聞く必要がある。──おかしな事になってきた。


「分かった、ありがとう」

 ドアを開けて出て行こうとすると、老婆の人形は再び目を閉じて──まったく動かなくなった。ここに居る存在は、元は人間だったのだろう。なんらかの罪を犯し、ここに集められたという。

「悪夢のたぐいなのだろうな」

 あるいは罪人の魂を閉じ込める牢獄だ。幻夢界にそうした場所があるというのは驚きだった。

 いったい誰がなんの目的で生み出した領域なのか、──それを知る前に、この場所から脱出した方が良さそうだ。知ってもどうする事もできない。


 建物の外に出ると、仮装行列は遠くへ去って行くところだ。笛の音や喇叭の音が建物の間に響いて伝わってくる。

 楽器の残響の中に、彼らが歌う声が聞こえてきた。


「私たちは咎人。歌って踊って、毎日を反省する者。陽気に騒いで、過去を忘れる事などできません。──ああ、私たちは咎人。過去も未来も奪われてここに居る。けれどもそれは、ぜんぶ私のせいなのです。

 ああ、愚かな私をどうか、お許しください」


 そんな唄を歌いながら街を練り歩いているようだ。

 通りの先を見ると街を囲む壁があり、大きな扉で外への出口が塞がれているのが見えた。

 建物の横を通る時に、窓から部屋の中に生命探知や魔法探知を掛けると、建物の壁を貫通して反応が見られない事に気づいた。通常の土や石の壁を貫通するのも大変だが、ここの壁は幻夢界の異質な性質によって造られているのだ。


 周囲を警戒しながら通りの先にある出口へ向かって行くと、大きな十字路に差しかかる時に、ずしん、という重い音と共に、地面を震わせる振動が伝わってきた。

「これはやばい」

 慌てて物陰に身を隠そうと周囲を見回したが、建物と建物の間はぴったりと塞がれ、身を隠せる場所がない。


「くそっ」

 俺は壁際にしゃがみ込み、なるべく()()()()()()()()()()()にする。

 十字路の端にある建物に、なにかが現れてくっついた。──()()()()()()()()

 再び重い振動と音。

 壁をつかんだ指が身体を引いて、巨大な上半身を十字路に登場させる。


 それは今まで見た事のないほど大きな巨人だった。

 三階建ての建物よりも大きく、不気味な顔をしているそいつは目をぎょろつかせて、潰れた豚鼻をひくひくと動かしながら、細長い歯がまばらに生えた口を開く。

 肌の色は茶色く黒ずみ、ずんぐりとした胴体から長い腕が生え、下半身は上半身に比べて小さく、足は熊みたいに太く短い足をしていた。

 不気味な肢体をしているが、それらは人間のものとよく似ており、それがこの巨人に対する不快さを増長させている。


「ぐふぅぅ……なにかぁ、()()()なぁ──?」

 そいつは十字路から辺りを見回し、不気味な声を響かせる。

 俺は屈んだまま、じっと動かずに居たが、巨人はこちらの姿を発見してしまったらしい。

「おやぁ……けしからんなぁ、まぁだ人間のままでいていいと、思ってる奴がいるのかぁ」

 にたり、と口元に野蛮な笑みを浮かべる巨人。

 のっそりとした動きで十字路に身体をすべて現そうとした瞬間、俺は立ち上がって、来た道を全速力で戻る。自身に強化魔法を掛け、後ろを振り向かずに逃走した。


「まぁあぁぁてぇえぇぇ──‼」

 巨人が凄まじい音を立てながら、俺のあとを追って来る足音が周囲に響く。まるで通りに張られた石畳を砕きながら追いかけているみたいな音だ。


「ずがしん、ずずん、ずしぃん、がららっ」


 建物の壁が崩れ、下の石畳に落下する音。

 その凄まじい音に身の毛がよだつ。捕まったら終わりだ。


 道の先に十字路があり、俺はそこまで来ると、右折してさらに先の曲がり角を目指して走り続ける。

 巨人の足音はまだ重く響いてきていて、奴が周辺の建物を崩しながら迫って来るのを感じ、俺は細い路地に飛び込むと、奴が姿を見せた十字路の先にある街の出口に向けて、回り道をしながら迫る事を選択した。

「あんなでかぶつと戦えるか」

 ここは幻夢界だ、ここで得た経験は力になるかもしれないが、巨人と戦って得られるものが戦闘経験だけでは、戦う気も起こらない。──もしかするとあの巨人を倒せば、魔法の力などを得られるかもしれないが。

「逃げるが勝ちだ」

 巨人は俺が細い路地に入った事に気づかずに、通りを進んで行ったようだ。


 あの重々しい足音が遠のいてほっとする。

 しかし奴が戻って来るかもしれない、急いで門のある場所への移動を続ける。細い路地から大きな通りに出る時は、道の先に巨人が居ないか確認し、通りを渡って再び細い路地裏を駆け抜けた。

 暗い道の左右は建物が密集し、裏口や玄関のドアが設置され、中には開けっ放しになっている場所もある。


 どすん、ずしぃん、その音が近づいて来る。

 俺の向かう先から巨人の足音が聞こえ、俺は近くにあるドアノブを掴み、鍵がかかっていないのを確認すると、部屋の中へと飛び込んだ。


 その建物の前に設置された看板を見たが、そこには《私たちは裏切りません》と書かれていた。

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